久々に登場の板垣さん
とある平日の正午、俺は大学の食堂で昼食を取ろうと移動していた。珍しくその日は俺の周りには誰もいなかった。いつもなら大抵氏政か朝信、もしくは女子寮の4人の内の誰かがいるのだが、その日に限ってみんな用事があったらしく、誰もいなかったのだ。
俺は「たまにはこんな日もいいか」と思いながら1人寂しく食堂のおばちゃんに注文したカツ丼を受け取り、座る席を探していた、するとその途中で見知った顔を見つけた。
「あれは…」
また珍しい人と会ったもんだな。最後に彼女と会ったのは氏政と寿司屋に行った時だから実に2カ月ぶりである。
その女の名前は板垣弥生。美春先輩ラブの
前期の頃は美春先輩の金魚の糞のように彼女に付きまとっていたのだが、夏休みの中盤ぐらいからめっきり姿を見なくなった。
美春先輩曰はく「弥生には少し『メッ!』ってしておいたから」という事らしいが…。先輩に近づかないように言われたのだろうか?
そういえば…美春先輩の抱える問題の内、彼女の事をすっかりと忘れていた。彼女は先輩が彼氏を作ろうとすると先回りをして邪魔していたのだ。彼女を何とかしない事には先輩の問題を解決した事にはならないだろう。
よし…。俺は板垣さんと話すべく、彼女が座る席へと足を運んだ。彼女に近づくと俺の存在に気付いたのか、顔を上げて俺の方を睨みつけてくる。
「東坂兼続…何の用?」
「久しぶりに会ったからちょっと話そうと思ってさ。ここ空いてる?」
「残念だけどそこはすでに愛しの美春お姉様が予約してるの」
「それは嘘だな。美春先輩はゼミの発表の準備があるから今頃205教室にいるはずだぜ?」
「クッ…。なんであなたが美春お姉様の予定を知っているのよ?」
俺が何故美春先輩の予定を知っているか。それは彼女から先ほどreinでそのような内容のメッセージが届いたからである。この様子だと彼女は美春先輩からその事を知らされてなかったらしいな。
「あぁ…恨めしい。何故お姉様はこんな奴の事を…」
彼女はブツブツと独り言を唱えている。何て言ってんだ?
俺はトレイを机に置くと椅子に座りカツ丼を食べ始めた。味は「まぁこんなもんか」という味である。学食の飯は安くてそこそこの味が魅力だ。
「弥生はもう食べ終わったから行くわ。じゃあね」
彼女は俺と一緒に居たくないのか、早々にトレイを持って席を移動しようとする。だが俺はそれを引き留めた。
「まぁ待てよ。せっかく会ったんだから少し話でもしないか?」
「あなたと話す事なんて何もないわ。一緒にいる事自体が苦痛なのに…」
「美春先輩の話しようぜ?」
「…仕方ないわね。手短に話なさい」
彼女は再び机にトレイを置くと椅子に座った。…美春先輩の話題となると池にエサを放り投げた時の鯉の如く食いつきが良いな。
「美春先輩に何か言われたのか?」
「少し距離を置きましょうと言われたわ。それにあなたを含むお姉様の友人たちの悪口を言わないようにと…」
なるほど、だから彼女は最近美春先輩をストーカーしていないのか。それに俺らに対する辛辣な悪口を止めるように言ってくれたようだ。美春先輩グッジョブ!
「ああ…親愛なるお姉様。もう2カ月近くもお姉様成分を補充していないわ。そろそろ補充しないとお姉様成分欠乏症で死んじゃう…」
彼女は机に気だるげに寝そべりながらそう述べる。お姉様成分欠乏症って何だよ…と突っ込みたかったが、俺はそれを我慢してスルーする事にした。
「前々から聞きたかったんだけどさ、板垣さんって何でそんなに美春先輩の事を尊敬しているの?」
「それは…お姉様は弥生の全てだからよ。あの人がいなければ今の弥生はここにはいないわ」
「それはどういう…?」
「弥生はね、高校時代はとんでもないイモ女だったのよ。それはもう凄くポテト系女子だったわ。ジャガイモで百発ぶん殴って肥溜めに投げつけて100時間煮たぐらいのイモよ」
言っている意味がよくが分からんが、とりあえず彼女はイケてる女子とは正反対の位置にいたらしい。彼女は水を一口飲むと言葉を続ける。
「そんな弥生を救ってくださったのがお姉様。お姉様は私に自分に似合うファッションの選び方をレクチャーしてくださったの。そして弥生は生まれ変わった。とんでもないイモ女から今どきの女子へとクラスチャンジしたのよ。その瞬間、弥生の中でお姉様は神となったわ。何物にも代えがたい尊き存在…。だから弥生はお姉様を穢そうとする全てを排除する事にしたの」
話を聞いていると人に歴史ありだなというのを感じる。美春先輩は過去にそんな事をしていたのか。…あの人はファッションセンスに関しては凄いからな、それ以外は…だけど。つまり板垣さんは美春先輩にとんでもない恩を感じているという事か。
「あの人だけは弥生の全てをかけて守り抜くわ。あの人が汚れないように、悲しまないように…」
美春先輩が彼女にとってすごく大切な存在である事は理解できた。しかし美春先輩が前に進むためにも、彼氏を作るためにも板垣さんには先輩が彼氏を作る事を了承して貰わなくてはならない。
彼女が先輩を大事に思う気持ちは理解できる。だが大事に思っているなればこそ、先輩が前に進もうとするのを応援してあげなくてはならないと思う。今の彼女は先輩の気持ちを無視して独りよがりの気持ちをぶつけているに過ぎない。
「なぁ板垣さん、もし先輩が彼氏を作りたいって言ったらどうするんだ?」
「これまでと変わらないわ。お姉様と付き合う前に排除する。それだけよ」
「でもそれは大切な先輩の望みを裏切っている事になるんじゃないか? 先輩を大事に思っているならその背中を押してあげるべきだと思うぞ?」
「男なんて所詮ただの身体目当てじゃない! 一体何人もの男がお姉様の女神の様な身体をその下卑た目で見てきたことか。男にお姉様を任せたらお姉様が穢れるわ。それならいっそ、弥生がお姉様を幸せにした方がいいと思わない?」
「…板垣さんも先輩の身体を下卑た目で見てたよね? 夏休み最初の下着ファッションショーの時とか?」
「弥生の目は聖なる目よ。毎日ハンドパワーを送り込んでいるから間違いないわ」
「あっ、そう…」
「………」
うーん、話し合いがいつまでたっても平行線だな。やはりクレイジーな人には理屈など通用しないのだろうか?
彼女もこれ以上俺と話していても無駄だと思ったのか、トレイをもつと席を立った。そして去り際にこちらを振り向いて言葉を放つ。
「東坂兼続、覚悟しておきなさい。お姉様にまとわりつく1番の脅威…いずれあなたを排除してあげる。…もう作戦は動き出しているのよ?」
作戦? どういう事だろうか? また板垣さんが何かしら変な事を考えているとか?
いずれにせよ何か仕掛けてくることは確かだ。これは注意しておいた方が良さそうだな。
○○〇
次の更新は12/15(金)です
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