いつの間にか好きになっていて…

「この前は本当にすいませんでした!」


 俺は美春先輩と一緒に甘利さんに謝罪をしにきていた。理由は以前先輩の妹の春海ちゃんを騙すために、仕方が無かったとはいえ甘利さんに俺と先輩が付き合っていると嘘をついたからだ。


 あんなに純粋に喜んでくれた甘利さんを騙しているというのは良心の叱咤が許さなかった。なので誠心誠意謝罪しようと時間を作ってもらったのだ。謝罪までに日が空いたのは単純に甘利さんと俺たちの予定が合わなかったからである。彼女も3回生だけあって色々忙しいようだ。


 甘利さんは俺たちの謝罪をキョトンとした顔をしながら聞いていた。


「えっと…話をまとめると2人は美春の妹を騙すために付き合ったふりをしていて、そのついでに私も騙したって事?」


「ごめんね皐月…」


「その通りでございます。誠に申し訳ございませんでした!」


 俺は甘利さんの前で土下座をした。先輩も頭を下げる。これで許してもらえるかは分からないが、誠意は伝わるかもしれない。


「わわっ!? 頭を上げて東坂君! 確かにちょっと怒ってはいるけど、そこまでしてもらうほど怒っては無いから」


 甘利さんは焦った様子で俺の手を取って立ち上がらせた。


「っていうか話を聞いてると東坂君もどちらかというと被害者じゃない? 一番悪いのは見栄を張るために偽の彼氏役を頼んだ美春でしょ?」


「ううっ…」


 甘利さんはジト目で美春先輩を睨む。美春先輩はそれに怯んで1歩後ずさった。甘利さん…普段は温厚でおちゃめな人なんだが、怒ると結構怖いんだな。


「どうしたの美春? 今まで彼氏がいないって言われても特に気にした様子はなかったじゃない。なのになんでいきなりこんなことしたの?」


 甘利さんに詰め寄られて美春先輩は叱られている子供のようにシュンとする。…いつもは甘利さんが美春先輩に押されている側だが、今日は美春先輩が甘利さんに押されてるな。


「…姉として乙女として、妹に負けるわけにはいかなかったのよ…」


 先輩は少し涙目なりながらそう声を絞り出した。…妹の春海ちゃんも姉がいい年して彼氏が1回もできていないことを心配して敢えて過剰に煽ってたみたいだからなぁ。不器用な妹である。「ツンデレ」? いや「煽りデレ」か? 


「じゃあ本当の彼氏を作ればいいじゃない。自分の見栄のために東坂君に迷惑をかけて!」


「うっ…その通りです。でも彼氏を作るのは今は勉強中で…」


「ま、まぁまぁ甘利さん。先輩のお願いを承諾した俺にも責任はありますし…」


「東坂君は黙ってて!」


「あっはい…」


 甘利さんのお怒りモード怖っわ…。夏休み前に彼女の恋人である青峰君が「恐ろしい」と言って震えていたのが分かる気がする。


 甘利さんはそのままシュンとする先輩をジト目で見ていたが、やがて何か思いついたような顔をして手を「パン」と叩いた。


「そうだ! いっそのこと東坂君とそのまま本当に付き合っちゃえば? 嘘から出たまこと! 私は2人はお似合いだと思うよ?」


「「えっ?」」


 甘利さんがいきなり予想外の事を言い始めたので、俺と先輩は揃って驚きの声を上げた。何を言ってるんだこの人は? 俺と先輩がお似合いとか嘘だろ…。どこをどう見たらそうなるんだ。


 この人中身は残念だけど見た目に関しては芸能人かと思うぐらい良いんだぞ。それこそ大学の連中に「美の女神」と言われるぐらいには。


 平凡な顔面偏差値の俺とは全く持って不釣り合いである。俺はあくまで先輩の練習台や偽の彼氏役がせいぜいなのだ。…確かに先輩と本当に恋人になれば楽しいだろうけど…まぁ、向こうが拒否するだろう。


「だって東坂君って美春の独自のデートスポットにもドン引きせずについて来てくれるんでしょ? あなたの個性的な感性なんて今更直らないんだからそれを受け入れてくれる人とくっつくのが私は良いと思うの。私も良く知ってる2人がくっついてくれると嬉しいし。だからこの前2人が付き合ってるって聞いた時は本当に嬉しかったんだから!」


 いやぁ…確かに先輩の個性的なデートスポットも嫌いではないけれど、むしろ好きだけど…。でもそれだけでお似合いと言ってしまうのは俺は早計だと思いますよ甘利さん。


「ッ///////////」


 先輩の方を見ると顔を真っ赤に染めていた。そりゃ俺なんかとお似合いだと言われたら恥ずかしいよな…。先輩のような人が俺と同レベルだと言われるのは屈辱に感じて当たり前だ。先輩の名誉を守るために俺も甘利さんに抗議することにした。


「甘利さん…流石にそれはどうかと思いますよ?」


「そうだよね。東坂君もこんな見栄っ張りな嘘つき女とは付き合いたくないよね。ごめん、忘れて?」


「えっ? いやいや、そうじゃなくて。先輩と俺がお似合いってのはちょっと言い過ぎかと…。先輩には俺なんかよりももっと似合う人がいると思いますよ」


 俺がそう言うと甘利さんは呆れたようにため息を吐いた。


「ダメだこりゃ…分かってない」


「???」


 うーん…どういうことだ? まるで意味が分からんぞ。その後、俺はもう一度甘利さんに騙したことについて謝罪してから寮に戻った。先輩は甘利さんともう少し話してから帰るらしい。



○○〇



~side美春~


 兼続が寮に戻った後、美春は皐月と少し話をするために自販機で飲み物を買い、近くに設置してあったベンチに2人で座った。皐月は自販機で買ったアイスコーヒーを飲んで一息つくと口を開いた。


「東坂君、全く気付いてなかったね」


「な、何が?/////」


 美春は内心ドキッとしながらとぼけた。美春的には隠しているつもりなのだが、この友人には気づかれているのかもしれない。


「とぼけちゃって。好きなんでしょ『彼』の事?」


「えっ? あ、あたしが兼続の事を好き? いったい何を言ってるのかしら皐月は?///// 熱中症にでもなったんじゃないの? アハハ////」


「私は『彼』って言っただけなんだけど? どうして東坂君の事が出て来るのかなぁ~?」


「あっ…。は、ハメたわね皐月!//////」


 美春は顔を真っ赤に染めてニヤニヤとほくそ笑む友人に抗議した。この友人、たまに意地が悪くなるのがいやらしい。お茶目といえば聞こえはいいが。


「そ、そもそも今のは文脈的に兼続以外ありえないでしょ!?」


 今の言葉を聞いて確信した。おそらく友人にはもうすべてバレている。そう思いながらも美春は抵抗を続けた。ここで認めると負けた気分になるからだ。それは美春の性格上許せなかった。


 皐月も友人の負けず嫌いな性格を良く知っていた。故にここはとことん、完膚なきまでに彼女を負かせて認めさせるしかないと腹を決めた。


「あのねぇ…普通気が無い相手に偽の彼氏なんて頼まないし、フリとはいえキスするのすら嫌でしょ?」


「う゛っ…」


 皐月は往生際の悪い美春を追い詰める。美春と兼続のデートでの出来事に関しては皐月は美春からすでにreinで聞いていた。


「それに…好みを知りたいってのもその人が気になるからだし」


「そ、それは…兼続に彼氏の練習台を頼んだからで…」


「いくら練習だからって興味のない人の好みなんて知りたくないでしょ?」


 女性には「負の性欲」というのがある。簡単に説明すると本能的に自分が興味のない異性を遠ざけようする感情である。しかしそれは言葉を返せば、自分が興味のある異性には積極的に近づいていくという事である。美春は兼続に魅力を感じていたからこそ興味をもったのだ。


 皐月は更に理で詰めていく。


「あとは…酔ってラブホに入ったんだっけ? しかも彼の前で服も脱いだらしいじゃない。酔っていたとはいえ好きでもない異性の前でそんな事絶対しません! むしろ…あなたワンチャン狙ってたんじゃない? あわよくばこのまま東坂君に責任とってもらおうって…」


「ううう…//////」


 バレている。もう完全に自分の行動はバレている。普段温厚で無邪気な顔をしているが、皐月の中身は巧妙にねっとりと獲物を罠に誘い込む蜘蛛モンスターだ! 

 

 おそらく彼氏もそのようにして仕留めたのだろう。ほんの2カ月前までは同じ恋愛初心者同士だったのに。その2カ月で大きな差が出た。今では彼女の方が恋愛においては遥かに上だ。


 まさかこんな短期間でこれほど成長されるとは美春も思いもしなかった。いや、元々素質はもっていたのだろう。それが彼氏と付き合ったのをきっかけに才能が開花したにすぎない。そしてその怪物を目覚めさせたのは自分自身なのだ。その自分が今や彼女に追い詰められている。何とも皮肉なものだ。


「さぁ! 白状しなさい美春!」


 友人は飛び切りの笑顔で美春にそう迫った。もう隠し通せない…。美春は渋々負けを認める事にした。


「最初はね…彼を1回でもドキドキさせてやろうと思ってただけだったの。初めてのデートの時に彼にドキっとさせられて、それ以来『年下の子にドキドキさせられるだなんて悔しい。あたしが年上の魅力でドキドキさせてあげるわ!』って息巻いてた。でもね。彼はあたしの誘いに全然ドキドキしない。でもあたしは反対にドキドキさせられる。悔しかったけど、同時に楽しくもあったわ。それに彼はなんだかんだ言ってあたしに彼氏ができるように真剣に色々考えてくれたし…。それで彼と一緒に色々やるうちに彼の事が気になって来て…。で、そのぉ…/////」


「好きになっちゃった…と?」


 美春は真っ赤に染まった顔でコクンと頷いた。ようやく白状した負けず嫌いの友人に皐月は「ムフフ」と笑う。


「初々しいわねぇ♪ 私にもそんな時あったなぁ♪」


「それってたった2カ月前の話でしょ!? 2カ月程度でそんな得意げにならなくてもいいじゃない!!!」


「2カ月は2カ月よ。時間に直すと約1440時間。私と美春の間にはそれくらいの差があるの。いい? 1440時間よ!」


「どうして時間に直すのよ!?」


 わざわざ大げさに言い直した友人に異議を唱え、少し喉が渇いたので自販機で買ったミネラルウォーターを一口ゴクリと飲む。皐月もそれにつられてアイスコーヒーを一口飲んだ。


「でも東坂君全然気が付いてなかったねぇ。彼はもしかすると相当な鈍感さんなのかもしれないよ?」


「まぁ今はいいわ。彼をドキドキさせずにこのあたしに惚れさせても意味は無いもの。彼と付き合うのはあたしが彼をドキドキさせてからよ!」


「ラブホに入って裸になってもドキドキされてないのに? それって美春に魅力を全く感じてないんじゃない?」


「う゛っ…。で、でもでも兼続はいつも通りのあたしに魅力感じてくれてるっていってたし…。脈はあると…思うわよ?」


「そこは自信もって言いなよ…」


 美春は少し自信を無くしてシュンとうなだれる。いつもは自信満々の友人が珍しく自信を無くして意気消沈している様を見て皐月はもだえた。…彼女はひょっとすると隠れドSなのかもしれない。


「美春…可愛い!!!」


「どうしたのよいきなり…?」


「まぁまぁこの皐月お姉さんが美春の恋路に協力してあげるわ。だから大船に乗った気でいなさい!」


「お姉さんって…皐月よりあたしの方が誕生日早かったわよね?」


 2人は同じく5月生まれだが美春は5月13日、皐月は25日が誕生日のはずである。


「恋愛的な意味でお姉さんって意味よ♪」


「たった2カ月じゃない!」


「1440時間よ! 1440時間もあれば凡人でも縮地しゅくちを覚えられるぐらいの時間にはなるわ。つまり私と美春の間にはそれだけの差があるって事!」


「いや無理でしょ!?」


 2人はその後もしばらくベンチに座りギャーギャー騒ぎ合っていた。



○○〇



~side???~


「まさか…まさかお姉様が…」


 2人の乙女が騒ぎ合っているベンチを電柱の影に隠れて覗き見している影が1人。偶然2人の姿を見かけた影は2人をストーキングしていた。


「許さない…許さない…許さない…」


 彼女はスマホを取り出すとどこかへ電話をかける。


「あっ、もしもし。…もあの計画に乗ることにするわ」


『どうしたんだい? 君はあの計画は「流石にちょっと…」と反対していたじゃないか?』


「事情が変わったのよ。事態は急を要するわ」


『分かった。では計画の詳細な説明するから空いた時間にでもボォクに会いに来てくれたまえ!』


 ピッ!


 影はスマホを切るとポケットにしまった。


「東坂兼続…あんなセクハラ魔人にお姉様は絶対に渡さない!」



○○〇



次の更新は10/22(日)です


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