千夏は混乱している!

side~千夏~


 千夏は寮の自分の部屋のベッドで横になりながら悩んでいた。それは自分が兼続に好意をもっているのかどうか分からなかったからである。彼女は今まで恋という物をしたことが無かったのだ。


 もちろんそれには彼女の他人に自分の本性を知られたくないというトラウマも関係している。漠然と自分も恋愛がしたいと心のどこかでは思っていても、そのトラウマが異性と関わりあうのを邪魔をする。故に今まではあまり異性に深入りせずに生きて来た。


 なので異性を「好き」というのがどのような感情なのか分からなかったのである。彼女もある意味恋愛音痴なのだ。


「(…自分の気持ちが分からない。どうして好きな人の話題になると頭の中に彼の顔がよぎるのかしら? これが恋? したことが無いから分からない…)」


 千夏はスマホを手に取ると検索エンジンであるgaagleガーグルを起動させ「恋 とは?」と打ち込む。するとそこには物凄い数の検索結果が現れた。なんと検索結果51億件である。


「無茶苦茶あるわね…。とりあえず適当に上から読んでいきましょうか…」


 Q 恋とは何? A 相手の事が気になって仕方が無くなることです


「(うーん…確かに彼の事は気にはなっているけど、気になって仕方が無いって程でもないのよね…。じゃあこれは恋じゃない? 何か別の感情って事?)」


 Q どういった時に恋をしているといえる? A 一緒にいるとドキドキする時


「(…ドキドキ。ドキドキねぇ…。別に一緒にいてドキドキはしないわねぇ…。まぁ居心地がいいぐらい?)」


 Q 恋しているとどうなる? A 相手ともっと触れ合いたいと思う


「(触れ合いたい…。要するにベタベタ触りたいって事? それはないわね。特に今は夏だし)」


 その後も千夏は「恋」についてネットで調べて知見を深めていく。そうして一通り調べたところで彼女は親友である秋乃が只今絶賛片想いの最中である事を思い出した。


 片想いをしているという事は…秋乃は恋ををしているという事である。誰に恋をしているのかは知らないが。千夏は参考意見として実際に恋する乙女の意見を聞くことにした。reinを起動させ彼女にメッセージを送る。


『秋乃ー? ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?』


『いいよー。私に答えられることなら』


『「恋」をするってどういう感じなの?』


『ふぇ?//// いきなりどうしたの千夏ちゃん!? 明日は雨が降るかもしれないね』


『どういう意味よ…。ちょっと気になってね』


『そっか…ついに千夏ちゃんにも好きな人が出来たんだね』


『まだよ。これが「恋」かどうか分からないから秋乃に聞いてるの』


『えっとね…「恋」をすると胸の中がふわふわするの。それでその人の事で頭が一杯になって、その人と一緒に居られるだけで幸せな気持ちになれたり…、少しの事で嫌われたりしないか神経質になったり…』


 千夏は秋乃の惚気?話を聞いていく。話を聞く限りでは秋乃の恋愛はそこそこ順調に進んでいるように思えた。少なくとも6月頭のように緊張して意中の人に話しかけられないという事態からは脱せられたようだ。


「(ふむふむ…。秋乃の言っている事は大体ネットに書いてあったことと同じね)」


 千夏は秋乃の惚気話を聞きながら頭の中で自分の感情について考察する。しかしどうも自分の中にある兼続への感情とは違うように思えた。


『ありがとう。参考にさせてもらうわ。秋乃の恋が上手くいくように祈ってる』


 そうメッセージを送り会話を切る。千夏は頭の中で今まで見聞きしてきたことを整理した。そして彼女の出した結論は…。


「ふむ。調べた結果これは恋じゃないわね。何か別の感情よ」


 という答えを導き出した。


「これは『恋』ではないのはわかったけど…、じゃあこれは一体何なのかしらねぇ。好きな人の事を聞かれると頭の中に浮かんでくる…」


 見る人が見るとそれは紛れもなく「恋」なのでは? …と思うかもしれないが、千夏は今まで経験した事がない感情故に正確な答えが導き出せないでいたのである。


 千夏は引き続き「好きな人の事を聞かれると頭の中に浮かんでくる」事象についてgaagleで検索するが、それはやはりあなたが「恋」をしているか、もしくは呪術によってあなたに念を飛ばされているという答えしか載っていなかった。


「呪術…。流石にこれは無いわね。頭にアルミホイルを巻く案件だわ…。でもそれ以外はやはり『恋』という答えしかないか…。うーん、でもさっき調べた『恋』の条件とは違う気もするし…。あ゛ーもう! わけわかんない!!!」


 千夏はスマホをベッドの傍らにポイッと投げ捨てる。生まれて初めての感情に彼女の頭は混乱していた。


「とりあえず…もう少し調べてみましょ」


 彼女は再びスマホを手に取ると「恋」について検索し始めた。


 …そして次の日の朝。


「結局徹夜で調べてしまったわ…」


 そう言う彼女の目にはクマが浮かんでいた。彼女は昨日一晩中「恋」についてスマホで検索していたのである。スマホの充電もあと5%を切っていた。彼女はスマホを充電ケーブルにつなぐと少し仮眠しようと目を閉じる。


 …がしかし眠れなかった。千夏は徹夜明けによくある脳がハイテンション状態に陥っていたのである。眠ろうとしても脳が頭の中でサンバを踊っているので騒がしくて眠ろうとしても眠れないのだ。


 千夏は仕方なく目を開けてベットから起き上がる。とりあえず夜通し「恋」について調べた結果、千夏は自分の感情が何なのか分からないから実際に色々やって確かめようという結論に達した。


 自分が彼に抱いている感情が「恋」なのかどうかを確かめるにはどうすればいいのか調べていた時に、とあるサイトに「とりあえず遊びに誘ってみて自分の心の変化を探ろう」と書かれていたのだ。


 要するに千夏は兼続を遊びに誘ってみて、それから自分の感情がどう動くのかという事を観察しようとしたのである。


 壁にかけてある鳩時計が「クルッポッポー」と鳴く。時計を見てみるともう7時だった。寮のみんなで朝食をとる時間である。腹が減っては頭が回らない。千夏はあくびをしながら部屋のドアを開け、食堂へと向かった。



○○〇



side~兼続~


「今日もあっちぃなぁ…」


 俺は朝食を取りに向かうべく食堂への道を歩いていた。スマホの温度計を起動してみると朝の7時なのにすでに30度を超えている。道理で暑いはずだ。朝って普通は涼しくなるんじゃないのかよとツッコミたかったが、自然現象にツッコんでもどうにもならないのでやめる事にした。とりあえず無駄に動いて汗をかきたくない。


 食堂へと向かう俺の足取りは少し重かった。本来であれば秋乃の美味しいご飯を食べられるし、みんなとわいわい会話できるので楽しいものであるはずなのだが…。今の食堂の空気は少し重苦しいのである。


 相変わらず美春先輩は何故かこちらをジロジロと見て来るし、秋乃はなんかぎこちないし、千夏は無言だ。冬梨と寮長がいつも通りなのが本当に精神的にありがたい。まさかあのクソウザい寮長がウザい事に感謝する日が来るとは思わなかった。


 寮長曰く、女性特有の月のモノのせいだと言っていたがいつになったら元通りになるのだろうか。この前チラリと調べたところ、1週間ほどは続くと書かれてあったのでそれまでは我慢しなくてはならない。


 俺はため息を吐きながら食堂への道を歩いていった。


 だが俺は食堂の入り口でばったりと千夏と鉢合わせしてしまう。う゛っ…。普段なら「おはよう」と朝の挨拶をするところだが、今はあまり千夏を刺激するようなことはしたくない。向こうも俺と鉢合わせするのは予想外だったのか動揺しているようだ。


「か、兼続…////(どうしよう…まだ心の準備が出来ていないのに彼と鉢合わせしちゃった///)」


「お、おう…(今日の千夏も不機嫌なのか? あまり彼女の機嫌を損ねないようにしないと…)」


 俺と千夏は無言で向かい合う形になる。そしてそのまま数秒が過ぎた。不味いな…何か言った方が良いか? こういう時の対処法って全く分からないんだよな。


「と、とりあえず食堂の中に入ろうぜ? ほら、千夏から先にはいれよ。レディーファースト」


「そ、そうね。ありがとう…(せっかく兼続と会ったんだから色々確かめないと…。大丈夫、ただ遊びに誘うだけじゃない)」


 おっ、普通に言葉を返してくれた。今日の千夏は不機嫌じゃないのか。しかし彼女は食堂に入ろうとした瞬間、俺が開けた食堂のドアをピシャリと閉めてこちらにクルリとふりむいた。


「ね、ねぇ兼続。今日の午後から暇かしら?」


「えっ、今日の午後? 暇と言えば暇だけど…どうしたんだ?」


「ちょっと私に付き合ってくれない?」


「別に構わんが…どこに行くんだ?」


「へっ!? え、えーっとね///(不味い。彼を遊びに誘う事は決めていたけど、行き先を全く決めてなかったわ。寝不足の影響かしら? えーっと…どこがいいかしら?)」


 別に出かけるのは構わないのだが、いきなりどういう風の吹き回しだろう。あまり外に出たがらない千夏がどこかに行きたいと言うのは珍しい。というかもう不機嫌なのは直ったのだろうか。それならありがたいのだが…。


「え、えっとね…そ、そう! 色バラ、色バラに遊びに行かない?」


「い、色バラ?」


 俺は千夏の提案に思わず呆気に取られてしまった。確かに『色バラ』内には色々な施設が揃っているので遊ぶには最適な場所だ、しかしインドア派の千夏がそんなところに行きたいとは…。あそこはどちらかというとアウトドア派の場所だからな。


「…なんで俺? 色バラなら秋乃とかを誘えばいいんじゃないか?」


「えー…、えっと、そうね…。ほら、6月にデートした時に次は私が奢るって言ってたじゃない? その時の約束を果たそうと思って」


 千夏はしどろもどろにそう言った。そういえばそんな話してたなぁ…。


「別に気にしなくてもいいのに。というか千夏は何か欲しいものがあって金を貯めてるんじゃなかったのか? 無駄遣いしたらダメだろ」


「だ、大丈夫よ。そっちの方のお金もちゃんと貯めてるから。そ、それに私も彼氏を作るための練習をした方が良いかなと思って…」


 俺は少し考える。俺がこの寮にいるのは女子寮の寮生たちの問題を解決し、彼氏ができるようにするためだ。千夏が彼氏を作るための練習をしたいと言うのなら俺は積極的にサポートしてあげなければならない。


「分かった。俺で良ければ全力で協力させてもらうよ」


「えっ?」


「どうした? 千夏から言い出したんだろ? 何時に行く?」


「そ、そうね。じゃあ14時に『色バラ』前に集合でどうかしら?(少々無理やりだったけど、これで自分の気持ちを確かめる事が出来るわね)」


「了解。14時だな」


 こうして午後から千夏と『色バラ』に遊びに行くことになった。俺は自分の役割を遂行するだけだ。



○○〇


次の更新は8/15(火)です


※作者からのお願い


もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る