兼続ダイエット

「ねぇ兼続。あなた少し太った?」


 きっかけはある日の朝食時に千夏が俺に放ったそんな言葉だった。俺は彼女にそう言われて自分の腹回りや顔を手で触って確かめてみる。…確かに少しお肉がついてきているかもしれない。


 男子寮にいた頃は毎日腹いっぱい食う事すらできていなかったのだが、6月に女子寮に来てからというもの、秋乃の美味しい料理や女子寮の住人がくれるお菓子をたらふく食べていたので太ったのだろう。


 秋乃の料理は美味しい。美味しいのだが…それが問題なのである。ついついもっと食べたくなっておかわりしてしまう。


 もっと言うと前々から俺の料理は他の寮の面子よりも量が多かったのだが、それに加えて秋乃はこの前俺が風邪をひいてからというもの「兼続君が病気にならないように」と更に毎食1品追加してくるようになったのだ。


 しかも男子寮の中山寮長に付き合わされてやっていた筋トレも最近はやっていない…。そりゃ太るのも当たり前か。


 当然と言えば当然の話なのだが…太っている男はモテない。いつか彼女を作ってやろうと密かに野望を持っている俺としてはモテない要素というのはできうる限り排除したかった。


「よし、ダイエットしよう!」


 俺は秒でそう決心した。


「えっ、兼続君ダイエットするの?」


 朝食を運んでいた秋乃が驚いた顔で俺にそう述べる。


「ああ。秋乃、悪いんだけど明日から食事を少し減らしてくれないかな?」


 俺は秋乃が配膳していた大盛りのご飯と卵が3つ乗ったベーコンエッグを見ながら彼女に懇願する。…ご飯の量を半分に、卵を1つにするのが理想だろう。今日はもう作ってしまったので仕方が無い。


「兼続君そんなに太っているようには見えないけどなぁ…。むしろ痩せてる方じゃない?(…もしかして、私が兼続君の好きな食べ物を探ろうと毎食何かしら1品追加してるのバレた? 直接聞くと邪魔されるかもしれないから密かにリサーチしてたんだけど…)」


 見た目にはさほど差異はないかもしれない。毎日隣で俺の顔を見ている千夏がやっと気づく程度の違いしかないだろう。しかし、こういうのは何事も最初が肝心なのだ。最初の肉が少ないうちに対処しておく方が楽である。太りすぎて朝信みたいになってからでは手遅れだからな。


 仮に朝信がダイエットして標準体型まで戻そうとした場合、相当な努力と時間が必要になるだろう。まぁ彼は減量する気など全くないだろうけど。


「いや、もうやると決めたんだ! 秋乃、止めないでくれ」


「止めはしないけど…ケガとか病気には気を付けてね(クッ…流石にここで止めるのは変だよね。別の手段を考えないと…)」


 秋乃が心配そうな顔で俺の方を見て来る。うーん、やっぱり秋乃は優しいなぁ。俺なんかの事を心配してくれるなんて…。俺は心の中で密かにホロリと涙を流した。


「でも確かに兼続が太るとそれはそれでなんか嫌ね」


 先輩が俺の方を細い目をしながら眺め、言葉を放った。先輩は人一倍見た目に気を使っている人だからな。大学で「美の女神」と言われるほどの見た目も彼女の絶え間ない努力あってこその物なのだ。おそらく俺たちに見えない所で相当な努力をしているに違いない。


「そうですか? 私は別に気にならないけどなぁ…」


 秋乃はあまりそういうのは気にならないタイプか。だがそう言ってくれるのはありがたいのだが…女子寮の住人に「一緒に住んでるのがデブ、豚の兼続、略して豚続ぶたつぐ」と言われないためにも頑張って痩せる必要があるだろう。


 俺は別に何と言われようが構わないが、一緒に住んでいる女子寮の住人がそしりを受けるのは耐えられない。


「秋乃はそういうの気にしなさそうよね。前に『仮に好きな人が太っても気にしない』って言ってたし」


 千夏が友人の性癖を暴露する。へぇ~、そうなんだ。じゃあ秋乃の彼氏になった奴は秋乃の美味しい料理をたらふく食っても問題ないという事か。ある意味羨ましい。


「えへへ//// そうだよ。私は見た目じゃなくて中身で好きになるタイプだし。だって好きになった人は太ってようが痩せてようが好きになった人だからね。中身に違いはないよ。それに自分の彼氏が太ってた方が他の女の子が寄って来なくなっていいじゃない?」


 秋乃は照れくさそうにしながらそう述べた。


 なんというか…秋乃は独占欲が強いんだな。彼氏になった人は大変だろう。先輩と千夏はそれを聞いて少し引いたような表情をしている。


 …何故か秋乃がチラリと俺の方を見た気がしたが…どうしたんだろうか。


「それでダイエットの方法はどうするの? 食事制限だけ?」


「いや、食事制限とランニングと筋トレをやろうと思ってます」


「へぇ、面白そうね。あたしも付き合おうかしら? 男の子のトレーニング方法って興味あるのよね」


「早速今日食後に少し休憩を取ったら走りに行こうと思ってますけど…、先輩も来ます?」


「行く行く!!!」


 先輩は体を動かすのが大好きだからな。俺が食後にランニングをすると言うと一緒に行きたいと言ってきた。別に一緒に走る分には何の問題もない。…ちなみに食後すぐに走らないのは食後すぐに走ると腹が痛くなるからだ。


「ハッ…!(これは…もしかして先輩は兼続君と一緒にトレーニングしたいがためにワザと彼に痩せるようにうながした!? 恐るべし先輩…なんて策士なの!? でもそう簡単に2人っきりにはさせないんだから!)」


 秋乃が何やら素っ頓狂な声を上げたのだがどうしたのだろうか?


「兼続君! 私も一緒にトレーニングしていいかな? 私もちょっと痩せようと思って」


 彼女は凄い勢いで俺に迫って来た。まぁ別に人数が増えても問題はないけど…。一応千夏と冬梨にも誘いをかけてみたが2人には断られた。インドア派め。



○○〇



 食後少し休憩を取り、俺たち3人は寮の前の道に集合した。ランニングは大学の外周にある道を利用して行おうと思っていたからだ。大学の周りを一周すると3キロちょっとになる。久々だし…とりあえず俺は3周ほど回るかな。合計約10キロだ。


「俺はとりあえず3周ほど回ろうと思いますけど…2人は無理はしないで。それからヤバいと思ったら木陰に避難して水分補給をしてください」


 女性は男性よりも体力が少ない。なので俺に合わそうとして倒れられでもしたら大変だ。9月の終わりが近くなっているとはいえ、まだまだ暑いのだ。


「分かってるわよ」「が、頑張るね」


 先輩は余裕そうな表情でストレッチをしている。逆に秋乃は少し強張っている様だ。…彼女はちょっと気を付けて見ておいた方が良いな。鼻血出すかもしれないし。


 それにしても…先輩のトレーニングウェアちょっと露出度高くないか? 胸の谷間とか普通に見えてるんだが…。彼女は女性用のタンクトップ(もちろん下にもう1枚着ている)にハーフパンツという格好で走るようだ。ちなみに俺はTシャツと短パンというスタイルである。


「だって暑いじゃない。兼続は男の子だから知らないでしょうけど、汗をかくと胸の間とかすごい蒸れるんだから! あれすごく気持ち悪いのよね」


「そ、そうですか…////」


 あまりそういうのは異性に言わない方が良いと思うけど…。


 秋乃の格好は普通のジャージだった。…何故か彼女の目に炎が宿っている気がするが気のせいだろうか? そんなに痩せたいのかな? でもやる気があるのは良い事だ。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!!(兼続君先輩の胸ばっかりじっと見てる! やられた! 私は普段運動しないからジャージしか持ってないのが仇になった…)」


「じゃ、じゃあ走りますか」


 秋乃の様子が気になったが、いつまでもこうしてるわけにはいかないので走り始める事にした。


「よーい…スタート!」


 俺の掛け声とともに3人は走り始める。先輩は俺にぴったりとくっ付いて来ている。結構スピード出してるんだけどな。流石先輩だ。


「フッフッフ~♪ あまりあたしを舐めない事ね。これくらいは余裕よ!」


「最初から飛ばしていると後でバテますよ」


 普段から運動しているだけあって、やはり先輩はそこそこ体力がある様だ。秋乃は…俺たちの10メートル程後方で「ハァハァ」と言いながら必死について来ている。おいおい、まだ100メートルも走ってないぞ。どんだけ体力無いんだよ。


「はぁ…はぁ…(やっぱり…体力では先輩には…敵わない…。このままじゃ置いて行かれる…。先輩に…兼続君を持って…いかれちゃう…。それは…絶対に…ダメぇ~…)」


 うーん…やっぱり俺は秋乃についていてあげた方が良いか。


「先輩、俺は秋乃についてるので先に行っててください」


「分かったわ。じゃあまた後でね」


 俺はスピードを落とすと秋乃に並んだ。


「ふぇ…? かねつぐ…くん?」


「ゆっくり自分のペースでいいよ。辛くなったら歩いても良いからとりあえず1周を目標に頑張ろうか」


「ううっ…(兼続君に気を使われてる…。私の事を気にかけてくれてそれはそれで嬉しいけど、彼の足手まといにはなりたくない…。ここは踏ん張るのよ秋乃!!! 先輩に兼続君を盗られても良いの? それは絶対ダメ! 兼続君のパートナーは先輩じゃなくて私なの!!! ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!)」


 ちょ!? 早!? 秋乃は何を思ったのかスピードをアップさせた。おいおい、あまり運動に慣れてないのにそんなにスピードアップさせたらすぐに体力無くなるぞ。俺も秋乃に着いて行くためにスピードを上げる。彼女が倒れでもしたら大変だ。


 そして秋乃はついに先行していた先輩を追い抜いた。


「えっ、秋乃?」


「先輩! お先に失礼します!!!」


「あ、あたしだって負けないんだから!!!」


 秋乃につられて先輩もスピードを上げた。ヤベェ…先輩の負けず嫌いに火が付いたな。あーあ…もう無茶苦茶だよ。ペース配分という言葉を知らないのか彼女たちは!?


 おっと…俺もこうしてはいられない。ペースアップさせた彼女たちが倒れないように見ていてあげないと…。それが誘った者の責任という物だ。


 そして50分後…、俺たちは全員大学の周りを3周走り切った。


「ハァハァ…」「はぁはぁ…」


 2人共疲労困憊ひろうこんぱいといった様子で寮の玄関口にドシャリと倒れた。そりゃあんだけ全力で走ればそうなるよね。正直俺も結構キツかった。


 …2人は仰向けに倒れているので巨乳の2人のお山が上下に揺れてなんかエロい。おまけにハァハァ言ってるし。…あかんあかん。煩悩は弾き飛ばさないと! 俺は頭を振って己の中の煩悩を飛ばした。


「か、兼続君…私…走り切ったよ…」


「あ、ああ。頑張ったな」


「えへ…へ//// これで…兼続君と一緒に…走れる…ね」


 パタリ


「秋乃!? 秋乃ぉー!? ちょ、千夏ー! 来てくれ!」


 …もしかして俺と一緒に走りたいが為に彼女は頑張ったのだろうか? 確かにおいて行かれる寂しさというのは分かるけど…。そこまで頑張らなくても秋乃に合わせて走ったんだけどな。


 それからしばらくの間3人で一緒に運動することになった。俺の体重も元に戻った。



○○〇



次の更新は10/12(木)です


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