冬梨グローアップ
異様な雰囲気の中始まってしまった「後期になっても友達が少ない人の会」。冬梨が友達を作ろうとして企画に参加したのは良いのだが、その企画の参加者がことごとく冬梨が過去に友達になろうとして失敗した連中だった。
俺とバラムツさんはカフェの隅の席でコーヒーを飲みながら冬梨を見守る。
『はぁーい、皆さん自己紹介ありがとうございます! metuberやってる穴山さんとオタクの小山田さんとお菓子とゲームが好きな馬場さんね。OK覚えた』
進行役の山本さんが気まずそうな3人に代わって言葉を繋ぐ。もしこの場に彼女が居なかったら、この会はお通夜モードだったに違いない。ボランティアサークルに所属しているだけあって彼女はコミュ強者のようだ。
山本さんは3人が気まずそうにしているのを察知したのか、まず目の前の穴山さんに話しかけた。
『穴山さんはmetuberやってるんだ? 凄いねぇ~。私も昔metubeに動画投稿してた時期があったけど、登録者3人しかいなくて辞めちゃったなぁ。しかもその3人が全員が身内だったって言うね。アッハッハ…はぁ~あ、鬱だ死のう』
『えっ、ちょ!? 気を確かに持ってください』
愉快そうな顔から一変、今にも自殺しそうな絶望的な表情になった山本さんに3人はギョッとする。しかし、山本さんはすぐに顔を上げると笑顔になった。
『冗談だよ、冗談! 私はそう簡単には死なないよ。なんせサークルの人からも「世界中の人が鬱で自殺してもお前だけは笑顔で笑ってそう」って言われてるからね。アッハッハ! わたしゃサイコパスかよってね』
この人もこの人で癖の強い人だなぁ…。しかし彼女の自虐的なギャグのおかげで場の雰囲気は多少和んだようだった。
『ちなみに穴山さんのおススメのお菓子って何? お菓子を紹介する動画を投稿してるからにはお菓子に詳しいって事だよね?』
『あ、はい。私のおススメのお菓子は色彩洋菓子店の「チョコクッキー」ですかね。上品な甘さのチョコとサクサクで濃厚なバターの香りがするクッキー。そのマリアージュに思わずイキ…昇天しそうになります』
『おぉ~、流石動画投稿しているだけあってレビューがコメンテーターみたいだ』
…さっき明らかに「イキそうになります」って言おうとしたよね? アへ顔配信ばかりしてるからこういう公共の場でもそんな卑猥な言葉を言ってしまいそうになるんだぞ。
『そういえば…馬場さんもお菓子好きだったよね? どう? 色彩洋菓子店の「チョコクッキー」とか好き?』
そこで山本さんが冬梨に話を振った。ある人の趣味の話題を聞き出しつつ、共通の趣味を持っている人間にそれを振る…会話の振り方としては上手いのだけれども、冬梨と穴山さんは一度決別してるからなぁ…。どうなるか。
『…ふ、冬梨もそれに同意する。確かに色彩洋菓子店の「チョコクッキー」は絶品。オ…穴山さんにしては目の付け所が良い』
だが冬梨は意外にも穴山さんを褒めた。まぁ冬梨もあそこのクッキーは美味しいと言ってたし、彼女と評価が同じだったので同意したのだろう。
…思い返してみれば冬梨と穴山さんが決別したのって穴山さんが再生数稼ぎのためにお菓子のレビューに嘘をついたからだったよな。逆を言えばお菓子のレビューが正直であれば…冬梨と穴山さんは仲良くなれる可能性があるという事だろうか?
『当然よ。私の味覚に間違いは無いわ』
『おおー! これは早くも2人は友達になれそうかな?』
山本さんが両手を合わせて喜びながら両者を見る。2人の気が合うと思ったのだろう。
『私が馬場冬梨の様なボッチと友達? ハッ、ありえないわ!』
『…冬梨はボッチじゃない。少ないけどちゃんと友達もいる。ボッチなのはオホの方』
『…私はボッチじゃないわ! 友達なんて腐るほどいるもの。たまたま…友達と予定が合わなくて1人でいる事が多いだけよ』
『…友達が多いならどうしてこの会に参加したの?』
2人はお互いに睨み合う。うーん…お菓子の話なら気が合いそうだが、それ以外の話になると喧嘩になってしまうな。ある意味仲が良いと言ってもいいかもしれないが。
『まぁまぁ落ち着いて。この会に参加している人はみんな友達が少ないんだからそんな見栄を張っても仕方ないよ。むしろこれを機に友達になってみたら? 私は2人は気が合うと思うなぁ』
『私が馬場冬梨と? 冗談』
『…冬梨もオホがそう言うなら友達にはならない』
交渉決裂…まぁこれはしょうがない。
…でも冬梨の奴「穴山さんがそう言うなら」って言ったな。もし穴山さんが「友達になりたい」と言えば冬梨は友達になっても良いという事だろうか。
『うーん…残念。えっと…小山田さんは確かオタク系の人なんだっけ? 今は「進撃の魚人」にハマってるとか? 私もアニメの方は見たけど面白かったよね! エロンが魚人に変身した所とか興奮して飲んでたジュースこぼしちゃったよ。股間にこぼしたもんだから小便漏らしたみたいになっちゃってさぁ、アッハッハ!』
進行役の山本さんは2人の関係が進展しないとみるや、残りの1人である小山田さんに話を振った。
『はい、そうなんです。私は伏線を考察する作品が好きで、あの作品の中に沢山散りばめられている伏線を考察して今後の展開を予想するのが好きなんです』
小山田さん…冬梨とはキャラに対する考察が合わずに関係が決裂してしまった人。今回はどうなるかな?
『馬場さんもオタク系の趣味は好きって言ってたよね。どう? 馬場さんは「進撃の魚人」とか好き?』
冬梨は「進撃の魚人」の単行本を全巻集める程好きなはずだ。アニメのBDも持ってたはず。
『…冬梨も「進撃の魚人」は読んでいる。確かに色々伏線が散りばめてあって面白い』
『でしょー? 今後の展開から目が離せないよね? 私の予想だとアミルンは魚人だと予想してるんだけど…』
『…それはない。アミルンはエロンの親友枠。作者的に親友枠のキャラにそんな役割は与えない。今ある伏線から考察するならアヘェンが魚人』
『えー…そうかなぁ。だってアヘェンって魚人討伐隊の隊長でしょ? そんな立場の人が裏切り者だなんてあり得るかなぁ?』
『…裏切らない立場の人が裏切るのが意外性があって面白い』
『うーん、2人とも作品を熱く語り合ってるねぇ! これは2人はもう友達と言っても過言ではないんじゃないかな?』
『馬場さんとは話が合わないわ』
うむむ…今回もダメか。やはり2人はキャラや作品に対する解釈が合わないらしい。
『…確かに、小山田さんとは解釈が合わない…かもしれない。でも作品には色々な解釈があった方が面白いと冬梨は思う。だから…その。と、友達になってみない? この前の件は冬梨も悪かった』
おおっ? 冬梨が小山田さんに歩み寄る姿勢を見せた。一度は「不倶戴天の敵」とまで言った相手なのに。冬梨もいつまでも意地を張り続けるのは大人げないと判断したのかな。
世の中自分とは違う人間だらけだ。なので人間関係で大事なのは相手に歩み寄る事だと俺は思う。お互いに自分とは違う相手への理解を深める事が仲良くなる第一歩なのだ。特にオタク同士は自分の主義主張がよくぶつかり合うからね。
気になる小山田さんの回答は?
『…少し考えさせて』
小山田さんは複雑そうな顔をしながらそう言った。冬梨の態度の変化に驚いているのだろう。チャンスは無くはないと言ったところだろうか。
いや、でも冬梨は本当に成長した。自分から友達作りに積極的になるどころか、相手に歩み寄る姿勢を見せるなんて…。ここまで行けばもう彼女のコミュ障の問題なんてほぼ解決したも同然だろう。
「おにーさん、コーヒーの中に涙がしこたま入ってますよ…」
「分かってるよ。でも俺は冬梨の成長に感動しているんだ…。グスッグスッ」
バラムツさんが男泣きしている俺に若干引いた表情をしているが、だって仕方がないじゃないか。これが感動せずにいられるか。あの冬梨が…。
「冬梨ちゃんが成長したのはおにーさんの影響が大きいと思いますよ。だから冬梨ちゃんはあなたの事が…おっと、口が滑る所でした」
「俺の? 確かに冬梨の手助けはしたけどさ。俺は冬梨自身の努力の成果だと思うよ」
「あーあ、分かってませんね。鈍感男は嫌われますよ」
「???」
バラムツさんの言っている意味が良く分からなかったが、冬梨が成長した事は確かだ。彼女が抱える問題の解決はもうすぐそこだろう。
俺とバラムツさんは会が終わるまで引き続き冬梨をカフェの隅から見守った。
○○〇
4女神の問題解決まであとちょっと…かもしれない。
次の更新は12/13(水)です
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