就活かぁ…、大変そうだなぁ

 その日、俺はタンブラーの中に入れていた麦茶がなくなったので補充しようと食堂まで上がって来ていた。食堂のドアを開けると中には美春先輩と寮長がいた。


 寮長は何やらスマホで婚活のアプリをポチポチしており、美春先輩は就活関連の雑誌を読んでいるようだ。


 就活かぁ…。来年俺も同じ事をしないといけないと思うと胃がキリキリする。もう自分がどの業界に行くか決めている奴は2回生の段階で企業のインターンシップに参加しているらしいが、俺も自分が何になりたいかそろそろ決めておかないと…。


 そういえば美春先輩は将来どんな職業に就くのだろうか。オシャレな先輩の事だからファッション業界とかかな? 参考までに聞いてみるか。俺は食堂の椅子に座ると先輩に尋ねてみた。


「先輩ってどの業界志望なんですか?」


 先輩は雑誌から顔を上げると俺に答えを返してくれる。


「んー? あたしは公務員志望よ。色彩市役所の一般行政事務を受けようと思っているの」


「えっ、そうなんですか?」


 意外と堅実な思考だった。誰だよ、ファッション業界志望とか言った奴。あっ、俺か。


「何でまた公務員に?」


「うーん…。あたしはこの街が好きだから、少しでもこの街を良くしたくてね。色彩市にもっと発展して欲しいし、市民の生活を楽にしてあげたいのよ。だから市政に関われる公務員を選んだってワケ」


「ほぇ〜、他には受けないんですか?」


「まぁ、いくつか受けよう考えている所はあるけど…。今は情報収集中ね」


 先輩はそう言って就活雑誌を掲げて見せる。先輩も将来の事ちゃんと考えてるんだなぁ…。関心してしまった。


「フッフッフ…」


 そこでスマホをポチポチしていた寮長が顔をあげ、何やら不適な笑みを浮かべる。なんか嫌な予感がしてきたぞ…。


「ねぇ、美春。面接の練習をしてみない?」


「どうしたの唐突に? そりゃ試験に受かるためには練習しなきゃいけないのは分かるけど…」


「こう見えてもわたしは学生時代、色彩市役所志望だったのよ。つまりあなたの先輩なワケ。さらにわたしはこの大学のAO入試の面接官も担当している…。これが意味する事は…分かるわよね?」


 寮長が昔公務員志望だったぁ…? 似合わねー…。どうせリストラされないからとかそういう理由で応募したんだろう。


 というか今彼女が公務員じゃないって事は試験に落ちたって事だけど、落とした試験官グッジョブだわ。こんなのに市政に関われたらどんな頭おかしい行政行為をされるか分かったもんじゃない。


 それよりもこの人うちの大学のAO入試の試験官やってるってマジかよ…。こんなのに試験管任せるってうちの大学出来どれだけ人材がいないんだ。


「ちなみに兼続の友達の氏なんとかに合格出したのもわたしよ」


 更に衝撃の事実発覚。氏政に合格だしたのこいつかよ。ってかあいつAO入試組だったのか。どおりで学力が足りないと思った。


 AO入試のAOは「Admissions Office」の略なのだが、かなり前にあいつにAO入試は何の略なのか聞いてみたら自信満々に「アナルアンドおっ○いの略!」なんて言ってたからな。よくそんな奴を入学させたもんだ。


「これ聞いて良いのか分かんないけどさ、氏政は面接の時に何を語ったんだ? 志望動機とか」


「確か…大学でハーレム作りたいってのを熱く語ってくれたわね。もちろん秒で合格出したわよ」


「なんで!?」


「この草食系男子が多い時代にハーレム作りたいだなんて中々見どころあるじゃない? わたし、肉食系男子は好きよ?」


 何という事でしょう…。この大学はもうダメかもわからんね。


「さて、そんな敏腕面接官の私が面接の練習をしてあげるって言ってるのよ? これはまたとないチャンスだと思うけど?」


 いやぁ…むしろ受けない方が良いまである。そもそもこの人にまともなアドバイスなんてできるのか?


 美春先輩も最初はジト目で寮長を睨んでいたが、その後に少し考える様子を見せた。


「そうねぇ…。まぁ面接の雰囲気ぐらいは掴めるかも知れないし…。お願いしようかしら? 大学が無料でやってる面接の講習がいつも予約で一杯だから受けられないのよね。物はためしと言うことで」


 うーん、限りなく嫌な予感しかしないが…先輩がそう判断したのならしょうがない。俺はせめて寮長が暴走しないように横で見学させて貰おう。



○○○



 コンコンコン


 そんなこんなで寮長による面接の練習が始まった。外にいる美春先輩が食堂を面接室に見立ててドアをノックする。


「どうぞ、お入り下さい」


 寮長がそう言って先輩を中に招き入れる。俺は寮長の横に座って事の成り行きを見守ることにした。


「失礼します」


 スーツ姿の先輩が礼をして中に入ってくる。先輩わざわざスーツに着替えてきたのか…。スーツ姿の先輩はいかにも「できる女」という雰囲気を漂わせていてカッコイイ。例えるなら敏腕社長秘書みたいだ。俺が面接官なら見た目だけで合格をだすかもしれん。


「どうぞ、椅子にお掛けださい」


「ありがとうございます」


「では、お名前の方をお願いします」


「内藤美春です。本日はよろしくお願いします」


 面接のテンプレが進んでいく。俺も来年アレをやらなくちゃいけないからよく覚えておかないと…。


「まずは緊張をほぐす為に軽い質問からいきましょうか。本日はどのような交通手段で此処に来ましたか?」


「はい、自宅から徒歩で此処に来ました。時間は15分程です」


「歩いて? 今日は暑かったでしょう?」


 …寮長の事だから絶対にふざけると思っていたのだが、今のところは真面目に進んでいるようだ。まぁ寮生の将来に関わる大事な事だしな。この人もこういう大事な所はふざけないようにしているのかもしれない。


「ありがとうございます。では次の質問にいきましょうか。スリーサイズを教えて下さい」


「はい、上からはちじゅうご…」


「おいおいおい、ちょっと待った! なんて質問してるんだよ!? 思いっきりセクハラじゃねーか!? 先輩もなんで普通に答えているんですか!? 拒否しましょうよ!?」


「ハッ、つい…」


 さっきまで真面目にやっていたと思ったらこれだよ…。油断も隙もあったもんじゃない。この人はいちいちふざけないと物事を遂行できないのか?


 俺の抗議に寮長はチッチッチッと指を振る。


「わかって無いわねぇ兼続は…。面接では面接者の不意をついた質問というのもよくされるわ。今のは美春が予想外の質問にとっさに答えられかどうかというのを見たのよ」


「質問の意図は理解したが内容が適正じゃないだろ! スリーサイズなんて就職に全く関係ねぇじゃねえか。せめて就職に関係ある質問にしろよ…」


「就職に関係のある質問にしたら相手の不意をつけないじゃないの?」


「そういう問題じゃないだろ…」


 まったくこの人は…。俺たちは気を取り直して面接の練習を再会する。


「色彩市役所を志望した志望動機を教えて下さい」


「はい、あたしはこの町で生まれ、そして育ってきました。ところが〜」


 ふぅ、なんとか軌道修正できた。このまま真面目な感じで行けば良いんだけど…おそらく無理なんだろうなぁ。


「成程、よく分かりました。良いこころざしですね、大切にして下さい。ところで…内藤さんは異性との交際経験はありますか?」


「ふぇ? え、えっと…あ、ありません/////」


「おい! また変な質問してんじゃねーか!? いい加減にしろよ!」


 というか先輩…スリーサイズは普通に答えられるのに交際経験の事を聞かれると焦るんですね。やはり交際経験がないというのが先輩のコンプレックスなのだろう。


「今のはわざと関係の無い質問をしたのよ。最近では大分マシになってきたけど、こういうセクハラじみた質問をしてくるところも無くは無いわ。そういう質問をされた時にちゃんと断れるかどうかをチェックしたのよ。時には断る事も大事よ。イエスマンになっちゃダメ!」


「あんたさっきもセクハラ質問してただろ!?」


「あの時はあの時、今は今よ! 質問の意図が違うわ」


「ああ、そうかい…」


 はぁ〜…この人と話してると本当に疲れるわぁ。その後も面接の練習は進んでいき終盤に差し掛かる。


「はい、ありがとうございました。では最後の質問です。これはあなたの思考能力をみる質問です。よく考えてから答えて下さい」


「はい」


「ある女の子がりんごを3個持っています。あと2個りんごを買ったらいくつになるでしょう?」


 思考能力を問う問題かぁ…これも最近面接でよく出るらしいと聞く。普通に考えると5個だけど…多分違うんだろうなぁ。


 先輩は少し考えていたようだが、やがて口を開いた。


「わかったわ。この問題のポイントは『女の子』よ! この問題は女の子の思考を問う問題だわ。だから答えは『女の子は最初にその3個のりんごをどこで買ったのか聞いて欲しい。そして残り2個のりんごを一緒に買いに行って欲しい』これが答えよ!」


 なんかそれ聞いた事あるな。女性と男性の思考の違いを表した奴だっけ? かなり理不尽な問題だった気が…。


 美春先輩の答えに寮長はニコリと微笑む。


「不正解。正解は5個よ! 3+2=5よ。小学校からやり直していらっしゃい!」


 えぇ…それじゃこれただの算数の問題で思考がどうのこうのは関係ないじゃん。


「この問題はわたしの思考を問う問題よ。わたしの思考を読めなかった美春のミスね」


「理不尽すぎるだろ!? そんなの分かるワケないじゃないか!?」


 ただでさえこの人の思考は常人離れしてるのに分かるワケないだろ…。


「兼続…この世の中はね、理不尽なもので溢れているのよ」


「理不尽なものを提供した側が言っていいセリフじゃないだろ…」


 そして面接の練習は終了し、寮長は美春先輩の方を向くと言葉を放った。


「ふぅ、一通り面接してみたワケだけど…。美春は基礎はできてるわね。あとは応用よ。理不尽だったり、意地悪な質問にどれだけ対応できるかだわ」


 この人の理不尽な質問に答えられる奴なんていないと思うんだがそれは…。


「はぁ、あたしもまだまだね」


 先輩は疲れたのか机に突っ伏してため息を吐く。


「いやいや、十分凄いと思いますよ。大抵の質問には返せたじゃないですか」


「そんな美春に少しサービスよ。色彩市役所は面接の質問に絶対『色彩市の好きな所』を聞いてくるから答えは用意して置いた方がいいわ。じゃ、わたしはこれから景虎ちゃんと飲みに行って来るから! 就活頑張んなさい!」


 寮長はそう言うと食堂から出て行った。


「寮長もたまには良い情報くれるじゃない!」


 先輩は笑顔でそれをメモした。非常に疲れたが、美春先輩にとっては若干プラスになったようで良かった。先輩には自分の夢に向かって頑張って欲しい。



○○〇



次の更新は8/31(木)です


※作者からのお願い


もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る