芋煮会だと!?

「あんたたち! 今週の土曜に寮の中庭で芋煮会やるわよ!」


 俺たちが寮の食堂で夕食をとっていると突然寮長がそんなことを言い始めた。


「芋煮会?」


 …って言うと東北の風習でデカい鍋に里芋を始めいろんな食材を突っ込んでみんなで囲んで食べるアレか? なんでまた急にこの人はそんな事を言い始めたのだろうか。ちなみに俺たちが住んでいる色彩市に芋煮会の文化はない。


「わたしのおばあちゃんが東北で農家をやっててね。それで沢山里芋を送ってくれたのよ」


 寮長は食堂の隅に置いてある段ボールの箱を指さす。あれ何が入ってるのか疑問だったが里芋が入ってたのか…。


「確か寮の倉庫にカセットコンロとクソデカい鍋があったわよね? あれを使いましょう。あんたたちも友達とか呼んでいいわよ。食欲の秋、豊穣の秋、食物の恵みはみんなで分け合いましょう。芋煮会は大勢で食べた方が美味しいんだから!」


 おかしい…。寮長にしてはとてもまともな事を言っている。この人なら「芋煮会に呼んだ人から金とって寮の運営資金にあてるわよ」とか言いそうなものだが…金をとらないだと? まともな事を言うだけで違和感を抱かれるほどこの人の普段の言動はおかしいのだ。


 明日は大雨が降るんじゃないかとスマホで天気予報をチェックしたが、明日の天気は快晴らしかった。


「という事で準備は秋乃、お願いね!」


「あ、はい。でも寮長、里芋と鍋の出汁は兎も角として、他の食材はどうするんですか? そんなに沢山の食材を買えるほどの余裕は無いですよ?」


「う~ん、そうねぇ…。あっ、そうだわ! こういうのはどう? 芋煮会に参加する条件に1人1品なにかしらの食材を提供するように言えばいいんじゃないかしら? そうすれば寮の経費は使わずにそこそこ具材の入った良い鍋になると思うわ。もちろんあんたたちも何か1品用意する事。あたしは里芋用意したから無しね」


 …この人自分が損せずに相手に負担を強いさせる事を思いつくのだけは早いな。でも寮の経費を使わずに鍋に沢山の食材を集めるとなるとそれしか方法はないか。1人1品程度ならそれほど金銭面の負担は無いしな。


 …という事はだ。逆に考えれば芋煮会に人を呼べば呼ぶほど具材が豪華な鍋になるってわけだよな? 


「それなら…あたしは皐月を呼ぼうかしら?」


「…冬梨もバラムツを呼ぶ」


 先輩と冬梨も友達を呼ぶ気満々のようだ。そういう事なら俺も男子寮の連中と氏政…あと最近仲良くなった諏訪さん辺りを呼んでみるか。寮長の言う通り、秋の味覚はみんなで分け合った方が美味しいだろう。なんだか土曜が楽しみになって来たぞ。


 しかし、その時の俺は楽しい芋煮会がまさかあんな地獄になるとは想像もしていなかった。



○○〇



 土曜日、待ちに待った芋煮会の日がやって来た。俺が男子寮の連中や氏政、そして諏訪さんに芋煮会への参加を打診した所、彼らは快く承諾してくれた。秋乃の隣で食材の準備をしながら参加者の到着を待つ。


「よっ! 兼続」「先輩、お久しぶりです」「兼続ぅ~。俺を何カ月も放っておいて…他の女と何してたのよ!? 俺の事はもうどうでもいいのかよ!? あんなに…あんなに…俺と熱い夜を過ごしたのに…」


「キモイからやめろ…」


 男子寮の中山寮長がそう言って筋肉ムキらせながら身体をクネクネさせる。…飯食う前に気持ち悪くなってきた。ちなみに熱い夜を過ごしたというのは筋トレの事だ。


「えっ…兼続お前やっぱりホモだったのか!?」


「違う! ほら、さっさと食材よこせ!」


 そして男子寮の連中と一緒に来ていた氏政がまた俺をホモ扱いしてきた。こいつらがいると本当にツッコミが追い付かん。やはりこいつらを呼んだのはミスだったか。俺は彼らから受け取った食材の入った袋を秋乃に渡す。


 そんな俺たちの様子を見ていた諏訪さんが横でクスクスと愉快そうに笑った。


「東坂君って面白いね」


 …別に俺が面白いわけではないと思う。俺自身は何の面白みもないつまらん一般人なのだ。俺の周りの人間に頭のおかし…ゲフンゲフン、愉快な人間が多いだけの話である。


「ムムッ…(諏訪信野…最近兼続君と仲が良いのよね。要注意人物…マークしとかないと…)」


 隣にいる秋乃から変なプレッシャーを感じるのだが気のせいだろうか?


「そういえば朝信は?」


「なんか『用意する食材に悩んでるから先に行ってて欲しいですな』と言われました」


 定満後輩が朝信の声マネをしながら俺にそう伝えて来る。後輩には悪いが全然似てねぇ…。


 用意する食材に悩んでる、ねぇ…一体何を持って来るつもりなのやら。でも朝信はグルメなのでもしかするとかなり良い食材を持って来るかもしれない。高級和牛とかな。


「やっほー。来たよー」


「本日はお招きいただきありがとうございます!」


 俺たちが話をしていると甘利さんとバラムツさんがやって来た。俺は彼女たちからも食材の入った袋を受け取ると、先ほどと同じく鍋の準備をしている秋乃に渡した。


 …だがバラムツさんから受け取った袋から異様な重さを感じた。袋の中身を覗くが新聞紙にくるまれていて何か分からない。

 

「バラムツさんの袋重いな…。何が入ってるんだ」


「バラムツです。魚の方のね」


「おい!? 俺ら全員下痢ピーになっちゃうじゃないか!?」


 以前にも説明したが、バラムツという魚は非常に美味な魚なのではあるが…人間が消化できない油を含んでいるため、バラムツを大量に食べると油がケツの穴から勝手に出て来てしまうのだ。


「やだなぁ…冗談ですよおにーさん。中身はただの鮭です。秋ジャケ、美味しいですよ?」


 念のため食材をくるんでいた新聞紙を取り払って中身を確認するが、その中身は見慣れた魚である鮭だった。バラムツさん…その冗談は笑えないぜ。


 俺は鍋の中の様子を確認してみた。ヨシヨシ、いい感じに芋に火が通って来てるな。出汁の色も透き通っていて美味しそうだ。流石秋乃。


「ん? んんー?」


 と、その時みんなから貰った食材を切っていた秋乃から変な声が上がった。どうしたんだろうか?


「兼続君…これ何だと思う?」


 秋乃が手に持っていたものを俺も確認すると透明な袋の中に白い粉が入っていた。何だこりゃ!? 明らかに怪しい粉なんだが…。誰だよ、こんなの持ってきた奴。


「それは俺が持ってきたプロテインだな」


「お前かよ!? 鍋にプロテイン入れようとするんじゃねぇよ…」


 声を上げたのは中山寮長だった。…考えてみればプロテインなんて持って来る奴はこいつぐらいしかおらんわな。


「そんな…俺はただ、みんなが筋肉ムキムキになれるように鍋に入れる食材は何が良いのか必死で考えて…」


 中山寮長はその図体のでかい筋肉質の体でメソメソとし始める。白々しいマネしやがって…。


「当然だけどプロテインは鍋には入れないからな」


「せっかくバナナ味にしたのに…」


「なお悪いわ! バナナ味の鍋なんて食いたくねぇよ!!!」


「寮長ショックゥ!」


「顔芸すんじゃねぇ!!!!」


 ったく…。俺はプロテインの袋を鍋に入らないように机の横の方に寄せた。…このプロテインは後で個人的に有効利用させてもらおう。


 10数分後、みんなが持ってきた食材を大体鍋に入れ終わり、具材に火が通って来た。そろそろ食べごろではないだろうか? 


 それにしても朝信の奴遅いなぁ…。もう芋煮会始まっちゃうぞ。


「お待たせしましたなぁ~」


 俺がそう考えていると朝信が汗ダクダクになりながらこちらに走ってきているのが見えた。朝信は芋煮会の会場に到着すると自分が持ってきた食材を急いで鍋の中にボチャリとぶち込む。


「手に入れるのに苦労しましたなぁ~」


 あっ…何入れたか確認してない。ま、いいか。朝信の事だから食べれないものは入れてないだろう。


「ヨシヨシ、食材が煮えて来たわね。それじゃあ芋煮会始めるわよ~。みんな皿と箸は持った~?」


 そして甲陽寮長が音頭を取り、芋煮会が始まった。



○○〇


次の更新は11/15(水)です


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