氏政バイング

 俺と朝信、そして氏政は大学のカフェに集まり「100日後に彼女ができる氏政!」の第72回目の会議を行っていた。


「正直もうネタ切れだわ…。思いつくネタ全部やったぞ…」


「フォカヌポゥ…。我の脳はもうオーバーヒート寸前ですな。甘いものを所望しますぞ…」


 朝信が寝ている豚のように机に突っ伏す。そして近くにいた店員さんに「キャラメルマキアート・生クリームとチョコレート大盛り」というカロリーがクソ高そうな飲み物を注文した。だから太るんだぞ…。


 第10回目ぐらいからネタ切れの予兆はあったのだが、なんとかアイデアをひねり出し、だましだまし続けていたけれどももう限界だった。むしろよく70回もネタが持ったもんだと俺は感心する。


「あと28回、あと28回なんだ…。なにかしらいいアイデアないか?」


「もう何も浮かんでこねぇよ…。というかさ、もし仮にあと28回ネタをやり切ったとしてもだ。お前に彼女が出来なきゃタイトル詐欺で視聴者に謝罪しなくちゃならないんだが、お前はそれを理解しているのか?」


「大丈夫だ、問題ない。もう俺は全裸で謝罪する覚悟は出来ている。今は毛を脱毛しといた方がいいかどうか考え中だ。あっ、あとネクタイと靴下はつけておいた方がいいかな?」


「いや知らんよ…」


 俺は呆れた顔をして氏政を見る。彼にとって全裸で謝罪するぐらいはなんの羞恥心も感じないのであろう。


 視聴者に謝罪の覚悟があるのなら何も言う事はない。彼のチャンネルはいつの間にか登録者数が1万人を超えていた。1万人の人間をがっかりさせた責任は取らなくてはならない。


 …てか良く良く考えてみると72回も彼女を作る企画を実行して、それでも1回も彼女が出来ない奴があと28回程度なにかしらやったところで彼女なんて絶対にできないと思われる。


 なのでいっそのこと今回で「企画達成無理でした」と謝罪した方が時間が節約できていいかもしれない。


 そろそろ文化祭の準備が始まるので俺と朝信は忙しくなって手伝えなくなるしな。氏政はどこのサークルにも所属していないので暇だろうけど。


 氏政はキャラメルマキアートをむさぼるように飲んでいる朝信をジッと見つめた。そして何かを閃いたのか手を「ポン」っと叩く。


「そうだ! 買収しよう!」


 こいつ…また碌でもないことを考えたな。俺はため息を吐くととりあえず彼に「買収する」の意味を尋ねる。


「何をするんだ? レンタル彼女でも借りて『これ僕の彼女です』って紹介する気か? 言っとくけど、レンタル彼女なんて検索されたら一発でバレるからな?」


 夏休みに美春先輩の偽の彼氏として彼女の妹である春海ちゃん紹介された時…春海ちゃんは俺がレンタル彼氏に登録していた事を知っていたからな。検索すれば簡単に見つかるのだろう。


 氏政は俺の言葉にニヒルにほほ笑みながら「チッチッチ!」と指を振る。なんかその動作凄くウゼぇ…。


「そうじゃないのさ兼続、普通の女の子に金を積んで彼女になって貰うんだよ。幸いにも今の俺はmetubeの広告収入とスパチャでちょっぴりリッチだ」


「それって買春とかになるんじゃないか? やめとけ、倫理的に非難されるような事はやるべきじゃない」


「ちがうちがう兼続、例えばイケメンは女の子を落とす時に壁ドンして彼女にするだろ? 俺は札束で女の子の頬を叩いて彼女にするだけだ。自分の長所を生かして女の子を落とす、そこに何の違いもありゃしねえだろうが!」


「いや全然違うだろ!? お前は金で愛を買って恥ずかしくないのかよ?」


「ガビーン…ですな」


 俺の隣でキャラメルマキアートを飲んでいた朝信がショックを受けたような表情をして机に倒れた。あっ…そういえば朝信もメイドさんに大量にお金を貢いでいたな。


「俺は恥ずかしさよりも企画の達成の方を取った。それだけの話さ」


 氏政はドヤ顔でそう述べる。もはや彼の中には「恥」という概念は無いらしい。


「そうと決まれば早速実行だ!」


「おい、ちょ、待てよ」


 氏政は俺が止めるよりも早くカフェを出て行ってしまった。あーあ…仕方ない。アイツが変なことをしないように見張っとくか。俺はお金を払うとカフェを出て彼を追いかけた。



○○〇



『俺の彼女になってくれる方には月5万円差し上げます』


 氏政は大学の校門付近に立ち、大きな紙にそのような事を書いて頭の上にかかげていた。あのアホ…。


 だが校門の前を通る女の子は氏政の方をチラ見はするものの、みんな興味なさげに通り去っていく。当たり前と言えば当たり前の反応である。


 てか5万円って…いくら金にがめつい人でもバイトをしてた方が稼げるような額で釣れるわけがないだろうに。彼の広告収入があれくらいなので、彼が出せる額も5万円が限度なのだろう。最低でもその10倍は出さないと見向きもされんと思う。


「おい、氏政やめろ。そんなんで絶対に彼女なんてできないって」


「何事もやって見なくちゃ分からないだろ? 挑戦しなけりゃ彼女なんて一生できんぞ」


「いや、それはそうだが方法が問題だ」


 ああもう…こいつは一度こうと決めたら中々撤回せんからなぁ…。どうしようかと考えていると俺たちに近寄ってくる影があった。


「彼女になったら月5万円くれるって本当ですか?」


 振り返ってみると青髪で髪をツインテールにした女の子が俺たちに話しかけてきていた。えっ…まさか本当にこんなはした金で買収される人がいるのか?


 でもこの娘…昔どっかで見た事あるような?


 氏政は女の子が契約に乗り気と見るや、俺を押しのけてその娘と話し始める。


「そうそう、俺metuebrやっててね。その企画で彼女を作る必要があるのよ。で、どう? 君さえよければ月5万で俺の彼女になってくれないかな?」


「わぁ! metuberやってるんですね。あっ、もしかして『100日後に彼女ができる氏政!』の氏政さんですか? 私見てます!」


「そうそう! 俺がその氏政! くぅ~…まさかファンの子がいるなんて。活動続けてきてよかった。で、俺の彼女になってくれるんだっけ?」


「はい、metuberの彼氏ができたら友達に自慢もできていいかなって! それにお金も貰えるし♪」


「よっしゃ! 契約成立だ!」


 うーん、氏政の知名度と金目当てで寄って来た女の子か…。当人同士がいいと判断したなら止めはしないけど…氏政は本当にそれでいいのか? 絶対後悔すると思うのだが。


「それで…その前にちょっと相談なんですけど、もう少し貰えるお金増やせないですか?」


「えっ?」


「月10万、いえ15万ぐらいあれば…。実は私には病気の妹がいまして…。有名metuberの氏政さんならそれくらい余裕ですよね?」


 病気の妹…? この言い回し…どっかで聞いたような? 


 んん? あっ、思い出した。この青髪ツインテの娘、昔氏政が校門でナンパしてた時に彼に偽のパワーストーンを売りつけていた娘じゃないか! 確か名前はこずえ! 


 これは完全に氏政を詐欺ろうとしているな。一応彼の友人として止めなくてはならない。


「おい、ちょっと待った! あんた昔氏政に変な石売りつけてたこずえだろ?」


「えっ? こずえって誰ですか? 私の名前は綾香あやかですけど?」


「おい兼続、変なこと言うなよ。せっかく香織かおりちゃんが俺の彼女になってくれようとしてるのにさ」


「香織ちゃんて誰だよ!? こずえだってんだろ!? あの時と同じボケをするんじゃない!」


 こいつもしかしてワザとやってるんじゃないだろうな?


「いいからどっかいけよ詐欺師のこずえ!」


「酷い…人違いでここまで責められるなんて…私は本当に何もやってないのに…」


 詐欺師のこずえはホロホロと涙を流し始める。クソッ…なんか俺が悪い事しているみたいじゃないか。


「兼続! てめぇ! 俺のアリシアを泣かすんじゃねぇ!」


「だからアリシアって誰だよ!? 日本人の名前ですらなくなってるじゃないか!? こいつはどう見ても日本人だぞ!?」


「私の名前はアリシア・ライアーハート・綾香って言うの。綾香が名字よ。父がイギリス人なの」


「絶対にありえない。綾香なんて名字あるワケないだろ?」


 すると彼女はスマホをポチポチと操作して「名字検索サイト」というサイトを見せて来た。


 えぇ…「綾香」って名字あるんだ。知らなかった。全国に210人。クッソレアな名字じゃないか。


「どう? これで私が嘘をついてないって分かった?」


 こずえはドヤ顔で俺を責めて来る。いいや、まだだ。


「じゃあお前の学生証を見せてみろよ。本当にそんな名前なら見せれるはずだよな?」


「が、学生証は家に忘れてきちゃって…」


「嘘つけ! 学生証が無いと講義が欠席扱いされるのに忘れるわけ無いだろ!」


 うちの大学の出席は学生証を機械に読み込ませて出席を確認するシステムになっている。学生証が無いと欠席扱いになるのだ。


「クッ…」


「ほらどうした? 見せられないのか?」


 こずえは脂汗をかきながら後ずさった。これはもう嘘をついているので確定だな。


 だが俺がこずえを追い詰めていると、氏政に後ろから肩をポンと叩かれた。


「どうした氏政?」


「なぁあんた。病気の妹がいるんだってな。じゃあこれ持って行けよ」


 氏政は慈悲深い顔を彼女に向け、茶色の封筒を手渡した。少し厚みがあり、中にお金が入っている事がうかがえる。


「わぁ、ありがとうございます! じゃあ私はこれで!」


 こずえは氏政の手から封筒をひったくると風のようにその場から去っていった。


「何で渡したんだよ? あれ絶対嘘だぞ」


「いいさ、嘘なら嘘で。病気で苦しんでいる人など、どこにもいないという事なのだから。さぁ、もう一回ネタの練り直しだ」


 氏政はキザにそう言うとまた大学内のカフェの方へ歩いていった。


 …なんかいい話に持っていこうとしてるけど、お前普通に詐欺られただけだからな。



○○〇


~side another~


「あいつ…封筒の中に入ってるのおもちゃの1万円札じゃない!? クッソー、私が騙されるなんてぇ!」


 そこには悔しがるこずえの姿があった。



○○〇


ちなみに「綾香」という名字はガチであります。


次の更新なんですが1回お休みにさせ貰います。年末年始はリアルが忙しく、少し休載が増えそうです。申し訳ありません


なので次の更新は12/19(火)です


※作者からのお願い


もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る