たった8個のたこ焼き
引き続き夏祭りを満喫している俺達5人。みんなと一緒に祭りに出ている屋台を回る。しかしちょっと腹減って来たなぁ…。俺も何か買うか。当たりを見渡すとちょうどたこ焼きの屋台が見えた。
たこ焼きか、祭りの王道と言えばやっぱりたこ焼きだよな。俺はたこ焼きを買おうと屋台を目指す。
しかし、屋台に行こうとしたところで何者かに服の裾を掴まれて止められた。誰だ? 振り向くと冬梨が俺の服の裾を掴んでいた。
「どうした冬梨?」
「…あそこのたこ焼き屋はおススメしない。暇そうにしてるからたこ焼きを注文すると間違いなく作り置きの冷めた奴が出て来る。それよりも色彩松原の入り口にあったたこ焼き屋の方がおススメ。そっちの方が外はカリカリで中はトロトロで美味しい。冬梨のお墨付き」
冬梨は自信満々の顔で俺におススメを推薦してくる。彼女は味にうるさいので食に関する彼女の言葉は信用に値する。女子寮の海原〇山みたいなものだ。
外はカリカリ、中はトロトロかぁ…。想像すると口の中に涎が出湧いてきた。松原の入り口となると少し遠いが…それくらいならいいか。俺はみんなに声をかけるとたこ焼きを買うべく松原の入口へと向かった。
○○〇
数分後、冬梨おススメのたこ焼きを無事購入した俺はウキウキでみんなの元に戻って来た。見ると他のみんなも少し小腹が空いたらしく、各々好きなものを買ったようだ。美春先輩はかき氷、千夏はりんご飴、秋乃はチョコバナナ、そして冬梨はまたなんか凄いの買ってるな…。
「冬梨、それ何だ?」
「…ビッグ骨付き肉」
冬梨はゲームや漫画に出て来るような彼女の顔程の大きさのある骨付き肉を持っていた。スゲェ…こんなの売ってるんだ。俺たちは他の人の邪魔にならないように道の脇に移動すると軽食を取り始める。
俺は早速冬梨におススメのたこ焼きを食べようとパックを開けた。蓋を開けるとソースと鰹節の食欲をそそる香りが鼻を通して脳に伝わり空腹欲を刺激する。そして爪楊枝を手に取りたこ焼きに突き刺して口の中に運ぶ。すると外の生地はカリっとして、その外の生地を歯で割ると中からトロっとした生地と蛸が溢れて来た。
う~む…美味い。しかも生地にもしっかりとカツオの出汁が効いており、たこ焼きを噛めば噛むほど中の旨味が溢れてくる。冬梨の言葉通り絶品のたこ焼きだ。
「冬梨、これ美味いよ!」
「(…グッ!)」
冬梨は親指を立てて俺に「冬梨の言った通りでしょ?」とアピールしてくる。いやしかし本当に美味いな。こんなに美味しいたこ焼きを食べたのは初めてかもしれない。
たこ焼きを食べるとそれで食欲が促進されたのか更に腹が空いてきた。俺は他にも追加で何か買おうと周りを見渡す。そしてふと隣で骨付き肉に美味しそうにかぶりついている冬梨が目に入った。
「冬梨、その骨付き肉美味いか?」
「…中々。少し高かったけど食べ応えがあって美味しい」
冬梨が美味しそうに食べているのを見ると俺も骨付き肉を食べたくなってきた。これならボリュームもあるし小腹を満たすには丁度いいだろう。味も冬梨が美味しいと言っているのなら間違いない。
「店はどこにあった?」
「…あそこ」
俺は冬梨の指さした方を見る。だがその店には長蛇の列ができていた。うおっ、何人並んでんだあれ? パッと見るだけでも20人程並んでいる。流石にアレに並びたくはないな。みんなを待たせちゃうと言うもあるし…。しょうがない、骨付き肉は諦めるか…。
俺は骨付き肉を諦める事にした。しかし横で冬梨が美味しそうにかぶりついてみるのを見ると、どうしても口の中に涎が出てきてしまう。
「…なぁ冬梨、ものは相談なんだが…俺のたこ焼き1個とその骨付き肉一口を交換しないか?」
「…不成立。たこ焼き1個と骨付き肉一口では価値が全く違う」
「じゃあたこ焼き2つと交換ならどうだ?」
「…4つ」
「クッ…、まぁいいだろう」
「…交渉成立」
冬梨はそう言ってまずは俺に骨付き肉を差し出してくる。えっと…出来るだけ冬梨がかぶりついてない所にかぶりついた方が良いよな? 俺は彼女がかぶりついていない所を探して一口かじった。
おおっ! これも美味いなぁ。一見何も味が付いていないように見えて肉にしっかりとスパイスの味が付いている。肉を噛めば噛むほど口の中に味が広がる。
「…美味いなぁ」
「…でしょ? 次は兼続の番。…あーん」
俺が冬梨に交換条件だったたこ焼きを渡そうとすると彼女はいきなり口開けた。もしかして食べさせろと…? 俺が悩んでいると冬梨は一旦口を閉じて話してきた。
「…冬梨の両手は今骨付き肉を持つのに使っている。だからたこ焼きを食べるには兼続に口に入れてもらうしかない」
…まぁ、そう言う理由なら仕方ないか。
俺は爪楊枝にたこ焼きを突き刺すと彼女の口の中に放り込む。これって本来なら恋人同士がやる「あーん」という風情のあるものだと思うのだが…、冬梨にやるとなんか小動物に餌付けしている気分になるな。
「…うん、流石冬梨の認めたたこ焼き、美味しい」
冬梨は満面の笑みでたこ焼きを頬張ると続きを放り込めと再び口を開く。俺は残りのたこ焼き3つを彼女の口の中に放り込んでいった。
あぁ…仕方が無いとはいえ俺のたこ焼きがあと3つしかない。俺は残りのたこ焼きは味わって食べようと爪楊枝を突き刺してたこ焼きを口に運ぼうとした。しかし…。
何故か他の3人が俺の方をガン見している事に気が付いた。…そんなに見られたら食いにくいんだけど。
「(あれが『あーん』と言う奴ね。ん…ちょっと待って、閃いちゃった! もしあたしが『あーん』すれば兼続はドキドキしてくれるかも?)」
「(『あーん』か。恋愛音痴の私でもそれくらいは知っている。初めて見たけど見てる方も恥ずかしくなるわね。あの2人もしかして付き合ってる? いや、そんなことは無いか。もし付き合ってるなら同じ寮の仲間の私たちに何かしら報告してるはずだし。…あれ、何でかしら? ちょっと胸が痛い?)」
「(ぐぬぬぬぬぬぬぬ…私が奪おうとしていた兼続君の『あーん』童貞を冬梨ちゃんに先に奪われたぁ!? 私が奪う予定だったのにぃ…。冬梨ちゃん、恐ろしい子…。兼続君に恋心は無いようだけど、気を抜いていると色々先に奪われる気がするわ)」
先輩はニヤニヤと千夏は物憂げな顔で、秋乃はプレッシャーを放ちながら俺の方を見て来る。あれ…俺何かやらかしたっけ? 冬梨とたこ焼きと骨付き肉を交換しただけだよな?
俺は少し考える。もしかして…3人もたこ焼きが食べたいのかな。俺たちが「美味しい美味しい」言ってたから気になるとか?
「えっと…みんなもたこ焼き食べる?」
俺は恐る恐る提案して見た。
「「はい! 食べる!」」「…私はいいわ」
先輩と秋乃が凄い勢いで挙手してくる。千夏は別にいらないようだ。
「「ジャンケンポン! アイコでショ! ショ!」」
「やったぁー!」「ううっ、今日は勝負運が無いわね…」
先輩と秋乃はどちらが先にたこ焼きを貰うかジャンケンで勝負をしていたようだが秋乃が勝利した様だ。秋乃はウキウキの笑顔で俺の前に来た。
「兼続君、あーん!」
秋乃は俺の前に来ると口を大きく開けた。えっ…? もしかして秋乃にも食べさせないといけないのか? 自分で食えよ、冬梨と違って手は空いてるだろうに…。はぁ…仕方ないなぁ。俺は爪楊枝にたこ焼きを刺すと秋乃の口の中に放り込んだ。
「(…あぁ、私兼続君に今『あーん』して貰っちゃったぁ~//// 感動しすぎてたこ焼きの味が分からない…/////)」
彼女は至福と言った表情でたこ焼きを食している。確かにここのたこ焼きは美味しいけれども。こんなに喜んでもらえたならあげた甲斐があったな。
「(もし兼続君と恋人同士になれたらこの幸せが毎日体験できるのかな? 『秋乃、あーん。』『兼続君もあーん』って…。えへへへへへ////// あれ? なんだか鼻がムズムズしてきた)」
ブシャ!
「秋乃!? 鼻血鼻血!」
俺は急いでポケットからティッシュを取り出すと彼女に渡す。持っててよかったポケットティッシュ。秋乃はティッシュを受け取ると急いで鼻を押さえた。浴衣にはかからなかったのが不幸中の幸いである。
「(やっちゃった…。妄想で興奮しすぎて鼻血が出ちゃった…。恥ずかしい…/////)」
…秋乃この前も鼻血出してたよな…鼻血が出やすい体質なんだろうか。それとも暑さで鼻血が出やすくなってるとか? 夜とは言え30度はあるからな。とりあえず鼻の辺りを冷やした方が良いだろう。近くの屋台で氷を貰ってこよう。
「わ、私ちょっとトイレに行ってくるね/////」
しかし秋乃はそれよりも早く風のようにトイレの方に走って行ってしまった。大丈夫かなぁ? 鼻血が出た時に全力疾走するのはあまり良くないと思うんだけど…。
「秋乃大丈夫かしら?」
先輩が心配そうな顔をしながらトイレの方に走っていく秋乃を見つめる。
「それよりも兼続、あたしにもたこ焼き頂戴よ」
「あっ、そうでしたね。どうぞ」
俺は先輩にたこ焼きの容器を差し出す。先輩は爪楊枝を取るとたこ焼きに突き刺して1つ口の中に入れた。ホッ…、先輩は普通に取ってくれた。
「うんうん、中々イケるわねこのたこ焼き、兼続と冬梨が絶賛するだけの事はあるわ」
「でしょう?」
「じゃああたしもお返ししないとね。あたしのかき氷を一口あげるわ」
先輩をニコニコと手元のかき氷にスプーンを刺してすくうと俺の目の前に差し出してきた。
「ほら兼続、口を開けなさい『あーん』よ♪」
…えっ? 俺は少し固まる。先輩がさっきニヤリと笑ったのはこれが理由か…。また変な事を思いついたものだ。おそらく『あーん』をすることによって恋人の練習をしようとしているのだろう。何も千夏と冬梨がいる前でやらなくてもいいのに。この人は面白そうな事を思いついたらすぐに実践するからな。
「早く早くぅ~♪ かき氷が融けちゃうわよ(おっ! ちょっと動揺したわね。これは流石の兼続もドキドキするんじゃないかしら? フフン、この機にあたしを今までドキドキさせた分をお返ししてやるわ)」
先輩は俺に顔を近づけながら、それと同時に口元にスプーンをグイッと押し付けて来る。近い近い、美人の先輩の顔が近くに来るとやはりどうしても緊張してしまう。この人本当に綺麗な顔をしているなぁ…。
俺は先輩の差し出したスプーンを見つめる。別に俺はかき氷を食べる事自体は全然構わないのだが…。
「先輩、俺がこのスプーンを口に入れても大丈夫なんですか?」
そう、俺が先輩の差し出したスプーンを口の中に入れると「間接キス」する形になってしまうのだ。スプーンは1本しかないので俺の口の中に入れたスプーンを先輩は使う事になってしまう。
いくら俺たちが恋人の練習をする契約を結んでいるとは言っても本当の恋人ではないのだ。流石に恋人でもない異性の口の中に入ったスプーンなどそのまま使いたくはないだろう。
「…あっ//////(そういえばこれって…間接キス////)」
先輩も俺の言葉で気が付いた様だ。
「べ、別にあたしは気にしないわ///// さぁパクッといっちゃって頂戴!/////(今更引けない//// そもそもあたしは兼続のほっぺたにキスしたことあるし、間接キスぐらい何よ! 同じスプーン使うだけじゃない//////)」
彼女は顔を真っ赤にしながらもスプーンを差し出してくる。…先輩がそこまで言うならいいか。俺は先輩の差し出したスプーンに乗っているかき氷をありがたく頂いた。
「ありがとうございます。冷たくて美味しいですね」
「………(…えっ、何の反応も無し? 兼続が動揺をしている様子はない。またあたしの作戦は失敗したって事? もぉ~…どうすれば兼続をドキドキさせられるのよぉ~)」
先輩は落胆したような表情をしている。…やっぱり同じスプーンでかき氷食べない方が良かったかな? たこ焼きの爪楊枝でかき氷の器に乗っている氷をサラッとかきこんだ方が良かったか。
その後先輩は近くの松の木に寄り掛かると少し顔を赤くしながらかき氷をシャクシャクと食べ始めた。う~ん…女の子の扱いって難しいな…。
俺は手元のたこ焼きのパックを見つめる。残り1個になってしまった…。せめて最後の1個は味わって食べようと爪楊枝を突き刺す…。しかしながら俺がたこ焼きを口に入れようとしたところで千夏とまた目が合った。
「(…どうしてかしら? 先輩と秋乃が兼続に『あーん』しているのを見るとなんだか胸が痛いわ…。何かの病気? 心筋梗塞? 狭心症? 虚血性心疾患? でも今年の健康診断では何も言われなかったし…)」
千夏は俺の方をジッと見つめて来る。…やはり千夏もたこ焼き欲しかったのだろうか。残りが少なかったから遠慮したとか?
「千夏もやっぱりたこ焼きいる?」
「えっ? 別にいいわよ。兼続が食べなさい(…兼続に『たこ焼きを食べないか?』と誘われた一瞬胸の痛みが消えた…? 私はあのたこ焼きを食べたがっているという事? たこ焼きを食べてみればこの胸の痛みの正体が分かるかしら?)」
しかし千夏は口ではいらないと言いつつもズズイッとこちらに体を寄せて来る。欲しいのか欲しくないのかはっきりしてくれ。
「…ほらよ」
俺は千夏の一連の行動はたこ焼きが欲しいのだと解釈して彼女にたこ焼きを差し出した。
「//// …しょうがないわね。そこまで言うなら貰ってあげるわ(…何故か胸がドキドキする? さっき兼続に近づいた時はこんなの感じなかったのに…)」
千夏は口を大きく開けた。
「…あむっ」
だが千夏の口の中に入ろうとしていたたこ焼きは、横からやってきた冬梨の口の中に吸い込まれていった。
「あっ…」
「えっ…?」
「…モグモグ」
そして冬梨はゴックンとたこ焼きを腹の中へ飲み込む。
「ふ~ゆ~り~!!!!」
千夏が怒気をはらんだ声で冬梨に詰め寄る。
「…千夏はたこ焼きを要らないと言った。だから冬梨が貰った」
「ちょっと待ちなさい! こらぁ!」
ちょこまかと逃げる冬梨を追いかける千夏。…おいおい、浴衣で走ったらコケるぞ。俺はたこ焼きの無くなった空のパックを見ながらため息をついた。結局俺1個しか食べられなかった。しょうがないからもう1パック買ってくるか…。俺は空になったパックを近くのゴミ箱に投げ込むと再びたこ焼きを買うべく移動した。
○○〇
次の更新は9/10(日)です
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