千夏と再びデート…だがやはり彼女の様子はおかしい

 俺は真夏のギラギラと輝く太陽の日差しを、路上に植えてある街路樹の下を通ってなんとか避けながら『色バラ』へと向かっていた。本日の気温は36度。TVのニュースで暑さのピークが過ぎ去ったとは言っていたが、体感ではそんな気はまったくしない。


 色彩大学が色彩市の端っこ、僻地にあるせいで市の中央やや北ら辺にある『色バラ』に行こうとすると微妙に遠い。歩きで20~30分はかかるだろうか。


 他の季節なら別にこの程度の距離はどうということはないのだが、夏は別だ。例え20分とはいえ外にいると体力と水分を大幅に奪われるのが辛い。しかし他ならぬ千夏の頼みであるのでかなえてやらない訳にはいかないのだ。彼女には主に勉学の面で色々世話になっているし、彼氏を作りたいという願いもかなえてあげたい。


 なんとか『色バラ』前にたどり着くと彼女の姿を探した。もう千夏は来ているだろうか? 彼女の事だから店の外ではなく中で待ってそうではある。


 俺はスマホをポケットから取り出してreinを起動させた。すると千夏からメッセージが届いており、すでに『色バラ』内で待っているとのことだった。俺はそれを確認すると店内へと入って行く。エアコンの涼しい風が汗をかいた体に染み渡って気持ちがいい。ふぅ~…生き返る。


 俺は一旦店のトイレに入って鞄から制汗スプレーを取り出すと「シパパパパ」と体中に振りかけていく。汗の匂いを消しておくのはデートする際のマナーだろう。しばらくの間トイレで待機し汗を引かせた俺は千夏を探すことにした。



○○〇



「おっ、いたいた」


「兼続、ちょっと遅刻よ」


 千夏は店の休憩エリアに居た。今日の彼女はブラウスにジーパンというシンプルでスタイリッシュなスタイルだ。いつものカッコいい千夏である。


「スマンスマン。汗を引かすのに時間かかっちゃって…。それでこれからどうするんだ? 買い物か? それとも映画とか見るのか?」


「そうねぇ…。とりあえずはブラブラとウィンドウショッピングでもしましょうか」


 千夏が特に目的も無くウィンドウショッピングをするとは珍しい。彼女は外出する際は予定を立てて綿密に動くタイプだと思っていた。今日『色バラ』に来たのも何かしら買いたい物やしたい事があったから『色バラ』をチョイスしたのだと思っていたのだが…。


「何してるの? 行くわよ」


「あ、ああ」


 俺は少し違和感を感じながらも千夏に着いて行くことにした。2人で2階にあるテナントショップ群を目指すべくエスカレーターへと向かう。


 しかし俺はそこでまたもや千夏に違和感を抱いた。何故かは分からないが千夏は俺にピタリとくっ付いてくるのである。おそらく距離にして1センチも離れていないだろう。いつもはもう少し距離を離して歩くはずなのだが…。


 汗が引いたとはいえあまりくっ付かれると暑いので、できれば離れて欲しい。そう思った俺は彼女に声をかける事にした。


「なぁ千夏。なんか近くね?」


「へっ?//// えっと…気のせいじゃないかしら? オホホ////(自分が『恋』をしているかどうか確かめる方法の1つにまず異性とくっ付いて自分の感情を確かめろっていうのがあったから実践していたんだけど…。早々にいつもより距離が近いのがバレてしまったわ…)」


「??? スマンが暑いから少し離れてくれ」


「そ、そうかしら? ここはエアコンが効きすぎて寒いぐらいだと思うけど…。それに一応これは彼氏を作るための練習だからあなたとくっ付いておかないと(確かにちょっと暑いけど、彼とくっ付いておかないと自分の感情の変化が分からないわ)」


 彼女はそう言って控えめに腕を組んで来る。それ秋乃も言ってたなぁ。正直くっ付く事がどうして彼氏を作る練習になるのか分からんのだが…。彼女がそれをしたいと言うなら仕方が無い。少々暑苦しいが俺は我慢することにした。


「(…兼続の腕、熱い。さっきまで外に居たんだから当然か。それに筋肉質でゴツゴツしてる…。って私は何を考えているのよ/// それよりも自分の感情の変化をみないと…。私は彼と腕を組んでドキドキしているかしら?)」


 千夏は俺と腕を組みながら何やら目を閉じている様だった。おいおい、目を閉じながら歩くと危ないぞ。


「(んー…。特に自分の胸がドキドキしている感じはない。という事は私は別に彼に『恋』をしているわけじゃないということかしら?)」


 その時、千夏が店内に置いてあるベンチに引っかかってこけそうになる。


「キャ!?」


「おっと、危ない」


 俺はこけそうになるなる千夏の腕を引っ張って抱き留めた。その拍子に俺と千夏は見つめ合う形になる。


「言わんこっちゃない。目は空けて歩けよ」


「ッ///// ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してて////(彼の顔が近い。それに抱き抱えられているせいで彼の筋肉質な感じを体中に感じる///// あれ、ちょっと待って…。私の心臓…今ドキドキしてる?)」


 千夏を支えながらちゃんと立たせる。ったく、しっかりしろよな。うーん、千夏の顔が少し赤い気がする。熱中症だろうか、少し休ませた方が良いか? エアコンが効いている室内にいたとしても熱中症にはなるらしい。


「少し休むか? 4階のフードコートに行って何か冷たい物でも飲もう」


「大丈夫、大丈夫。気にしないで…」


 …秋乃も確かそう言って鼻血出してぶっ倒れたんだよな。女性の体は男性よりも弱いと聞くし…、ここは無理やりにでも休憩させた方が良いか。俺はそう決めると千夏の手を引っ張って4階のフードコートへと連れて行った。


「か、兼続。本当に大丈夫だから…」


「俺が喉乾いたんだ。すまんが買い物するより先に飲み物を飲ませてくれないか?」


 千夏が心配だからというと逆効果だと思ったので俺は適当に理由をでっちあげる。こういえば彼女も断れんだろう。千夏はそれにコクンと頷いた。



○○〇



 俺たちは4階のフードコートの椅子に座り、冷たいジュースを飲む。プハッ、涼しい室内で飲む氷たっぷりのジュースは最高だねぇ。


 千夏の方をチラリと見ると胸を押さえて浮かない顔をしながらジュースをジュルジュルと飲んでいた。…少し無理やりすぎたかな。でも倒れられるよりはマシだと思いたい。


「(さっき感じた胸のドキドキは今は収まっている…。という事はさっきの胸の高鳴りは私がこけて彼に抱きかかえられたことによる驚きのせいかしら? 人間ビックリした時は誰しも心臓がドキドキするものよね?)」


 …うーん、どうしよう。デートが早くも気まずくなってしまった。俺はスマホの時計をチラリと見る。もう15時近くか…。ならばここはフードコート、千夏の好きなもので少し機嫌を取ってみるか。俺は千夏の好きな和菓子を販売している店に向かった。


「(うーん…この方法で自分が『恋』をしているのかどうか確かめるのはちょっと難しいのかもしれないわ。別の方法に切り替えましょ。確か他の方法は…スマホのメモ帳に書いていたはず。えっと…『気になる人が他の異性とイチャイチャしている所を見て嫌な気持ちになったらあなたが恋をしている証拠です』なるほど、他の異性に嫉妬したら私が彼を好きという事ね)」


 俺は水ようかんを2つ買うと千夏が座っている席へと戻った。千夏はスマホを見ながら相変わらず難しい顔をしている。俺はそんな彼女の前に水ようかんをコトリと置いた。


「えっ? これは…」


「水ようかん。千夏、和菓子好きだったろ?」


「あ、ありがとう…。ごめんなさい。今日は私が奢るって言ったのに」


「気にすんなって。それよりも冷たいうちに早く食べようぜ。これさっきまで氷水こおりみずに浸かってたから冷え冷えだと思うぜ!」


「そうね。頂くわ。うん、冷たくて美味しい」


 千夏の顔に少しだけ笑顔が戻った。やはり彼女の笑顔は綺麗だ。すべての女の子に言えることだが、難しい顔よりも笑顔の方が良い。さて、俺も水ようかんを頂くことにするか。


 …俺が水ようかんにスプーンを突っ込んで口に入れようとしたその時だった。


「…兼続と千夏が水ようかん食べてる!」


「本当だ。美味しそうですねぇ。じゅるり…」


 冬梨とバラムツさんが物欲しそうな顔をしながら机の横からのぞき込むように俺が水ようかんを食べようとしているのを見つめてきた。こやつら…いつの間に? 2人で『色バラ』で遊んでいたのだろうか。俺は食べづらくなったので一旦スプーンを元に戻す。


「そんなに見つめられると食べづらいんだが…。欲しいなら買って来いよ」


「…冬梨、今お金持ってない」


「ワタクシたちは今無料で『色バラ』をどれくらい楽しめるかというのを実験中ですので財布を持ってないのです…」


「なんじゃそりゃ…」


 また良く分からんものを2人でやっているものだ。仲が良いのはいいんだけどね。はぁ…仕方ねぇな。俺は財布を取り出すと店の方に足を向ける。


「水ようかんでいいのか?」


 2人はお金を持ってないという事だったので何も買えないと思われる。この炎天下の中、水分補給も無しに行動すればぶっ倒れる可能性があるので何か水分を補給できる物を買ってあげた方が良いだろう。


「…わーい。冬梨、兼続大好き! 冬梨はかき氷がいいな!」


 冬梨はそう言って俺の右腕に抱き着いてくる。


「あんまり嬉しくねぇな…。それよりも暑いから離れてくれ」


「ワタクシもついでに…」


「ちょ、重いからやめてくれ」


 今度はバラムツさんが俺の左腕に抱き着いてくる。ブルンと弾力のある物が俺の腕に当たる。今まで意識してなかったけどこの人結構いい物をお持ちだな。


「あっ、女の子に向かって『重い』は禁句ですよおにーさん。ワタクシの心はマリアナ海溝より深く傷つきました。慰謝料を要求します。という事でワタクシはかき氷とソフトクリームを…」


「分かった。分かったから離れてくれ!」


「やったぁ!」


 俺はなんとか2人を引きはがすとかき氷とソフトクリームの店へと向かう。2000円ほどの出費だが2人が倒れなければそれで良い。2人に冷たい物を奢り、元の席に戻って来ると千夏の眼は何故かは分からないが鋭くなっていた。


「…えっと、千夏さん。どうしたのですか?」


「………(今さっき、兼続が冬梨とあの胸の大きい子に抱き着かれた時少しイラっとしたわ。これが嫉妬かしら? …でもこれは兼続と女の子がイチャイチャしている事への嫉妬なのか、あの娘の大きい胸への嫉妬なのか分からないわね)」


 声をかけるも千夏はそのまま難しい顔をして何やら考え込んでいる様だった。うーん…一応千夏とデート中なんだから他の女の子に気を向けちゃったのは不味かったかな。秋乃なら激怒してそうだ。でも絡んできたのは向こうだし…仕方なくね?


 その後、冬梨たちと別れ千夏と『色バラ』店内を回ったが、千夏は終始難しい顔をしたままだった。やっぱりまだ感情が不安定なのかな? 全然、分かんねぇ…。俺が女の子という物を理解するのはまだまだ時間がかかりそうだ。



○○〇



side~千夏~


 千夏と兼続がデートをした日の夜。千夏は自分の部屋のベッドの上に寝転びながら再び考え事をしていた。


「(今日1日自分の気持ちを確かめるために兼続とデートしたワケだけど…、結局自分が『恋』しているのどうか分からなかったわ…)」


 彼女は今日のデート中、いくつか自分が『恋』をしているのかどうか確かめる方法を試したのだが、納得のいく答えが得られなかったのである。


「はぁ…、もう少し色々試してみるか。『恋』って難しいわねぇ。私にできるのかしら?」


 数式や英文なら簡単に解いて見せるのに…と彼女はため息を吐いた。彼女にとって『恋』とはアインシュタインの相対性理論よりも難しいものになりつつあった。千夏は再びスマホを手に取ると『恋』についてインターネットで検索した。



○○〇


次の更新は8/17(木)です


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