小話シリーズ（失踪済み）

幸福

「あなたは幸福ですか？」 彼は私にそう尋ねた。私たちは、同じアパートに住んでいる。私は彼の隣の部屋に住んでいた。 「幸福だと思います」 私は答えた。私は自分の好きな仕事をしている。趣味や友人も充実している。健康や金銭にも不自由しない。 「そうですか。でも、あなたが今ここにいることも、本当に幸福なのですか？」 彼は微笑んだ。彼は私より少し年上で、温和で穏やかな目をしていた。 「どういう意味ですか？」 私は不思議に思った。 「あなたがこのアパートに住んでいる理由は何ですか？」 彼は聞き返した。 「便利ですよ。職場や駅に近くて、家賃も安くて、設備も整っています」 私は答えた。私はこのアパートで快適に暮らしている。 「それでは、あなたがこの部屋に住んでいる理由は何ですか？」 彼はさらに聞いてきた。 「空きがありましたよ。他に特別な理由はありません」 私は答えた。他に特別な理由はなかった。 「それだけでしょうか？もしかしたら、あなたがこの部屋を選んだのも、何かの縁ではないでしょうか？もしかしたら、あなたと私が出会うことも、何かの縁ではないでしょうか？」 彼は真剣に言った。

私は黙って考え込んだ。確かに、偶然という言葉では説明しきれないような奇跡があった。彼と話していると、優しくて温かい気持ちがした。まるで前世から知っている人のようだった。

でも、それが幸福だと言えるのだろうか？そんなことを考えてしまったら、自分の満足や安心が揺らぎ始めてしまわないだろうか？

「ごめんなさい。わからないです」 私は正直に言った。 「わからなくても構わないですよ」 彼は優しく言った。 「でも、一つだけ言わせてください。あなただけが決められることがあります」

「何ですか？」 私は尋ねた。

ドアベルが鳴った。

彼は立ち上がり、ドアを開けた。

そして振り返って言った。

「この部屋から出るかどうか」

ドアの向こうに立っている人物を見て驚愕した。

それは私自身だった。

《終》