寮長の婚活事情

 8月も後半になったある日の午後、俺は冬梨に誘われて最近新装開店したスイーツショップへと来ていた。


「中々美味しかったな」


「…そこそこ満足。良い素材を使っている。80点ってとこ」


「あれで80点なのか。冬梨先生の採点は厳しいなぁ」


「…好きだからこそどうしても厳しくなる」


 俺たちは感想を言い合いながら店を出る。と、そこで俺たちの目の前に気合を入れておめかしした寮長が鼻歌を歌いながらどこかへ向かって行くのが見えた。


「あれは寮長じゃないか。滅茶苦茶気合い入れて化粧してたけど、どこに行くんだ?」


「…そういえば、今朝寮長『街コン』に行くって言ってた」


「だからあんなに気合い入ってたのか…」


 『街コン』とは男女の出会いの場を作る事を目的としたイベントの事で、別名「恋活パーティー」や「婚活パーティー」と呼ばれる。1つの店を貸し切ってそこでカジュアルな合コンのようなものをするのである。要するに寮長の婚活の一環というワケだ。


 …あの奇想天外な人にそうそう相手が見つかるとは思えないが、まぁ参加しなければそもそも結婚できる可能性も生まれないしね。結婚願望の強い寮長としては参加せざるを得ないのだろう。


 寮長は俺たちには気づかずそのまま大学近くの定食屋である『カンピロパクター』に入って行った。あそこが今日の街コンの会場なのだろうか。『カンピロパクター』って街コンの会場提供もしてるのか。へぇ〜。


 普段利用している定食屋が婚活戦士たちの試合会場になっているのはなんとも不思議な気分である。


 そこで俺の心にほんの少しだが好奇心が湧いた。それは「寮長はどのような婚活をしているのだろう?」という好奇心である。


 普段の俺なら寮長の情報など例え金を貰ってでもいらないと言うだろう。しかし、少しだけではあるが…破天荒な彼女の婚活がどのようなものであるか興味が湧いたのである。所謂怖いもの見たさという奴だ。


 俺は冬梨に誘いをかけてみた。


「なぁ冬梨、寮長の婚活見たくないか?」


「…奇遇。冬梨も同じ事を考えていた。やはり冬梨たちは気が合う」


 偶然にも冬梨も同じ事を考えていたようだ。俺たちは定食屋『カンピロパクター』の向かいにあるオープンテラスのカフェに入り『カンピロパクター』内の寮長の動向を探る。


 『カンピロパクター』にもオープンテラス席があるので上手いことそちらに出て来てくれると動向を探りやすいのだが…。


「…兼続、これ」


 冬梨がどこからかサングラスを2つ取り出して1つを俺に渡してくる。寮長にバレない為の変装にはもってこいだが、何故冬梨がこんな物を持っているのだろうか?


「…この前秋乃に貸してもらった」


「秋乃に? 秋乃ってグラサン持ってたのか」


「…よく変装するから沢山持っているらしい」


「秋乃が!? 何のために変装するんだ…?」


「…さぁ? 冬梨は知らない」


 うーん、また秋乃の謎が増えてしまった。秋乃は普段はいい娘なのだが、たまによくわからない言動をするんだよな。まぁ今はそんな事はいいか。


 俺と冬梨はグラサンをかけて変装すると『カンピロパクター』店内を探る。気分はまさにFBIのエージェントだ。どうやら今からちょうど街コンが開始されるらしく、参加者達が料理を手に持ち、思い思いの場所に移動し始めた。


 …寮長はどこだ? 彼女の姿をキョロキョロとさがす。…いた! 彼女はサラダを手に持って店の外へと出て来ていた。そして彼女の横には背の高いさわやか風の男性が。えっ!? もしかしてもう相手を見つけたのか?


 さいわいにも寮長は俺たちに一番近い席に座る。この距離だと耳を澄ませば会話が聞こえてくるかも知れない。俺と冬梨は息を潜めて聞き耳を立てた。


『そうなのよぁ〜、もう毎日大変で…』


『分かります。学生の子たちって元気が有り余ってますからね。えっと…甲陽さんはどこの学校なんですか?』


『わたし? わたしは色彩大学で女子寮の寮長をしてるのよ。もう毎日料理作ったり掃除したり、それ以外にも備品の管理や帳簿もつけないといけないし忙しいったらありゃしないわ!』


『そりゃ大変だ! 僕は色彩南中学の教師ですが、中学が子供が一番やんちゃな時期ですからね。毎日問題が起こってますよ』


『そっちも大変そうねぇ…』


 成程、どうやら2人は教育にたずさわる職についている者同士話が合ったらしい。だからあんなに親しげなのか。


 それにしても寮長の奴、嘘八百つきやがって。アンタ寮長としての仕事ほぼしてないじゃないか! 料理と掃除は主に秋乃がやっているし、備品管理は千夏がやっている。


 忙しい? アンタこの前俺が寮長室を訪ねた時は屁こきながらTVのバラエティー見てゲラゲラ笑ってたじゃないか! どこが忙しいんだよ!? おそらく相手のポイントを稼ぐために家事ができるとアピールしているのだろう。


『ええ、本当に。そういえば甲陽さんは趣味とかはありますか?』


『趣味ねぇ…お菓子を作ったり、最近だとmetubeとかかしら?』


 またもや嘘である。あの人がお菓子を作っている所を見た事なんて一度も無い。あの人が作るのは自分の晩酌用の酒のつまみだけである。


 あとmetubeを見てるんじゃなくてmetuberとして信者から金を搾り取ってるだけだろ! 相手が公務員だから逃さないように出来るだけ自分の印象を良くしようとしているな。


『へぇ〜、metubeのお菓子動画を参考に作ったりとか?』


『そ、そうそう。そんな感じ…アハハ。あなたの趣味は?』


 相手が都合良く解釈してくれたから安堵してるな。


『えっと…僕の趣味は最近地下アイドルにハマってまして…。マキちゃんって言うんですけど凄く可愛いんですよ』


 相手の男性が恥ずかしそうに述べる。うーん…婚活の場でアイドルが趣味と公言するのはどうなのだろうか。相手の女性からすると自分以外に好きな異性がいるのを知らされる事になると思うのだが…。寮長みたいに本当の趣味を隠すのではなく正直に言うのは好感が持てるが。


 だが相手の男性がそう言い放った瞬間、寮長の顔がそれまでのにこやかなものからけわしいものに変わる。


『キェェー!!! 弱者男性にはカァーツ!』


 寮長はいきなり奇声を上げるとふところから取り出した数珠じゅずを相手に向ける。


『こ、甲陽さん? 一体どうしたんですか?』


『あ゛あ゛〜、ナンマイダブ!ナンマイダブ! 弱者男性はお呼びじゃないのよ! あるべき所へ帰りなさい。カァーツ!』


『ひ、ひぇ…さ、さいならぁー!!!』


 相手の男性は寮長の異常性を感じ取ったのか店の中に逃げ込んで行ってしまった。


『ふっ、弱男じゃくお退散! わたしにはあなたのような弱者男性じゃなくて強者男性が似合うのよ。まったく、公務員って言うから目をかけてあげたのにアイドルのおっかけだなんて…。結婚できない理由が分かったわ。もっと自分の言動を鏡で見なさいな』


 …最後の言葉、寮長自身にも跳ね返って来ていると思うのだが…。何という「お前が言うな」案件だろう。一緒に一連の出来事を見ていた冬梨もドン引きして呆れ果てている。今回の街コンも失敗かな。


 だが数分後、また寮長に寄ってくる男性がいた。小柄な眼鏡をかけた男だ。


『あ、あのぉ〜。よ、よかったらお話ししませんか?』


 小柄な男は寮長に自信なさそうに話しかける。寮長はその男を横目で睨むとこう言った。


『職業と年収は?』


『えっ… 色彩観光に努めております。年収は300万…』


『ケッ! たかが戦闘力300万のゴミが! そんなんでどうやってわたしを養っていくのよ! 最低でも3倍にして出直してらっしゃい!!!』


『ひ、ひぇ、す、すいません』


 小柄な男は走り去って行った。ある意味あの男は幸運なのかもしれない。寮長というキ○ガイの相手をせずに済んだのだから。


 それから1時間ほど経過し、寮長の婚活の様子が一通り分かったのでそろそろ冬梨と帰ろうかと相談していると寮長がまたもや男に話しかけられていた。しかも今度は身なりの良さそうなイケメンだ。


 俺と冬梨は最後にあれを見て帰るかと再び着席した。


『あ、あのぅ〜、わたし甲陽四季と申します。年は29。大学職員をしております////』


 寮長が明らかにメス顔になってイケメンの男に媚を売る。というか今またサラッと嘘ついたな。アンタ今年36だろ。


『僕は金持活男かねもちいけおと言います。今日は本気で僕の婚約者を探しに来ました』


『はい、はい、はい! わたしがその婚約者ですぅ〜』

 

 ケツを振りながら寮長は答える。キモいからケツ振んなよ…。


『僕は会社を経営しています。なので妻になる女性はそれ相応でなくてはいけません』


『それって…わたしは社長夫人って事ですかぁ〜。最高!』


 寮長の奴、もう自分が婚約者になった気分でいるな。寮長に社長夫人になるような素質があるとは思えんが…。


『まず第一に学識! 社長夫人となるからには相応の学力や知識がないといけません。貴方は大学職員という事なので学力はあるとは思いますが、もう一声欲しい。などはお持ちですか?』


? 今世紀最大の美女であるわたしにそんなものあるワケないじゃないですかぁ~。最強です!』


をお持ちでないと? それはしょうがないですね…』


 何だろう…話が噛み合っているようで噛み合ってない気がする。寮長は自分が社長夫人になった時の妄想で頭が一杯のようだ。


『ちなみに…うちの会社のはご覧になりますか? うちの会社を知って貰うのにいいと思って持ってきました』


『えっ…? いえ、そんなものはご覧になりたくないわ…。るんですか?(えっ、何この人? 霊能関係の会社経営者かしら?)』


『いえ、別にませんが…』


『えっ?』


『えっ?』


『ちなみにした方が良いですか? わたし今数珠じゅずもってるので、の心得は多少はありますが』


する必要はないんじゃないですかね? パソコンじゃあるまいし、別にでも大丈夫でしょう?』


『まぁそれはがいいに越したことは無いでしょうけど…。ままではあなたも肩が重いのでは?』


『別にないんですけどねぇ。そこまで言うなら何かしらが取れる物をやってもらいましょうか?』


『わかりました。ハァー! ナンマイダブ! ナンマイダブ!』


『貴方ふざけてるんですか?』


『いいえ、ふざけてませんよ?』


『もういい! あなたとは話がかみ合わない。別の人を探します!』


『あぁ〜待ってぇ、わたしのお金ぇ!』


 俺と冬梨はその様子を爆笑しながら見物した。あれは当分結婚出来そうにないな。



○○○



 冬梨と2人、寮までの道を歩く。俺はその途中結婚について考えていた。


「しかし結婚かぁ…。今の俺たちはまだ学生だから結婚なんて先の事のように思えるけど、意外とすぐその時が来るかも知れないな」


 就職も数年前まではまだ遠いと思っていたのに、いつの間にかすぐそばまで迫っている。こう考えると結婚もすぐ考えなくてはならないようになる気がする。


「まっ、俺の場合は結婚より先に恋人を見つけなきゃ行けないんだけど…。タハハ…」


 俺は自重気味にそう話す。まず恋人を作らなくては結婚も出来ないのだ。


「冬梨は結婚とか考えてる?」


 なんとなく冬梨に聞いてみた。


「…正直、冬梨もよく分からない」


「だよなぁ」


 やはり恋人すらいない、いや出来た事がない俺たちにはまだ結婚について考えるのは早いのかも知れない。俺は夕焼け空を見上げながらそう考える。相変わらず日差しは刺すように強い。


 2人でゆっくりと寮への道のりを歩く。その途中に冬梨がポツリと口を開いた。


「…でも、冬梨は兼続となら結婚しても良いかもしれない」


「えっ?」


「…ッ////// な、なんでもない、忘れて。お腹空いたから先に帰る////(…今冬梨とんでもない事を言った気がする/////// 顔が焼けるように熱い… //// 夏の暑さのせい?)」


 冬梨はそのまま寮の方向へダッシュして行ってしまった。


「何だったんだ今の?」


 俺は意味がわからず困惑する。その後の夕食時にはいつもの冬梨に戻っていた。何だったんだ結局?



○○〇


次の更新は9/2(土)です


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