トワイライトシー

 冬梨と『スイーツキングダム海の家出張店』から戻ってくると、もう午後15時を回っていた。寮長は「17時ぐらいには寮に帰るわよ!」と言っていたので、海にいられる時間はあと2時間もない。


 一応今年はもう1度氏政たちと海には来ることになってはいるのだが…その時は氏政のフォローやなんやかんやでのんびりと泳いだりしている暇はないであろう。なので俺は1年の内でこの時期しか入れない海を堪能するべくもうひと泳ぎすることにした。


 海に入り少し沖まで泳ぐ。うーむ…冷たい海の水が体を包み込むように身体の熱を奪ってくれて気持ちがいい。あまり人がいない沖合まで来ると俺は仰向けになり、体をぷかぷかと海に浮かべて波のゆりかごの揺られるままにすることにした。例え浮き輪が無くても上手くやれば体は海水に浮くのだ。


 ゆらゆらとクラゲのように海に揺られるのも気持ちが良い。


 俺はチラリと砂浜の方を見る。美春先輩と秋乃は拠点で休憩中、冬梨はまた砂浜で何かを作っている様だ。千夏はどこに行ったのだろうかと思っていると俺は何かにぶつかった。


 何にぶつかったんだと思い体を起こしてぶつかったものを見てみると、なんとそれは千夏だった。彼女もひと泳ぎしに沖まで出てきていたらしい。


「何だ千夏か」


「びっくりしたぁ。何かと思ったじゃない!」


 どうやらお互いによそ見をしている最中にぶつかってしまったようだ。


「千夏も沖まで来てたのか」


「ええ。こう見えても泳ぐのは嫌いじゃないの。久々に運動するとやっぱり気持ちいいわね! …でもこの水着はフリルがうっとおしくて泳ぐのにはちょっと不適だわ」


 千夏は水着のフリルの部分を触りながら不満げに述べる。確かにあのヒラヒラは泳ぐ時に邪魔そうだ。まぁこの水着は見た目に全振りで泳ぐ時の事なんてあまり考えられてなさそうだからな。泳ぐ事を重視するならやはり競泳水着みたいな無駄なものがついていない水着になるのだろう。


 しかし、かといって競泳水着をチョイスすれば彼女の悩みのタネである貧乳が他人にモロバレになってしまう。千夏にとっては悩ましい事であろう。


「そう? 俺は可愛くていいと思うぞ、その水着。もちろん着ている本人が可愛いのもあるが」


「…//// あ、あなたね。前にも言ったけどあんまり人に可愛いとかそういうのを気軽に言うのはどうかと思うわよ///」


 千夏は横を向いて赤面する。相変わらず褒められるのには弱いらしい。照れを隠すために彼女はすぐに顔を反らすのだ。バレバレだけどね。


「別にそんな照れることないだろ? 千夏の事だから『可愛い』なんて言われ慣れてるんじゃないか?」


「また言ったぁ//// 『綺麗ね』とか『カッコいいよ』は結構言われるけど、実は『可愛い』はあまり言われたことは無いのよ…//// だから耐性が…///」


 千夏は引き続き顔を赤らめ、指をツンツンしながらそうつぶやいた。


 千夏は基本的に外では猫を被って「できる女性」を演じているからな。彼女の本性を知る人間以外はあまり彼女に『可愛い』という感情を抱かないのかもしれない。そういえば俺も最初はそうだったなぁ…。まだ彼女の本性を知って2カ月ほどしか経ってないのに遠い昔のように感じられる。


 個人的には千夏の事は「出来る女性」を演じているくせに実は掃除が苦手だったり、だらしなかったり、その癖努力家だったり、あとめんどくさがり屋だけど面倒見が良くて他人に頼られた事は意外とちゃんとやってる所とかはギャップを感じて『可愛い』と思っているのだが…。


「そうなんだ。じゃあ今のうちに耐性耐性つけとこうぜ! 千夏可愛い! 千夏キュート! 千夏めんこい!」


「ちょっと兼続、やめなさい///// 恥ずかしいからぁ/////」


 千夏が更に顔を赤くして取り乱す。基本的にはクールな千夏がここまでうろたえるのは珍しい。


「くぅ~/////」


「ごめんごめん、ちょっと悪ふざけが過ぎた」


 彼女は赤い顔で俺を睨んで抗議をしてくるが、そういう所も可愛らしいと思ったのは内緒だ。



○○〇



 千夏と沖でプカプカと浮かびながら話していると結構時間が経っていたようだ。海岸に立っている時計を見るともう16時を過ぎていた。あと1時間もしないうちに帰らなくてはならない。


 俺は一旦千夏と別れて最後にもうひと泳ぎしようとテトラポットのあるあたりまで泳いで行こうとした。


 しかしその時、大きい波がザブンと来て俺と千夏はその波に飲み込まれてしまう。


「プハッ!」


 俺はなんとか波を搔い潜り海面に顔を出すと千夏の姿を探す。彼女は無事だろうか?


「千夏ー! 無事かー?」


「か、兼続//// こっち見ないで/////」


「千夏どうした!? 何かあったのか!?」


 声がするので波に飲み込まれていないという事は分かったが「こっちを見ないで」とはどういう事だろうか? 何かアクシデントでもあったのではないかと不安になる。ここは岸から8メートル程は離れているであろう沖合なのだ。何かあったら命の落としかねない。


「今の波で水着が脱げて流されちゃったのよ//// だからこっち見ないで////」


 あー…なるほど、そういう事か。そりゃ「こっち見ないで」と言うわな。俺はひとまず彼女の身に命の危険が無かったのを安堵した。


 俺の後ろので彼女がバシャバシャしているのが聞こえる。水着を探しているのだろう。水着が浮いているのならともかく、沈んでいるのならちょっとめんどくさい事になりそうだが…。


「あっ!」


 彼女が何かを発見したような声を出した。水着が見つかったのかな? 


「か、兼続//// そのまんま前を向いていて/////」


 彼女は俺によく分からない事を言ってくる。一体どうしたというのだろうか? 水着が見つかったのならさっさと着ればいいのに…。


 俺がそんな事を考えていると突然千夏が俺に抱き着いていた。彼女の身体の柔らかい感触が俺の背中に伝わる。


 えっ、ちょ!? なんでいきなり抱き着いてくるんだよ?


「どうした千夏!?////」


「み、水着を取りに行きたいけど…、ちょっと砂浜の方に行っちゃったみたいなの//// だから兼続、見えないように私の盾になって////」


 千夏の指さした方を見ると、俺らから見て少し離れた砂浜の方向に彼女の水着がプカプカと浮かんでいた。確かにあれを取ろうと思えば砂浜にいる人に見られる可能性も否定できない。今俺たちの周りに人がいないのは不幸中の幸いだろう。


 でもだからといって俺に抱き着くのはどうなのよ!?


「じ、事情は分かったが…。抱き着く必要まではなかったんじゃないか?////」


 何がとは言わないが…彼女の小さい物の感触を背中にじかに感じる。何がとは言わないが…。流石の俺もこれには動揺を隠せなかった。意外と柔らかいんだな…。って今はそんな事を思っている場合じゃない!


「だって!/// 抱き着かないと見えちゃうかもしれないじゃない////」


 彼女はかなり錯乱しているようだ。水着が脱げたのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。


 でも男に抱き着くのは構わないのだろうか? 付き合ってもない異性に抱き着くのってかなり恥ずかしい事だと思うんだけど。男女逆なら間違いなくセクハラ案件である。


「ゆっくりよ/// ゆっくり前に進んで頂戴////」


 俺は彼女に抱き着かれながら、その指示に従ってゆっくりと前に立ち泳ぎで移動する。そして彼女は海に浮かんでいる水着を手に取ると俺から離れて急いで身に着けた。


「ふぅ//// 間一髪ね。あ、ありがとう兼続////」


「いや、まぁ…。無事水着が見つかってよかったよ///」


 俺たちは2人は顔を赤くしながらお互いに横を向いて話す。正直これは俺も凄く恥ずかしいので彼女の顔をまともに見れない。気まずい空気が俺達の間に流れる。


「2人とも~、そろそろ帰るわよー?」


 そのまま沈黙が数分ほど続いていたが、砂浜にいる寮長からそろそろ帰還するという声をかけられたので、俺達も砂浜に移動して帰る準備をする事にした。俺たちは海を名残惜しみながら砂浜の方向へと泳いでいく。


「ちなみに兼続、あなた私の水着が脱げたのは私の胸にでっぱりが無かったからだと思ってないでしょうね?」


「思ってねえよ!?」


 断じて俺はそんな事は思ってない。そもそもあの時は動揺してそんな事を考えている暇なんて無かったんだぞ。…気のせいか最近千夏の被害妄想が激しくなっている気がする。


 砂浜に上がった俺たちは寮長たちと合流に帰路についた。



○○〇



「あ~あ、全然男が引っかからなかったわ。やっぱり最近の男はち〇こがちょん切れてるのよ。草食系って奴かしら?」


 寮長は結局男を捕まえられなかったようでガックリとしながらそう呟く。俺たちにとっては予想していた事実なので別に驚きもない。むしろ彼女の言い寄られた男性は正常な判断をしたと思う。


 というかアンタ上の服はどうしたんだよ!? まさかスリングショットのまんま帰るつもりじゃないだろうな? せめて何か羽織れ!


「服着るのめんどくさいわ。このまま帰りましょ」


 えぇ…。俺は寮長のその判断にドン引きする。…知り合いだと思われたくないから離れて歩こうっと。他のみんなも同じ事を思ったようで俺達5人と寮長との間に2メートルほどの不自然な間が出来た。


 …色々トラブルもあったけど、なんだかんだ言って海楽しかったな。また来年も来れたら嬉しい。もちろん寮長を除くこの面子で。


 俺は夕日に染まる海をもう一度見ると帰路についた。


 帰り道、何故か美春先輩が俺の方をジッと見て来たので俺は疑問に思って尋ねてみた。


「先輩? 俺の顔に何かついてます?」


「別に…(う~ん、どうしたら兼続をドキドキさせられるのかしら? 私の思いつく事はもうひとしきり試しちゃったのよねぇ…。また寮に帰ったら勉強再開ね。みてなさい、次こそは絶対ドキドキさせてやるわ!)」


「?」


 明らかに先輩は俺の顔をガン見しているのだが彼女の答えは「別に…」という物だった。う~ん、良く分からんなぁ。


 俺達が歩いていると今度は千夏が俺達の列から少し遅れ始める。疲れているのだろうか?


「千夏どうした? 疲れたのか?」


「!!! い、いえ別になんでもないわ//// 気にしないで頂戴////(冷静になって考えてみればさっきの私はとんでもない事をしてたわよね? 仕方が無かったとはいえ、上半身裸で兼続に抱き着くだなんて…///// くぅ~、思い出すとスッゴク恥ずかしいわ//// でもどうして私は彼に抱き着いたりしたのかしら…? 彼にそこまで気を許してる? 彼に頼りがいを感じている? まさかね…)」


 彼女の顔が赤くなっている様に見えるが気のせいだろうか? 夕日のせいかな? 彼女は歩くスピードを速めると俺たちに追いついた。


 そして次に秋乃の方を見るとは彼女は少し落ち込んでいる様に見えた。海、楽しくなかったのかな?


「秋乃? 海楽しくなかったか?」


 彼女は俺が話しかけるとパッと顔を上げた。そして笑顔でこう言った。

 

「ううん。とっても楽しかったよ?(海で兼続君との仲を一気に進展させるって目的を果たせなかった…。せっかく勇気を出して恥ずかしい水着を買ったのに…。それもこれも全部あの岩場でヤッてたカップルのせいだよ! 猥褻物陳列罪で訴えてやる! うわーん!!! はぁ、なんで私ってこうも運が無いんだろう…)」


「…?」


 秋乃の笑顔も少しぎこちない気がする。俺の記憶では秋乃も結構海楽しんでいたと思うんだけどなぁ…。何か気に入らない事でもあったのだろうか?


 最後に冬梨の方を見ると彼女は何故だかいつも以上にボーっとしていた。


「冬梨? 大丈夫か?」


「…大丈夫。多分///(どうしてだか分からないけど…。スイーツキングダムで兼続と見つめ合ってから心が熱い…。どうしてだろう? 冬梨、何かの病気になっちゃったのかな?)」


「…?」


 う~む、なんだか分からないが女子寮の4人の様子がいつもと違う気がする。みんな具合でも悪いのだろうか? 今の時期は体調を崩しやすい時期だし、気を付けてみておかないとな。


 俺はそう不思議に思いながら寮へと帰宅した。



○○〇


みんなの兼続君への感情は少しずつ、少しずつ変化していきます。


次回の更新は7/30(日)です


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