女装と恋と豚
その日、俺は部屋の掃除をしていた。部屋に掃除機をかけている最中に部屋の片隅に置いてあった紙袋が目に止まる。
「これなんだっけ?」
気になった俺はその紙袋を覗いてみる事にした。すると中に入っていたのは…。
「あっ、これはあの時の女装セット…」
それはいつぞやのスーパーでやっていた福引の景品である女装セットだった。もちろん俺にはそんな趣味は無いのでゴミ同然の代物である。だが捨てるのももったいない気がしたので取ってあったのだ。
「これどうしようかなぁ…」
持っていても絶対に使わない。誰かにあげようにも女装が趣味の変人なんて俺の知り合いにはいない。ならいっそのこと捨ててしまおうかと思っていたその時、俺の頭に妙案が浮かんだ。
知り合いに1人、女装が似合いそうな奴がいる。捨てる前にそいつに一度だけ着てもらってから捨てよう。俺はそんな軽い気持ちで女装セットを持ち、そいつのいる所へ向かった。その時はこの行動が後々あんなめんどくさい事になるなんて思いもしなかったのだ。
○○〇
「おっ、兼続久しぶりじゃないか!」
「お久しぶりです、先輩!」
「高広先輩お久しぶりです。定満も久しぶり!」
丁度玄関で会話をしていた高広先輩と定満後輩が俺の姿を見かけて声をかけて来る。そう、俺が向かったのは男子寮。前期中はたまに顔は見せていたのだが、夏休み中にここに来るのは初めてだった。顔を見せるのは1カ月半ぶりぐらいかな?
俺は靴を脱いで男子寮に上がった。相変わらずの古い木の匂いと汗臭い匂い。ある意味実家のような安心感を感じる。
「どうだ? 少しは女心がわかったか?」
高広先輩が俺の肩に腕をかけて話しかけて来る。これぞ男同士のコミュニケーションといった感じで少し懐かしくなる。女子寮ではこんなコミュニケーションしないもんなぁ…。
「そうですね。女子寮に行く前よりかは女性の扱いが分かったような気がします。ありがとうございます先輩、俺の背中を押してくれて」
実際女子寮に行く前の俺と今の俺を比べると結構差がある気がする。例えば女子寮に行く前の俺は女性に話しかけるのすら億劫だったのだが、今では自然に話しかけられるようになったと思う。自分に自信がついてきたのだろうか?
そういう意味では俺に女子寮行きを勧め、成長の機会をくれた高広先輩には感謝しなくてはいけない。
「そう言われると嬉しいな。俺は兼続は出来る奴だと思ってたよ。その調子で4女神の誰かを落としてみろ!」
「うーん…それは難しい気がしますけど。でもこのまま頑張れば将来的に彼女が出来そうな気はします」
「おいおい、4女神の近くにいるって凄いメリットなんだぜ? もっと頑張れよ!」
先輩は俺の背中を叩いてエールを送ってくれる。なんだかんだこの人いい先輩なんだよな。
「それで…兼続先輩は今日はどうして男子寮に?」
定満が俺に用件を尋ねて来る。そうだった懐かしくて忘れるところだった。俺は後輩の肩を掴むと頭を下げて頼み込んだ。
「定満、折り入って頼みがあるんだがいいか?」
「先輩の頼みなら受けますよ。なんでもおっしゃってください」
それを聞いた俺はニヤリとほくそ笑んだ。
「言ったな。今から拒否は不可能だぞ!」
「は、はぁ…」
「頼む、これを着てくれ!」
俺は紙袋に入った女装セットを定満に渡した。
定満は背が低く非常に中性的な顔をしている。昔、俺と彼が一緒に歩いている時に彼が女の子と間違えられたことがあるくらいには。なので女装がかなり似合うはずだと俺はふんだ。
後輩は紙袋を受け取ると中身を見て赤面した。
「こ、これ女装セットじゃないですか!? い、嫌ですよ。というか何で先輩がこんなの持ってるんですか!?」
「スーパーの福引の懸賞で当たったんだ」
「なんてものを懸賞にしてるんですか!?」
俺もそう思う。あのスーパーの福引は碌なものが無かったと言っても過言ではない。良く潰れないな…。まぁこの辺りのスーパーと言えばあそこと色バラぐらいしかないので需要が無くならないんだろうが。
「頼む! 一生のお願いだ!」
俺は後輩に頭を下げた。自分でも何故そんなにも女装が見たかったのか分からないが、折角当たったものを有効活用したいというのが俺の中にあったのかもしれない。
「仕方ないですねぇ…。先輩にはお世話になってますし、1回だけですよ?」
後輩は意外にもそれを受け入れてくれた。流石持つべきものは後輩だ。これで俺の願いをかなえることが出来る。
定満は紙袋を持って自分の部屋へと入って行った。
○○〇
数分後、定満が部屋から出て来る。その姿を見た俺と高広先輩は思わず歓声を上げた。
「すげぇ…ガチで女の子みたい」
「ここまで似合うとは…。秋葉原とかに居そうだな」
女装セットの中には金髪ツインテールのカツラとゴスロリ調の服が入っていたのだが、定満はそれを見事に着こなしていた。中性的な顔立ち故に女の子っぽい格好が嫌でも似合うのだ。定満自身の顔面偏差値が高い事もあり、そこら辺の女子顔負けの女装男子が誕生していた。いや、最近は「男の娘」と言った方が良いか。
「き、着てきましたけど…」
定満が控えめにそう呟く。スカートを穿いているせいで下がスースーして落ち着かないのか、内股でモジモジしているのが逆に可愛らしさを助長させている。俺の心も思わず悶えそうになってしまった。おい、相手は男だぞ。
しかしこれは…中身が男と知っていなければ本気で口説く奴がいるかもしれんな。
「しゃ、写真とかはやめてくださいね///」
俺と先輩は定満の周りをクルクル回りながら観察していく。うーん、どこからどう見ても女の子だ。
「皆の衆、うるさいですぞ? 何かあったのですかな?」
と、そこで男子寮のもう一人の住人である朝信が部屋から出て来た。そう言えばこいつもいたな。すっかり忘れてたわ。大方部屋でエ〇ゲでもしていたのであろう。部屋から出て来た朝信が男の娘・定満の姿を発見し、互いに目が合う。
バッキューン!
その時、何かを銃で撃たれたような音が響いた…ような気がした。例えるなら恋のキューピットがライフルで心を打ちぬいたような感じの音だ。
朝信はいきなり心臓付近を押さえてうずくまる。顔も赤いし息も荒い。一体どうしたんだろうか? 不摂生な生活ばかりしてるからついに生活習慣病になったか? 心筋梗塞に気を付けろよぉ~。
「こ、こここ、このお方はどなたですかな?///」
朝信が挙動不審になりながら定満を指さしてそう言った。
「聞いて驚け朝信! なんと…さだムグッ」
ネタバラシをしようと思った俺の口を高広先輩が塞ぐ。
「(なぁ兼続、折角だしちょっと朝信をからかってやろうぜ!)」
「(えっ? 大丈夫かなぁ…)」
そういえば高広先輩は結構悪戯好きなのを忘れていた。おそらく定満を女の子と紹介して朝信をからかおうというのだろう。
「朝信、この子は定満の親戚でサダコちゃんって言うんだ!」
「ほへぇ~…なんかホラー映画に出てきそうな名前ですが、我は素敵な名前だと思いますぞ!」
先輩が『定満』改め『サダコ』を肘でつついて「俺に合わせろ」と合図を送る。
「こ、こんにちは! わたし、定満君の従妹のサダコって言います。よろしく!」
サダコが裏声を出してそれに答える。なんだかんだ
「我は南田朝信と申す者ですな。どうぞよろしくお願いしたしますな!」
朝信がキチッと背筋を正して自己紹介をする。…彼なりにキリッと自己紹介したつもりなのだろうが、彼の場合は背筋を正しても腹がでっぷりと出ているせいでどうもキリッとしている感じがしない。
朝信は自己紹介が終わると顔を赤くしながらモゾモゾとして俺の後ろに隠れる。定満がやると可愛らしいが、朝信がやると気色悪い。
「どうしたんだよ朝信?」
「兼続、わ、我は生まれて初めて3次元の女性に恋をしてしまったかもしれませんな////」
「え゛?」
その言葉を聞いて俺は固まった。それガチで言ってんの? 確かに今の定満は見た目は女の子と言っても過言ではないが…声とかで分からんもんかね?
なんかめんどくさい事になりそうだし、ここらでネタバラシしとくかと俺は高広先輩に目線を送る。だが高広先輩から送られて来た答えはNoだった。まだこれ続けるのかよ!?
「そ、そうか。2次元から脱却できてよかったじゃないか」
「我の胸はかつてないほどのトキメキを感じていますな。これほど我の胸がドキドキしているのは50メートル走を全速力で駆け抜けた時ぐらいですぞ」
それって結構頻繁にありそうな気がするのだが…。小・中学校の体力測定のたびにドキドキしている事になるぞ。
「あぁ…この胸のトキメキを彼女に伝えたいですな…」
朝信は顔を赤く染めて黄昏ながらサダコちゃんの方を見つめる。そこに高広先輩がニヤニヤしながら話しかけて来た。
「おい朝信、告白して見ろよ。もしかするとOKが出るかもしれんぞ?」
「しかし…サダコ氏程の女の子となると…すでに彼氏がいるのではないですかな?」
「大丈夫だって、さっき聞いたらサダコちゃん今フリーだとよ」
「なんと! それは本当ですかな!?」
「いけるいける。朝信程のナイスガイならイケるって。女はイケイケドンドンで押せ! お前がやってるエ〇ゲだって主人公がヒロインにドンドンアタックしてるだろ?」
「確かにそうですな。ヨシ、我は決めましたぞ。サダコ氏に告白しますな」
先輩に煽られた朝信は意気揚々とサダコの前に出る。…先輩はどこらへんでネタバラシする予定なのだろうか。
「サ、サダコ氏、わ、我と結婚を前提に付き合って頂けませんかな?」
「え゛?」
朝信は大声でサダコちゃんに告白した。案の定彼女も引きつった表情をしている。そりゃ困惑するよな。そろそろネタバラシした方が良いと思うのだが…。
「定満~? いる~?」
朝信がサダコちゃんに告白した瞬間だった。真っ赤に燃える火ような赤い髪の女の子が男子寮を尋ねて来た。誰だアレ…? いや…見覚えがある。以前定満に恋人の写真を見せて貰った時に見た覚えが…。という事はアレは定満の彼女!?
「何やってんのアンタ…?」
定満の彼女は女装している定満の姿を見て呆れたような表情を見せる。流石彼女、女装していても彼氏の事は分かるらしい。
「え、ちょ…!?
そうだ思い出した。フルネーム
定満がうろたえながら彼女にそう答える。…自分の彼女に女装して男から告白されている所見られたのだからうろたえるのは当然と言えば当然の話である。このシチュエーションで平然としていられる奴なんていないだろう。
「アンタにそんな趣味があったなんて知らなかったわ…」
「い、いや、これには深いワケが…」
ドン引きした表情で定満を見つめる美子ちゃん。定満はなんとか彼女に言い訳をしようとする。
「失礼ですが…貴殿はどちら様ですかな?」
そこで朝信が美子ちゃんにそう答える。彼女の事を自分の告白の最中に間に入って来た邪魔者だと思っているのだろうか。
「あたしはこいつの彼女だけど?」
「なんと!? サダコ氏は百合カップルだったのですかな!? これは…間に入らないといけませんな!」
どうやら朝信は女装している定満と美子ちゃんの事を百合カップルだと勘違いしたようだ。そういえば大分前に百合カップルの間に挟まりたいとか言ってたな。
「え、いや違…」
定満はそれを否定する。おいおい、なんかめんどくさい事になってきてないか?
「という事は2人は付き合ってないという事ですかな?」
「それも違…」
「アンタそっち系だったの? 幻滅したわ。さよなら。もうあたしに話しかけないで!」
美子ちゃんは定満の態度に痺れを切らしたのか、そう言い捨てて男子寮を出ていった。
「ま、待って! 美子ちゃん~!!!」
定満が女装したまま美子ちゃんを追いかける。
「あ、待つですなサダコ氏、まだ告白の答えを聞かせて貰ってませんぞぉ~!」
定満を追いかけて朝信も男子寮から出て行った。…これどうしたらいいだろう?
「なんかカオスな事になったな…」
「先輩のせいでしょ!?」
「兼続、後は頼んだ!」
「え、ちょ!? 先輩!?」
先輩は逃げるように自分の部屋に逃げ込んだ。えー…この後始末どうするんだよ…。俺は途方に暮れた。
○○〇
次の更新は9/18(月)です
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