秋乃スネーク
side~秋乃~
「(もうそろそろ2人が寮を出たころかなぁ?)」
秋乃はその日自分の部屋のベッドの上で特大のぬいぐるみを抱きしめながら悶々としていた。理由はもちろん彼女の想い人である東坂兼続と同じ寮の先輩である内藤美春が彼女の妹を騙すためにカップルのフリをするからである。
「(本来こういう他人の事情に足を踏み込むのはあまり良くないってわかってる。先輩も事情があって兼続君に恋人のフリを頼んだんだろうし。でもなぁ…気になる)」
基本的に彼女は他人の問題にはあちらから相談されたり、自分がまきこまれたりしない限りはあまり踏み込まないタイプなのであるが、今回はその問題の渦中に15年想い続けた人がいるのである。頭の中ではダメだと分かっているのだが、心の中では気になって気になって仕方が無かったのだ。
「(あの告白は誤解だったわけだけど、結局先輩が兼続君を好きなんじゃないの? という疑惑は晴れてないんだよねぇ…)」
秋乃は最近兼続と美春の距離が妙に近い事を訝しんでいた。始まりは夏休み最初の方に美春が兼続に「兼続はどんな女の子が好きなの?」と迫っていた所。その次は海で兼続に日焼け止めを塗って欲しいと頼んでいたところ。そしてお盆明けに妙に距離が近かったところ。
…どれも先輩後輩、もっと言うと友達という関係から先に進もうとしようとしているように思われる。好きでもない人間に普通「どんな女の子が好きなの?」とは聞かないだろうし、ましてや日焼け止めなんて塗らせないだろう。
少なくとも秋乃はそうだ。興味のない異性の好みなどどうでもいいし、好きでもない人に体を触られると鳥肌が立つ。
「(やっぱり先輩も兼続君の事が好きなのかなぁ…)」
秋乃の頭にどんどん不安が募って来る。秋乃は彼を好きなのは自分だけだと思っていたので、彼が女子寮にいる間にゆっくりと篭絡していけばいいと思っていた。しかし寮内にライバルが出現したとなれば話は別である。のんびりしていると彼を取られてしまう可能性があるのだ。
「(先輩美人だし、性格も良いし、兼続君が先輩と付き合う可能性は十分あり得る…。ハッ! もしかして…今回先輩が兼続君に彼氏のフリを頼んだのって家族に兼続君を彼氏として紹介することによって外堀を埋めて来る気なんじゃ…。先輩はもうそこまで考えてるの!?)」
美春が兼続に彼氏のフリを頼んだ理由はただの妹に対する見栄なのであるが、秋乃の頭は事をネガティブにとらえた。
「(ダメダメダメそんなの絶対にダメェ! 秋乃さんゆるしませんよぉ~!! こうしちゃいられないわ! 2人の様子を見に行かないと…。私の知らない間に色々進められたらもう取り返しがつかない…)」
秋乃は急いで外出の準備を整えると部屋を出る。
「(これは正当な敵情視察よ。敵情視察だから仕方が無いの! 彼を知り己を知れば百戦あやうからずよ。孫子もそう言ってるわ!)」
何が正当なのかは分からないが、秋乃は情報収集のために2人を尾行することを決めた。彼女が寮の下の階に降りると同じく寮の仲間で彼女の親友である千夏とバッタリと出会う。
「秋乃、お出かけ?」
「う、うん。ちょっとね」
「随分暑そうな格好をしているけど大丈夫? マフラーなんて要らないんじゃない?」
秋乃は2人を尾行しているのがバレないようにできるだけ顔を隠す格好をしていた。服こそ半そでのブラウスとショーパンという涼しそうな服を着ているが、首にマフラーを巻き、顔にマスクとサングラスをつけ、頭にはたまたまタンスにしまってあったカウボーイハットを被っている。傍から見ると完全に不審者である。
「べ、別に暑くないよ。寒いくらい…」
「今日の気温36度もあるのよ!? それなのに寒いって…夏風邪でもひいたんじゃない? 大丈夫?」
「そ、そうかもしれないね! だから今から病院に行くの! 千夏ちゃん私にあまり近寄らない方がいいよ、うつるかもしれないから…」
「本当に大丈夫? 病院まで付き添いましょうか?」
親友の心遣いはありがたいのだが、秋乃は一刻も早く兼続と美春の後を追いかけたかった。
「大丈夫、大丈夫、ちょっと寒気がするだけだから…。千夏ちゃんに迷惑かけるわけにもいかないし…いってきますっ!」
「あっ、秋乃…。大丈夫かしら? まぁ走れる元気があるなら心配なさそうね」
秋乃は千夏との会話を適当な所で打ち切り、2人を颯爽と追いかけた。
○○〇
寮を出た秋乃は走って2人を追いかける。確か駅前で美春の妹と待ち合わせると言っていたから、2人は駅前に向かったのだろう。2人が寮を出てからまだ5分とたっていないはず。なので走って追いかければ十分追いつけるはずだ。
「あっつ…」
千夏の言っていた通り本日の気温は36度。猛暑日と言ってもいい気温だ。そんな中、サングラスは兎も角、マフラーとマスクと帽子を被って外出すればどうなるかは火を見るより明らかだろう。しかし、尾行しているのがバレる訳にもいかないのでマフラーなどを脱ぐわけにもいかない。
「もうダメェ…。暑すぎるよぉ…」
秋乃は寮から出て10分ほどのところでヘトヘトになった。もともとあまり体力に自信がある方ではないのだが、それに加えてこの灼熱のような暑さが彼女の体力を大幅に奪っていたのだ。秋乃はマフラーとマスクを脱ぎ捨て近くの木の影にへたり込む。
暑すぎてマフラーとマスクなど付けてはいられない。だがこれらのものを付けていないと尾行がバレてしまう可能性がある。秋乃は木の影でゼェゼェと呼吸を整えながら悩んだ。
「ん?」
秋乃が悩んでいると近くのゴミ捨て場に大きな段ボールが捨てられているのが目に映った。
「…そうだ! 確か昔段ボールに隠れて尾行するゲームがあったよね? 段ボールには断熱効果があって涼しいって聞くし…。あれいいんじゃないかな?」
彼女は普段ゲームなどはあまりやらないのだが、幼い頃に兼続と一緒に遊んだゲームの事はよく覚えていた。思いついたが吉日と早速その大きな段ボールを被る。
「暑いけど…まだマシかな? よし、これで尾行しよう! これに隠れていれば顔を隠す必要はないよね?」
秋乃はマフラーやマスクなどを全てポシェットの中に放り込むと段ボールの中に隠れて進軍を開始する。コソコソと動く段ボールなどかえって目立ちそうなものだが、今の彼女の思考回路はその夏の暑さ故に少々機能不全を起こしており、その事に思い至らなかったのだ。
当然ながらその怪しい段ボールはすぐに見つかる事になる。
「ねぇ、冬梨ちゃん。あそこの段ボール、なんだか動いてないですか?」
「…本当だ。中に猫でも入ってるのかな?」
偶然にも2人で遊んでいた冬梨とその友達の原睦…通称バラムツに早々に見つかってしまう。好奇心の強い2人は興味津々と言った様子でその段ボールに近づいていった。
「(えっ? 冬梨ちゃんとその友達…。どうしてこんなところに?)」
秋乃は段ボールに空いている穴から外を見る。彼女が入っている段ボールの前には同じく寮の仲間である冬梨とその友達が立っていた。
「…猫が入っているなら助けてあげないと。この暑い中段ボールなんて被ってたら干からびちゃう」
「そうですね」
2人はそう言って段ボールを取ろうとする。秋乃は段ボールが取れないように必死で押さえた。
「(ダメェー! 冬梨ちゃんにこんな所見つかったら絶対に寮のみんなに広まっちゃう…)」
冬梨に見つかると間違いなく寮の全員が知ることになるだろう。そうすると秋乃が兼続と美春を尾行していたことがバレるだけではなく、兼続に段ボールを被る変な子だと思われるのだ。想い人からドン引きされる、恋する乙女の秋乃としてはそれは絶対に避けたかった。
「うーんしょっと。おかしいなぁ、この段ボールとれないですねぇ…」
「…中で何かが段ボールが取れないように抵抗してる?」
冬梨とバラムツは不思議そうな目で段ボールを見つめる。まさか2人とも中に人が入っているなんて思いもしないのだろう。
「(不味い、2人にどこかに行って貰わないと先に勧めない…。お願いだからどこかに行ってぇ…)」
秋乃が最後の手段として神頼みをする。
「冬梨ちゃん、コショコショ…」
「…! バラムツ、天才!」
神頼みをしていると段ボールの穴から2人の足が遠ざかっていくのが見えた。おそらく段ボールから興味を無くしたのだろう。神様への祈りが通じた秋乃は大喜びで駅前に向かって少しずつ段ボールを移動させ始めた。しかし…
「隙ありっ!」
スポッ!
「あっ」
「…名付けて『遠くに行ったと油断させておいて段ボールを奪う』作戦!」
どうやら2人は段ボールから遠ざかるフリをして段ボールの中身を油断させ、油断している間に段ボールを取っ払う作戦を決行したようだ。押さえていない段ボールはあっけなくすっぽぬかれる。
「…秋乃? 何してるの?」
「えっと…確か、冬梨ちゃんと同じ寮に住んでる人でしたっけ? このクソ暑いのに段ボールを被って何してるんですか?」
2人は軽蔑の視線を秋乃に向ける。2人に見つかってしまった事で秋乃は顔を真っ赤に染めた。
「(見つかっちゃったぁ…///// でもここで2人の相手をしている時間は無い…。時間的に兼続君たちはそろそろ駅前についているはず…)」
秋乃は暑さでバグりかけの脳をフル回転させる。
「ねぇ、冬梨ちゃんたち。喉乾いてない? ジュース奢ってあげようか?」
考えた末に秋乃は2人を買収することにした。ジュースを奢ればこの事を黙っておいてくれるだろうと考えたのだ。
「…ふーん、秋乃はたかがジュース1本、130円で冬梨たちを買収しようとするんだ?」
冬梨が秋乃をジト目で睨む。どうやら秋乃の魂胆に気が付いたらしい。
「…あ~、どうしようかなぁ。寮のみんなに言っちゃおうかなぁ…」
「ワタクシも1回生の友達にバラしてしまうかもしれませんねぇ…。あの4女神の1人である山県さんが段ボールを被ってカタツムリのように移動していたと…」
「ぐっ…」
足元をみやがってと秋乃は激怒しそうになったがもう時間が無い。急がないと間に合わない可能性がある。
「わ、分かったよ。そこの売店で好きなもの買ってあげる。その代わり…この事はみんなには黙っておいてね?」
「…わーい! 冬梨、秋乃大好きー!」
「流石慈愛の女神たる山県さん、お優しいですねぇ」
「………(くぅ~。兼続君とのデートのために貯めておいたのにぃ~)」
今は怒っている時ではない。秋乃は若干軽くなった財布に涙を流しながら先を急いだ。
○○〇
「いた!」
秋乃は段ボールを被りながら急いで駅前へと直行する。すると駅前の噴水の前あたりで会話をしている2人を発見した。2人の前には女の子もいる。顔が美春に似ている事から彼女が美春の妹なのだろう。
「(何を話しているんだろう? もっと近くに行かないと…)」
段ボールに隠れながらコソコソと噴水近くの草むらへと移動する。旨いこと草むらが障害物になってくれて秋乃の入っている段ボールは3人からは見えないようだ。秋乃は3人の会話に聞き耳を立てる。
「キスぐらいやってやるって言ってんの!!! 兼続! こっち向きなさい!!!」
「えっ、ちょ、先輩落ち着いて!? 自分が何言ってるの分かってるんですか?」
「分かってるわ! キスなんて口と口を合わせるだけでしょ? 簡単よ!!!」
いきなり秋乃の耳にそんな会話が聞こえて来た。
「(えっ、キス? キスって魚の
秋乃はそう思うが早いか、段ボールを脱ぎ捨てると3人の目の前に現れる。
「ダ、ダメェー!!!」
2人がキスするのを阻止しようとしたのだが、秋乃は勢い余って兼続にぶつかってしまい彼を吹き飛ばしてしまった。
「ぶへぇ!」
兼続は勢いよく吹き飛ばされ近くにあった街路樹に頭をぶつけて気を失ってしまった。
「か、兼続君!? うわーんごめんなさーい!!! しっかりしてぇ!!!」
「兼続!? しっかりしなさい! 兼続!!!」
「あーあ、春海知ーらないっと…」
秋乃は急いで兼続に駆け寄ると看病を開始した。ハンカチを濡らし彼のおでこに置く。
「(ううっ、どうしていつもこんな結果になるのぉ…)」
彼女は泣きながら自分の運の無さを呪った。
○○〇
次の更新は8/23(水)です
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