兼続の看病
先輩の妹を騙すためにデートをした次の日、案の定雨に打たれて体が冷えたのか風邪をひいてしまった。朝起きると体がだるく寒気がする。もしやと思って体温を測ると38度の熱が出ていた。
昨日土砂降りの雨の中をなんとか帰ってきた俺たちは女の子の体を冷やしては不味いと思い、千夏に先に風呂に入るように言った。千夏は俺の方が濡れているんだから俺に先に風呂に入るように言ったが、俺は千夏を有無を言わさず風呂場に押し込んだ。
背中におぶっていた美春先輩は俺が傘の位置を調節しながら濡れないようにしていたためそれほど濡れてはいなかった。だが起きそうになかったのでとりあえず彼女を部屋まで運んで、後の処理はたまたま起きていた秋乃に任せた。2日酔いになってなければ良いが。
千夏が風呂から出て来るまでの間、俺はタオルで濡れた体を拭いたのだが…自分が思っていたよりも体が冷えていたようだ。
風邪にかかるのなんて数年ぶりである。最後にかかったのが確か中学生2年の時だから6年ぶりぐらいかな。男子寮の中山寮長の筋トレに付き合って身体を大分鍛えていたつもりだったが、まだまだだったらしい。
とりあえず非常食用に買ってあったカ〇リーメイトと風邪薬を飲んだ俺は再び布団に入って眠ることにした。
○○〇
昼過ぎに再び目を覚ますと薬が効いたのか寒気やだるさは大分マシになっていた。布団からムクリと起き、熱を測ると37度。この分なら明日には平熱に戻ってそうである。
グゥ~
体調が良くなって来たからか腹が減って来た。俺はカップ麺を手に取ると湯を入れるべく食堂へと上がっていった。
「あれ、兼続君もう起きて大丈夫なの?」
食堂に入ると秋乃がいた。なにやら雑誌を読んでいたらしい。心配そうな顔をして俺を見て来る。
「ああ、薬を飲んだおかげで大分マシになったよ。ご心配をお掛けしました」
朝は体調が悪く食堂に行けなかったため、朝食を用意してくれている秋乃に迷惑をかけてはいけないと思い、reinで「風邪をひいたから朝食はいらない」と送っておいたのだ。秋乃はかなり俺の事を心配してくれていたみたいで、先ほど起きた時に俺の体調を心配するreinが何通か来ていた。
「そういえば先輩は大丈夫だった?」
昨日の夜に秋乃に預けた先輩の事が気になったので聞いてみた。彼女は俺の問いにクスクスと笑いながら答える。
「先輩ならあの後気持ちよさそうにグッスリと眠ってたよ。でも2日酔いになったみたいで今はベットの上でダウンしてる」
ホッ、意識や呼吸がしっかりしていたからアルコール中毒の可能性はないと思っていたが大丈夫だったようだ。風邪もひいていないようで何よりである。まぁ…2日酔いに関しては度数96%の酒を飲んだのだから仕方が無い。
俺はカップ麺のために湯を沸かそうとケトルに手をかける。しかし秋乃は俺が手に持っていたカップ麺を見ると「ムッ」と目を細めた。
「兼続君…もしかして今からカップ麺を食べる気?」
「うん、体調が良くなったからか腹が減ってきちゃってさ」
「風邪ひいてるんだからもっと栄養のあるものを食べなきゃダメだよ! 部屋に戻ってて、私が栄養のあるものを作ってあげる」
「いやいや、秋乃にそこまで手間を取らせるわけには…」
「これくらい全然手間じゃない! だから部屋に戻ってて!」
秋乃に無理やり食堂から追い出された。…そこまで言うんだったらありがたく厚意を受け取っておこうかな。俺は秋乃の言葉に甘えて自分の部屋へと戻ることにした。
○○〇
「出来たよ~。秋乃さん特製『栄養たっぷり鍋焼きうどん verノスタルジック!』」
俺が部屋に戻って20分ほどすると秋乃が料理を持ってきた。彼女が持ってきたのはアツアツの鍋焼きうどんだ。薄茶色の透き通った出汁に煮込んで柔らかくなったうどん。そしてその上には野菜と豆腐がたっぷりと乗っていた。栄養は満点だろう。
それを見て俺はふと小さい時の記憶を思い出していた。…懐かしい。確か俺が熱を出すと母ちゃんがよく鍋焼きうどんを作ってくれたんだよな。そのせいか俺の中では風邪を引いた時はおかゆよりも鍋焼きうどんのイメージがある。
…後から母ちゃんに何故風邪を引いた時に鍋焼きうどんを作ってくれたのか理由を聞くと、たまたまスーパーでうどんが1玉20円で売ってたからっていう経済的な理由だったけど。
「おかゆと迷ったんだけど、カップ麺食べられるだけの食欲があるなら野菜も取れるこっちの方が良いと思って。兼続君、風邪ひいた時にいつもお母さんに作ってもらってたもんね」
どうして秋乃が俺が風邪を引いた時に鍋焼きうどんを食べていたのを知っているのかは分からないが…、今はそんな事はどうでもいい。俺の腹が限界だった。俺は箸を手に取ると早速鍋焼きうどんに手を付ける。
「いただきます! ズズッ…。うおっ美味ぇ!」
非常に懐かしい味がする。そうだ。これ…母ちゃんが作ってくれた味にそっくりなんだ。ズボラなウチの母親の作る鍋焼きうどんはカツオの
もっと丁寧に処理をすればこれより味の良いものになるだろう。しかし俺にとっては母ちゃんのこの雑な味こそ至高の味だった。どんな高級料理も母ちゃんの味には敵わない。病気の体に母ちゃんの味がしみる。あぁ…懐かしくて涙が出て来た。そういえば最近母ちゃんの料理食ってないなぁ。
「か、兼続君!? 大丈夫?」
いきなり泣き出した俺を見た秋乃はびっくりして話しかけてくる。
「ゴメン、ちょっと懐かしくて…。これ母ちゃんの味と一緒だったから…」
「えへへ//// そう言って貰えると嬉しいなぁ(私の記憶にある兼続君のお母さんの作り方を真似て作ったんだけど…効果てきめんだったみたいだね)」
何故秋乃は喜んでいるのだろうか。母ちゃんの味と言われてそんなに嬉しかったのかな? …うーん、普通女性はそんな事を言われると怒りそうなものだが…良く分からんな。
俺は鍋焼きうどんをすぐに平らげた。
「ふぅ…ありがとう秋乃、ごちそうさまでした」
「お粗末様です。そんなに気に入ったのならまた作るよ?(フフフ…兼続君の好きな料理の情報ゲット~♪ ここから攻めていくよ!)」
「えっ、本当に? それはありがたいなぁ」
秋乃はまた作ってくれるらしい。有難い事だ。いつも食事を作ってくれる彼女にはいくら感謝してもしたりない。
「さて…と、ついでに兼続君の部屋の掃除もしちゃいますか♪」
俺が食事を取り終わったので秋乃は帰るのかと思いきや…何故か彼女は俺の部屋を掃除すると言い始めた。
「いやいや、そこまでしなくていいよ。料理作ってくれただけでもありがたいのに…」
「ついでだよついで、気にしないで♪(折角兼続君の部屋まで来たのにすぐに帰っちゃうのはもったいないよね。今まで勇気が出なくて中々彼の部屋に来れなかったんだもん。このチャンスを有効活用しなくちゃ…。兼続君の部屋…ハァハァ/////)」
彼女はそう言うと散らかっている俺の部屋を片付けていく。いつもは週1で掃除をしているのだが、今日はたまたま部屋が散らかっていた。昨日雨に濡れて脱ぎすてた服などがそのまま放置してあったのだ。
「流石に申し訳ないよ」
「兼続君にはいつもお世話になってるし、その恩返しだよ(おっ! パンツはっけーん! 回収回収…っと)」
むしろ秋乃に世話になっているのは俺の方なんだが…。んー…仕方ない。彼女には後日お礼として何か奢ろう。
秋乃はそのまま少々散らかった俺の部屋を片付けていく。そして彼女は昨日俺が身に着けていたチャックが開けられたままになっている鞄を手に取る。うん? …何か大切な事を忘れている気がする。なんだったっけ…?
「ねぇ…兼続君。これ何?」
俺が忘れていた大切な事は何だろうと思い出していると、突然秋乃が低い声で話しかけて来た。これは…秋乃が怒っている時の声!? いったいどうしたと言うんだ? 秋乃の方を見ると彼女の手には黄緑色のブラが握られていた。
…あっ、思い出した! 昨日先輩に服を着せた時にブラの付け方が分からなかったからそのまま鞄にしまったんだった。すっかり忘れていた。
「どうして兼続君の鞄に女性用の下着が入っているのかな? しかもこれ見た事ある…先輩のブラだよね?」
秋乃は笑顔でとんでもない
「そ、それは先輩が昨日酒に酔って暑いからって服を脱ぎ捨てたんだ。慌てて止めたけどブラを脱ぎ捨てたまま寝ちゃったからどうしようもなかったんだよ。俺付け方なんて分からないし…。下着は後で返そうと思って一旦鞄にしまったんだ」
俺は嘘を織り交ぜながらも釈明をする。本当の事を言えば命が無い。何故かそんな気がした。
「ふーん…。そもそも兼続君、昨日先輩と千夏ちゃんと何してたの?」
秋乃は信じていなさそうな目をして俺の方を見て来る。まぁ…信じられんよなぁ。でも半分は本当の事なんだぜ。
「夜に偶然先輩と会って『居酒屋・色彩』でお酒飲んでたんだよ。で、先輩が酔って寝ちゃったから俺がおぶって帰る事になったの。千夏はその途中で会ったんだよ」
流石に先輩の妹を騙すためにデートしていたと言えばめんどくさい事になるのは目に見えているので黙っている事にした。
「へぇ~…で、本当は?」
秋乃は全く信じてくれていないようだ。なんだろう…浮気を問い詰められる旦那のような気分だ。仕方ない、こうなったら…。
「秋乃! 俺の目を見てくれ! 俺の目が嘘をついている様に見えるか? 嘘かと思うかもしれないけど全部本当の事なんだよ」
俺は春海ちゃんを騙す時に使った手と同じ手を使う事にした。秋乃の両肩に両手を置いて澄んだ目で相手の目をまっすぐに見る。こうすれば相手は信じてくれるはず…。
「ふぇ!?////(か、兼続君…近い///// ヤバッ…また鼻血でそう…)」
「秋乃! 信じてくれ! 俺は秋乃に嘘はつかない!(嘘ついてるけど)」
「分かった。分かったから離れてくれると嬉しいな////(次鼻血だしたら今度こそ彼にドン引きされちゃう…)」
「ありがとう秋乃、信じてくれて…(助かった…?)」
ふぅ…どうにか秋乃は信じてくれたようだ。この手結構使えるかもしれんね。俺は彼女になんとか信じて貰ったので両肩から手を離し、元の位置に戻る。
「じゃ、じゃあこのブラは私が先輩に返しておくね」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。男の俺からは渡しにくいからな」
なんとか修羅場を回避した俺は布団の上に座り、心を落ち着ける。秋乃は再び部屋を掃除し始めたようだ。もうこれ以上見られて不味いものは無いはず…。
エッチなものは男子寮に置いて来てるし、みんなから貰ったコン〇ーム類は机の鍵付きの引き出しの中に隠している。これだけは昨日寝る前になんとかやった。鞄のチャックが開いていたのはそのせいだ。でもなんか嫌な予感がするんだよなぁ…。
…案の定俺の嫌な予感は当たってしまったようだ。
「ねぇ…兼続君。これ何?」
再び秋乃の低い声が聞こえる。まさかのテイクツー!? 俺の部屋にこれ以上そんな変な物あったっけ? 見ると秋乃の手には大きな箱のようなものが握られていた。なんだアレ?
「『学校の手違いで何故か女子療に住むことになった件』…? 兼続君もこういうのやるんだね…」
秋乃が冷たい目で俺を見て来る。あっ…思い出した。朝信が俺が女子寮に来る際に
「そ、それは朝信の物だよ。あいつエ〇ゲ大好きだからさ。俺にやってみろってしつこく勧めて来るんだよ。俺は興味ないんだけどね。アハハ…」
「私も男の子がこういうのをやるって知ってるけど…、女子寮にまで持って来るのはどうなのかな?」
おっしゃられる通りでございます。とっとと朝信に返しに行けばよかった。…風邪が治ったら返しに行こう。秋乃はそのまま冷たい目をしてエ〇ゲのクソデカパッケージの裏に書いてあるゲームの説明文を読んでいる。そして何を思ったのかエ〇ゲを持ってズイッと俺に詰め寄って来た。
「で? 兼続君は誰が好みなの?」
「え? 好み?」
「ヒロイン4人の中で誰が好みなの?」
そもそもやってないからどんなヒロインがいるか知らないんだが…。俺は彼女が指さしたエ〇ゲのパッケージに書いてあるヒロインの説明を読む。
えーっと…ヒロインその1、先輩。大学では美人で知られる。見た目は大人っぽいが中身は子供。ヒロインその2、同級生。クールで優等生だが、裏では結構ズボラ。ヒロインその3、同級生。家庭的な幼馴染。しかし怒ると怖い。ヒロインその4、後輩。不思議ちゃんで大食らい。
んんっ…? なんかどっかで見た事あるような…。あっ、そういえば…なんとなくこの女子寮の4人の性格にゲームキャラの設定が似てる気が…。でもどうして彼女はそんな事を聞いてくるのだろうか? うーん、考えてみてもわからん。
「兼続君! 答えて!(これを聞けば兼続君の女性の好みが分かるかも? ヒロイン3! ヒロイン3を選んで! それ以外を選んだら…その人は要注意ね)」
秋乃は俺に興奮した顔で詰め寄って来る。…これ誰を好きと答えてもめんどくさい奴だよなぁ…。そう思った俺は黙秘権を行使することにした。
その後、秋乃に30分ほど質問攻めされたが、風邪を理由に気分が悪くなったと言ったら彼女は引き上げてくれた。危ない…。ある意味風邪ひいてて助かった。
○○〇
次の更新は10/2(月)です
※作者からのお願い
もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます