寮長の婚約者

 本日、俺と美春先輩と千夏は寮の消耗品の買い出しに来ていた。近くのスーパーに3人で向かう。本来なら全員で来た方がいいのだが、秋乃と冬梨はなにやら用事があるらしい。そして寮長はいつの間にかいなくなっていた。


 本来なら寮長が車を出して大量の消耗品を運搬する手伝いをしなければならないのだが…何をやってるんだかあの人は。本当に役に立たないな。


 しょうがないので俺は男子寮の倉庫にたまたま眠っていた台車を借りて消耗品を運ぶ事にした。これなら前回のように何往復もしなくて済むだろう。


「えっと今日買うのはトイレットペーパーと洗剤と…」


 千夏がスマホを取り出して今日買う物をチェックする。


「今日は台車があるからいつもより多めに買っておきましょうか?」


「お手柔らかに頼むよ…」


 いくら台車があると言っても限界というものがあるからな。前回のように何往復もするのは勘弁願いたい。俺は千夏の指示に従い、とりあえずトイレットペーパーを4カートンほど台車に積む。


 うぇぇ…しょっぱなから4カートンかよ。もう台車に段ボールの山ができたぞ。


「ほうほう、新作のコスメが出たのね」


 一緒に来ていた美春先輩はいつの間に化粧品コーナーへと移動していた。興味深げに新しくでたらしい化粧品を眺めている。そしていくつかこちらに持ち帰って来た。


「千夏、これ寮の経費で落ちないかしら?」


「却下です。自分で買ってください」


「寮のみんなが使えるようにするから! それなら消耗品としてOKじゃない?」


 先輩はどうやらその化粧品を使ってみたいらしく、千夏に駄々をこねている。子供かよ…。


「却下です! そもそも私はあんまり化粧品とか使わないので恩恵薄いですし。先輩と秋乃と…あとは寮長ぐらいしか使わないんじゃないですか?」


「えっ? 千夏って化粧品あんまり使ってなくてその可愛さなの? ナチョナル美人って奴かしら?」


 千夏があまり化粧をしないと聞いた先輩が、千夏の顔にグッと自分の顔を近づけて彼女の顔を観察する。この場に朝信がいたら「キマシタワー」と歓喜しそうな光景だ。


「うっ…先輩近いですよ///// そうですね。今も軽くしてるだけです」


「羨ましいわ。軽く化粧してこの美貌だなんて…。でも千夏、そんなあなただこそ、本格的に化粧をすればもっと可愛くなると思わない?」


「それは…」


「例えば千夏、あなたに好きな人が出来たとするじゃない? 化粧をすればあなたの美しさをもっと増幅出来て意中の人を落としやすくなるわよ。どう、お試しでこの化粧品買ってみない? あたしが千夏にあう化粧の仕方を教えてあげるから!」


「…/////(チラッ)」


 千夏は何故かこちらをチラリと見た。何故こっちを見たし。そしてため息を吐きながら自分の財布の中身を確認する。


「はぁ…仕方ないですね。でも寮の経費で落とすわけにはいかないので私が半分出します。先輩がもう半分出してください!」


「さっすが千夏、話が分かるじゃない!」


 …先輩って実は公務員よりも化粧品のセールスとかの方が向いている気がするのは気のせいだろうか。



○○〇



「重っも…」


「頑張りなさい男の子! 寮まで着いたら私がとっておきの和菓子あげるわ」


「兼続大丈夫?」


 消耗品を購入した俺たちはスーパーを出て寮へ戻ろうとしていた。台車の上には段ボールの箱が10箱程乗っている。正直かなり重い。手加減してって言ったじゃん千夏さん…。


 30分後、俺はなんとか台車を押しながら寮の塀の前まで戻ってきていた。そしていざ寮の敷地内へ入ろうとした時、先輩が声をあげた。


「ねぇ、あれって寮長じゃない?」


「本当ですね。いままでどこで油売って…。えっ? 寮長の隣に男の人がいる。しかも腕組んでる…」


 千夏が驚いた様子でそれを見る。寮長の隣に男の人だって? ハハハ、そんな馬鹿な。だってあの寮長だぞ? あんなドクズと付き合ってくれる男の人なんている訳無いじゃないか。おそらく男子寮の中山寮長とかが横にいるだけなんじゃないの?


 俺もその光景を見ようと顔をそちらに向けた。そして俺の目に飛び込んできたのはイケメンの男性と仲良さそうに腕を組む寮長の姿だった。


 えぇ…。本当にあのアラサーババアが男の人の人と腕を組んでいる。年は寮長と同じくらいだろうか? 背は高く、その肉付きから結構筋肉質である事がうかがえる。顔は濃く、髭を生やしており、ダンディさがにじみ出ていた。所謂イケおじという奴だろう。


 なんであの人があんなイケメンと腕を組んでるんだ? もしかしてレンタル彼氏かなんかか? 俺の頭はあまりの衝撃に混乱した。


「あっ、あんたたち!」


 こちらに気が付いた寮長が手を振って来る。俺たちは寮長に向かって歩いていった。


「せっかくだし紹介しとくわ。この方は私の婚約者の決今佐義男けつこんさぎおさんよ。この前お見合いで知り合ってね。わたしとすごく気が合って、あれよあれよという間に婚約を結んじゃったの。佐義男さん、この子たちは寮に住んでいる寮生の子たちよ」


 寮長の紹介に隣のイケおじが挨拶をする。


「今しがた四季さんにご紹介にあずかりました、決今佐義男と言います。以後お見知りおきを…」


「ご丁寧にどうも…俺はこの寮に住んでいる東坂兼続です」


 俺たち3人は困惑しながら決今氏に挨拶を返す。えぇ…すごくまともそうな人である。なんでこの人寮長なんかと婚約を結んだんだ? この人レベルならもっといい人が見つけられると思うんだが…。


「佐義男さんはね。なんとあの卒で経営コンサルタントをはじめとして様々な職種に手を出しておられる人でね。なんと年収1億円もあるのよぉ!!!」


 寮長はまるで自分が1億円を稼いだかのように自慢してくる。いや、あんたが凄いわけじゃなくて決今氏が凄いだけだからな。


 でも年収1億円を稼いでいるのは素直に凄い。割合だと日本人の1%以下とかじゃなかったっけ。しかも東大卒!? むっちゃエリートじゃん!?


「経営コンサルタントをはじめとしてハイパーメディアクリエイター、心理カウンセラー、美容整体師、経済コメンテーター、野菜ソムリエ、スピリチュアルカウンセラー等々も兼任しております」


「ほへぇ~。凄い…」


 なんか胡散臭い職業のオンパレードみたいな職についている人だが、とりあえず彼が凄い人という事だけは伝わった。


「これ聞いてもいいかどうかわからないんですけど…寮長のいったいどこに惚れたんですか?」


 失礼だとは思いつつも俺はどうしても聞いてみたかったので聞いてみた。聞かないと今日の夜眠れそうになかったからだ。決今氏は少し悩む表情をした後にこう答えた。


「そうですね。しいて言うならその破天荒な所ですね。彼女と一緒なら、長い人生退屈しないだろうな。そう思ったんです」


「そうなんですか。ありがとうございます。わざわざ答えて頂いて」


 まさか寮長の破天荒な所に惚れる人がいるなんて…世界は広いなぁ。ま、結婚するからには2人には幸せになって欲しい。


「ウフフ、結婚式にはよんであげるからね。あっ、わたしは今から佐義男さんとデートに行くから!」


 寮長はそう言って決今氏の車…ベンツに乗り込んでいった。すげぇ…車はお高い外車だ。


 俺たち3人は唖然としながら寮長と決今氏を見送った。



○○〇


皆様、メリークリスマス! 素敵な聖夜をお過ごしください!


次の更新は12/27(水)です


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