襲来する冬梨パパ

 8月もそろそろ終わりになろうかという某日、俺は食料品や日用品を買いに近くのスーパーに向かっていた。それにしてもやはり暑い…。お盆を過ぎたら暑さはマシになるとはなんだったのか。俺は汗をぬぐいながらスーパーへの道のりを歩いていく。


 本日の気温は34度。いや、確かにピーク時と比べると若干マシにはなっているけどさ…。まだまだ暑さは続きそうだ。


 8月の終わりと言うと小学生や中学生はまだやっていない夏休みの宿題を終わらせに焦ってラストスパートをかけている時期だと思うが、俺達大学生の夏休みは9月の終わりまであるのでのんびりとしたものである。俺達の夏はまだまだ終わらねぇ!


 …と、冗談交じりに言ってみたが割とガチで最近の日本は9月になっても暑いままなので9月も夏に分類して良いのではないかと思っている。個人的な感覚でいうと3月~5月が春、6月~9月が夏、10月が秋、11月~2月が冬になっている感覚だ。秋が少ねぇ…。過ごしやすくて1年で一番好きな季節なのに。日本の四季はもうボロボロだよ。


 そんな事を思いながら歩いていると、ふと少し先にある電柱の後ろに人影が見えた…ような気がした。俺は立ち止まりその電柱を見つめてみる。…特に変わった様子は無い。見間違いかなぁ…。警戒しながら電柱に近づき、その電柱の裏を覗いてみたが、そこには案の上誰もいなかった。


 うーむ、暑さのせいで幻覚でも見たのだろうか。スーパーに着いたら経口補水液でも買って飲むか、熱中症になるのも嫌だしな。俺はスーパーへの道のりを急いだ。



○○〇



 スーパーに着いた俺は買い物カゴを取り食料品や日用品を買い足していく。そしてその最中に同じく買い物中であろう冬梨とバッタリ出会った。


「おっ、冬梨も買い物か?」


「…お菓子の補充」


 彼女の買い物カゴを見ると中にはクッキーやチョコレートなどのお菓子が大量に詰め込まれていた。なるほど、自分の体はお菓子で出来ていると豪語する程のお菓子好きの彼女だ。お菓子の無い生活は耐えられないのだろう。…将来糖尿病にならなければいいが。


 しかし冬梨を見ていたら俺もお菓子を食べたくなってきた。彼女から漂ってくる甘い匂いがそうさせるのだろうか。普段俺はあまりお菓子など買わないのだが、久々に買ってみてもいいかもしれない。


「俺もお菓子食べたくなってきたなぁ。冬梨、何かおススメを教えてくれよ? 勉強の最中にも食べれるような奴」


「…ならこれがおススメ、最近発売した新感覚のチョコレート」


「へぇ、チョコレートか。確かにチョコは勉強のお供に最適だよな」


 俺は冬梨におススメされたチョコレートの袋を手に取る。


「何々…『イナゴチョコレート』!? イナゴがチョコの中に丸々一匹入ってます!? のどにイナゴの足が引っかからないように注意…。確かに新感覚かもしれないけど絶対に食いたくねぇ…。なんでまたそんなにイナゴ推しなんだ…?」


 どうしてかは分からないが冬梨は妙に俺にイナゴを食わせたがる。俺は某サバイバルの達人のように訓練を受けたプロじゃないんだから虫を食わせようとするのはやめて欲しい。


「…兼続はイナゴを食べるべき、これは源氏物語にもそう書いてある『いづれの御時にか、兼続なるもの、イナゴを食べ給う…』」


 彼女はニヤリと笑いながらそんな事を言ってくる。


「源氏物語にそんな文章ないだろ! 日本の最高文学の冒頭文が無茶苦茶じゃないか!」


「…そうだっけ? でも兼続はイナゴが好きそうな顔をしている」


「どこがだよ!? 俺はいたって普通の顔だ!」


「…そんなことは無い。兼続は男前、もっと自信持って」


「冬梨…」


 俺の短い人生で顔を褒められたのは初めての事だった。ちょっと嬉しい。女の子に自分の顔を褒められるとまるで自分の存在を認められたかのような気分になる。俺はここに存在してていいんだって…。


「…だから男前の兼続、イナゴ食べて?」


「………」


 冬梨の奴、何が何でも俺にイナゴを食べさせたいらしい。


「…兼続は冬梨のおススメ食べてくれないの?」


 冬梨がイナゴチョコレートを手に持って目をウルウルとさせながら俺に懇願してくる。う゛っ…泣き落とし作戦か。女の子のこういう表情には弱いが、俺もイナゴを食べたくはない。俺は丁重に断わった。


「他に何かおススメは無いのか?」


「…じゃあこれ、最近冬梨のハマってる奴。『マッスルグミ』」


「『マッスルグミ』? プロテインでも入ってるのか?」


 筋トレ大好きな男子寮の中山寮長が喜びそうな名前である。冬梨は商品棚からそのグミを取ると俺に渡してきた。パッケージには筋肉ムキムキのおっさんが描かれている。


「…違う。まるで筋肉を噛んでいるかのような弾力のあるから『マッスルグミ』。最近流行りのハードグミの1つ。味も良くて噛み応えがあるから冬梨は気に入っている」


「へぇ~」


 柔らかいグミの事を「ソフトグミ」というのに対し、硬くて噛み応えのあるグミの事を「ハードグミ」と言うらしい。そのハードグミは近年お菓子業界で密かに勢力を増してきているのだとか。そしてこの『マッスルグミ』はそのハードグミの中でも最も人気のある商品らしい。味はなんとパイナップル味だ。


「…硬いから食べるのに時間がかかって満足感があるからコスパが良い。そして噛むと脳が刺激されて頭の回転が良くなる。勉強のお供にも最適。総じて兼続におススメだと判断した」


 冬梨の奴そこまで考えて俺にこれをおススメしてくれたのか。コスパが良くて勉強のお供にもなる。まさに俺が求めていたお菓子じゃないか。最初からこれをおススメしてくれれば良いのに。流石女子寮のお菓子ソムリエだ。


「(グッ!)」


 冬梨は親指を立ててドヤ顔でアピールしてくる。これはいい物を紹介して貰った。俺は早速そのマッスルグミを買い物カゴに入れようとした…しかしその時、俺は何やら背後から視線を感じて振り返る。


「…?」


 …俺たちの後ろには誰もいない。気のせいか? うーむ…暑さのせいで脳が変になっちゃってるのかな? スーパーの店内はエアコンがガンガンに効いているが、例えエアコンの中にいても水分は失われ続けているのだ。やはり経口補水液を買った方が良いか。俺は飲料水コーナーにある経口補水液をカゴに入れると会計しにレジに向かった。


 そして会計を済ませた俺は同じく会計を済ませた冬梨と一緒に寮へと帰ることにした。



○○〇



 スーパーを出て経口補水液を摂取した俺は冬梨と最近あった出来事を話しながら一緒に寮への道を帰っていった。当然ながら俺たちの共通の話題と言うと寮の話題だ。


「えっ、千夏の奴今度は『寄せてあげるブラ』買ってたって?」


「…そう。この前am@jonに頼んでいるのを見た。でも千夏の胸はそもそも寄せてあげる肉が無いからつけてもサイズはそんなに変わらなかったみたい。…寄せてあげるブラをつけても冬梨より小さい、無惨」


「…そんな可哀そうな事言ってやるなよ」


 冬梨は勝ち誇った顔でそう宣言する。千夏だってバストアップ頑張ってるんだぞ。バストアップ体操とか乳製品多めに食べたりとか…。俺は彼女の努力がいつか身を結ぶと信じている。そして話題は次の話に変わる。


「ふーん、寮長今度お見合いするのか」


「…寮長が使っている結婚相談所にクレームを入れ続けてたら職員の人がようやく持ってきたらしい。来月の中旬にお見合いするってウキウキで言ってた」


「結婚相談所の人も大変だなぁ…」


 以前結婚相談所に希望している寮長の理想のスペックの男性の話を聞いたことがあるのだが、年収1000万以上のイケメンを希望しているとか言ってたな。そりゃお見合いの話なんて来るはずないよ。年収1000万のイケメンなんて結婚相談所に登録しなくても相手なんていくらでも寄ってくるんだから。


 結婚相談所の人もクレームがめんどくさくて仕方なく手配したんだろうな。寮長の事なのでおそらく今回のお見合いも失敗だろう。この前の街コンの様子を見ていたら嫌でも分かる。


 俺たちはそんな他愛もない話をしながら帰り道を歩く。だがそこでまたもや後方で人の気配の様なものを感じた俺は振り返った。


「…?」


 しかしそこには誰もいない。気のせいなのか? 


「…どうしたの兼続?」


 冬梨が不思議そうな顔で俺の方を見つめて来る。冬梨は何も感じなかったのだろうか?


「冬梨、さっきなんか変な気配を感じなかったか?」


「…変な気配? そういえば…確かに何か違和感を感じる」


 やはり冬梨も変な気配を感じ取っていたらしい。一体何なんだろうか?


 そこで俺の頭に「ピーン!」と電流が走り、とある事柄が頭に浮かんだ。それは「ストーカー」だ。


 冬梨は可愛い。それこそウチの大学で4女神と言われるぐらいには可愛い。その妖精のような可憐な容姿故に、彼女が気が付かないうちに悪質な男に付きまとわれているのではないかというのを俺は想像した。


 俺の予想が当たっていれば冬梨が危ない。ストーカーって警察に言ってもあまり対応してくれないんだっけ? 確か実際に被害が出るとかしないと警察は動いてくれないというのを聞いた事がある。被害が出てからでは遅いと言うのに。


 なら俺が冬梨を守るしかない。俺は冬梨の少し後方に下がり、小さな彼女を守るようにして歩き始めた。俺のこの予想が杞憂であってくれればいいのだが…。


「…?」


 冬梨はそんな俺の様子を怪訝な顔をして見て来たが、この事を冬梨に伝えてもいい物か悩んだ。ストーカーの事を伝えても彼女を怖がらせてしまうかもしれないし、そもそも俺の予想が間違っているかもしれない。なんとも難しい所だ。


 ザッ


 そう考えていた俺の後ろで明らかに人の足音の様なものが聞こえた。先ほど後ろを振り返った時は誰もいなかったはず。という事は本当にストーカーが隠れていたのかか? 俺は急いで振り返った。


 見えた! 後ろの道の曲がり角の所に隠れるようにしてスーツの端ようなものが見えている。見つけたぞこの野郎!


「冬梨、ちょっとこれ頼む」


「…兼続?」


 俺は冬梨に買い物袋を預けるとその男のいる方に走り出した。ここで捕まえてやる。こう見えてもそこそこは鍛えているのだ。そのスーツの端が見えている曲がり角の所へ俺はダッシュした。


 ダッ!


「待て、この野郎!」


 隠れている人物も俺がそちらに向かっているのに気が付いたのか走り始めた。逃がしてたまるか。


 …しかし、俺がその人物が隠れていた曲がり角を曲がるとそこにはすでに誰もいなかった。一体どこに消えたんだ?


 この道は家と家の塀に囲まれた直線路でそれが20メートル程続いている。あのストーカーが逃げてから俺がこの道に来るまで3秒も無かったはず…。仮に20メートル先の向こうの曲がり角まで行っていたとしても後ろ姿ぐらいは見れたはずだ。それなのに俺がこの道に来た時にはもうすでに人の影すらなかった。どういうことだ?


 家と家の塀に囲まれた小道なので隠れられるような場所は無い。道には電柱が2本立っているだけである。俺はその電柱の後ろをのぞき込むが当然の如く誰もいなかった。


 もしかしてあの短時間で向こうの曲がり角を曲がったのか? だとするとあのスーツの人物はとんでもないフィジカルモンスターという事になる。


「…一体どうしたの兼続?」


 冬梨が両手に買い物袋を持ちながら小走りでこちらに駆けて来る。


「いや、怪しい人物がいたから追いかけて来たんだが…どうやら逃げられたみたいだ」


 俺は近くにあった電柱に手をつけながら冬梨に答える。…んん!? この電柱なんか感触がおかしくないか? 電柱って普通コンクリートの硬い感触だと思うんだが、この電柱はなんかフワフワしている。なんじゃこりゃ? 俺は驚いてその電柱から離れる。


 しかもこの電柱…良く見ると隣の電柱と妙に距離が近い。電柱は一定の間隔事に建てられているため、こんな妙な間隔にはならないはずだ。俺は冬梨をかばうようにしてその電柱から距離をとった。


「おい、そこの怪しい電柱! もうバレてるぞ!」


 俺がそう言うとその電柱はピクリと反応した。


「フッフッフ…バレてしまっては仕方が無いな」


 その電柱はクルリと向きを変えてこちらの方を向く。電柱にはオッサンの顔がついていた。コイツ…電柱の着ぐるみの中に入って変装していたのか。明らかに怪しい人物である。コイツが冬梨をストーカーしていた犯人か? 俺は冬梨を自分の後ろへと隠した。


「…あっ、パパ上!」


 その時冬梨が耳慣れない言葉を口にした。「パパ上」? パパ上、パパ上…もしかして冬梨のお父さんって事?


「おおー! マイプリティ冬梨、久しぶりだねぇ。ハッハッハ! パパ仕事のお休みを利用して冬梨に会いに来たよ」


 …えっ? この電柱に変装している変なオッサンが冬梨のお父さん? ガチで!?


「さて、こんなところで話すのもなんだし、近くの喫茶店にでも寄ろうじゃないか、東坂兼続君?」


 電柱のオッサンはそう言うと喫茶店の方向へ歩き出した。それよりまずその電柱の着ぐるみ脱げよ。



○○〇


次の更新は9/14(木)です


※作者からのお願い


もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る