その時は来た

 夕食を食べ終わった俺たちが次に向かったのは『居酒屋・色彩』という居酒屋さんだ。ここも先輩が贔屓にしている場所…というか大学から近いので色彩大学の学生は大抵ここで飲み会をするので世話になっている。飲み会用のコースもあり、コース料理・飲み放題付きで3000円なのでなかなかリーズナブルだ。


 そろそろ夜の20時になるので未成年は本来なら家に帰るべき時間なのだが…春海ちゃんは当然帰らなかった。俺たちの事を最後まで見届ける気満々である。


 この後の予定はこの居酒屋で軽くお酒を飲み、そしてその後は…いよいよくだんのラブホ作戦になる。春海ちゃんを騙すために仕方なくやるものの、できれば俺もあまりこういった事はしたくはない。


 先輩の本当の恋人でもないのに性行為をしたと相手に思わせる事になるし、実際に性行為をしないのにラブホに入り迷惑をかける事になるからだ。


「春海ちゃん…もう外は暗くなってきたし、帰らないと親御さん心配するんじゃないかな?」


「大丈夫、親には今日は遅くなるから晩御飯はいらないって伝えてあるから」


 もしかしたら…と思って声をかけてみたが無駄だったようだ。こうなれば俺も覚悟を決めるしかない。ラブホ作戦を実行して春海ちゃんを騙すのだ。


 俺たち3人はそろって『居酒屋・色彩』の暖簾のれんをくぐった。



○○〇



「あっ、大将! 注文お願いするわ! 焼き鳥と枝豆とお刺身の盛り合わせね! あとカシスオレンジお願い!」


「あいよ! 美春ちゃん今日はデートかい? いいねぇ若くて。彼氏の方は?」


「えっと…じゃあ日本酒のお冷お願いします」


「あいよ! ちょいと待ってな!」


 美春先輩はここの常連らしく、従業員の人に顔を覚えられているようだ。まぁむっちゃ美人が何度も店に来てたらそりゃ顔も覚えるか。というか先輩…注文が完全におっさんじゃん…。


 お酒が入ると思考が鈍るので作戦決行中はあまり飲まない方が良いのでは…と思うかもしれないが、流石に居酒屋に入ってお酒を頼まないのは失礼だし、自分が考えた作戦とはいえこの後に俺の人生初のラブホに行くことになるのだ。小心者の俺は正直心臓がバクバクである。なので少しお酒を飲んで気を大きくしようというである。軽く1杯程度なら大丈夫だろう。


「はい、お待ち!」


 そう考えていると注文の品がやって来た。俺と美春先輩の前につまみとお酒が並ぶ。


「じゃ兼続、ちょっと早いけどお疲れ様♪」


 「ちょっと早いけど」というのはまだ作戦が終わっていないので、それ故にお疲れ様と言うには「ちょっと早い」と言っているのだろう。


「はい、お疲れ様です」


 俺たちはコップを合わせて「カチン」と乾杯し、杯をあおる。アルコールが俺の体内に侵入し、体が「カッー」と熱くなってくる。クゥ~効くねぇ…。早速アルコールを飲んだ効果が出始めている様だ。…なんだか今の俺は何でもできそうな気分になって来たぞ。ラブホでもなんでも来いだ!


 俺は料理の方も堪能しようとお刺身を一つとって口の中に入れる。これは…タイの刺身かな? コリコリとした触感が口の中を楽しませる。俺は刺身に続いて日本酒を口の中に含んだ。


 うーん…美味い。日本酒は魚と一緒に飲めるように作られた酒だけあって相性は抜群だ。日本酒には魚独特どくとくの臭さを消し、尚且つ旨味を引き立ててくれる効能があるのである。


 隣の美春先輩の方を見ると枝豆を摘まんでいた。うわっ、先輩ぺース早いな。もうすでに1杯飲み干している。


「あ゛あ゛~、お酒と枝豆ってなんでこんなに合うのかしら? 最高ね♪ あっ、大将! お酒おかわり、次はジントニックでお願い」


「あいよ!」


 先輩はお酒を飲んでルンルン気分のようだ。カシスオレンジを飲み干した彼女は勢いに乗って次のお酒を注文する。俺は先輩を肘で小突いてヒソヒソ声で話しかけた。


「(先輩、そんなハイペースで飲んで大丈夫ですか? この後も作戦は続くんですからね)」


「(大丈夫よ! カクテルの1杯や2杯程度で酔うようなヤワな身体じゃないわ)」


 大丈夫かなぁ…。先輩調子に乗りやすい所があるし、飲みすぎるようなら止めるか。俺は一旦先輩から目を離し、右隣の席に座る春海ちゃんの方を見た。彼女はオレンジジュースを片手に焼き鳥を食べている様だ。その様子は姉妹だけあって美春先輩にそっくりである。彼女は俺の視線に気が付いたのか顔をこちらに向ける。


「何?」


「いや、やっぱり未成年には居酒屋は居心地悪いんじゃないかと思って…」


「そう言って春海を帰らそうたって無駄よ。春海は最後まで見届けるからね」


 彼女も頑固だねぇ。…ここら辺は内藤家の血筋なのだろうか。俺はため息を吐きながら再び日本酒を口に含んだ。


「はいよ! 美春ちゃんにジントニック! そちらのお客さんはスピタリスね!」


 店の大将は美春先輩にジントニックを、そして彼女の隣にいた客にスピタリスを渡す。…ってスピタリス!? スピタリスって確かアルコール度数96%の強烈なお酒じゃなかったっけ? そんな強い酒をここで取り扱ってるのか?


「来た来た!」


 先輩は早速手元にやって来たジントニックを一口飲む…が突然「ボンッ」という音を出して机に突っ伏してしまった。一体どうしたんだろう?


「あのー大将。これスピタリスじゃなくてジントニックですよ?」


「えっ、申し訳ありません」


 美春先輩の隣にいた客が大将に注文の間違いを指摘する。ん?…という事は先輩が飲んだのがスピタリス!? 同じ透明なお酒だから渡し間違えたのか。俺は急いで先輩の安否を確認する。


「美春!? 大丈夫か美春!?」


「う~ん…かねちゅぐ? …何だか知らないけどじんとにっくを飲んだ瞬間にのどがしゅごくあつくなったわぁ…」


 彼女の顔は真っ赤に染まっていた。これは…完全に酔っぱらってるな。そりゃ度数96%のアルコールを慣れてない人が飲めばこうなるか。


 飲んだのが一口だけで助かった。アルコールに弱い人が飲むと一口で急性アルコール中毒になるほどの酒らしいが、どうやら先輩は酔っ払った程度で済んだようだ。呼吸と意識はしっかりしている様である。


 …ん、でも待てよ? これこの後の予定どうするんだ? 美春先輩が酔っぱらってるんじゃ計画に色々支障が出るぞ!?


 …俺はしばしの間考える。そして考えた末に今日はここで解散した方が良いだろうという結論に達した。


 美春先輩はもうヘロヘロ状態。このような状態で作戦を決行するのは無謀である。春海ちゃんの疑惑は解けないままだが仕方が無い。美春先輩の健康と彼女の嘘を守るのが最優先だ。バレるよりは疑惑の状態のままの方が良いだろう。


「大将、とりあえず水を…」


「美春ちゃん大丈夫かい? ごめんねぇ」


 俺は水を注文すると美春先輩に飲ませる。これは体内に入ったアルコールを薄めるためだ。もっと言うと水分をとることで尿意を促し、アルコールを体の外に出て行かせるためでもある。


「美春、飲んで」


「う~ん…」


 美春先輩はトロンとした目をしつつも自分の手でコップを持って水をゴクゴクと飲み干す。意識はしっかりしているみたいだし大丈夫そうだ。


「今日はもう帰ろう?」


「え~なんでよぉ? この後りゃぶほ(ラブホ)に行くんでしょぉ~?」


「ちょ!? 美春!?」


 先輩は酔ったせいでとんでもない事を口走り始めた。隣にいた春海ちゃんも目を丸くして驚いている様だ。


「た、大将。とりあえずお勘定を…」


「え、ええ。本日はすいません。お代の方は結構ですので」


「いやいや、そういうワケには…。食べた分は払いますよ」


「いえ、こちらのミスなので…」


 その後何度か大将と同じやり取りをしたが、大将の方がお代はいただけないと言うのでお金は払わずに俺たちはそのまま店の外に出た。酔った先輩がちゃんと歩けるか不安だったが、彼女は自分の足で歩けるようだった。


「春海ちゃん、今日はもうここで解散ね。俺は美春を寮まで送っていくから…」


「え~。ヤダヤダ!!! かねちゅぐとりゃぶほに行くのぉ~」


「ちょ!? 美春!? 押さえて」


 俺は美春先輩の口を手でふさぐ。こんな公共の場所でそんな事は言うべきではない。


「どうするの彼氏さん? おねえはラブホに行きたいって言ってるけど…?(ここまで2人の行動を見て来たけど、2人は本当に付き合っている…というのは認めてもよさそう。でもまだ兼続さんが遊びでおねえと付き合ってるという線が消えてない)」


「いやいや、酔っている美春をその…ホテルには連れてはいけないだろ? 彼女の体調が最優先だ」


「(あくまで彼女の体調を優先してる…。という事はヤリモクで付き合っているのではないという事かしら?)」


 春海ちゃんが俺の方を疑り深い目で見ている。まだ俺たちが本当は付き合っていないという疑惑が晴れないのか…。まぁスイキンの事を考えれば当然と言えば当然の話だが。


「ねぇ兼続さん答えて。兼続さんはおねえの事を大事にしてくれる?」


 えぇ…なんでいきなりそんな質問…? だが春海ちゃんは真剣な目をして俺にそれを尋ねてきていた。これは…答えないワケには行かないな。今の俺は偽とはいえ先輩の彼氏なのだ。ならば彼氏として疑われないような発言をしないと。


「そりゃ大事にするよ。俺は美春の彼氏なんだから。彼女の体調が悪いようなら休ませるべきだと思うし、困っているようなら力を貸す。彼女には幸せになってもらいたいからね」


 これに関しては本心だった。美春先輩にはなんだかんだ普段からお世話になってるし、困ったことがあれば助けてあげたい。そして本当の彼氏を作って幸せになって欲しい。


 しかし俺がそう言い切った瞬間にどこからか「ピッ」と機械音のような音が響いた。何の音だ? 俺が疑問に思っていると春海ちゃんはニヤリと笑った。


「…今の発言、春海のスマホのボイスレコーダーに録音したから。もしおねえを不幸な目に合わせようとしたなら今のをあなたの友人にバラまくからね、覚悟しておいて!」


「えっ…」


 俺は春海ちゃんの行動に困惑する。どうしていきなりこんな事をしたんだろう。俺が戸惑っていると彼女はため息を吐きながら理由を話し始めた。


「正直な話、おねえに近寄って来たのが悪意のある人なら別れさせようと思っていたの。おねえ顔だけはいいからヤリモクの男が近寄ってきそうで不安だったから。でもあなたは別にそんな事はないみたい。だからしてあげる。でもおねえを泣かせたら承知しないからね!」


 今の春海ちゃんの発言を要約すると…俺たちが本当に付き合ってると認めてくれるって事か? 春海ちゃんは更に言葉を続けた。


「今までおねえの事を煽っていたのはこの年になっても恋人の1人も作れないのが心配だったから。だからワザとキツイ物言いをして煽ってたの。…大切なお姉ちゃんだもん。幸せになってもらいたいからね」


 春海ちゃんは恥ずかしそうにそう呟く。なるほど…今まで春海ちゃんが先輩を煽るようなマネをしていたのは先輩に早く彼氏を作るように発破をかけていたのか…。そして(偽の)恋人の俺には姉が悪意のある人物と付き合っていないか入念にチェックしていたと、そういう事か。

 

 なんだ…不器用だけどいい妹じゃないか。今までの彼女の言動は全て姉の事を思っての行動だったという事だ。なんか彼女を騙しているのが申し訳なくなってくるな。でも先輩との約束なので本当の事をバラすワケにはいかない。


「はりゅみぃ~。ありがとー」


「ちょ、おねえ酒クサッ! だから言うの嫌だったのよ!」


 今の言葉を聞いた美春先輩は感激して春海ちゃんに抱き着いている。あぁ…美しき姉妹愛。俺は兄弟がいないからちょっと羨ましい。



○○〇



 その後、春海ちゃんには一応認められたワケだし帰るか、と思っていたのだが…。


「さぁ、かねちゅぐ~、りゃぶほに行くわよぉ~」


「えっ? 美春、今日は止めておこう?」


 春海ちゃんに一応付き合っていると認められた以上、ラブホに行く必要はない。しかし先輩は酔っぱらっているためそれが理解できなかったようだ。どうもこの後ラブホに行くことだけはしっかりと覚えているらしい。


「かねちゅぐはあたしとりゃぶほに行きたくないの?」


 先輩はウルウルと目を涙ぐませながら俺に言ってくる。ちょ…そういうのは反則ですって!?


「ほら、彼女がそう言ってるんだから行ってきなさいよ!」


 春海ちゃんが俺の背中を押してくる。いや、もうその必要はなくなったから行く必要はないんだけど…。


「酔っぱらってる美春とホテルに行くワケにはいかないって…」


「春海が許すわ。家族が許してるんだからいいでしょ? さぁさぁ!」


「いやいや、そう言う問題じゃ…」


 俺は美春先輩と春海ちゃんに物理的に押されて、あれよあれよという間にラブホ街へとやって来てしまった。


「かねちゅぐー! このお城みちゃいな建物にしまちょ♪」


 先輩は呂律の回らない舌でノリノリで提案してくる。ホテル『ラブキャッスル』か…。これ俺入らなきゃいけない感じなの?


「あっ、そうだ。避妊はちゃんとしときなさいよ。春海、この年で叔母さんになるのは嫌だからね。はい、避妊具」


 春海ちゃんはカバンの中からコン〇ームの箱を取り出すと俺に手渡してくる。…今どきは女子高生もコン〇ームを常備する時代か…。というか店員も高校生に売るなよ。


「シャイニングコン〇ームよ。暗い中でも光るから分かりやすいわ。最近春海のクラスでスッゴク流行ってるの」


「春海ちゃんのクラスの性乱れすぎじゃない!?」


「今やコン〇ームを持っていないのが許されるのなんて小学生までよ?」


「それは流石に言い過ぎでしょ!?」


 俺が高校生の時はヤッてる奴なんてせいぜいクラスのトップカースト3~4人ぐらいだったのだが…。今やコン〇ームがクラスで流行る時代か。進んでるねぇ…。


「じゃ、春海は帰るから。後はお2人で♡」


 春海ちゃんは意味深な笑顔を浮かべると帰って行ってしまった。えぇ…これどうすればいいの? 俺は彼女に渡されたコン〇ームの箱を見つめた。使う予定もないのにコン〇ームの箱だけが増えていく。ゲーミングコン〇ームにソーダ味のコン〇ームにコレ。俺はどうすればいいのだろうか?


「かねちゅぐ~! 先にはいりゅわよ~!」


「ちょ!? 先輩待ってください!」


 ポッポッポッ…サァーーー


 俺たちがラブホに入ると同時に雨が降り始めた。俺は濡れないように酔った先輩を追いかけてラブホの中に入った。



○○〇



~side千夏~


「あ~…疲れた。いきなり実家に呼び出されるなんて…。気晴らしにいつもとはちょっと違う道を通って帰ろうかしら? 今の季節は潮風が気持ちいいのよね」


 千夏は実家での野暮用を済まし、色彩市に帰ってきていた。今朝千夏のスマホにいきなり「本家に集合」というメッセージが親から届いたのだ。内容は千夏にとってはどうでもいい物だったが、面子を重視する家柄なので参加しないワケにはいかない。


 千夏は憂鬱とした気分を晴らそうと駅からいつもの帰り道とは違う道…、海沿いの道を通って寮へと帰ろうと思っていた。海沿いの道にはラブホ街があるが…千夏には縁のない場所だ。


「何で海沿いにラブホなんて立てるのかしらねぇ…折角の景観が台無しよ。でも潮風が気持ちいい…」


 千夏は明々と光り輝くラブホの明かりを見ながら潮風に当たっていた。と、そこで彼女はある人物を見つける。


「あれは…兼続と先輩? どうしてこんなところにいるのかしら?」


 気になった彼女は2人の後を追いかけた。


「えっ…?」


 千夏が目にしたもの…それは見知った2人がラブホテルに入るところだった。



○○〇


次の更新は9/28(木)です


※作者からのお願い


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