兼続VS寮に住まう化け物たち

「(…つぐ…ねつぐ…)」


「…う、ううん…?」


 今日は8月13日。お盆1日目である。寮長を除く4人は昨日実家へと帰って行ってしまった。俺は特にすることも無かったので1日中自分の部屋でダラダラと過ごした。久しぶりにゆっくりと体と心を休める事が出来た気がする。


 そしてその日の深夜。俺は布団の上でスマホをいじってネットサーフィンをしていると眠たくなってきたので、そろそろ寝るかとあくびを噛み殺しながらスマホをベットの傍らに置いて布団を被り目をつむる。


 明日は何をしようかな? 明後日の15日はお墓参りするとして…、明日も今日と同じくダラダラと過ごすか…。貴重な静かな休みだしな。次の日の予定を頭の中で考えながら俺の意識は闇に落ちていった。


「(…つぐ…ねつぐ…)」


 …どれくらい時間が経っただろうか? 頭の中で俺の事を呼ぶ声がする。誰だろう? 今この寮には俺の他には寮長しかいないはずなのだが…。俺の頭に響いてくるこの謎の声は男の声のように思える。一体誰が俺を呼んでいるのだろうか?


 俺は地下室の暗闇の中、目を片方だけ開けて寝ぼけながら辺りを見渡す。当然ながら人の気配はない。エアコンの作動している音だけが地下室に響いている。


「(…なんだ、気のせいか)」


 俺は自分の事を呼ぶ声を気のせいだと判断すると再び目を閉じて夢の世界へと旅立っていった。


 …しかし。


「(…ねつぐ…かねつぐ)」


 目を閉じてしばらくすると再びまたあの男の声が頭の中に響いてくる。声の事が気になって眠ろうとしても眠れない。俺はあくびをしながら再び目を開けた。誰だよ…こんな夜中に人の名前を連呼しやがって…。


 俺は布団からムクリと起き上がると暗闇の地下室を見渡す。…やはり誰もいない。頭をポリポリとかきながら俺は眠る前に布団の傍らに置いたスマホを手に取るとスマホの懐中電灯アプリを起動して闇に包まれた地下室を照らした。


「バアッ!」


「おわっ!?」


 俺がスマホで辺りを照らすとなんと地下室の入り口に何者かが立っていた。誰だあれ? 不審者か? …いや、良く見てみるとあれは化粧を落とした寮長の顔だ。寮長は普段皆の前に出ている時は基本的に化粧をしているので、化粧を落とすと誰だか一瞬分からなくなる。


 それにしても何やってんだよあのアラサークソババア…。ただでさえ不気味な寮長の顔を図らずともスマホの明かりで下から照らした形になったので、化粧をしていな寮長の顔がガチの化け物に見えてしまった。びっくりした。ガチでちびるかと思った…。


「アッハッハッハ。ひっかかったわねぇ」


 寮長は俺がびっくりしたのを確認すると腹を抱えて笑い出す。


「何やってんだよアンタ!? 人が寝てる最中に勝手に部屋に侵入してんじゃねえよ!? 警察呼ぶぞ!」


 俺がそう抗議すると寮長はポッと顔を赤らめ、体をクネクネさせながら口を開いた。


「せっかく夏なんだから兼続に恐怖体験をして欲しかったの。ほら、夏と言えばホラーじゃない? 最近心霊番組も減ったわよねぇ」


「アンタの存在そのものが現代のホラーだよ…」


「お盆…誰もいない寮…怨霊の閉じ込められた地下室…何も起きないはずはなく…。ホラー映画なら間違いなくあんた死んでるわよ」


「縁起でもない事言うんじゃねぇよ!? そもそも事の発端はアンタが余計な事したからじゃないか!? 俺は眠たいんだ! とっとと出て行け!」


 俺は枕元にあったティッシュの箱を寮長に投げつける。


「イカ臭いティッシュこっちに投げないでよね…」


「してねえよ!? そのティッシュはまごう事なき綺麗なティッシュだ!」


「えっ!? あんたまさか…その年でイ〇ポ!? 大変ねぇ…」


「イ〇ポじゃねえよ!? なんでしてないってだけでそう解釈するんだ!?」


「そりゃあんたぐらいの年の男なんてシコ猿でしょうよ。毎日10回ぐらいやってんじゃないの? オカズは誰? 巨乳の秋乃? それともまな板の千夏? はたまたロリの冬梨? あるいはバランスのいい美春? まさか…わたし? あんたいくらわたしが美女だからって…」


「それは絶対ないから安心しろ」


 あんたは例えるとゲロ以下だよ。まず食物ですらないわ! それにしても毎日10回ってどれだけ性豪なんだよ。俺はエロ漫画の登場人物じゃねえんだぞ…。本当にこの人といると疲れる。


 今日一日ゆっくりして休養出来たと思ったのに、この人のせいで今日回復した体力や精神力が一発で持っていかれた。


「はぁ…俺は眠たいんだ。さっさと自分の部屋に帰れよ」


「はいはい。わたしもあんたの驚いた顔が見れて満足だわ」


 寮長は俺と一通りやりあって満足したのか、地下室への入り口である階段に足をかけて出て行こうとする。これでやっとゆっくり眠れる。


「…ったく散々耳元で人の名前呼びやがって」


「??? わたしはあんたの名前なんて呼んでないわよ。ビックリさせようとしているのに名前読んだらわたしがいるってバレちゃうじゃない」


 なんだって? 確かに冷静になって考えてみると、寮長は部屋の入り口付近に居たから俺の耳元でささやくのは無理だ。じゃあ誰が俺の名前を呼んでいたんだ?


 バタリと地下室の扉が閉まる音がして寮長が地下室から出て言った事が分かった。…まぁいいや。今は眠たいから寝よう…。俺は再び目を閉じると夢の世界への扉を開けた。



○○〇



「(…ねつぐ…かねつぐ!)」


 まただ。また俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。寮長が性懲りもなくまたやって来たのか?


 俺は目を開けるとスマホの明かりをつけて辺りを照らした。


「(やっと気づいたか、東坂兼続!)」


 俺は寝ぼけまなこで部屋中を見渡す。そうすると部屋の中央に小汚いおっさんのような人物が居た。


 俺は手でゴシゴシと目をこすりながらその人物を見る。…黒い着物を着ており、頭にはチョンマゲが乗っている。…時代劇の撮影か何かか? いや、でもここは大学の寮でしかも真夜中だぞ? そんな時間に撮影などするはずがない。


 俺はその人物を良く観察しようと布団から起き上がり近寄っていった。良く良く見るとこの人物、半透明である、しかも宙に浮いている。俺の背中に嫌な汗が流れる。


「(そうだ! お前の想像通り、小生はこの世の人間ではない。幽霊と言う奴だな)」


 頭の中に直接語り掛けるように声が響く。この声は…先ほどから俺の名前を呼んでいた男の声だ。


 俺の部屋に幽霊…? あっ! …俺はその幽霊について心当たりがあった。この地下室に怨霊となって取り付いている人物。それは…。


「(そう、小生が世紀の大暇人。暇谷弥太郎様だ!)」


 男の幽霊はキメポーズをとりながら自己紹介する。やっぱりか…。こいつが地下室に取り付いているはた迷惑な幽霊、暇谷弥太郎か…。


「(今はお盆で小生たち幽霊の力が強まっているからな。それを利用してお前と意思疎通を図らせてもらったぜ)」


 俺は地下室にあるタンスの棚を開けるとその中を物色する。えっと…どこにしまったかな? おっ、あった!


「(今日お前に接触を図ったのはだな…。ん、何をしているんだ?)」


 俺は少し前に色彩神社で買ってきたお札をペタペタと壁に貼り始める。こういう事もあろうかと多めに買っておいて良かった…。


「(ちょ!? 止めろ! 俺はまだお前に伝える事が…ぐあぁぁ!!!)」


 やはりお札は怨霊に効果抜群のようだ。俺は続けて2枚、3枚とお札を壁に貼り付けていく。弥太郎の姿が少しずつ薄くなっていっているのが確認できた。


「(ちょっと待って! 本当にちょっと待て! 俺はだたお前に伝えたいことが…)」


「うるせぇ、悪霊退散! 俺は寝たいんだ。お前はとっとと成仏しろ!」


 俺は買っておいた合計10枚のお札を全て壁に貼りつけた。これで足りないならまた明日買ってこよう。お盆だけど神社開いてるよな?


「(クッ…。聞く耳持たずか…。いいだろう。お前が聞く耳を持つようになるまで小生は何度でも現れるぞ…。今回はここで退散するが…また小生はお前の前に現れると断言しよう)」


 弥太郎の霊はそう言い残すとスッーと消えていった。ふぅ…これでゆっくり眠れる。念のため明日また神社に行ってお札100枚ぐらい買ってくるか。それくらい貼り付けておけば流石のあいつも2度と出てこれないだろう。


 もう俺の名を呼ぶ声もしない。俺はようやく深い眠りの世界へのパスポートを手に入れる事が出来た。


 …みんなは実家で家族とお盆楽しんでいるかな?



○○〇


次の更新は8/3(木)です


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