来月は大学の文化祭

 10月になって大学が始まり、再び忙しい毎日を過ごしている俺。その日の最後の講義で教授に質問したいことがあった俺は一緒に講義を受けていた朝信と氏政に先に帰ってもらい、1人で教授に質問しにいった。


「ふぅ、長い話だったな…」


 質問しに行ったのは良かったが、教授に何かスイッチが入ってしまったらしく、そのまま20分ほどずっと早口で解説をされた。まぁ内容を理解できたからいいけど。


 5限の講義だったので講義室を出るともう夕方だった。大学のキャンパスが夕焼け色に染まっている。夏に比べると日が沈むのが大分早い。俺はその夕焼けに照らされたキャンパスを1人女子寮へと帰っていた。


「おーい! 兼続!」


 そんな中、俺は誰かに声をかけられる。この声は…。


「高広先輩?」


「おう! 久しぶりだな。元気だったか?」


 声の主は男子寮の先輩である高広先輩だった。彼は笑顔で俺に追いつくと肩を軽くグーパンしてくる。これが彼流のコミュニケーションなのだ。


 これは珍しい人と会ったもんだ。彼は3回生にしてもう卒業に必要な単位はほとんど取ってしまったらしく、現在履修しているのはゼミなどの必修講義だけらしい。今はその空いている時間を就活の準備に当てており忙しい様だ。なので彼とは大学内で会う事自体まれであった。


「ゼミの帰りですか?」


「ああ、あのゼミ5限にあるのがめんどいんだよな。もっと早い時間にやってくれれば時間を自由に使えるのに」


 5限は16時20分~17時50分という凄く中途半端な時間に行われるからな。就活の準備をしている先輩としては予定を立てづらいのだろう。…俺もそろそろどのゼミに入るか決めなくてはならない。


 俺と先輩は久々に会った手前、お互いの近況を話し合いながら帰路につく。そんな中、先輩がふと疑問を口にしてきた。


「そういえば兼続、お前文化祭は女子寮と男子寮どっちのメンバーとして出るんだ?」


「あっ…そういえばどうなるんだろう?」


 文化祭は大学にある各サークルなどが自分たちの1年の活動の成果として何をやったかを発表するために行われる…のだが、実際はサークルの内容とは関係なく飲食店だったり、ダンスや漫才をしたりと結構自由な出し物が認められている。


 そしてサークルとは関係ないのだが、男子寮と女子寮も何故か毎年文化祭で出し物を出すのが恒例になっていた。


 文化祭は11月の末にあるので、そろそろ出し物を決めておかなくてはならない。


 俺は男子寮の人間だが、現在は女子寮に住んでいる。…おそらく男子寮側で参加だとは思うが一応甲陽寮長に聞いておくか。


「今日帰ったら寮長に聞いておきます。多分男子寮側だと思いますけど。それより今年は何やります? 去年は確かお化け屋敷でしたよね?」


 去年の男子寮の出し物はあのクソぼろい男子寮を利用したお化け屋敷だった。適度にボロい男子寮の建物とあのカビと汗の入り混じった匂いが本当にお化けが出そうな場所という妙なリアル感を出していたらしく、雰囲気だけでも怖いと好評だった。


 …でも確か去年それでチビッた奴がいて掃除するの大変だったんだよな。しかも食堂でチビリやがるからしばらくの間飯を食う時にアンモニアの匂いを一緒に嗅ぐことになって苦痛だった。


「あれは掃除がめんどくさいから今年は別のだな。出来れば準備と片付けが簡単な奴が良い」


「ですよね」


 出し物の本決めは多分男子寮で会議の招集があるだろうからそこで決めると思われる。そして俺はその後先輩と軽く意見を交わして別れた。



○○〇



「何言ってんの? あんたは女子寮側で参戦に決まってんでしょ?」


「え?」


 女子寮に戻り、寮長に俺は男子寮と女子寮のどちらの側で参加すればいいのか聞いた所、予想外の答えが返って来た。…俺女子寮側で参戦するの?


「貴重な労働力を逃すわけないでしょ?(あんたは今女子寮に住んでるんだから女子寮側で参戦に決まってんでしょ? 景虎ちゃんは承諾済みよ)」


「おい! 本音と建前が逆になってるぞ!」


「あっ…。今のは忘れて頂戴」


 寮長は下手な口笛を吹きながら横を向く。


「この野郎…」


 このアラサーババア…。俺に肉体労働させたくて無理やり女子寮側に引き込んだな。


「でも確かにこっちは女の子ばかりだから兼続がいてくれると助かるのよね」


 俺が寮長に怒りをぶつけていると千夏が横から口を出してくる。


「そうそう! そうだよ! 兼続君がいると本当に大助かりなんだから。いつも重い物持ってくれてありがとうね。文化祭の準備でもこっちにいてくれると私は助かるかなぁ…(兼続君を逃すわけにはいかない…。一緒に文化祭の準備をするためにもここは全力で彼を引き留めなければ…)」


「秋乃…」


 それまでは寮長の言葉に怒りを感じていた俺であったが、秋乃の感謝の言葉に胸が打ち震えた。あぁ…感謝されるって素晴らしい。彼女たちを助けるためにも俺は女子寮側で参戦した方が良いかな?


「そうよね。兼続がいると助かるのもあるけど、折角今は女子寮に住んでるんだから一緒に文化祭の準備やりましょうよ?(文化祭と言えば…男女の仲が深まるイベントよね? 少女漫画でも良く出て来るし。これはチャンスよ!)」


「…冬梨もそれに賛成(…兼続が近くにいてくれた方がアタックできる機会が多い)」


「先輩…。冬梨…。分かりました。俺は女子寮側で参加します!」


「そうこなくっちゃ!」「…流石兼続」


 寮長の言葉には腹が立ったが、俺がいてくれると助かるという千夏と秋乃の言葉と、俺と一緒に準備をしたいという先輩と冬梨の言葉で女子寮側で参戦することを決意した。


「で…出し物は何をするんだ? 今から相談?」


「ふっふっふ。実はね。もう決めてあるの」


「「「「えっ?」」」」「…?」


 俺たち5人は寮長の言葉に驚く。こういうのって普通寮生で相談して決めるんじゃないの? 男子寮はそうだったよな…? 


「寮長権限で決めたわ! 聞いて驚きなさい! それはね…メイド喫茶よ!」


「「「「「メイド喫茶ぁ!?」」」」「…メイド喫茶?」


「ちなみにもう申請用紙を提出済みだから今から変えるのは無理よ」


「おい!」


 このオバハン…相変わらず無茶苦茶だなぁ…。お見合いが成功して身が固まるからちょっとは大人しくなるのかと思いきや、人はそう簡単に変わらないという事か。俺はため息を吐きながら寮長に理由を尋ねた。


「…なんでまたメイド喫茶なんかにしたんだ?」


「兼続、あんた駅前にある『メイド喫茶・舞方』って知ってる?」


「『メイド喫茶・舞方』?」


 …って確か朝信がドハマりしているメイド喫茶だよな? というか色彩市にはあそこしかメイド喫茶はない。ちなみに舞方さんという人が経営者だから『メイド喫茶・舞方』というらしい。


「わたしはね。この前あそこに行って感銘を受けたの。センスのいい店内、教育の行き届いたメイド…そしてできるだけ原材料費を安くして客から搾り取れるように考えられた料理とオプションの数々…」


 …おそらく本当に寮長が感心したのは後半のお金に関する部分だけだろう。確かにあそこのオプションは客から金を搾り取れるようによく考えられていたな。


「そして閃いたの! 『あっ、これ文化祭でやれば大儲けできるんじゃない?』って。ちょうどウチの寮にも見た目が良いのが4人いる事だし」


「それが目的かよ!? ふざけんな!」


 こいつ…儲けのためだけにメイド喫茶を企画したのか…。


「兼続、あんたはわたしを金の亡者と批判するけど、この女子寮のリフォーム費用は一体どこから出したと思ってんの?」


「えっ?」


「ここ10年ぐらいの文化祭の儲けをずっと貯めて、それをリフォーム費用にしたのよ? 要するに文化祭の儲けは寮の運営の生命線な訳よ。儲ければ儲けるほどあんたたちや次の世代が暮らしやすくなるって事」


 …そうだったのか、知らなかった。この人もなんだかんだ言ってちゃんと寮の運営の事を考えていたんだな。


「すまん、寮長。文化祭の儲けがそんなことに使われてるとは思わなかった」


 俺は自分の無知を恥じて寮長に謝罪する。


 …ん? でもそれだと男子寮は何故いつまでもリフォームされないんだろう? それに食事が豪華になった覚えもない。去年のお化け屋敷の儲けは結構多かったと聞いているけど…。後で聞いてみよう。


「いいわよ。わたしも言ってなかったしね。じゃあそういう事でメイド喫茶で決定ね!」


「でも寮長、メイド喫茶ってその…なんか変な事するんでしょ? 私、知らない人に変なことするの嫌ですよ!」


「そ、そうですよ寮長! 私も好きな人以外に『あ~ん』とかしたくありません!」


「それに痴漢みたいな人が来たらどうするの?」


「…冬梨は断固拒否する」


 今度は4人が寮長に猛抗議した。そうだよな、いくら寮のためとは言ってもメイド喫茶は抵抗あるよなぁ。


「まぁオプション内容はこれから相談して決めましょ? 4人がどうしても無理っていうのは無くせばいいし…。痴漢は兼続がいるんだから彼に撃退してもらうって事で…」


 4人はそういう事ならと渋々頷いた。そうか…俺は男性として変な奴から4女神を守る役目があるのか…。責任重大だな。文化祭までに少し体を鍛えとくか。



○○〇


次の更新は11/9(木)です


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