お盆かぁ…

 俺たちが海に行って大いに楽しんだ次の週の月曜日の朝。いつものように朝食を取りにみんなで食堂に集合する。季節はもう8月の半ばという事で今週末には「お盆」が控えていた。


「みんなお盆はどうするんだ? 実家に帰るのか?」


 俺はみんなにお盆はどうするのか聞いてみた。俺としては親とはreinでたまに連絡を取っているし、別に実家に帰らなくてもいいかなと言う感じだ。


 お盆恒例の親戚中が集まってどんちゃん騒ぎするだとかはうちの家には無いし、先祖の墓参りや墓の清掃などは別に実家に帰らなくても寮からでも向かえる。というか実家よりも大学から向かった方が近い位置にうちの家の墓は立っているのだ。なので実家に帰る理由がない。


 …個人的には最近実家に帰るたびに母親から「アンタ彼女できたの? 大学生のうちに彼女作らないと一生できないわよ。私も孫の顔みたいんだからね。頑張りなさいよ」と言われるのでうっとおしいので帰りたくないというのがあるのだが…。


 うるせぇ、俺だって頑張ってるんだよ!? でも出来ないもんは仕方ないじゃん!? そんなに孫の顔が見たいならもっとイケメンに生んでくれ!


 と俺は心の中で母親に悪態をついた。荒れた心を落ち着けるために麦茶を一口飲んで皆の反応を見る。


「うーん、私は久々に実家に顔見せに帰ろうかなぁと思ってるけど…」


 と言うのは秋乃、人差し指を口元に当てて可愛らしくそう述べる。


 秋乃は実家に帰るのか。女の子が実家に帰るのは親に顔を見せて無事である報告をするために帰るというのもあるからな。可愛い娘を1人下宿させている親御さんを安心させるためにぜひとも顔を見せに帰ってあげて欲しい所だ。


 …でも秋乃がいないとお盆の間の食事は自分でなんとかしなくてはならないんだよな。改めて秋乃がどれだけ寮の生活に重要な役割を担っているのかという事を再確認した。いつも美味しい料理を作ってくれる秋乃さんに感謝だ。お盆の間は実家にのんびりと過ごしてくれ。


「…私は別に帰らなくてもいいんだけど。親が親戚の集まりに出ろってうるさいのよね。だから一応帰るわ」


 今度は千夏が不満そうな顔でご飯を頬張りながらそう言った。


 なるほど。千夏は親が行事にうるさいタイプか。面子を重要視するタイプの親ならそう言うだろうなぁ。親戚中が集まっているのに自分の娘だけがそこにいない。それは恥ずかしいので避けたいという事だろう。


 そもそも親戚の集まりってめんどくさそうだよな。聞いた話だと名前も知らない親戚から自分たちの近況を根掘り葉掘り聞かれるらしいし…。めんどくさがりやな千夏がそれを嫌うのも納得がいく。ぶっちゃけ俺も絶対話したくないわ。


「…冬梨は実家に帰る。ご馳走が冬梨を待ってるぜ…。お寿司、北京ダック、フォアグラ、キャビア、トリュフ…。じゅるり…」


 冬梨は口元から垂れた涎を拭きながらそう答える。冬梨はそういう理由か…。彼女らしいといえば彼女らしい。お盆にご馳走を作ったり外食したり出前を頼む家というのは多いからな。うちもお盆は毎年出前で寿司を取っていたような気がするが…。


 しかし世界三大珍味が出て来るとは冬梨の実家って実はかなりの金持ちなのか?  俺も人生で1度くらいは食べてみたいものだ。北京ダックも高級中華料理だしな。


「…兼続にはお土産でイナゴの佃煮持って帰ってきてあげる」


「何でだよ、要らねぇよ!? なんで実家のお土産にイナゴの佃煮があるんだよ!? 冬梨の実家って長野県なのか?」


「…冗談。冬梨は生まれも育ちも色彩市」


 相変わらずの謎のイナゴの佃煮押し…。イナゴの佃煮のいったい何に彼女はそんなに魅力を感じているのだろうか疑問である。


「美春先輩はどうするんですか?」


 俺は最後の1人である美春先輩に眼を向ける。


「あたしも帰る予定よ。両親とあと何回顔をあわせられるか分からないしね。あわせられる時にあわせておくわ。あとはご先祖様のお墓参りもしたいし」


 今年から就活の美春先輩らしい意見である。俺たちもあと数年で社会に出て働かなくてはならない。県内に就職するにせよ県外に就職するにせよ、仕事が忙しくて中々実家に帰れなくなる可能性もあるのだ。


 なので帰れるうちに帰っておこうというのであろう。先輩は両親と仲が良いんだろうな。確かに先輩を見ていると両親に愛されて育ったというのが良く伝わってくる。存分に親孝行して欲しい。


 4人全員が実家に帰るのか、という事は…。


「お盆の間は寮に俺1人という事か…」


 予想はしていたと言えばしていたのだが、いざこの広い寮に3日間だけとは言えど自分1人だけしかいないという事実に少し寂しさを覚える。普段一緒にいる4女神が総じて騒がしくて面白い連中なので余計にそう感じるのだ。


「か~ね~つ~ぐ~? 誰か忘れてないかしらぁ?」


 落胆していると俺の耳にムカデに這われたような寒気を感じる声が届く。あっ…そういえばこの人の事をすっかり忘れていたな…。


 そう、寮長である。彼女は下卑た顔でニヤリと笑いながら俺の方を見て来た。


「心配しなくてもお盆の間はわたしがあなたの相手をしてあげるわ! 安心しなさい!」


 寮に1人だけでいるのは寂しい。だが寮長と2人だけというのはもっと嫌だった。…やっぱり俺も実家に帰ろうかな。


「寮長は実家に帰らないのか?」


 彼女にも実家はあるはずである。まさか地球外生命体というワケではあるまい。生態は似たようなものだが。くにへかえりな。おまえにもかぞくがいるだろう?


 俺がそう尋ねると寮長は銀杏を踏んずけた時のような顔をして答えた。


「…帰りたくないのよ。実家に帰るたびに『早く結婚しろ! 孫の顔を見せてくれ!』と耳にタコができるほど言われるのは目に見えてるから」


 …ある意味うちと似たようなものか。そこに関してだけは同情する。


「だからお盆中はあんたとわたしの2人っきりよ…。ポッ///」


「気色悪いから顔赤らめんなよ…」


 普通女の人が顔を赤らめると多少なりとも可愛らしさを感じるものだが、この人が顔を赤らめるとガチで寒気と腹立だしさしか感じない。背中にカタツムリでも這っているかのような悪寒が俺を襲う。法律がなければ彼女の顔面に男女平等パンチをおみまいしている所だ。


「兼続、わたしと2人きりだからって欲情するんじゃないわよ?」


「…例え天と地がひっくり返ってもしないから安心しろ」


 そんなことをしたら俺のち〇こが腐る。まだ1回も使っていないのに腐らせるのは絶対に嫌だ。


「まぁわたしもあんたみたいな弱者男性には絶対に体を許さないけどね♪ わたしのような強者女性には同じく強者男性が似合うのよ」


「じゃあ最初っから言うなよ…」


 つくづく腹の立つ人だ。あとナチョナルに弱者男性という言葉を使うなよ。侮辱用語だぞ。


 しかしお盆の間どうしようかな。1日は墓参りに使うとしてもだ。残りの2日は何もやることが無い。資格勉強なりなんなりをしてもいいのだが、なんかお盆の間は勉強をする気になれないんだよなぁ…。


 ま、いいか。誰もいないので寂しいと言えば寂しいが、逆に考えるとのんびりと過ごすチャンスでもある。ここ2カ月本当にドタバタドタバタしてたからな。久々に1人でまったりと過ごすのも悪くはないだろう。



○○〇



 そしてその日の午後。俺は千夏と秋乃と一緒に寮の備品を買いにスーパーまで来ていた。何でも寮の備品が少なくなっていた所にちょうどタイミング良くスーパーの特売のチラシが入っていたので買い出しに来たらしい。寮の備品の管理は千夏の役目である。


 俺と秋乃は荷物持ち。トイレットペーパーやら洗剤やらをこの機会に大量に買っておこうという事で駆り出されたのだ。


 本当は他の連中も駆り出したかったのだが…美春先輩は午後から用事があるらしく出かけており、冬梨と寮長は逃げた。


 冬梨はともかく寮長は逃げるなよ…。本来寮の備品の管理ってアンタの役目だろうが。寮生に押し付けてんじゃねえよ。まったく…。


「兼続君がいると助かるよ。やっぱり男の子ってこういう時頼りになるね。私と千夏ちゃんだけじゃあまり量持てないから…」


 しかし女の子から頼りにされるのは悪い気はしない。我ながら単純なものだ。よーし、俺張り切って荷物持ちしちゃうぞー。トイレットペーパーでも洗剤でもゴキブリホイホイでもなんでもござれだ。

 

 千夏はスマホのメモアプリを起動し買う物の確認をしているようだ。


「とりあえず買えるだけ買っときましょ? 何度も買いに来るのはめんどくさいし。沢山必要な物はカートン買い安定よ」


 なんとも千夏らしい。だが俺もそれに賛成だ。ちまちまと無くなるたびに買いに来るよりかは安い日に大量に買ってストックしておいた方が良いだろう。トイレットペーパーや洗剤なんて沢山あっても腐らんしな。


 そう言って千夏はまず手始めにトイレットペーパーが入っている段ボールを3箱ほどスーパーのカートにタワー状にして無理やり乗せる。


 えっ、いきなり3箱も? 手で持って帰るには少々骨が折れる量だ。確かにトイレットペーパーは消耗が激しく、すぐに無くなるから沢山必要だが…。


「頑張りなさい、男の子!」


 千夏はさわやかな笑顔で俺の肩を叩いてくる。クッ…仕方ない。やってやろうじゃないか。男は美少女の頼みとあれば多少の無理は通すものだ。この炎天下の中大量の段ボールを寮の倉庫まで運ぶだって!? できらぁ!


「えっと次は洗剤…」


 千夏は洗剤が入っている段ボールを2台目のカートに乗せる。ちなみ俺達3人で1台ずつカートを押している。


 これは重いぞぉ…。トイレットペーパーはたかが紙だが、これは中にぎっしりと洗剤の粉が入っているのだ。1つ1キロぐらいあるんじゃないだろうか。カートン換算すると1箱12個入りだから12キロである。


「あとは消毒用のアルコールと、お皿洗う用の洗剤と…」


 千夏はカートに次々と必要な備品を乗せていく。あっという間に3つのカートは一杯になった。カートの上に段ボールが山ほど載っている。…先ほどは大言を吐いてすいませんでした。これは運ぶの無理かも分からんね。


「こんなもんかしらね? じゃあ会計に…」


 大方必要な物を買い終えたのか千夏はレジに行こうとした…がしかし、彼女はあるものが目に止まったようで立ち止まる。


「ル〇バかぁ。前から少し気になってたのよね。本当に部屋の掃除を勝手にやってくれるのかしら」


 千夏が気になっていたもの…それは有名なお掃除ロボットだった。確かにル〇バは自動で部屋の掃除をやってくれるロボットだが、彼らが吸えるのは埃や小さいゴミだけで千夏の部屋のように荒れ散らかっている部屋の掃除は無理だと思う。おそらく大きなゴミに引っかかって動けなくなるのがオチだろう。


 前に俺が千夏の部屋を掃除してからそろそろ半月ほど経つが…今はどうなっているのだろうか。あまり想像したくない。


「…寮の掃除を名目に試しに1体買ってみてもいいかもしれないわね」


「いらんいらん。自分の部屋ぐらい自分で掃除しろよ…」


 俺は慌てて千夏を止める。ったく、寮費を変な事に使おうとするなよ。


「ほら、会計行くぞ」


「あぁ~、ル〇バぁ!」


 俺は千夏を引っ張ってレジ付近に連れて行く。千夏は名残惜しそうな顔でル〇バを見つめていた。


 …って今度は秋乃がいないじゃないか。財布は秋乃が持ってるんだがどこに行ったんだ?


 俺はキョロキョロと店内を見渡して秋乃を探す。あっ、服のコーナーにいた。女の子は本当に服見るの好きだなぁ…。俺は秋乃に声をかけるべく服のコーナーへと向かった。


 近づいてみると、彼女は何かを手に持ってニタニタとしていた。何をしているんだ?


「秋乃! 会計するぞ」


「ひゃい!?/////」


 秋乃は俺が声をかけると大慌てで持っていた商品を商品棚へ戻した。


「かかか、兼続君? ど、どうしたの?/////」


 秋乃は何故か顔を真っ赤に染めて俺にそう言ってくる。


「いや、そろそろ会計するぞ」


「あっ、そうだったね。ごめんごめん。すぐに行くよ///」


「何を見てたんだ?」


「へっ?//// いやぁ何でもない何でもない。流行りのコーデをちょっと…。さぁ早く会計しよう?」


 秋乃は自分が見ていた商品を体で隠しながら早くレジ行こうとまくしたてる。なんか良く分からんな…。


「(危ない危ない//// 私好みの下着があったからちょっと妄想の世界に入っちゃってた//// もう少し兼続君にバレるところだったよ。…あとからアレ買いに来ようっと…)」


 俺たちは店員さんに商品をレジに通してもらうとお金を払ってレジを出た。その際に店員さんが福引のチケットくれた。どうやら買った金額に応じて福引を引けるらしい。


「店の外でやってるらしいわよ。せっかくだからやって行きましょ?」


 千夏の言葉に賛同して俺たちは店の外に福引を引きに行く。炎天下にも拘らずおっさんたちが法被を着てガランガランと大声で呼び込みをやっていた。ご苦労な事だ。えーっと、1等は…温泉旅館1泊2日無料券!? へぇ~結構いいかもな。


「ちょうど3回引けるから、1人1回ずつね」


 まずは千夏がガラガラを回す。しかし残念ながら出て来たのは外れの白い玉だった。


「ハズレね。まぁティッシュが1箱増えたと思えば…」


 彼女は落胆しながらもハズレの商品であるティシュを店員さんから受け取った。続いて秋乃もガラガラを回すも出て来たのは白い玉だった。


「私ってやっぱりLuck値低いのかなぁ…」


 しょんぼりとした様子でティッシュを受け取る秋乃。よし、ここは俺が2人の仇を取ってやろう。


 俺は肩慣らしするとガラガラを勢い良く回した。その結果、ガラガラの出口からは白い玉ではなくキラリと光る銀の玉が出現した。これは…金の玉ではないから1等ではないにせよそこそこいい景品がもらえるのではないだろうか?


「おめでとうございます! 見事2等が出ました!」


 店員さんがガランガランとアタリの鐘を鳴らす。えっ、2等? やった! 


「やるじゃない!」


「兼続君すごーい!」


 千夏と秋乃も祝福してくれる。2人とも仇は取ったぞ! まさか本当に出るなんて…。果たして景品は何がもらえるのだろうか? 俺はワクワクしながら店員さんが景品を持って来るのを待った。店員さんがテントの奥から箱のようなものを持って来る。


「おめでとうございます! こちら2等の景品『女装セット1式』になります」


「何でだよ!?」


 2等の景品が女装セットっておかしくね? なんでそんな変なものを景品にしているんだ?


「1等とハズレのティッシュ以外は店長がネタで仕入れて売れなかった商品を景品にしています」


 店員さんがぶっちゃける。


「おい!? なんてものを景品にしているんだ!?」


 そもそもスーパーで女装セットなんて売れるわけないだろ!? いい加減にしろ!


 景品の書かれた表を見てみると3等にインドネシア産松坂牛セット、4等に乳首の部分に穴の開いたTシャツ、5等にジンギスカンキャラメルと碌でもない景品ばかりが並んでいた。


 インドネシア産なのに松坂牛ってどういうことだよ!? それもう松坂牛じゃないだろ! 乳首に穴の開いたTシャツってただの欠陥商品じゃないか!? これむしろ1等を除くとティッシュが1番のアタリじゃね? 酷すぎる…。


 俺は店員さんから貰った女装セットの箱を見つめる。こんなもん貰ってもどうしようもないぞ…。


 段ボールの山に加えてこんなゴミも持って帰らなくてはならないとは…。運がいいのか悪いのか分からないな…。トホホ。


 その後、俺は一生懸命スーパーと寮を2往復しながら段ボールなどの備品を運んだ。



○○〇



次の更新は8/1(火)です


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