合コンの裏側

~side秋乃&千夏~


 秋乃は何が何だか良く分かっていない千夏を引っ張りながら兼続を尾行していた。兼続は女子寮を出て大学の周りの道を鼻歌を歌いながら歩いていく。よほどご機嫌の様だ。


「(ムッ…。兼続君嬉しそうに鼻歌なんか歌っちゃって…。この道は…『居酒屋・色彩』へ向かうのかな? …という事は飲み会もしくは合コンで間違いなさそうね)」


 秋乃は兼続を観察しながら彼の行き先を考察する。『居酒屋・色彩』は大学近くにある居酒屋で飲み会のコースなどもあり、色彩大学の学生にとってはなじみの場所だった。


「秋乃! いったいどうしたの? あれは…兼続?」


「シッ…千夏ちゃん静かに!」


「ムグッ」


 千夏は秋乃に訳が分からぬまま引っ張られながらもやっとこさ口を開けたのだが、口を開いた瞬間に秋乃に手で塞がれた。


 兼続は秋乃の予想通り『居酒屋・色彩』の前で立ち止まると、店の前にいた友人に軽く挨拶して話し込み始めた。


「(あれは…兼続君の友達のなんか漏らした人…。あの人も気合い入れてオシャレしてる…。これは絶対に合コンだ…)」


 秋乃は兼続が合コンに来ているのではないかという推測を強めた。それと同時に嫉妬ジェラシーで体に力が入ってしまう。


「ンッー! ンッー!」


「ああ、ごめんね千夏ちゃん」


 千夏の口を強く塞ぎすぎていた事に気が付いた秋乃は慌てて彼女の口から手を離した。


「プハッ…。死ぬかと思ったわ…」


「ご、ごめん千夏ちゃん。ちょっと我を忘れちゃってた…」


「いったいどうしたのよ秋乃? 兼続に何か関係があるの?」


「実はね…兼続君が合コンに参加するかもしれなくて」


 秋乃は兼続想い人氏政クソ漏らしの方を指さしてそう言った。


「えっ…兼続が合コン…?」


 その言葉を聞いた千夏の心にも衝撃が走った。彼女は自分では気が付いていないのだが、兼続に想いを寄せているの人間の1人なのだ。


として気にならない?」


 本当は自分の想い人が合コンに参加しているのが気になって仕方が無いだけなのだが、例え親友であっても自分が彼の事を好きな事実をバラすのを恥ずかしがった秋乃は千夏にそう言った。こう言えば気になるのではなく、あくまでその動向が気になると言う風に解釈されると思ったのである。


 見る人が見れば、秋乃のこの言動は「私は兼続の事が好きです!」と自分から白状しているようなものなのだが、恋愛音痴の千夏にはそれが分からなかった。なので彼女はその言葉通り「寮の仲間の恋愛事情が気になる」という風に受け取った。


 本来であれば千夏も他人の恋愛などにあまり興味のある人物ではない。仮に合コンに参加したのが兼続以外の人物であったなら、彼女は興味を示さずに帰っていただろう。しかし、彼女も兼続の事が気になっていたのだ。


 自分が気になっている人物が合コンに参加しようとしている。恋愛音痴の千夏も流石に合コンが「男女の出会い」を目的に開催される事ぐらいは知っていた。もしかするとこの合コンで兼続に彼女が出来るかもしれない…。そう思うと千夏の心は乱され、痛んだ。


ズキッ


「(これは兼続が先輩とラブホに入って行ったのを見た時と同じ痛み…。私は兼続に彼女が出来る事に心を痛めている…?)」


 「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ!」ということわざもあるように、頭の中ではあまり他人の色恋沙汰に足を踏み入れるのは良くないとはわかっている。だが千夏は合コンの行く末が気になって気になって仕方が無かった。故に秋乃の誘いを承諾した。


「そう…ね。私も彼の事がとして気になるわ」


「さっすが千夏ちゃん! 話が分かる!」


 2人は硬い握手して互いの意思を確認する。ここに奇妙な同盟が成立した。



○○〇



 同盟を結んだ2名は居酒屋近くのゴミ箱の影に隠れて兼続を引き続き観察する。そうしていると向こうから半裸の男が走ってくるのが見えた。


「あれは…緑川君? 緑川君も合コンに参加するんだ? 珍しいね」


「というかあの2人いつの間にあの半裸男と仲良くなったのよ…。この前まで敵対してなかったっけ?」


 どちらかというと氏政が緑川と仲が良くて、兼続と緑川は友達の友達…ぐらいの間柄なのだが、そんなことは2人は知る由もない。


 今日の合コンも緑川の発案であったのだが、彼が脳破壊ブレインデストロイされてからというもの、まともな友達は彼の元を去ってしまったので今の彼には氏政以外に友達はいなかったのだ。赤城はどちらかというと敵が一緒だから手を組んでいるだけのビジネスライクな関係に過ぎないので友達とは言えない。


 そう言う理由で彼は現在唯一の友達である氏政を誘い、その氏政が兼続を誘ったという形になる。


「あっ…女性陣が来たみたいよ。今日の合コンは3対3でやるみたいね」


「あれが…兼続君を狙うメス…」


 秋乃は女性陣を見るや嫉妬で物凄いプレッシャーを放つ。その目からはハイライトが消えていた。千夏は若干恐怖を感じながらも秋乃をなだめる。


「まぁまぁ秋乃、別にまだ兼続と誰かが付き合うと決まったわけじゃないし…」


「そうだね…。しておかないとね。フフフ…」


 秋乃は暗黒面に落ちているような顔で笑いながら合コンメンバーの方を見つめた。


「参加メンバーは…秋山さん? となんかmetubeやってる人と諏訪さんかしら?」


「知ってるの千夏ちゃん?」


 秋乃は今日の合コンの参加メンバーには見覚えが無かった。反対に千夏は知っているようだったので詳細を尋ねる。


「秋山さんは別の学部の人でなんか私に良く突っかかってくる人。諏訪さんは隣の学部で人気の女の子、後の1人はなんかウチの大学でmetueberやってる人。私も良くは知らない」


 千夏は秋乃に知っている限りの事を説明した。秋山葉月は千夏とは別の学部の地域経済学部という所に所属している。秋山葉月が千夏に良く突っかかって来る理由は彼女の想い人である緑川が千夏にご執心だからなのであるが、千夏はその事は知らなかった。


 諏訪信野は秋山葉月と同じ学部の人でかなり男性人気のある人だと聞いている。穴山梅子は1回生でmetuberをやっていると冬梨から聞いたことがあるが、千夏は詳しくは知らなかった。


 メンバーが揃ったからか6人は店の中にぞろぞろと入って行った。秋乃と千夏もそれに続く。



○○〇



「とりあえず枝豆とビール!」「私は…レモンハイをお願いします」


 居酒屋に入った秋乃と千夏は兼続たちが合コンをしている座敷席が良く見えるカウンター席に陣取ると、店に入って何も頼まないのは失礼なのでとりあえず1品と飲み物を注文する。そして枝豆とアルコールを摘まみながら兼続たちの事を密かに観察した。


 なんだかんだいい雰囲気で合コンは進行している様だ。そんな中、諏訪信野が遠くの唐揚げを取れずに困っていた兼続に自分が料理を取ってあげようと申し出ていた。


『…どうぞ』


『ありがとう諏訪さん!』


 信野に料理を取ってもらった兼続はニコニコで彼女に礼を言う。それを見た秋乃にまたもや嫉妬の炎が灯った。


「(あ゛あ゛ー!!! あの娘が兼続君に料理取ってあげてるぅ…。それは私の特権だったのにぃ…。あざとい! あの娘あざといわ! 飲み会で食べ物取り分けて来る女の子はあざといのよ! あの娘要注意ね…!)」


 秋乃の「兼続を狙う女レーダー」がビンビンに反応する。その有様たるやまるで日本にミサイルが撃ち込まれた際に鳴るJアラートの如くウィンウィンとけたたましく鳴り響く。


「(…秋乃が凄く怒ってる。この怒りは…9000delぐらいね。まぁ同じ寮の仲間がデレデレしているのを見たらあまり気分良くないわよね)」


 ちなみにdelは痛さの単位である。9000delは3200本の骨が同時に折れるほどの痛みに匹敵するらしい。つまり秋乃は凄く怒っている。千夏は秋乃をなだめる事にした。


「秋乃、あまりプレッシャーを飛ばしすぎるとバレるわよ」


「ハッ! そうだった。押さえないと…」


 再び兼続の方を見ると、秋乃の恐ろしいプレッシャーに気が付いたのか案の定周りをキョロキョロと見渡している。危ない…もう少しでバレるところだった。


 なんとか秋乃をなだめる事に成功した千夏は引き続き兼続を観察する。そして耳を澄ませて彼らの会話を盗み聞きした。するとどうやら話題は千夏の話にシフトしているようだ。


 何故私!? と思ったが、緑川がいるから自分の話題にシフトしたのかと千夏は察した。


『そうだぞ緑川! それに高坂さんは兼続と付き合ってるんだぜ! あきらメロン! うめぇなコレ』


 そんな中、突然氏政ションベン漏らしがそんな事を暴露した。そういえば…緑川のアプローチを断るためにそんな嘘をついたなぁと千夏は思い出す。なにぶん夏休み前の事なので本人もすっかり忘れていたのだ。それと同時に兼続が千夏を守るためにまだその嘘を貫き通してくれていたことに彼女は感激した。


 それを聞いた秋乃も最初は驚いた顔をしていたが、緑川がいる事を思い出して納得したようだ。


「(兼続…ありがとう。やっぱりあなたのそういう所、私は好きよ)」


 千夏は心の中で兼続に感謝の言葉を述べた。そして兼続たちの話題は次に進む。


『彼女持ちがどうして合コンにいるんですか。それにあなた馬場冬梨と付き合ってたんじゃないんですか? もしかして2股?』


『いや、前にも言ったけど冬梨とは只の友達だって…』


『ただの友達と2人っきりで頻繁にスイーツ食べに行ったりします? 彼女いるのに? やっぱりあなた2股ヤ〇チンなんじゃ…?』


 千夏の心はまたもやその言葉に揺さぶられた。確かに兼続と冬梨は仲が良い、2人でよくスイーツを食べに行っているという話を聞く。でも付き合っているという話は聞かないから大丈夫よね? と千夏は動揺する自分の心を納得させた。しかし、次の兼続の言葉で千夏の心は決壊することとなる。


『それは誤解だ。俺は千夏一筋だ!』


 ゴンッ!


 その言葉を聞いた千夏の心は爆発した。嬉しいやら恥ずかしいやら良く分からない感情に支配された彼女は少し意識を失って店のカウンターにおでこをぶつけてしまった。


「ち、千夏ちゃん大丈夫?」


 横にいた秋乃が少し赤くなったおでこにおしぼりを当てて冷やしてくれる。だが千夏の心はそれよりも先ほどの兼続が放った言葉に支配されていた。


「(えっ? えっ? 何この気持ち…? こんな気持ち知らない…。私は兼続にああ言われて嬉しいと感じているの? つまりそれは…私が兼続を好きって事?)」


 もちろん、彼がああ言ったのは緑川を騙すために嘘を貫きとおすためだというのは理解している。しかしそれでも千夏の心は喜びに満ち溢れていた。


『へー、お熱い事ですね。ま、先輩みたいな平凡な顔の人があんな美人と付き合えてるんだから大事にしてくださいよ』


『そのつもりだ』


 引き続き兼続が言葉を放つ。その言葉を聞いた千夏は顔が真っ赤に染まってしまった。


「(私の胸…今凄くドキドキしてる? これはつまり…私が恋してるって事よね?)」


 秋乃はそんな友人の様子を呑気にビールを飲みながら見ていた。


「(千夏ちゃん顔真っ赤…。まぁ緑川君を騙すためとはいえ、あんな事言われたら恥ずかしいよね。はぁ~…私も兼続君にあんなこと言われてみたいなぁ…)」


 秋乃が警戒すべき恋敵が近くにいる事を彼女のポンコツレーダーはすっかり見逃していた。


『いいなぁ…。東坂君みたいな彼氏憧れるなぁ…』


「ムッ!!!」


 むしろ彼女のレーダーは露骨に兼続にアピールしている諏訪信野の方に敏感に反応した。


「(あの娘また兼続君にアピールしてる…。あざとい…。兼続君もそんな分かりやすい手に乗っちゃダメ!)」


 秋乃はまたもやプレッシャーを放って2人に釘を刺した。千夏は自分の心の動揺を鎮めるのに必死だった。



○○〇



 そして時間が経ち、どうやら合コンはお開きになったようだ。6人が金を払い店を出る。


「千夏ちゃん、これ以上兼続君が惑わされないように連れ帰るよ。これも寮の仲間を守るためよ!」


「えぇ」


 千夏は秋乃の言葉に心ここにあらずといった様子で頷いた。未だに彼女の心はドキドキして止まらなかったのである。


 秋乃が要注意人物認定した諏訪信野は相変わらず兼続にべったりしてアピールしている。これはヤバい…下手したら兼続を持っていかれると秋乃は確信した。


「いやいや、俺彼女いるし…。このままかえ「兼続君、何してるの?」 えっ?」


 その諏訪信野が兼続を2次会に誘おうとしていたので秋乃はすかさず止めに入る。秋乃は信野を睨みつけた。


「な、なんで2人がここにいるんだ?」


「たまたま! たまたま! 本当にたまたま千夏ちゃんと買い物してたら兼続君を見かけたから声をかけただけだよ」


 秋乃は自分たちが兼続を尾行していたことがバレないように「たまたま」の部分を強調した。自分たちは「たまたま」合コンに参加していた兼続を見つけたのだと言うように。秋乃は嘘が苦手なのだ。


「もう遅いから一緒に帰ろう! さぁさぁ! 暗いから男の人に守ってもらわないと不安だし!」


 もっともらしい理由を付けて兼続を引っ張って帰る。これ以上あの娘と兼続を2人きりにしていてはいけない。秋乃のレーダーがそう告げていた。


「兼続…帰りましょ?」


 千夏は兼続の腕に抱き着きやっとの事で声を絞り出した。やっと念願の「恋」という物が理解できたかもしれない。それなのにその相手を別の女に奪われるのは嫌だった。


 兼続は2人の様子に困惑していたが、2人のいつもとは違う様子を察して大人しく寮に帰ることにした。彼はこれから自分を中心に巻き起こる物語ラブコメがある事をまだ知らない。



○○〇


次の更新は10/18(水)です


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