美春アンダスタンド


「色彩マリンランドかぁ」


 次に甘利さんカップルが訪れたのは「色彩マリンランド」というアクアレジャー施設だった。もう10月なのに泳ぐつもりなのか。また意外な場所をチョイスしたなぁ…。まぁプールは温水なので季節はあまり関係ないのだけれど。


 ここは7月に青峰君が他の水着の女性をジロジロ見て甘利さんをブチ切れさしたところでもある。大丈夫かな…? 2人は俺の心配をよそに入場料を受付の人に払って中に入って行った。


「よし、あたしたちも入場よ!」


「先輩、そろそろ帰りましょうよ。あまり覗き見するのも悪いですし…。それに俺たち水着持ってないじゃないですか」


「レンタルがあるでしょ? 大丈夫、兼続の分のお金はあたしが払うわ!」


 先輩はそう言うが早いか受付の人に「大人2名で! 水着もレンタル!」と早々に伝えてしまった。今さら「やっぱりキャンセル!」と言って受付の人に迷惑をかけるわけにはいかないので、俺は渋々先輩に着いていくことにした。


 レンタルの海パンに着替えた俺は更衣室を出てプールエリアに入って行く。去年作られた最新の施設だけあって内装はかなり綺麗だった。大小様々なプールがあり、ウォータースライダーも完備している。


 初めて入ったが人気があるのも頷ける。現にもう10月だというのに人で一杯だった。俺の目の前にある「流れるプール」などは人がいすぎておしくらまんじゅう状態になっていた。


 中まで入ってしまったのなら仕方が無い。甘利さんたちの観察を続けるかと俺は彼女たちを探す。


 おっ、発見した! どうやら流れるプールを2人で楽しんでいるらしい。俺は近くにあった観葉植物に身を隠して2人を観察する。


「お待たせ兼続!」


 声がしたので振り向くと先輩が水着に着替えてそこにいた。レンタルの黒のビキニを着ている。相変わらず素晴らしいスタイルだ。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。更衣室を出る時にしたであろう消毒用のシャワーの雫を彼女の健康的な肌が弾いて眩しい。…本当見た目だけなら「美の女神ヴィーナス」だな。


「フフン♪ どう? あたしの水着の感想は?」


「今はそんな事より甘利さんたちを観察するんじゃないんですか?」


「んもうっ、釣れないわねぇ。折角兼続が喜ぶと思ってビキニを着て来てあげたのにぃ…」


 先輩はそう言って口を尖らせながら同じく俺が隠れている観葉植物に隠れた。…正直顔には出さないようにしているが、水着姿の先輩が隣にいる事に俺は内心ドキドキしていた。やっぱりこの人綺麗だなぁ…中身は残念だけど。


 ここからでは遠くて見えづらいと先輩が言うので、俺たちも甘利さんたちが入っている流れるプールへと潜入する。人が多いので近づきすぎなければバレないだろうという判断だ。


「皐月たちイチャイチャしてるわねぇ…」


 先輩が2人を見ながらそう呟く。プール内での甘利さんカップルはこれまでと変わらず仲睦まじい。2人で水を掛け合ったり、抱き着いたりしている。


 どうやら青峰君は今回は他の女の子に眼を奪われずにプールを楽しめている様だ。2人とももうお互いしか目に入っていないという感じなのかな? ラブラブで羨ましい限りだ。


 ん? 今一瞬甘利さんがこちらを見てニヤリとほほ笑んだような…? 


 ドンッ!


「あ、すいません」


 甘利さんに気を取られていたせいで、俺は隣にいたお姉さんにぶつかってしまった。俺はとっさに謝罪する。


 しかしさっきのお姉さん凄い水着着てたなぁ…。寮長が好みそうな水着だ。あの人以外にあんな水着を着る人がいたことに驚きである。


「………(ムスッ)」


 そこでその様子を見ていた先輩の目が細まる。どうしたのだろうか?


「ねぇ兼続。あなたさっきの女の人の水着姿ガン見してなかった?」


「えっ? そんなことしてませんよ」


「あたしの水着には一瞥いちべつしただけで何も感想を言わなかったのに見ず知らずの女の人の水着はガン見するんだ? へぇ~、ふーん、そう…」


 どうやら先輩は先ほど俺が水着姿を褒めなかったのを根に持っているらしい。うーん…レンタルの水着を褒めて嬉しいもんなのだろうか?


「いやいや、先輩の水着も似合ってますよ。ってかプールなんだから必然的にみんな水着を着てるわけで…他人の水着が目に入ってしまうのは仕方のない事なのでは?」


「そうかしら? さっきの兼続、獲物を狙うオニヤンマみたいな目をしてたわよ」


「どんな目ですか!?」


 オニヤンマの目って全然想像できないんだけど…。俺って複眼だったのか。


「いい? 他の女の子の水着をガン見するくらいならあたしの水着を見なさい! いくらでも見せてあげるから」


 先輩はそう言ってツーンとする。うむむ…先輩が怒った理由が良く分からんなぁ…。


 俺は何故か不機嫌になった先輩をなだめながら甘利さんカップルの観察を続けた。



○○〇



「なるほど…普通のカップルはこういう所で夕食をとるのね」


「先輩…本当にもう帰りましょうよ。俺お腹すきました…」


 現在俺たちは『シーサイドレストラン・カラーリング』というこの町ではそこそこ有名なレストランの店の前にある茂みに隠れていた。以前に俺が秋乃とデートした所でもある。


 プールでイチャイチャした甘利さんカップルが次に向かったのはここだった。時刻はもう19時なので夕食をとるのにちょうど良い時間だ。この店は予約なしでは入れないので、俺たちは仕方なく店の前の茂みに隠れて中を覗う。…正直店の人に見つかるとヤバい。


「こういう場所って堅苦しそうよねぇ…。でも普通のカップルはやっぱりこういう所の方が良いのよね?」


「一般的にはオシャレな場所でデートする人の方が多いと思いますね」


「やっぱりあたしは居酒屋とか定食屋の方が好きだわ」


「先輩はそれでいいと思いますよ。何もデートで絶対オシャレな場所に行かなくちゃいけないルールなんてないので。そこら辺は相手と相談して決めればいいんじゃないですかね」


「つまり相手とコミュニケーションをとって、お互いに何がしたいのかをすり合わせていけばいいって事ね。なんとなぁーくだけど、分かってきた気がするわ」


 先輩が俺を恋愛の練習台にする契約をしてからというのもの、この2カ月足らずで彼女はかなり普通の恋愛という物を理解してきたような気がする。


 結局は「こうすればOK!」などという恋愛のルールなど存在せず、自分が好きになった相手と色々相談して決めていくのが最適解だと俺も思う。


 件のインチキ恋愛アドバイザー大蒜醤油真紀子からは脱却させたし、後は先輩が好きな人を見つけて、その人と色々すり合わせていくだけだと思う。先輩の事なのですぐにでも彼氏ができるだろう。


 …これはもう彼女の問題はほぼクリアしたと言っても良いのではないだろうか? 


「ちなみに兼続は…定食屋とか居酒屋好きよね?」


「はぁ…好きですけど?」


「なら問題ないわね。えっと…兼続、次の土曜日なんだけど…空いてる?」


「…? え、ええ。空いてると思いますけど」


「じゃああたしと…」


 先輩がそこまで言ったところでレストランのドアが「チリンチリン」と開く音がした。俺と先輩は慌てて茂みに体を隠す。


 茂みに隠れながらチラリと見ると、甘利さんカップルが食事を終え出て来たところだった。危ねぇ…見つかる所だった。


 2人はそのまま手を繋ぐと海辺の方向に向かっていく。あっ、あっちの方角は…ラブホ街がある方向だ。…流石にこれ以上の追跡はヤボだろう。愛し合う2人の邪魔はするべきではない。


「先輩、帰りましょうか?」


「そうね。あたしもお腹空いたわ」


 先輩も2人の向かう方向を見て察したのか俺の意見に従ってくれた。ふぅ…いつ見つかるかと冷や冷やしたぜ…。追跡していたのがバレると絶対甘利さん怒るだろうからなぁ…。


 ピロリン♪


 …と、その時先輩のスマホからreinの着信音がした。先輩がスマホをポケットから取り出して内容を確認する。


「えっ、皐月?」


「えっ…?」


 俺は甘利さんたちの方を見た。すると甘利さんはニンマリと笑いながらこちらに手を振っていた。気づかれていたのか…。これは来週あたりに甘利さんにこってりと絞られそうだな…。


 こうして俺と先輩のストーキングは終わった。でもまぁ結果的には先輩が普通のデートというものを理解してくれたので良かったのかな?



○○〇


次の更新は12/9(土)です


※作者からのお願い


もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る