秋乃は花火を2人で見たい!

 色々あったが夏祭りを楽しんでいる俺達5人。秋乃もトイレから戻って来たし、千夏と冬梨の追いかけっこも終わった。先輩も射撃屋での敗北からようやく立ち直ったようでいつもの先輩に戻っている。そして時は進み、もうあと30分ほどで祭りの目玉である花火大会の時間となった。


「おっ、もう20時半か。あと30分で花火始まるな。どこから見る?」


 花火自体は海から打ち上げるため色彩市の色々な所から見ることが出来る。それこそ立地の良い場所に立っていれば自分の家の窓からでも見れるのだ。もちろんこの色彩松原や色彩海岸からも綺麗で大きな花火を見る事が出来る。その場合ほぼ真上を見上げなくてはいけないので首が少し痛くなるのが難点だが。


 特に色彩松原の奥にある色彩神社は何やら縁結びの神様を祀神さいしんとして祀ってあるそうで、カップルで花火を見るのに人気の場所らしいというのを昔氏政から聞いた覚えがある。だがこれは今の俺達には関係の無い話だ。


 俺がみんなにそう話を切り出すと4人は顔を見合わせる。


「…冬梨は別にどこでもいい」


「私も。基本的に自分の家から見てたから花火が綺麗に見える場所とか知らないのよね」


 千夏と冬梨は花火が見れればどこでも良いらしい。


「どうせなら海岸から見ましょ? 近いから花火が大きく見えるわよ」


 先輩は海岸から見る事を提案してきた。なるほどなぁ。確かに海岸からどでかい花火を見るのも一興だろう。


「じゃあ海岸にします? 秋乃もそれでいい?」


 俺は先ほどからうつむいている秋乃に声をかける。どうしたんだろう、まだ調子が悪いとかかな? 先ほど鼻血を出したので気を付けて見てやらないと…。


「(折角夏の一大イベントである夏祭りだというのにまだ全然兼続君との距離を縮められてない…。それどころか鼻血を出して恥ずかしい所を見られるという始末…。これじゃ好感度かプラスになるどころかマイナスだよ! なんとか、なんとか花火の最中に2人で抜け出して距離を縮めたい…)」


「秋乃? やっぱり調子悪いのか?」


「ハッ! う、ううん。何でもないよ。海岸から見るんでいいんじゃないかな?」


 秋乃は俺が声をかけると顔を上げて答えた。若干顔が赤い、やはりまだ本調子じゃないのだろう。調子の悪い人間をずっと立たせておくわけにもいかないな。花火は30分間続くので、海岸から見る場合はその間ずっと立っておかなければならないのだ。


「…秋乃の調子が悪いみたいですし、やっぱり座って見れる場所で見ませんか?」


 俺はみんなにそう提案する。ベンチはもう埋まっているかもしれないが、どこかしら座れる場所はあるだろう。最悪の場合は色彩神社にある石段に座っても良い。


「えっ? 別に私は調子が悪いわけじゃ…(兼続君に『あーん』されて興奮しすぎて鼻血を出したなんて言えない…)」


「確かに秋乃はさっき鼻血出していたし無理はしない方が良いわね」「…冬梨も同意」「そうね。あたしの配慮が足りなかったわ。ごめんね秋乃」


 3人は俺に同意する。みんな秋乃の事が心配なんだろう。いつも役に立たない寮長の代わりに俺達寮生にご飯を作ってくれる優しい存在。そんな彼女が調子が悪いと言うのなら心配して当然なのだ。


「え、えっと…本当に調子は悪くないんだけど…」


 おそらく俺たちに遠慮しているのだろう。自分の体調が悪いのを隠してまで他人を優先するその気遣い。まさに「慈愛の女神」と言われるだけの事はある。しかし俺達だって秋乃が心配なのだ。ここは無理やりにでも座って見た方が良いだろう。


「ダメ。秋乃はもっと自分の体の事を心配しろよ。はい、というワケで座って見る事に決定! そうと決まれば場所探しだな」


 俺は秋乃にズイッと迫ると彼女に有無を言わさずにそう宣言した。こうでも言わないと彼女はいつまでも遠慮したままだろう。


「は、はい////(うわっ…兼続君近い//// そんな迫力で言われたら『承諾する』以外の選択肢が無いよぉ…/////)」


 秋乃の顔が少し赤くなった? やはり無理をしているのだろう。早く座らせて冷たい物でも飲ました方が良いな。俺たちはどこか座れる場所がないか探すことにした。



○○〇



 数分後、俺たちは運よく色彩神社にあるベンチが1台空いているのを発見し、そこに陣取ることにした。ベンチはもう空いていないと思ったので運が良かった。しかし流石に1台のベンチに5人は座れない。詰めて4人が限度だろう。ここは男が立つべきだと思った俺は女性陣にベンチを譲ることにした。


「みんな座りなよ。俺は立ってみるからさ」


「えっ、でもそれだと兼続君が疲れるんじゃ?」


「はいはい、調子悪い人は文句言わない。だまって座ってな。30分立って疲れるようなヤワな体はしてないよ」


 これでも女子寮に来る前は男子寮の中山寮長の筋トレにいやいや付き合わされていたのだ。スポーツ系のサークルの奴ら並みとは言わないが、普通の成人男性より体力には自信がある。


「それよりはいこれ、スポドリ買って来たから飲みな。熱中症になるぞ」


「あ、ありがとう…」


 俺は近くの自販機で買って来たスポーツドリンクを秋乃に手渡す。スポドリはこう見えても栄養補給には向いている。軽い体調不良程度なら座ってスポドリ飲んでいれば大丈夫だろう。秋乃は遠慮がちにスポドリを受け取ると蓋を開けコクコクと飲み始めた。


「(うーん…兼続君、私の体調が悪いと思ってるみたい。ハッ! これってもしかしてチャンスなんじゃ…!? 体調が悪い事を装って花火の最中に兼続君と2人で抜け出せば…? 彼と2人っきりになれる! 兼続君の勘違いを利用するのはちょっとずるい気もするけど…、恋愛は戦争なのよ。先輩が兼続君を狙っている疑惑があるなら余計に早く勝負を決めにいかなきゃ!!!)」


 う、うん? なんだか秋乃の顔にみるみる生気がみなぎっていっている気がする。スポドリがそんなに効いたのかな?


「色彩神社で花火見るのは初めてね。でもなんだか私たちの周りカップルが多くない? イチャイチャイチャイチャと…見てるこっちが恥ずかしくなるわ」


 千夏にそう言われて辺りを見渡すと俺たちの周りは若い男女のカップルで埋め尽くされていた。どうやら氏政から聞いた話は本当のようだ。


「そういえば聞いたことがあるわ。色彩神社の祀神が縁結びの神様らしくてそれでカップルに人気があるそうよ」


「そうなんですか? ここの祀神が縁結びの神だなんて長年この町に住んでいていて初めて聞いたんですけど」


 よほど歴史に興味がある人以外、自分が住んでいるの町の神社に祀られている神がどんな神かなんて知りもしないだろう。俺も氏政に聞くまで知らなかった。


「なんだっけククリ…なんちゃらの神」


菊理媛命くくりひめのみことですか?」


「そうそう、確かそんな名前だったはず」


「菊理媛命…確か日本神話でイザナギとイザナミの仲を取り持ったから縁結びの神とされている神様ですね」


「「へぇ~」」


 思わず先輩と一緒に感心してしまう。流石千夏、博識な事だ。


 …ちょうど神社の賽銭箱の前には誰もいない。縁結びの神という事だし、ついでにお参りしていくかぁ。俺は財布から5円玉を取り出すと賽銭箱の中に放り込み、鈴を鳴らして二礼二拍一礼をする。


「(どうかこの4人に良い彼氏ができますように。あとついでに俺にも彼女が出来ると嬉しいです)」


 俺は女子寮の4人に彼氏を作らせるという自分のミッションの成功と、ついでに自分も彼女が出来たらいいなという願いを神様に懇願する。ま、神様に頼んでも何かが変わる…という事は無いと思うが、景気づけにね。


『皆様、お待たせいたしました。色彩花火大会が間もなく始まります。色彩海岸の空に咲く大輪の花をどうぞご覧ください!』


 そこでちょうど花火大会がもうすぐ始まるというアナウンスが入る。俺たちは良いタイミングで場所取りが出来たらしい。俺たちは今か今かと花火が始まるのを待った。


 パァン!


 俺たちの頭上に大輪の炎の花が舞う。どうやら花火大会が始まったらしい。


 パァン、パァン、パパァン!


 その後も2発3発と続けて花火が打ちあがる、その様子はさながら大空にある花畑だ。


「たーまやー!」


 先輩が空を見上げながら花火の時に使う定番の掛け声を上げる。綺麗だなぁ…今年もこの花火大会を見れて良かった。


「外で見る花火もいいわね」


「…ビューティフォー。100点満点!」


 千夏と冬梨も花火に見入っている様だ。やはり日本の夏はこうでなくては。



○○〇



 …花火が始まって5分程経ったであろうか。服の裾を誰かに引っ張られるのを感じた。見ると秋乃が俺の服の裾を引っ張っている。


「どうした秋乃?」


「あ、あのね兼続君、やっぱり私調子が悪いみたい。寮に帰りたいけど、一人だとしんどいから兼続君一緒に来てくれる?(作戦スタート! これなら彼は私と一緒に来てくれるはず…)」


「えっ、大丈夫か秋乃!?」


 秋乃はしんどそうに「はぁはぁ」と胸を押さえながら俺にそう告げて来る。どうやら体調が悪化してしまったようだ。やはり秋乃が鼻血を出した段階で寮に連れ帰っておくべきだったか。みんなで一緒に花火が見たいという気持ちが先行して判断を誤ってしまったようだ。


「わかった。急いで寮に帰ろう。歩けるか?」


「ちょっと…無理そう…」


「俺の背中に乗って。おぶるよ」


「ありがとう兼続君。ごめんね、迷惑かけて…(ううっ、彼を騙しているみたいで少し心が痛い…。でもこれも恋愛戦争に勝つため!)」


「そんなことは無いさ。いつも秋乃には世話になってるからな。これくらいお安い御用だ」


 秋乃は俺の背中におぶさる。うっ…何がとは言わないが、彼女の大きなものの感触が俺の背中にダイレクトに伝わる。これ…彼女下着付けてないんじゃないか? 確かに浴衣の下には付けないとは聞くけどさ。


 って、おいおい! 今はそんな破廉恥な事を考えている場合じゃないだろ! 彼女は体調が悪いんだぞ! 俺は少しでも卑猥な考えを持ってしまった自分に自己嫌悪する。そんなんだからいつまでたっても彼女が出来ないんだ。体調の悪い彼女のために一刻も早く寮に帰らないと…。俺は煩悩を振り払う。


「(兼続君の背中…大きい//// また興奮してきちゃう…////)」


 俺は秋乃をおんぶすると3人に先に寮に帰る旨を伝えた。


「すいません、秋乃が調子悪いみたいなんで先に帰ります」


「えっ、大丈夫なの秋乃?」「…さっきまで普通だったのに」


 先輩と冬梨が心配そうに秋乃の顔を覗き込む。


「…うん、多分寮のベッドで寝てれば直ると思う。心配かけてごめんね(よしよし、これで兼続君と2人きりになれる。彼と2人っきりで花火を見ながら色々話すのよ!)」


 だが秋乃をおぶっていざ寮へと帰ろうとしたその時、千夏に待ったをかけられた。


「ちょっと待って、私も一緒に帰るわ。もし何か悪い病気だったら大変だし」


「え゛?」


 秋乃から凄い声が聞こえた気がしたが大丈夫だろうか? でも確かに千夏もいてくれた方が心強い。俺は医療の知識なんて全くないからな。それに女性の面倒を見る場合は女性の方が都合が良い場合が多いだろう。


「頼めるか千夏?」


「任せて!」


「え゛? え゛?」


 秋乃が困惑した顔で俺と千夏の顔を見比べる。どうしたんだろう?


「だ、大丈夫だよ千夏ちゃん。多分寝てれば直ると思うから(このままじゃ私の作戦が…)」


「何言ってるの、私は体調の悪い親友をほったらかしにするほど薄情な人間じゃないわ! 私たちの関係に遠慮なんて無用よ!」


「あたしたちも帰る? 秋乃が心配だし、何かあった時は人手があった方が良いわよね?」


「…同意」 


 千夏の言葉につられて先輩と冬梨も一緒に寮に帰ることを申し出て来た。みんな秋乃に感謝しているからこそ彼女の事が心配なんだろう。秋乃はみんなの言葉に感動したのか涙を流している。あぁ、美しい寮生の絆。同じ釜の飯を食っただけの事はある。


「…シクシク(みんなの心遣いは凄く嬉しい。嬉しいんだけど…、今は放っておいて欲しかった。私の兼続君と2人きりになる作戦が…。ズルい事しようとしたバチが当たったのかなぁ…。どうして私の考える作戦はいつもうまくいかないんだろ…)」


 俺たちは泣いている秋乃をおぶりながら寮へと帰った。花火を最後まで見れなかったのは残念だが、なんだかんだ楽しい夏祭りだったな。



○○〇


次の更新は9/12(火)です


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