先輩の彼氏のフリ

 そして迎えた先輩の妹と会う日。俺は身なしだみを整えると先輩と一緒に待ち合わせ場所である駅前の広場へと向かった。


 ここ数日間先輩の偽の彼氏役をするために色々と話を合わせて来た。出会った場所、付き合った経緯、初デートの場所…etcetc。とりあえず思いつく限りの事は話しを合わせているので先輩の妹にはバレない…と思いたい。


「気を付けて。春海は人をおちょくるのが好きな子だから、うっかり誘導尋問されてボロを出さないようにね」


「はぁ、わかりました」


 うぅ…結構俺の苦手なタイプの子だが、偽の彼氏役を引き受けてしまった以上はバレないように全力を尽くそう。


 しかし先輩の妹か…、どんな子なんだろう。先輩の話を聞いているとかなりお転婆な子のように思えるが…。


 俺と先輩は駅前に着くとベンチに座って先輩の妹である春海ちゃんを待つ。その際に先輩は俺の腕に抱き着く。もちろん仲の良い恋人である事をアピールするためだ。先輩によると春海ちゃんは駅に先に待ち構えておいて、隠れてこちらの様子をうかがっている可能性もあるので今のうちからアピールしておくとの事。


 当然だが腕に抱き着かれているので先輩のそこそこ大きいものが俺の腕に当たる。何度経験してもこの感触は慣れないな…。俺は内心少しドギマギとしていた。


 待つこと5分ほど。先輩が「来た」と声を発したのでそちらの方に顔を向ける。すると商店街の方向から駅に向かって一人の少女がスマホを片手に歩いて来ていた。あれが先輩の妹の春海ちゃんか…?


 確かに先輩とよく似ている。顔は先輩の顔を幼く、そして悪戯っぽくした感じで、背は低く150台前半ぐらいだろうか。服は今どきの高校生と言ったハイカラな格好をしている。ファッションセンスの良さは先輩譲りらしい。現在高校2年生らしいので先輩より4歳年下になるのかな。


 俺たちは彼女が近づいてくると座っていたベンチから立ち上がった。


「こんにちは。君が春海ちゃんかな? 先輩の彼氏の東坂兼続です。どうぞよろしく!」


 俺が挨拶をすると春海ちゃんはこちらを疑り深そうな目で見つめて来た。うーん…これは怪しまれているのかな。やはり俺が先輩の彼氏役は無理があったか。


「これはご丁寧にどうも。そこの姉の妹の春海です」


 春海ちゃんは先輩の方を指さしながらめんどくさそうにそう言う。そして俺に顔をグッと近づけてマジマジと観察してきた。うっ、近い近い。なんせ顔は先輩とほぼ同じだから彼女も美少女な事には違いないのだ。


 隣にいた先輩が俺のそんな様子を見て顔をムスッとさせた。おっと、今の俺は先輩の彼氏なのだ。いくら顔が似ているからって妹に緊張していちゃダメだろ。


「…ガッカリ」


「えっ?」


 俺の顔を観察していた春海ちゃんが突然そんな事を言ってため息を吐いた。…そんなに俺の顔イケてなかったかな? 確かに美人の先輩と比べるとそこら辺に居そうな平凡な顔をしていると思うが。


「ねぇおねえ。春海、レンタル彼氏はチェックしてるって言ったよね?」


「ど、どうしたの春海? 兼続はレンタル彼氏なんかじゃなくてれっきとしたあたしの彼氏よ?」


「あっ…」


 俺の背中に嫌な汗が流れる。…そういえば忘れてた。結局秋乃以外から指名なんて全く来なかったからなぁ…。まさかこんな結果になるなんて。


「隠しても無駄よ。『イケイケレンタル彼氏』に登録している愛染明王あいぜんあきおさん?」


 春海ちゃんは俺たちにスマホの『イケイケレンタル彼氏』の彼氏一覧のページを突き付けて来る。そこには若干加工してあるが、まごうことなき俺の写真が載ってあった。


 先輩の顔が真っ青に染まる。そして俺の腕を引っ張ると近くに生えていた街路樹の影に連れて行った。


「(ちょっと兼続、どういう事!?)」


「(す、すいません。夏休みのバイトでレンタル彼氏に登録してたの忘れてました…。まさか妹さんがレンタル彼氏をチェックしてるとは思わなかったので…)」


「(あぁ、なんてこと…。また妹に馬鹿にされるわ…。姉の威厳が、乙女のプライドが…。こうなったら意地でもあたしたちは付き合っているで貫き通すわよ! 兼続も協力して、お願い。後で何か奢るから!)」


「(わ、わかりました…)」


 まぁバレた原因の一旦は俺にあるわけだし…、先輩の彼氏としての役目を全うしよう。それが責任という物だ。俺たちは街路樹の影から出ると再び春海ちゃんの前に躍り出た。


「作戦会議は終わったのかしら?」


 春海ちゃんがニヤニヤと俺達を見て笑う。


「た、確かに兼続はレンタル彼氏に登録してるけど、本当にあたしの彼氏なのよ?」


「そ、そうそう。ちょっとお金が必要になったからバイトでレンタル彼氏に登録してるだけだから。俺が本当に付き合ってるのは先輩だよ? ほら、愛染明王っていう源氏名じゃなくて東坂兼続っていう本名名乗ってるだろ?」


「ふーん…」


 明らかに信用してない顔をしている。そう簡単に信じてはくれないか…。春海ちゃんは意地の悪そうな笑みを浮かべて口を開く。


「付き合ってるのに呼び方は『先輩』なんだ? なんかよそよそしくない?」


 グッ…また痛い所を付いてきたな。確かに付き合っているのに「先輩」呼びは少しよそよそ過ぎたか。


「ま、まだ付き合って日が浅いから仕方ないじゃない。あたしたち付き合って1カ月ぐらいだもんね?」


「そ、そう。やっぱり年上の先輩を下の名前で呼ぶのは抵抗があって…」


「おねえ、昔から言ってたよね? 『あたし呼び捨てにされる方が好き。その方がその人のものになっている気がするから』って。それなのに呼び捨てにしてくれない人と付き合ったんだ? へぇ、そう、ふーん…」


 春海ちゃんは相変わらずニヤニヤと笑いながらそう述べる。…先輩にそんな憧れがあったのか。隣の先輩を見ると顔を真っ赤に染めていた。自分の性癖を暴露されるって恥ずかしいよな。


 しかしどうしようか、ここは春海ちゃんに信用してもうためにも先輩を呼び捨てで呼んだ方が良いかな?


「そうだね。確かに春海ちゃんの言う通りいつまでも『先輩』呼びだとよそよそしいよね」


 俺はまだ顔が赤い先輩に向き直る。そして「すいません先輩、春海ちゃんがいる間だけ呼び捨てにします」と心の中で謝った。


「…『美春』。これでいいかな?」


「ッ///////////(えっ? なんで? どうして年下の子に名前を呼び捨てにされただけでこんなにドキドキするの/////)」


 先輩の名前を呼び捨てにすると彼女の顔は熟したトマトよりも更に紅に染まった。真っ赤っかだ。


「ごめんっ/////」


 先輩はそう言って顔を隠しながら駅のトイレの方に走り去っていってしまった。まぁ後輩の俺に仕方が無かったとはいえ名前を呼び捨てにされるって恥ずかしいよな。でもこうしないと春海ちゃんも信用しないだろうし…。


「(今のおねえの反応、まさかね…)」



○○〇



 数分後、先輩はトイレから戻って来た。顔はまだ若干赤いが大分落ち着いてきた様だ。


「ご、ごめんなさい、ちょっとお腹が痛くなっちゃって…。あはは///」


 どっからどう見てもお腹が痛いのとは別の理由だったと思うが、そういう事にしておこう。


「言っとくけど、これで信用した訳じゃないから。レンタル彼氏をしてる人間なら女の子の下の名前を呼ぶ事ぐらい朝飯前でしょ?」


 春海ちゃんは俺達をジト目で睨んでくる。流石にあれだけで信用はしてくれないか。


「じゃあどうすれば信用してくれるのかな?」


「そうねぇ…。それじゃまずは2人の馴れ初めから聞かせてもらおうかしら? 本当に付き合っているなら話せるわよねぇ?」


 おっ、ここ進〇ゼミでやったところだ! …じゃなくて、先輩と事前に打ち合わせした所だ! 俺は先輩と打ち合わせした通りに答える。


「俺が大学近くの定食屋で昼飯食ってるときに美春が食べきれなかった唐揚げをくれたのが最初の出会いだったかな? なぁ美春?」


「…////////(下の名前で呼ばないで、ドキドキが治まらない…)」


「…美春?」


 …あれ? 先輩が反応してくれない? 顔を真っ赤に染めてうつむいている。やはり下の名前で呼ばれるのが恥ずかしいのだろうか? だが今さら「先輩」呼びに戻すワケにはいかないので俺はそのまま話を続けた。


「その定食屋の名前は?」


「定食屋『カンピロバクター』」


「…確かに大学近くにある定食屋のようね。唐揚げ定食もメニューにあるわ。でも色彩大学に通っている人間ならこれくらいはいくらでも思いつける事よ」


 春海ちゃんはスマホで先ほど俺が言った定食屋を調べている様だ。2人の馴れ初めや付き合った理由は覚えやすいように俺と先輩の実体験を元に作ってある。だからある程度は信憑性のあるものに仕上がっているはずだ。


「次、付き合った経緯」


「俺が美春が何故モテないのかという恋愛相談に乗っているうちに美春の魅力に惹かれて告白した」


「//////////////////(ダメ、悶え死にそう…)」


 先輩は相変わらずうつむいていて反応してくれない。こうなったら俺1人でどうにかするしかない。


 俺がそう答えると春海ちゃんは目を丸くした。


「…おねえがモテない人間であることは知っているようね」


「そりゃ付き合ってるんだから当たり前だろ?」


 おっ、これは春海ちゃんの信用を少し稼げた感じかな? 初見じゃ先輩がモテない人間なんてまず思わないからな。これで初対面のレンタル彼氏じゃなくてちゃんと彼女の内面を知っている彼氏だという証明になるはずだ。春海ちゃんはなおも信用できないのか質問を続ける。


「…初デートはどこ行ったの?」


「えっと、まず『色バラ』でゲームして、それから『色彩の湯』に行って足湯に使った。夕食は定食屋『猫宮』でハンバーグ定食を食べて、その後は『居酒屋・色彩』でお酒を少し飲んで解散したかな」


「…みんなおねえの好きな場所ね」


「これで俺たちが付き合ってるって信用して貰えた?」


 春海ちゃんは目を細めながら俺を睨む。これも先輩の内面を知っていないと分からない事なので、俺がレンタル彼氏ではないという証明になるだろう。


「まぁ、おねえとある程度の付き合いがあるという事は信用してあげる。でもおねえが残念なのは仲の良い人なら誰でも知っている事よ。あなたたちが付き合っている証拠にはならないわ」


 ぐぬぬ…。これでも信用してくれないのか。


「どうすれば信用してくれるかな?」


「そうねぇ…あなたたち、もうどこまでヤッた?」


「え? ヤッた?」


「恋人同士なら当然、恋人同士ですることはヤッてるわよね?」


 ああー…そういう意味か。でもこれは不味いぞ。俺たちは本当の恋人ではないのでそういう事は全くやっていない。ここを突かれた嘘が確実にバレる。俺の背中に嫌な汗が流れた。


「は、春海ちゃん、そう言ったデリケートな話題は例え恋人の妹でも話せないな。春海ちゃんも自分の彼氏と何をヤッたかなんて美春に話さないだろ? それにここ公共の場所だし…」


 例えかなりオープンな人だったとしても、駅の広場のど真ん中でエッチな話を話す人なんていないだろう。


「でもキスぐらいはしてるでしょ? 付き合って1カ月も経ってるんだから」


「え゛?」


「まさか付き合って1カ月も経つのにキスすらしてないなんてありえないわよねぇ?」


 春海ちゃんがジト目で俺達を睨んでくる。これは困った。まさかここまで聞かれるとは予想していなかったので先輩と打ち合わせなどしていないし、ここで実際にキスして見せるわけにもいかないだろう。


 そもそも本当に付き合ってないのにキスしたら強制わいせつ罪でタイーホされそうだ。最近は法律が改正されて恋人同士でも同意書がいるんだっけ?


「そ、それは…」


「あれぇ? まさか付き合って1カ月も経つのにキスすらしてないの?」


 春海ちゃんは勝ち誇った笑みで俺たちにニヤニヤと笑いかけて来る。おそらくここが俺たちの嘘を暴く攻めどころだと思ったのだろう。実際大当たりだ。


「おそらくあなたはおねえの本当の恋人じゃないんでしょ? 多分仲の良い友達か何かにおねえが恋人のフリをしてくれと頼んだ。図星でしょ? クスクス♪ もういいのよ。本当の事をバラしても?」


 Exactly…その通りだ。もう完全にバレている。しかし、俺は先輩と約束したので最後まで抵抗を続けようと思う。


「お、俺たちは進みが遅いんだよ。恋愛の進むスピードなんて十人十色だと思うよ。カップルいればその数だけスピードが違う。進むのが早いカップルもいれば遅いカップルもいるさ。重要なのは本人たちが満足してるかどうかじゃないかな? 俺たちは今のスピードで満足してるから。そういうのは後々にね」


「はいはい、言い訳乙。こんな残念な姉に恋人なんてできるワケないって妹の春海が一番よく知ってるもん。やぁっぱり恋人が出来たなんて嘘だったのね。見栄っ張りのお姉ちゃん♪」


 春海ちゃんは先輩の周りをクルクルと回りながら愉快そうにニヤニヤと笑う。


「顔は良いのに21年恋人出来ない残念おねえ♪ 妹に先を越されて顔真っ赤。挙句の果てに嘘ついて友達に恋人のフリを頼むなんてみじめねぇ~。万年処女の骨董品♪ 攻められない城ほど価値の無いものはないわよね。こういうの最近なんて言うんだっけ? そう『弱者女性』。可哀そ~。クスクス♪」


 彼女は先輩をこれでもかと煽る。流石に言いすぎだと思ったので俺は春海ちゃんをたしなめようとした。しかしその時、美春先輩の方から「ブチッ」と何かが切れる音が聞こえてくる。


「…ってやるわよ」


「えっ? おねえなんか言った?」


「キスぐらいやってやるって言ってんの!!! 兼続! こっち向きなさい!!!」


「えっ、ちょ、先輩落ち着いて!? 自分が何言ってるのか分かってるんですか?」


「分かってるわ! キスなんて口と口を合わせるだけでしょ? 簡単よ!!!」


 先輩の目はグルグルと回っている。これは明らかに錯乱しているな。妹に煽られてブチ切れたか。先輩負けず嫌いだもんなぁ。


「へぇ~、じゃあ見せてもらいましょうか? 付き合って1カ月のカップルのアツアツのキッスを。クスクス♪」


 春海ちゃんこれ以上先輩を煽らないで!? 流石に本当に付き合っているワケでもないのにキスは不味いと俺は先輩を止めようとする。だが先輩は俺の顔を両手で固定し、顔を近づけて来た。瑞々しい唇が俺の口に迫る。おい、ちょっと待ってくれ! 


「ダ、ダメェー!!!」


 だがその瞬間、俺の後ろの茂みから何かが飛び出してきた。あれは秋乃!? なんでこんなところに秋乃が居るんだ? 秋乃はそのまま勢いよく俺にぶつかって来る。


「ぶへぇ!」


 俺はそのまま秋乃に3メートル程吹き飛ばされ、近くにあった街路樹に頭をぶつけてしまった。あぁ、意識が遠くなっていく…。


「か、兼続君!? うわーんごめんなさーい!!! しっかりしてぇ!!!」


「兼続!? しっかりしなさい! 兼続!!!」


「あーあ、春海知ーらないっと…」


 薄れていく意識の中でそんな声が聞こえた気がした。



○○〇


次の更新は8/21(月)となります


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