そして勘違いは続く

 俺は逃げるようにして食堂から部屋に戻った後、特に予定も無かったので資格試験の勉強をすることにした。


 しかし生理かぁ…。俺は今まで女の子と接する上でそういう事はまったく考えたことが無かったので新たな学びを得たという気持ちである。…そもそも大学2年になるまで女の子との関わりがほぼ皆無だったのではあるが。


 でも女の子と付き合うならやっぱりそういうデリケートな事も予想して行動しなくちゃダメだよなぁ。世のイケメンたちはそこら辺ちゃんと考えて女の子に配慮した行動していると思うと賞賛の気持ちしかわいてこない。凄い奴らだ。


 俺がもし女性の扱いが上手い人間であれば、コミュ力を駆使してなんとかあの3人と円満に事を進められるのだろうが、女性関係のスキルのレベルが低い俺にはしばらくの間放っておくという選択肢しか頭に思い浮かばなかった。寮長にもそう言われたしな。触らぬ神になんとやらだ。


 感情が不安定になっている相手に無理やり絡みに行くなんてよっぽどのコミュ強者しか無理だろう。俺はそう結論付けると勉強を開始した。


 …時間にして1時間ぐらいたっただろうか? トイレに行きたくなった俺は梯子を上り地下室を出ることにした。



○○〇



 俺がトイレで用を足してから出て来ると美春先輩がちょうど階段を下りて1階にこようとしているのが目に入った。先ほどと同じように難しい顔をしてなにやら唸っている。


「うーん…(あれからもう一度じっくりと考えたわ。でもあたしが偽の彼氏役を頼める男の子ってやっぱり兼続ぐらいしかいないのよね…。寮長には兼続にあまり負担はかけるなって言われたけど、負担をかけたらその分ねぎらってあげればいいじゃない!)」


 …いつも笑顔の美春先輩らしからぬ顔だ。やはり感情が不安定になっているのだろう。俺は彼女に見つからないようにトイレの入り口の壁に貼りつきながら彼女が通り過ぎるのを待つ。


 しかし先輩は難しい顔をしながらまっすぐトイレの方向に向かって来た。ヤバッ、彼女の目的地もトイレだったか…。俺は急いでトイレから脱出する。


「あっ、兼続。ちょっと待って」


 が、俺の願いもむなしく先輩に話しかけられてしまった。無視するわけにもいかないので俺は仕方なく体を先輩の方に「ギギギ」と錆びた機械のように回転させて振り向いた。


「な、なんですか先輩?」


「え、えっとね…。か、兼続肩凝ってないかしら?(とりあえずあたしが今まで負担をかけた分をねぎらってあげましょう)」


「え? いきなりどうしたんですか?」


 先輩が手をワキワキさせながらそう言ってくる。いきなり「肩凝ってないか?」と言われてもなぁ…。そりゃ凝ってるには凝ってるけど…。


「あたし今マッサージにハマってるんだけど、他人にも効果があるのか試してみたくなっちゃって…。兼続試してみない? なんと! 今なら無料であたしがマッサージしてあげちゃう!」


 あやしい…。先ほどまで難しい顔をしていたというのに一体どうしたと言うのだろうか。俺は警戒心を強めた。


「え、遠慮しときます。秋乃とかで試した方が良いんじゃないですか? 彼女の方が肩凝ってそうだし…」


「遠慮しないの! ほら、後ろ向いて」


 俺は先輩に有無を言わさず後ろを向かされる。えらく強引だなぁ。…ここで無理やり断って不機嫌になられるのもアレだし、大人しくマッサージを受けるしかないか…。なるべく彼女の機嫌を損ねないようにしよう。先輩は俺の肩に手を置くとマッサージを始めた。


「んっしょっと!(やっぱり男の子の体ってザ・『筋肉』って感じで硬いわね。あたしとは全然違う…。でもこの硬さ…触ってるとちょっと癖になっちゃうかも/// ずっと触っていたいというか…)」


「………(先輩これ力入れてるのかなぁ…? マッサージされてるというよりはこそばされている感じがしてくすぐったい。でもそれを指摘すると不機嫌になりそうだし…困った。なんか生殺しされているような気分だ)」


「どう兼続、気持ち良い?」


「え? え、ええ、とても気持ち良いですよ」


「フッフーン♪ このあたしのマッサージなんだから当然よね」


 …この褒められてすぐ調子に乗る所、なんだかいつもの先輩に戻ってきている気がする。感情が安定してきているのだろうか。でも油断は禁物だ。


 そのまま先輩は俺の肩を揉み続け、5分程経った所で再び口を開いた。


「あ、あのね兼続、それで…その…折り入ってお願いがあるんだけど…」


「はい?」


 先輩がそこまで言ったところで食堂のドアが開き、中から誰かが出て来た。あれは…秋乃? 俺と先輩は食堂から出て来た秋乃と目が合う。


 んん? 何故かは知らないが秋乃の顔がどんどん不機嫌になっていっている気がする。これは不味いか?


「せ、先輩。ありがとうございます。もう十分です。それではまた!!!」


「ちょ、兼続!?」


 俺は怖くなってきたのでその場から逃げ出した。


「あーあ、また頼めなかったわ…」


「んー?(今先輩と兼続君の距離が物凄く近かったような…? 一瞬だったからよく見えなかったけど。うーん、やっぱり先輩は警戒しといた方が良いかなぁ?)」



○○〇



「腹減ってきたなぁ…」


 先輩から逃げ帰って来た俺は再び自分の部屋で資格試験の勉強を始めた。そしてまた1時間ほど経ったところで今度は腹が減って来る。俺は自分の部屋のタンスを漁ると中からカップ麺を取り出した。


 女子寮に来てから秋乃が一杯ご飯を作ってくれるのであまりこういった間食はしなくなったのではあるが、どれだけ食べても小腹が空いてしまう時というのは存在するものである。買って置いて良かったと俺は自分で自分を褒めた。このクソ暑い中、間食を買いに外出なんて絶対したくないからな…。


カップ麺を作るには当然湯がいるので食堂に行く必要がある。…ここが地下室なので仕方が無いが、何をするにもいちいち上に上がらなくてはならないのがめんどくさい。


 自分用のケトルや小型の冷蔵庫買おうかな…。でもケトルはともかく、冷蔵庫は男子寮に戻った時に扱いに困るんだよなぁ。なんせ狭いんで置き場がない、やめとくか。俺はカップ麺を持って1階へと上がっていった。


「あっ、兼続君…」


 俺が食堂のドアを開けると中には秋乃がいた。まずい…今1番会いたくない人物に会ってしまった。先ほどの事もあり非常に気まずい…。彼女は相変わらず様子が少しおかしいように見える。まぁそんな早く治るはずないよな。


 彼女は俺の手に持っていたカップ麺を見つけると口を開いた。


「ごめん、ご飯の量足りなかったかな?」


「い、いやぁ…単純にさっきまで勉強してたから腹が減っただけだよ。秋乃のご飯の量は全く問題ない。いつも美味しいご飯をありがとう。だから気にしないで」


 俺はできるだけ秋乃に気を使い、彼女を刺激しないようにそう述べる。なんせ秋乃は怒ると無茶苦茶怖いからなぁ…。


 俺は彼女の横を通り過ぎるとケトルに水を入れてスイッチを入れた。


「(…兼続君、なんだかいつもより私に対する態度がぎこちない気がする。やっぱり私にドン引きしてる!? ど、どうしよう…。好きになってもらう以前に嫌われたんじゃ元も子もないよぉ…。な、なんとか挽回しないと)」


 2人とも無言のまま時が過ぎる。いつもなら秋乃と楽しく談笑していたのであろうが、彼女の感情が不安定と分かっている以上あまり話をしない方が良いだろう。


 いかにケトルと言えどもお湯が沸騰するまでには数分を要する。俺は早く沸騰してくれと願いながらカップ麺の蓋を開け、中にかやくを投入しいつでも食堂から出れるように準備を進めた。


「お、お腹空いてるなら私が軽く何か作ろうか?」


 俺が湯が沸くまで待っていると突然秋乃がそんなことを言いだした。


「えっ? いいよいいよ。そこまで気を使わなくても」


「う゛っ(いつもの兼続君なら大喜びで『お願い』って言ってくるのに…。やっぱり嫌われちゃったんだ…。うえーん…)」


 俺は秋乃の手を煩わせないようにそう言ったのだが、秋乃の顔はむしろ逆に険しくなってしまった。不味い…怒らせてしまったか?


「や、やっぱり何かお願いしようかな?」


「ホントに? じゃあ急いで何か作るね♪(あれ? なんだか知らないけど挽回のチャンス来た?)」


 秋乃はエプロンを付けると鼻歌を歌いながら何かを作り始めた。何故かは知らんが機嫌が良くなった? …分からん。女の子って難しいなぁ。


「はいこれ、昼の余りで作ってみたよ! これならカップ麺と一緒に食べれるでしょ?」


 彼女は昼飯の残りのご飯と乾燥ワカメを混ぜたワカメおにぎりと、新たに卵焼きを作ってくれた。


「あ、ありがとう。頂くよ」


 せっかく作ってもらったものを食べない訳にはいかないので俺はありがたく頂くことにした。うん、美味い美味い。流石秋乃、塩加減が絶妙だ。


「美味しい?」


「うん、美味しい。ありがとう秋乃」


「えへへ///// それほどでもないよぉ////(これで少しは好感度をとり戻せたかな? お母さんも胃袋を掴めって言ってたし、これからどんどん料理は作っていった方がいいよね?)」


 秋乃はかなり上機嫌になっているようだ。…ホッ、良かった。先ほどはかなり機嫌が悪いように見えたけどなんとか調子を取り戻してくれたようだ。


「そ、そうだ! そういえば兼続君って食べ物だと何が1番好きなの? 実は晩御飯のメニューに悩んでて…(ついでに彼が1番好きな食べ物を聞いちゃえ!!!)」


「えっ? 俺の1番好きな食べ物? …うーん」


 カレー、ラーメン、唐揚げ、ハンバーグ、スパゲティ…みんな大好きだ。でもこれを正直に言うと子供っぽく思われて引かれるかもしれない。なんて言おうか?


 俺が悩んでいるとガラリと食堂のドアが開いた。そこには冬梨が立っていた。


「…あっ! 兼続がおにぎり食べてる! 冬梨にも頂戴」


 食い意地の張った冬梨が俺が食べていたおにぎりに飛びついてきた。まったく、仕方ないなぁ…。俺はおにぎりを1つ冬梨に分けてあげた。


「…わーい!」


 冬梨は大喜びでおにぎりを頬張った。彼女だけはいつも通りなのが俺の癒しだ。

俺は和む心で冬梨がおにぎりを食べるのを見つめた。


「えっと…それで何の話をしてたんだっけ?」


「ううん、なんでもないよ…(クッ、いい所で冬梨ちゃんに邪魔されちゃった…。もう少しで兼続君の好物聞き出せそうだったのにぃ…)」


 …!? 秋乃の声の調子が低くなった。もしかしてまた不機嫌になったのか? さっきまで機嫌が良かったのに一体どうしたんだ? 分からん! 女性の機嫌は天気のように変わりやすいとは聞いたことがあるが、ここは撤退した方が良さそうかな?


「秋乃、おにぎりと卵焼きありがとう。美味しかったよ」


「えっ? 兼続君?」


 俺が秋乃が完全に不機嫌になる前に自分の部屋に撤退することにした。はぁ、女性の扱いって本当に難しいなぁ…。



○○〇


次の更新は8/11(金)です


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