復活の暇谷弥太郎

 芋煮会のあった日の夜。俺はみんなと騒げて楽しかった半面、はしゃぎすぎて少し疲れを感じていたのでその日は早めに眠る事にした。風呂に入り、部屋の電気を消して布団に入ると早々に夢の世界へと旅立っていく。



○○〇



カーン! カーン! 


 教会のベルが鳴り響く。その日の俺はとある人物と結婚するべく、色彩市にある教会で結婚式を挙げようとしていた。


 夢の中の俺はタキシードを着て緊張した様子で新婦の部屋を訪ねる。遠慮がちに部屋をノックすると中から「どうぞ」と言う声が聞こえた。俺はドキドキしながら部屋の扉を開いた。


 中にはウェディングドレスを纏った女の人がいた。恥ずかしいのか後ろを向いている。俺はその人物の姿をよく観察した。


 純白のウェディングドレスがその人の美しさをより際立たせ…その人は普段から綺麗な人だったのだが、より綺麗になっている。例えるなら世界3大美人の1人である小野小町も裸足で逃げ出すような美しさだった。


 …あれ? おかしいな。そもそも俺の目の前でウェディングドレスを纏っているこの女の人は一体何者なんだろう? しかし顔も見えないのに何故か俺は何故かその人の事をよく知っている気がした。何でだろう? 


「綺麗だよ…。そのドレス。凄く似合ってる」


 夢の中の俺は新婦にそう言葉をかける。そして俺の声に反応して新婦がこちら側を振りむいた。その瞬間…俺がいたその夢の世界はかき消え、暗黒にまみれる。


 場面は教会の結婚式場から一変し、次に気がつくと俺は何やら男子寮の自分の部屋でうつ伏せになっていた。


 結局、あの女の人は誰だったのだろう? 俺がウェディングドレスを纏った女の人が誰なのか考察しようとしていると、いきなり俺の背中に「ドン!」という衝撃が響いた。何事かと思って背中側を見る。


 見ると氏政が俺の背中の上で胡坐を組み、空中浮遊の練習をしていた。彼は俺の背中の上でドスンドスンと胡坐をかいたままジャンプする。


「おい、氏政やめろ!」


 夢の中の俺は氏政に抗議する。しかし彼は「これも彼女を作るための修行の一環だ」と言って空中浮遊の練習を止めようとしない。


 何で空中浮遊が彼女を作る事に関係あるんだよ!? いい加減腹が立った俺は氏政を振り落とすべく仰向けになり、彼に腕を伸ばす…。



○○〇



「ハッ!?」


 目が覚めた俺は周りを確認した。よく見慣れたコンクリートの天井が見える。ここは…女子寮の俺の部屋? どうやら俺は今まで悪夢を見ていたらしい。全く…勘弁してくれよと思いながら今は何時なのか確認するべく枕もとのスマホへと手を伸ばした。


 ドスンドスン


 しかし…何やら俺の腹の上でまだ何かが暴れているような気がした。俺は起き上がり布団の上を確認する。


 俺の目に入って来たのは布団の上でコサックダンスを踊っている暇谷弥太郎だった。以前見た時と変わらず、黒い着物を着て頭はチョンマゲを結っている。


 何故彼が俺の布団の上にいるんだ? こいつはお札を大量に張って封じたはず…。俺はお札を貼ってあった壁の方を見る。すると壁に貼ってあったお札は全てビリビリに破かれていた。そんな…お札が…全部で4万円もしたのに…。


 俺は暇谷弥太郎に声をかけた。


「おい! 何やってんだよ?」


「(おっ! やっと気づきおったか! お主が目覚めるまで1時間ほどコサックダンスをしておったから少々疲れたぞい)」


「いや、するなよ。はぁ…また大量のお札を貼らないとダメか…」


「(お札を貼るのはちょっと待て! 小生はお前と話をしに来たのだ)」


「話ぃ?」


 幽霊が俺に何を話すことがあるというのだろうか? 彼の言葉を聞かずにそのままお札を貼っても良かったが、俺は気まぐれで彼の話を聞く事にした。布団の上に座って彼に向き直る。


「(ほっほっほ、殊勝な心がけだ)」


「うるさい! とっとと用件を話せ! くだらない話だったらすぐにお札を貼るからな! 今度は100枚全部貼るぞ!」


「(まぁそうカッカするな。お前は…小生が何故成仏できないか知っているか?)」


 こいつが成仏できない理由…? 確か自分の人生が平穏でつまらなかったから、死んだ後にこの地下室に憑り付いて地下室に来る人の人生を波乱万象にしてるんだっけ?


「(そう、小生は波乱万丈の人生が見たいのだ! 自分が体験できなかった、心躍る、心臓がドキドキして止まらないような)」


 彼は少年のような顔をしてそう答えた。…そんなにドキドキしたいなら心筋梗塞にでもかかってろよこのクソ野郎! 人様に迷惑かけるんじゃねぇよ! あっ、もう死んでるから心筋梗塞にはならないのか。残念。


「波乱万丈の人生が見たいんならこんな寮の地下室に憑り付いてないで別の所に行った方が良いんじゃないか? それこそ大企業の社長とか政治家とか芸能人とか…そっちの方がよっぽどスリルを味わえると思うぞ?」


「(いや、それがだな…。東坂兼続、お主なら小生の希望を叶えてくれそうなのだよ。政治家や芸能人に憑りつくよりよっぽど面白そうだ)」


「は?」


 また意味の分からないことを言う…。確かに俺の周りには少し変人が多い。だがそれだけだ。俺自身はそんなに面白い人間ではないし、人から見てそんなに楽しそうに見える人生を送っているわけではない。俺はただの平凡な陰キャ大学生なのだ。


「(実はのぅ。小生は長くこの部屋に生きるうちに学生が読んでいるラブコメという物にドハマりしてのぅ…。心躍る濃厚なラブコメが見たくて見たくて仕方が無かったのじゃ! そして東坂兼続、今のお主は非常に面白い星の下におる。お主の周りには白く輝く4つの星、そして少し離れた所に最近現れた黒く輝く星が1つ。近いうちにその星々が入り混じり、お主にとって波乱万丈な結末となるだろう。小生はそれが見たくて堪らないのだ!)」


「???」


 こいつの言っている意味が分からん…。何だよ「星」って? 星占術か何かの話か? というか幽霊がラブコメ好きって…。こいつも童貞のまま死んだのかな?


「(ま、無茶苦茶簡単に言うならお主に女難の相が出ているという事だな)」


「女難の相ぉ?」


 「女難の相」って女性に関するトラブルが増えるって事だよな? 無い無い…と思ったのだが、そういや最近周りの女の子たちが俺にむっちゃ絡んでくるんだよな。今日も女子寮の4人に囲まれてちょっと心労がしたけど。それの事か?


「(どうやら思い当たるフシがあるようだな?)」


 弥太郎は布団の上にプカプカと浮かびながらニヤリと笑う。うーん…でもあの4人とはあくまで友達として仲が良いだけだからな。俺が恋仲になる? 4女神と? ありえないと思うけどなぁ…。


「ってかトラブルってお前が原因で起こっているんじゃないのかよ?」


 地下室に住む住人がトラブルに遭いやすくなるのは、コイツがトラブルに遭いやすくなる呪いをかけているからと聞いている。


「(小生はあくまできっかけを与えているだけだ。そのきっかけがその後どうなるかは小生にもコントロールできん。その点お主は他の者のように精神崩壊せず、よくここまで面白そうな状況を作り上げた。お主は逸材なのだ。東坂兼続!)」


 …こいつに褒められてもまったく嬉しくねぇ。


「(という事でお主の波乱万丈の人生を小生に見せてくれ! お主がもしその難局を乗り越えハッピーエンドを迎えた時、小生は満足して成仏するだろう! では、楽しみにしておるぞ! ハッハッハ!)」


 弥太郎の霊はそう言うとそのままスーッと消えて行ってしまった。はた迷惑な霊だなぁ…。


 自分がつまらない人生を送ったからと言って他人にそれをやらせようだなんて…。ガチの悪霊だよあいつは。あーあ、朝起きたら部屋を清めとこう。お札貼って盛り塩しておくか。


 …でも女難の相か。弥太郎ははた迷惑な霊ではあるが…悪霊としての実績は折り紙付きである。その悪霊が「お前には女難の相が出ている」と言ってるのだから、用心しておいた方が良いだろう。


 波乱万丈な未来ねぇ…。やだねぇ。俺はそのまま布団にもぐって目をつむった。



○○〇


次の更新は11/23(木)です


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