秋乃ローリング

「ハッ!? えっ? ここどこ?」


「おっ、秋乃起きたのか?」


 1時間ほど前、秋乃をリフレシュさせるために彼女の肩をマッサージしたまでは良かったのだが…彼女はそのまま寝てしまったので、俺は彼女を自分の布団の上に運んだのだった。


 普段はいつも笑っているけど、実際は寮のみんなの食事を作ったりして結構疲れが溜まってるんだろうな。俺のマッサージで少しでも彼女の疲れがとれたなら嬉しい。


 秋乃はまだ寝ぼけているのか、焦った顔で周りを見渡す。


「な、なんで兼続君が私の部屋にいるの?(直前の記憶がない…私何やらかした? 確か…彼の部屋にパンツの匂いを嗅ぎに来た…ゲフンゲフン、掃除をしに来たまでは覚えてるんだけど…)」 


「落ち着け、ここは俺の部屋だ。秋乃は俺がマッサージをしてたら寝ちゃったんだよ。気持ち良そうに寝てたから起こすのも悪いと思って布団の上に運んだの。座ったままの体勢で寝ると疲れも取れないしさ」


「あっ、そうだったの。ごめんね」


「それだけ疲れてたんだろう。いつも寮のみんなのためにありがとう」


「いえいえ…。ん? 寝てたって事は…兼続君もしかして私の寝顔見た?////」


「えっ?」


 それはもう気持ちよさそうに涎を垂らして爆睡しておりましたけど…。あっ…そういえば女の子は寝顔を見られるのが恥ずかしいとかいう話を聞いたことがあるな。彼女の寝顔を見た事は黙っていた方が良さそうだ。秋乃は怒ると怖い。


「見てないよ。俺今までこっち向いて勉強してたし」


 実際、俺は布団とは逆の位置にある机の上で参考書を広げて資格の勉強していた。なので秋乃の寝顔は少ししか見ていない。


「………」


 しかし秋乃は疑り深そうな目で俺を凝視してくる。


「…さっき私を布団まで運んだって言ってたよね? じゃあ見たんじゃん!!! 兼続君の嘘つき! 乙女の寝顔を見るなんて!!!//////////」


「それは…ごめん」


 そう言えばそうだった。秋乃は顔を真っ赤に染めて抗議してきた。これは言い逃れできないと思った俺は正直に彼女に謝る。…でもこれって彼女が俺の部屋で寝た時点で怒られるのは回避不可能じゃないか?


「これはもう…責任取ってもらうしかないよ/////」 


「せ、責任とは…?」


 女の子の寝顔を見た際にとらなければならない責任とは何なのだろうか? ラブコメ漫画だと「記憶を消去しろ!」とか言われて10トンハンマーで殴られたりするのだけれど…。俺は一体何をさせられるのか。


「乙女の寝顔を見て良いのは…その///// その人のかれ…しだけなんだからね! だから兼続君は責任取って私のその…////// あぅ…///////」


 んん~? 秋乃にしては珍しく声が小さくて何を言っているのか聞こえない。「乙女の寝顔を見て良いのはその人の…」何なのだろうか?


 でも考えてみると俺って結構女の子の寝顔見てるな。美春先輩はこの前酒に酔って全裸で寝ているところを見たし、千夏は彼女の部屋を尋ねると良く爆睡している。冬梨は俺とぶっ続けでゲームしてる最中にたまに疲れて寝てしまう時がある。寮長は…除外で、彼女の寝顔は記憶から抹消してしまいたい。


 乙女の寝顔を見てしまう事で何かしら責任を取らないといけないのであれば、俺は寮の4人全員に何かをしないといけなくなる。


「まぁまぁ落ち着いて。寝顔を見たのは悪かったと思ってる。今度何かしら奢るからそれで勘弁してくれ」


「…もう、いいよそれで。(ああああああ!!! せっかく兼続君に告白するチャンスだったのに…。私ってどうして肝心な時にいつも勇気が出ないのぉ~!!! ここでもっと攻められればなぁ…)」


 なんとか彼女から許しを得る事は出来たが…秋乃はそのままうかない顔をしてうつむいてしまった。そして彼女は俺の枕を抱きしめながら布団の上にポスンと倒れ込む。…よっぽど寝顔を見られたのがショックだったんだな。


「(あれ? 自然な感じで布団に倒れこんじゃったけど…これ兼続君の布団じゃん!? 布団から彼の匂いが…兼続フェロモンが漂ってくる…。ふぉぉ~!!! これは濃厚な匂いを摂取できそう!!! 寝顔を見られたのは恥ずかしかったけど、彼の布団に寝られたからこれはこれでOK! 今のうちに彼のフェロモンを摂取しとこ! ついでに私の匂いもマーキングよ!)」


 何故か秋乃はそのまま俺の布団の上でゴロゴロし始めた。…何をやってるんだ彼女は?


「秋乃…?」


「ハッ!//////(ヤバッ! 興奮しすぎて本人の目の前で思わずローリングしちゃった…。これ絶対変な子だと思われてるよね? 何か言い訳を考えないと…)」


 俺が彼女に声をかけると彼女はピタッとローリングを止めた。


「あはは//// 兼続君の布団気持ち良いね。思わずゴロゴロしちゃったよ////」


「そ、そうか…」


 確かそれニ〇リで3000円で買った安物なんだが…。そんなにローリングするほど気持ち良いかなぁ? 彼女の部屋にあるベットの方が柔らかくて良い材質のベットだと思うんだけど。まぁ布団の上に横になったらゴロゴロしたくなるという気持ちは分からなくはない。


 キーンコーンカーンコーン!


 秋乃とそこまで話したところで12時を知らせる鐘がなった。もうお昼か。田舎では特定の時間になると役所から時刻を知らせる鐘が鳴る。


「そ、そうだ! お昼になったから私お腹すいちゃった! 何か作ろうと思うんだけど兼続君も食べる?(ナイス! 話題を変えるチャンス到来!)」


「えっ? いいよ別に」


 別にお昼を食べなくても死ぬわけでもないし、あまり彼女に負担をかけるのもどうかと思った俺はそれを断った。せっかくの日曜日なので身体を休めて欲しい。


「あー…なんだかうどん食べたくなっちゃったなぁ。そうだ! 鍋焼きうどんでも作ろうかなぁ。チラッチラッ」


「う゛っ…」


 しかし秋乃はあろうことか昼食に俺の好物である鍋焼きうどんを作ると言ってきた。鍋焼きうどんを想像すると口の中に涎が溢れてくる。というか…どうして彼女はそんなに俺に昼飯を食べさせたいんだよ!? 訳が分からんよ!


「わかったよ…。ご馳走になります」


「決まりね! じゃあ食堂に行こうか?」


 鍋焼きうどんの誘惑に負けた俺は結局彼女に昼食をご馳走になる事になった。



○○〇



「フーン♪ フフ―ン♪」


 相変わらず少し音程のずれた鼻歌を歌いながら秋乃はキッチンで鍋焼きうどんを作っている。俺は椅子に座り、料理が出来るのを待っていた。鰹出汁のいい香りが鼻孔をくすぐる。あれ…? でもこれ顆粒出汁の匂いじゃないな。ちゃんと鰹節からとった出汁の匂いだ。


「フーン、フフ―ン♪(私考えたんだけど、兼続君の気を引くだけならこの鍋焼きうどんは兼続君のお母さんの味にするのが良い…でもそれじゃあ彼は私に惚れたことにはならないのよね。なぜなら彼が好きなのは彼のお母さんの味であって私の味じゃないんだから。彼を本当の意味で落とすなら自分の味で落とさなくちゃダメ! 見ててお母さん!!! 秋乃は見事彼を依存させて見せます!!!)」


 数分後、料理が完成した秋乃は俺の前に鍋焼きうどん差し出してきた。


「どうぞ召し上がれ! 秋乃さん特製のデラックス鍋焼きうどんよ♪」


 鍋を差し出された瞬間、湯気と共に鰹出汁の香りが鼻から脳に突き抜け俺の空腹を刺激する。そしてその黄金色の鰹出汁の中には柔らかそうなうどん、更にその上には新鮮な色とりどりの野菜たちが乗っていた。これは…美味しそうだ。


 俺は早速箸をとってうどんをすする。うん、美味い。何といってもこの濃厚な出汁がとても良い。口の中にまろやかな鰹の風味と旨味が広がる。おそらく俺が料理漫画の登場人物だったなら、あまりの美味さに服が破けていただろう。それくらい美味い。


 俺の母ちゃんが作ってくれた顆粒出汁で作った手抜き料理もいいけど、鰹節から取った出汁もいいものだ。なんというか…脳が喜んでいるのが分かる。


「美味しい?」


「ああ、むっちゃ美味いよ」


「ありがとう。どんどん食べてね。兼続君のためだけに作ったんだから♪」


 秋乃はニコニコと俺の方を見ながら自分もうどんをすすった。俺はあまりの美味さにものの数分でうどんを食べきってしまった。


 やはり秋乃は料理上手だ。あぁ…こういう人が毎日料理を作ってくれたら幸せだろうな。



○○〇


次の更新は12/5(火)です


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