納涼夏祭り
「はっ ほっ やっ!」
朝起きて朝食を食べに食堂へ向かうと寮長が何やら不思議な踊りを踊っていた。朝から俺の精神力を吸わないでくれ…。
「…何やってんだ寮長?」
誰も寮長が踊っているのにツッコまないので仕方なく俺がツッコむ。
「何って…。あんた忘れたの? 明後日夏祭りじゃない? 盆踊りがあるから練習しているのよ! わたしのセクシーな盆踊りで男を悩殺よ! ほっ! やっ!」
「あっ、そっか! 明後日は夏祭りか!」
8月の最終週の日曜日。この色彩市には「色彩納涼夏祭り」というここら辺ではそこそこ大きな夏祭りがある。
夏祭りは色彩松原から色彩神社一帯を使って行われ、神社から松原の中にある広場まで様々な露店が立ち並ぶ。更に松原の中央にある広場にはステージが建設され、よく分からんマイナーなお笑い芸人や演歌歌手を呼んで祭りを盛り上げてもらうのだ。その際に芸能人に音頭をとって貰い、ステージの周りをグルっと囲んでの盆踊りも行われる。
祭りの最後には30分程度だが花火大会もあり、色彩市住民の毎年の楽しみとなっているのだ。田舎である我が県の中ではそこそこ大きい祭りのため、毎年多くの人が集まる。最近色々あったのですっかり忘れていた。
「というかセクシーな盆踊りってなんだよ…」
盆踊りにセクシーな要素なんてあったかと俺は頭を捻る。
「わたしの創作盆踊りよ! 見なさい! わたしのセクシーな肢体を! はっ! ほっ! やっ!」
寮長はそう言うと腰やケツをくねらせた踊りを俺の前で披露していく。
「気色悪いから止めろよ…。俺今から朝ご飯食べるんだぞ…」
「失礼ね。わたしの超絶セクシーダンスを馬鹿にするなんて。全世界の男がわたしの前で前屈みになるはずよ」
そもそも盆踊りって先祖の供養的な意味合いも含まれている踊りなのに、それをこんなヘンテコな踊りにするなんてもはや先祖への侮辱に等しいと思う。あの世で寮長の先祖はさぞかし悲しんでいるだろう。
「へっ! あっ! がぁ!!!」
踊りを踊っていた寮長が突然変な声を上げて床にのたうち回る。
「こ、腰がぁ~、あ、秋乃ぉ~! シップ、シップ持って来て頂戴!」
ほら言わんこっちゃない…。神聖な踊りを性欲にまみれた踊りにしようとしたバチが当たったんだな。寮長は殺虫スプレーにやられたゴキブリのように床でもがき苦しんでいる。気色悪…。俺は出来るだけ寮長の方を見ないようにすると自分の席に着いた。
でも夏祭りかぁ…今年はどうしようかな? 去年は確か氏政や朝信と一緒に行った記憶がある。酒に酔った氏政がフランクフルトを股間に挟んで女の子に突撃しようとするのを止めるのは大変だったなぁ…。今思うとよく捕まらなかったものだ。
今年はあんな苦労をしたくない。去年はあいつを止めるのに必死で花火を見る暇さえ無かったからな。今年はゆっくりと花火を見たいのだ。うん、氏政たちと一緒に行くのはやめておこう。
一人で行くのは流石に寂しいので誰かと一緒に行きたいが…。
「今年は誰を誘おうかなぁ…」
俺がなんとなくそうボソリと呟いた時、何故か女子寮の住人たちの目がキラリと光ったような気がした。
「(今年の夏祭りは兼続君一人? 去年は確か男友達と一緒に行ってたよね? これは夏祭りを一緒に回って仲を深めるチャンス! ファイトよ秋乃!)」
「(兼続は夏祭りフリーなのね。浴衣を着て夏祭りを一緒に回って花火を見れば流石の兼続もドキドキするかしら? 少女漫画とかだと王道の展開だし、試してみる価値はあるわね)」
「(兼続一緒に回る相手いないんだ…。私の中のこの感情が何なのか未だにハッキリしないし、もう少し色々試してみたいから夏祭りに誘ってみようかな? そしたら何がわかるかも?)」
…なんか先輩と千夏と秋乃が一斉に俺の方を向いてきたのだが、なんだろう? 俺の背中に嫌な汗が流れる。
「「「兼続(君)!」」」
「えっ、いきなりどうしたんだ? 3人揃って?」
俺に声をかけてきた3人は互いに顔を見合わせる。
「(このタイミングで先輩が兼続君に声をかけるという事は…彼を夏祭りに誘う以外にありえないよね? 先輩やっぱり兼続君の事が好きなの? これはなんとしても私が夏祭りを一緒に回る約束を取り付けないと…。千夏ちゃんはなんでだろう。何か頼み事かな?)」
「(もしかして秋乃と千夏も兼続を夏祭りに誘う気かしら? 兼続と一緒にいると楽しいしいものね、一緒に回りたいのもわかるわ。でも折角彼をドキドキさせるチャンスなんだからあたしが兼続を貰っていくわよ!)」
「(2人ともどうして兼続に声をかけたのかしら? もしかして一緒に夏祭りに行きたいから? でも私も自分の気持ちをハッキリさせるためにここは譲れないわ)」
3人が睨み合う。うーむ、これ俺はどうしたらいいんだ…。
俺が悩んでいると冬梨が服を引っ張ってきた。なんだ? 冬梨も俺に用事か?
「…兼続、夏祭り一緒に回ろ?」
「え? あ、ああ。別にいいけど…」
「…約束。冬梨も浴衣着ていくから楽しみにしてて?」
冬梨と一緒に夏祭りか。おそらく食べ物の屋台を沢山回る事になると思うが、まぁそういう夏祭りもたまには良いだろう。当日は財布にお金を多めに入れておかないとな。
「「「あー!!!」」」
俺が冬梨の誘いを承諾した途端、3人が大きな声を上げる。さっきからいったいなんなんだ?
「(まさか冬梨ちゃんも兼続君の事を? …いや、違う。私の『兼続君を狙うメスレーダー』には反応してない。という事は冬梨ちゃん的には仲の良い友達を祭りに誘っただけみたいだね。…ホッ。これ以上ライバルが増えるのはゴメンだよ)」
「(冬梨に先を越されるなんて…。クッ、不覚だわ。でもどうしよう。あたしの兼続ドキドキ作戦に早くも支障が…)」
「(まさかの冬梨に掻っ攫われた!? 当に漁夫の利。やるわねあの子。うーん、兼続取られちゃった。どうしようかしら?)」
3人は少しの間考え込んでいたようだが、やがて顔を上げる。最初に口を開いたのは秋乃だった。
「ね、ねぇ、兼続君。私も一緒に夏祭りに行っても良いかな?(こうなったらみんなで一緒に夏祭りを回りつつ、気を見計って兼続君と抜け出して二人っきりになる作戦よ!)」
「あたしも一緒に行っても良いかしら?(出来れば2人きりの方が良かったけど、まぁ複数人でもいいわ)」
「せっかくだし寮のみんなで夏祭りに行かない?(彼の近くにいて私の心がドキドキするか確かめるだけなんだから別に他の人がいても構わないか…)」
「お、おう…。冬梨もそれで構わないか?」
3人は俺の方にズイッと身を乗り出しながら夏祭りを一緒に回りたい旨を伝えて来る。俺は3人の迫力に思わず気圧された。
「…問題ない」
なんだ、3人とも夏祭りに行きたいだけだったのか。それならそうと早く言ってくれればいいのに。なんだかんだでみんな色彩納涼夏祭り楽しみなのだろう。何を隠そうこの俺も楽しみなのだ。この田舎町の色彩市で一番大きいイベントだもんな。夏の最後を彩るに相応しいイベントと言える。
しかし6月までは全く女っ気の無かった俺が大学の4女神と言われる美少女たちと一緒に夏祭りを回る仲にまでなるとは…。去年の俺が聴くと信じられないと言うに違いない。俺と仲良くしてくれる4女神に感謝だ。
夏祭り、楽しみだなぁ。
○○〇
次回の更新は9/4(月)です
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