緑川と秋山さん

 ある日俺が大学のキャンパス内を歩いていると、上半身裸で下には半パンを穿いている男に出会った。手には軍手を付けてゴミ袋と火箸を持ち、ゴミ拾いをしている。あれは…緑川? 


 10月も後半になり、今年は例年より気温が高いと言われているが…それでも肌寒いくらいの気温にはなっている。それなのにあいつは上半身裸で何をやってるんだ?


「おっす! 緑川」


「ん? なんだ東坂ではないか? 悪いが今俺は忙しいんだ。用がないなら後にしてくれ」


 緑川はこちらを一瞥するとすぐにゴミ拾いに戻った。近くに落ちてあった缶を火箸で拾ってゴミ袋に投げ入れる。


「何でゴミ拾いなんてしてるんだ?」


「千夏君に振り向いてもらうためには自分を高める必要があると思ってな。だからこうやって自主的にボランティアをやっているんだ」


 その考え方自体は素晴らしい。ただ…難点いれば、千夏はそんな事をしてもお前には絶対振り向かないという事と、後はその恰好どうにかならんのか? 良く見ると寒いのか鳥肌が立っているのが見える。 


「行動理由は理解したが、せめて上にTシャツか何か着ろよ。見ているこっちまで寒くなって来る」


「悪いがこれは俺が陽キャであるために必要なんだ。元々陰キャである俺が陽キャになるためにはこれくらいはっちゃけないと陽キャだと認識されないんでね」


「夏ならともかく、今の時期は陽キャ連中も服は脱がないと思うぞ…」


「…それもそうだな」


 俺の言葉に緑川はバックの中を探ると服を取り出して上半身に身に着けた。えぇ…今ので納得するのかよ。じゃあ最初から服着とけよ!


 しかし、緑川が来ている服に俺は違和感を感じた。この服…なんかおかしいぞ? あっ…乳首の部分に穴が開いているじゃないか!? なんだこの欠陥品!?


「どうした? 俺の服をそんなにマジマジと見て…そんなにこの服が珍しいのか?」


「そりゃ誰しも乳首の部分に穴が開いている服を着てたら何着てんだコイツと思うよ…」


「羨ましいか? 夏に近くのスーパーの福引で当てた限定品だぞ! なんでもパリコレに出場予定だったデザイナーがデザインした服だとか」


「えぇ…」


 夏ごろに近くのスーパーで福引をやっていたが、その福引の4等の景品がこの「乳首の部分に穴の開いたTシャツ」だったな。コイツが当ててたのか。俺はその福引で2等の女装セットを当てて酷い目に遭ったが。


 パリコレに出場予定だったデザイナーのデザインした服ぅ? 確かにパリコレは「芸術」を大義名分にやりたい放題な奇抜なデザインの衣装を披露する事で有名だけど、それにしてもこれはやりすぎだろ…何を表現したいのかさっぱり分らん。


 男性が着るならギャグで済むが、女性が着るなら完璧なセクハラ案件だろこれ。


 上半身に服を着た緑川だったが、やはり服に穴が開いているせいで寒いのか乳首が立っている。男の乳首が立っているのを見ても全く嬉しくねぇ…。むしろ気持ち悪いので視界にいれたくない。俺はしょうがないので彼に自分の着ていたジャンパーを貸す事にした。


「寒いんだろ。やせ我慢するなよ。ほれ、これ着てろ」


「敵である俺に情けをかけるとは…。千夏君がお前に惚れたのも少しわかる気がするな」


 ああ、そういえばそういう設定だったな。こいつとはたまにしか会わないのでその設定を思わず忘れてしまいそうになる。緑川は俺から素直にジャンパーを受け取るとそれをTシャツの上に羽織った。


 あっ…今思うと俺のジャンパーがあいつの乳首に触れる事になるじゃないか…。クソッ…下手うったな。後で入念に洗濯しておこう…。


「よししげー!」


 誰かが後ろから緑川を呼ぶ声がする。振り向くと秋山さんがこちらに向かって走って来ていた。


 秋山葉月さん、レンタル彼女のバイトをしていて、緑川の事が好きな女の子である。こんな奴を好きになるなんてもの好きもいたものだ。


「秋山か」


「何やってるの?」


「見ての通り、ゴミ拾いのボランティアをやっている」


「じゃ、私も手伝うよ。ゴミ袋貸して」


「別にいいさ。俺は自分を高めるためにやっているだけだからな」


 秋山さんは緑川の好感度を稼ぎたいのか彼に積極体に関わって行っている。この2人がくっついてくれれば、千夏に言い寄って来るめんどくさい男が減って彼女の悩みも少しはマシになると思うのだが…。なんとかならんもんかなぁ。


 俺はしばらくの間、2人のゴミ拾いの様子を見ていた。10分後、2人はそのあたりの落ちていた缶のゴミを拾い終わる。


「ふぅ、今日はこのくらいにしとくか…」


「お疲れさま。それでね義重、あんたこの前私に『女性に人気のあるデートスポット教えて』っていったじゃん? 結構いい雰囲気の店見つけたからさ。だからその…////」


「うん? どうしたんだ?」


 あー…なるほど、秋山さんは緑川に「女性に人気のデートスポット」を紹介する事を大義名分にして彼と一緒にそこに行きたいんだな。緑川、それくらいは分かってやれよ。まぁ…俺も人の事を言えた義理ではないのだが。


 俺にしてみればこの2人がくっついてくれた方が都合がいいので、秋山さんに助け船を出す事にした。


「緑川、秋山さんはお前とそこに一緒に偵察に行きたいんだってさ。2人で行った方が色々と意見を交わせていいんじゃないか?」


「ちょ/// 東坂!?」


 秋山さんは俺が援護をしてくれると思っていなかったのか動揺している様だ。


「ふむ…確かに俺1人で行くよりは女性と行った方が発見は多いか。しかし東坂、そんなに俺に塩を送ってもいいのか? これ以上俺がパワーアップすると千夏君は俺に惚れるかもしれんぞ?」


「心配しなくても千夏は俺にベタ惚れだよ。お前になんて惚れやしないさ」


「大した自信だな。後で泣きを見る事になっても知らんぞ?」


「いいから早く行って来い! このゴミは俺が捨てといてやるよ」


 俺は彼からゴミ袋を奪うと秋山さんの方に背中を無理やり押した。


「仕方がない、行こうか秋山」


 緑川は渋々秋山さんとデートの行くことを決意した様だ。俺は秋山さんに「頑張れよ」の意味を込めてウィンクを送る。


 秋山さんは俺に「ありがとう」とジェスチャーをすると緑川の腕を取って緑川を連れて行った。


 俺はゴミ袋を捨てるためにゴミ置き場を目指しながら漠然と考える。上手い事緑川が千夏を諦めて秋山さんとくっ付く方法ないかなぁと。まぁそんないい方法が気軽に思いついたら苦労などしないのだが。


 ゴミ置き場に着いた俺はため息を吐きながらゴミ袋をそこに捨てた。


 今思うと…緑川の奴、乳首に穴の開いた服を着てデートに行ったのか。仕方なかったとはいえ、ある意味凄いなあいつ。



○○〇


次の更新は12/29(金)です


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