まさかの目撃者
~side千夏~
千夏は先ほど目にした光景を信じられないでいた。彼女の頭の中で様々な憶測が飛び交う。
「(何で兼続と美春先輩がラブホに? 2人は付き合ってるの? そんな素振りなんて全くなかったのに。ラブホってその…そういう行為をする場所よね? 遊び? もしかしてセフレ…という奴? いや…でも兼続の性格からしてそういうのはあり得ないわよね? 彼はとても律儀な性格だもの。そういう行為をするならちゃんと付き合ってからにするはず…。という事はやっぱり2人は付き合っているという事になる…)」
千夏は自問自答を繰り返す。頭の中で言葉がグルグルと洗濯機のように回る。処理しなければいけない事が多すぎて頭がパンクしそうだった。しかし、それよりも彼女を悩ませたのは急遽彼女を襲った胸の痛みであった。
「痛ッ! なんで…急に胸が…」
心臓付近を押さえて千夏はうずくまる。彼女は何故自分の胸が痛むのか理解できなかった。自分には心臓病などの持病は無かったはず…。なのに何故こんなにもキリキリキリキリと胸が痛むのか?
正確に言うとそれは心臓の痛みのではない。心の痛み、彼女の心が悲鳴を上げているが故に痛んでいるように感じるのであるが、彼女はそれが「恋」による心の痛みだと知らなかった。自分の好きな人が別の女の子と愛をはぐくんでいるのかもしれない。その事実に彼女の心は締め付けられたのである。更に…。
「えっ? どうして私は泣いているの?」
顔を伝う物があったので虫かと思って触ってみるとそれは涙であった。「恋」というものにとても無知な少女はその涙の理由も理解できなかった。
人はなぜ泣くのか? それは心の防衛。何かショッキングな出来事があった時に自分の心が壊れてしまわないように涙を出してストレスを緩和するのである。
ポッポッポッ サァーーーー
彼女の気分に同調するかのように雨が降り出す。千夏は痛む胸を押さえながらなんとか近くの店の軒下に避難した。
「(さっきの光景を見てからすこぶる体調が悪いわ…。私の身体どうしちゃったのかしら?)」
千夏は痛む胸を押さえながら2人が入って行ったラブホテルを見上げた。
「分からない…分からないよ…。助けて兼続…」
○○〇
~side兼続~
俺は酔ってラブホに突入した先輩を追いかけて中に入った。中に入り見渡すと先輩はパネルに表示されている部屋を興味深そうに見ていた。
「かねちゅぐー♪ あたしこのへやがいいー♪ 面白そー♪」
先輩ははしゃぎながら勢いよくとある部屋を指さす。なんだこれ!? SM部屋!? 先輩とこんなところに入るなんてとんでもない。俺は先輩を止めようと必死に彼女をなだめる。
「せ、先輩。春海ちゃんを騙せたのでもうラブホテルに入る必要はないんですよ。寮に帰りましょ? ね?」
「やだぁ! あたしこの部屋に入るまで帰りゃないからね!」
先輩は子供のように駄々をこねる。先輩って酔うと幼児退行しちゃう系の人だったのか…。そこそこアルコール耐性はあったみたいだけど流石に度数96%のスピタリスには耐えられなかったみたいだ。…ガチでどうしよう。ラブホに入る必要がなくなった以上、先輩といつまでもこんなところにいるワケにはいかないのだ。
「ここにお金を入れればいいにょね?」
俺が悩んでいると先輩は自分の財布を取り出し自動精算機の中に入れ始めた。ちょ!? おま!? 何やってるんだ!?
「先輩!? ストップ!!!」
しかし俺が止めるよりも早く先輩はパネルのSM部屋を選択して押してしまった。自動精算機から部屋のカードキーが出て来る。
「おー!!! スゴーイ! 全自動だぁ。さぁ! いきまちょかねちゅぐ!」
あぁ…お金を入れてしまった。これって部屋を利用してから出ないと不味いのかな? 利用せずに出ちゃダメ? 流石にホテルの迷惑になる…? なにせ初めてラブホに来たものだから俺の頭は緊張でパンク寸前だったのだ。正常な思考などできるはずもない。
俺はカードキーを持った先輩を追いかけてエレベーターに乗った。こうなったら当初の予定通りとりあえず部屋に入って時間をつぶし、何もせずに部屋を出るしかない。
ただ心配は…酔った先輩が何か変な事をしでかさないかだ。今の先輩は何をしでかすか全く予想がつかない。頼むから変な事はしないでくれ。
エレベーターがSM部屋のある階に到着し、扉が空く。先輩はカードキーに書いてる部屋の番号をチェックするとその番号が書いてある部屋にカードキーを差し込んだ。
うーん…自分で提案した事とはいえ、人生初のラブホがまさかこんなことになるとはなぁ…。
○○〇
「わぁー。アレ何?」
SM部屋に入った先輩はまず三角木馬に飛びつく。そして小学生のように三角木馬をギッコンバッコンと漕ぎ始めた。昔、公園にこういう遊具あったよね。
なんというか…酔っているとはいえ、身体は大人なのに心が小学生みたいに無邪気な先輩を見ていると何故だが犯罪的な匂いを感じてしまう。年齢的には全く問題ないはずなのにね。
俺も入室して部屋を見渡した。SM部屋というだけあってそういうプレイに使われる道具が沢山設置してある。ムチやろうそく、アイアンメイデンもある。
「おおー! お風呂がスケスケだぁ…」
先輩は木馬に飽きたのか今度は風呂場の方に注目し始めた。風呂場は周りをガラス張りにされておりスケスケだ。おそらく風呂に入っているパートナーを見て気分を高ぶらせるためにスケスケなのだろう。AVとかでは見たことあったが、実際に見たのは俺も初めてだ。
おっ! ニンチドーオイッチがあるじゃないか。最近のラブホにはゲームもあると聞いていたが本当にあるとは…。ちょうどいい。これでゲームをして時間を潰そう。俺は先輩にそう提案してみる。
「先輩、ゲームやりません?」
「えー…ヤダ!」
うむむ…。先輩ゲーム好きだから乗ってくると思ったのになぁ…。どうやって時間を潰そうか。俺がそう考えていると突然先輩は服を脱ぎ始めた。先輩の綺麗な肌が俺の目にさらされる。
「先輩!? なんで服脱いでるんですか!?」
「あちゅい…。服なんて着ていられないわ!」
先輩はあれよあれよという間に服を脱ぎ捨てパンイチになった。俺は出来るだけ先輩の方を見ないよう顔を背ける。そうだ…ラブホには風呂上がりに着るバスローブみたいなのがあるはず。あれを着て貰おう。俺はバスローブを探すと先輩に差し出した。
「先輩、何も着ないのは不味いです。暑いのは分かりますけどこれだけでも着てください」
「なにも着てないワケじゃないわ。パンツはいてるわよ?」
「女性が家族でもない人の前でパンイチになるのは不味いですって」
「ムー…あちゅいのに…」
「エアコンの温度下げましょう! ね? だからこれ着て」
俺が必死に懇願すると先輩は渋々バスローブを羽織ってくれた。あ゛あ゛ー…疲れた。酔っぱらいに服着さすのでも一苦労だよ。先輩は今酔ってるからこんなんだけど絶対シラフになったら後悔するだろうからな。その時に彼女の信用を失わないように行動しないと。
俺はエアコンのリモコンを操作して温度を2度ほど下げる。あまり下げすぎると今度は風邪を引くだろうしな。
「なんだか眠くなってきたわ…」
先輩は目をこすりながらベットに横になる。おーい…ここで寝ちゃダメだぞ。時間つぶしたら帰るんだから。
「かねちゅぐ、一緒に寝るわよ」
先輩はベットの自分の横を叩いて俺にここで寝ろと指図する。流石にそれは滅茶苦茶不味い。当然だが先輩のためにもその誘いは受けるわけにはいかない。
「いやいや、もう少し時間つぶしたら帰りますよ。起きててください」
「かねちゅぐは…あたしと一緒に寝るのいや?」
先輩は目を涙ぐませながらそんな事を言ってくる。ウッ…破壊力が凄い…。でも俺はこの誘惑に負けるわけにはいかないのだ。
「俺は一緒に寝るわけにはいきません」
「そう…」
先輩は悲し気な顔をしてそう呟くと体を横たえて目を閉じた。おいおい、本気で寝るつもりじゃないだろうな?
「あー…」
もしかしてと思い俺が先輩に近づくと、彼女はすでに寝息を立てていた。
「先輩! 起きて下さい! 先輩!!!」
しかし俺が体を揺さぶって大声で起こそうとしても先輩は目を覚ます様子は無かった。えぇ…これどうすんの? 先輩が目を覚ますまでラブホにいろって?
でも先輩が押してたのってたしか2時間コースだよな。俺たちが部屋に入ってすでに30分は経ってるから、どちらにせよあと1時間30分後には部屋を出なくてはならない。それまでに先輩が起きる保証もない…。
「はぁ…仕方ないなぁ。先輩に服を着せておぶって寮まで帰るしかないか…」
俺は覚悟を決めると出来るだけ先輩の方を見ないようにしながら先輩に服を着せていく。しかし1つ困ったことがあった。ブラの付け方が分からないのだ。童貞は女性用下着の付け方も外し方も知らないのである。
途方に暮れた俺は後で先輩に返せばいいやとブラの装着を諦めそれを自分の鞄にしまい、ブラウスをそのまま先輩に着せた。桜色の突起など誓って見てはいない。
「よいしょっと…」
俺は寝ている先輩をおぶる。今の先輩はブラウスしかつけていないので彼女のそこそこ大きい胸が俺の背中に割とダイレクトにその柔らかい感触を届ける。
…だって仕方が無いじゃないか! 童貞にはブラの付け方なんて分かんないんだから!
俺の苦労にも関わらず先輩は気持ちよさそうに俺の背中で寝息を立てていた。
「かねちゅぐー…」
「まったく。世話のかかる人だなぁ…。どっちが年上なのかわかりゃしない」
でもそういう所が彼女の魅力でもあるんだよな。いつもは頼りがいのある大人のお姉さん、でも時々ポンコツ。俺は苦笑しながらも彼女をおぶってラブホを出た。
○○〇
ラブホの自動ドアをくぐり外に出る。ホテルに入る前に振り始めた雨はまだ降り続いていた。コンビニで傘でも買うか、まだ暑いとはいえ濡れて帰ると風邪を引くかもしれない。そう思った俺は寮に帰る前にコンビニに寄って傘を買う事にした。
だが俺はそこで思わぬ人物を発見する。あれは…千夏? どうしてこんなところにいるんだ?
「千夏? なんでここにいるんだ?」
「あっ兼続…」
千夏もこちらに気が付いた様だ。彼女は胸を押さえて見るからに辛そうな顔をしている。それに…涙の後? 彼女は泣いていたのだろうか? 俺は千夏の状態に困惑した。
「どうした千夏? なんか辛い事でもあったか? 俺で良ければ話を聞くぞ」
「自分でも分からないの…。どうして胸が苦しいのか、涙が出るのか…」
それは困ったな。俺は医療の知識があるワケではないので彼女が何の病気なのか分からない。救急車を呼んだ方がいいのだろうか。
「あれ…? 兼続の背中で寝てるの…先輩?」
「そうなんだよ。今日色々あってさ…」
俺は千夏に今日あった出来事を話していく。あぁ…本当に色々あった。
「えっ? じゃあ兼続と先輩がラブホに入ったのは先輩の妹さんを騙すためだったの?」
「本来はそうなんだけど、先輩が酔っぱらっちゃってさぁ。自分から突撃していったんだよ。帰ろうって言っても聞かなくて、更には寝ちゃってさ。それで今おぶって寮まで帰る所」
というか千夏にラブホに入る所見られてたって事か。うかつだった。注意しないとな。
「今までの話を整理すると…兼続と先輩は別に付き合ってる訳じゃないって事ね」
「そうそう、あくまで俺は妹さんを騙すための偽の彼氏。あっ…千夏も妹さんにはこの事言わないでくれよ」
「なぁんだ! そうだったのね!」
千夏の顔がそれまでの暗い表情からいつもの顔に戻る。
「あれ…?」
「どうした?」
「胸の痛みが無くなってる…。さっきまでのが嘘みたいに…」
千夏は胸を押さえていた両手を放した。胸の痛みが直ったらしい。結局何の病気だったんだろう。
「念のため明日病院に行った方がいいんじゃないか?」
「そうするわ。それよりも今は…どうやって帰りましょう?」
千夏は雨が強まって来た空を見上げる。そうだ、傘を買うんだった。
俺たちはコンビニで傘を買い、土砂降りの雨の中を走って帰った。俺は先輩が濡れないようにして傘の位置を調節しながら帰ったため、結局ずぼ濡れになってしまったが。…風邪ひいてなきゃいいけどな。
○○〇
次の更新は9/30(土)です
※作者からのお願い
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