2人の女子会

~side千夏~


 千夏はベッドに寝転びながら抱き枕としてチンアナゴのぬいぐるみである「アナ続」を抱きかかえて、スマホでネットサーフィンをしていた。


 …もっとも、彼女のスマホの検索サジェストには「好き好き好き好き好き好き好き」という一見すると病んでいる様な言葉の羅列が並んでいるだけであった。彼女はその言葉の羅列を見ながらボーっとしていたのだ。


「(あの時感じた胸のドキドキ…兼続が演技とは言え私の事を好きだと言った瞬間、私の胸は爆発した…。心臓がバクバクして鼓動が止まらなくなって、止めようとしても気分が高揚してどうしようもなかった…//// 恋をした時にそうなると知識としては知っていても、今まで確証を得る事が無かった。…でも)」


 千夏はあの時はっきりと理解したのだ。これは「恋」だと。自分がどれくらい調べても分からなかった「恋」をやっと理解できたのだ。それは嬉しさと感動を同時に彼女に与えた。知識欲として恋というものを理解した感動と彼の事を好きな幸福感で彼女小さい胸は一杯に包まれていた。


 元々千夏は外ではキリッとクールな優等生の仮面をつけ、寮の…もっと言うと誰も見ていない所ではダラけている人物なのではあるが、ここ数日の彼女はレンジでチンしたチーズの如く、そのクールな顔が時々ふにゃりと乙女のようにとろけているのである。


 その彼女の有様たるや否や、彼女の親友である秋乃もある意味気味の悪さを感じたほどである。


「(恋愛は麻薬…なんて言われる理由もなんとなくわかる気がするわ。あの時の胸の高揚は…私の人生の中でも上位に来るほどの快楽だもの)」


 彼女は自分が恋愛という麻薬の快楽に溺れている事を頭では理解しながらも楽しんでいた。まぁ、止めようとしても止められないのであるが…。 


「(そういえば調べてみて分かったけど、夏祭りの時に兼続の横にいた時の安心感、私はあれをドキドキしないから恋じゃないと勘違いしていたみたいだけど…異性に安心感を感じるのは素のままでいられて居心地がいいかららしいわね。つまり私は本能的に兼続を相性が良い相手だと感じ取っていたという事か…)」


 千夏は「好き好き好き好き好き好き好き」という文字を消して新たにスマホに検索ワードを入力し、調べ物をしていく。そして過去に自分がした考察は勘違いであると結論付けた。


「(なんか凄く遠回りしちゃったけど、私は夏休みの途中ぐらいから彼の事が好きで恋をしていたのね…)」


 一通りスマホで調べ物を終えると千夏はスマホをベットの傍らに放り出し、彼に買ってもらった特大のぬいぐるみである「アナ続」を抱きしめる。


「(アナ続//////////)」


 千夏はまるで少女のように想い人に買ってもらったぬいぐるみを彼に見立てて思いっきり抱きしめた。大学生の女子がやるにはいささか幼い行動かもしれないが、彼女は数日前にやっと恋を理解したばかりなので仕方が無い。ある意味心は中学生と同等と言っても良いだろう。


「(…恋というものを理解したのはいいけれど、それだけじゃダメよね。恋愛は成就させてこそ! つまり私の気持ちを彼に伝えて受け入れてもらう必要があるワケだけど…どうしたらいいのかしら? 私はそこら辺も知らないのよね…)」


 「恋」というものを理解した少女に次に降りかかった問題。それは如何にして意中の人に自分の想いを伝えて付き合うかというものである。当然ながら千夏にはその知識も経験も無かった。


「(あっ、そうだわ! こういう時には頼りになる先人がいるじゃない! 彼女に話を聞きましょう)」


 千夏は早速その人物にreinを送った。



○○〇



「珍しいね。千夏ちゃんが相談があるだなんて?」


 千夏は親友である秋乃に教えを乞う事にした。彼女は現在絶賛片想い中だと聞いている。以前に進捗を聞いた所、結構いい所まで来ているという話を聞いていたので、千夏が話を聞くには最適な相手だと思ったのだ。


 秋乃は自分の部屋に来た千夏にお茶とお菓子を差し出す。千夏の好きな潮風堂のどら焼きとアツアツのほうじ茶である。


 千夏は好物を目の前にして早速どら焼きを手に取ると一口かじる。柔らかい生地と適度な甘さのあんこが口の中でとろける。そしてアツアツのほうじ茶でそれを流した。ほうじ茶の豊かな香りが鼻の中を駆け巡り、渋みがあんこの甘さをスッキリさせてくれる。


「あ゛あ゛~。やっぱり日本人にはこれよねぇ~」


「ふふふ。千夏ちゃんそれ大好きだもんね」


 秋乃は自分もベットの上に座ると、どら焼きとほうじ茶を一口飲む。


「で、相談って?」


「じ、実はね…。そ、その…」


 千夏にしては歯切れの悪い言葉に秋乃は頭に「?」マークを浮かべた。彼女がこんなにも言いよどむなんて珍しい。いつもはハッキリシャッキリと物を言うのに。


「す、好きな人を振り向かせるのってどうすればいいのかしら?/////」


 そこまで聞いて秋乃は「成程!」と思った。確かにこの話題は口に出しづらい、秋乃も経験があるから良く分かる。なんせ彼女も極度の恥ずかしがり屋ゆえに恋愛相談というものをあまり人にした事が無かった。


 実を言うと友達にさえ、好きな人はいると言ってはいるが「誰が」とまでは絶対に言わなかったし、恥ずかしいから自分から恋愛相談をすることなど無かったのだ。彼女が恋愛相談をする時はいつも人が話題に出してからである。


「という事は千夏ちゃん好きな人が出来たの!? おめでとう!!!」


 秋乃は親友の恋をまるで自分の事のように喜ぶ。過去のトラウマ故にあまり親しい異性を作りたがらない千夏。そんな彼女を秋乃も心配していた。


「で、誰? 同じ大学?」


 彼女は目を輝かせながら千夏に迫る。自分は聞かれても絶対に答えないのに現金な娘である。


「そ、それは…秘密よ///」


 千夏は「兼続が好き」と同じ寮に住んでいる人間に言う事に少し抵抗を覚えた。もし兼続の事が好きと言ってしまうとこの話が寮中に広まり、他の寮の住人が千夏をからかってくる事態を憂慮したのである。


 特に寮長の耳に入りでもしたら大変だ。大学を卒業するまでずっとからかわれ続けるに違いない。なので千夏は自分の好きな人の名前を言うのはまだ時期尚早と判断したのだ。


 千夏のこの判断はある意味正解である。もしこの場で兼続が好きと答えていたのならば…恐ろしい事が起こっていただろう。特に目の前の娘に。


「そっかぁ~。千夏ちゃんに好きな人ねぇ…♪」


「それで…秋乃はこの前片想いの人と結構進展してるって話してたじゃない? どうやれば異性との距離を詰めれるのか教えてくれない?」


「…と言っても私もそこまで進んでいるワケじゃないからなぁ~」


 秋乃は口元に指を当てて考える。この夏休み、秋乃は兼続に必死にアピールしようとしたものの、何故かどこからか邪魔が入ったり、極度に運が悪かったりで中々距離を詰める事が出来なかったのである。この夏休みに進んだことと言えば彼の好きな食べ物が判明したぐらいだ。


「えっと…千夏ちゃんとその人は今どれくらいの仲なの? 顔見知り程度? それとももう友達?」


「友達…ぐらいだと思うわ。reinのアドレスも知ってる」


 一緒に買い物に行ったり、豊胸トレーニングに付き合ってもらってるんだからそれくらいよね? と千夏は判断した。


「じゃあ後は押すしかないんじゃないかな? 料理作ったり、一緒にデートしたり、reinでお話ししたり…」


「う゛っ。料理…、rein…」


 千夏は料理は出来なくはない、出来なくはないのだが…異性に食べてもらうほどの上等な料理を作れる自信は無かった。いつぞやの朝食も必死にmetubeの料理動画を見てマネて作ったのである。


 また、彼女はreinも頻繁にする方ではない。用事がある時だけ相手に送るタイプの人間だ。なので「reinで世間話をしろ!」と言われても何を話せばいいのか分からなかった。


「ま、まぁまぁ。何も急にじゃなくてゆっくりやればいいじゃない。私なんて距離詰めるのに15年もかかってるんだよ」


 秋乃は落ち込んだ友人のために渾身の自虐ギャグを披露した。しかし、友人はそれを華麗にスルーする。秋乃は少し恥ずかしくなって赤面したが、コホンと咳ばらいをして話題を続けた。


「…それともその人の事を他に狙ってる人とかいたりするのかな?」


 千夏は兼続の女性関係を考えた。特に彼を狙ってアピールするような人物はいなかったはず。少し気になるとすれば…同じ寮に住む2人。


 でも同じ寮に住む2人はどちらも美少女だし、まさか兼続を狙うワケ無いわよねと千夏は考え直した。彼は顔自体は平凡な顔をしているのだ。あの2人ならもっと上玉を狙えるだろう。


「いない…と思う」


「じゃあゆっくり関係を詰めていけばいいと思うよ。大丈夫! 私もできる限り千夏ちゃんに協力するから!」


「秋乃…ありがとう! 私も力になれるかは分からないけど秋乃の恋路に協力するわ! お互いの恋路に協力する…まるで同盟みたいね」


「結んじゃう? 恋愛同盟?」


「ええ! お願いするわ!」


 2人は笑顔でガシッと握手をした。こうしてここに千夏と秋乃による「お互いの恋愛にできるうる限り協力する」という恋愛同盟が成立した。この同盟の行く末がどうなるのかは…まだ誰も知らない。



○○〇


次の更新は10/24(火)です


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