迷子の迷子の子犬ちゃん?
夏の日差しも暑い夏休みのさなかのある日。俺と氏政、そして千夏と秋乃はとあるバイトに来ていた。以前にこの4人で割の良いバイトがあれば共有し合おうと約束していたのだが、氏政がかなり割の良いバイトを見つけたのでやらないかと俺たちに誘いをかけて来たのだ。
正確に言うとバイト…と言って良いのかどうか分からないが、その内容は行方不明の犬を探すという物だった。
数日前に依頼主の家で買っていた犬が行方不明になったらしい。そしてその依頼主の家と言うのが結構なお金持ちの家らしく、見つけた人に賞金20万を出すと言うのだ。
いきなり来て犬を探すと言われても、正直この色彩市だけでも広くて探すのが大変なのに、もし市外出ていたとすると見つけるのはほぼ不可能である。
なので最初は断ろうと思ったのだが、氏政に「今日1日だけでも付き合ってくれ。それでダメなら諦める。だって賞金20万だぞ!? 牛丼500杯も食えるんだぞ! 俺は牛丼を腹いっぱい食うのが夢なんだ。俺の夢を叶えるために協力してくれ頼む!」と意味不明な理由で泣きつかれ、しぶしぶ犬を捜索することにしたのだ。我ながら甘い。
そしてそこにその日たまたま暇だった千夏と秋乃も参戦してきた。2人ともなんだか面白そうだからというのが参加の理由らしい。まぁもし見つかれば1人あたり5万だからかなりコスパは良い。…「見つかれば」の話だが。
俺たちは網やらロープやらドッグフードやらを手に持ちながら4人で市内を散策する。当然ながら8月の真っただ中だけあって物凄く暑い。只今の気温35度である。今日も今日とて猛暑日だ。
「千夏、お前外に出るのはあまり好きじゃないんじゃないのか?」
「私は外に出るのは嫌いじゃないわよ。外に出るのがめんどくさいだけ」
「似たようなもんじゃねえか…」
「うるさいわね…。それよりもよそ見してないであなたも犬を探しなさいよ」
「千夏ちゃん犬好きだもんね」
「ちょっと秋乃! 余計な事言わないで頂戴///」
秋乃がクスクスと笑いながら千夏の好みをバラす。そしてそれに千夏が少し顔を赤らめながら反論する。仲良いねぇ。
というか千夏が犬を好きなの初めて知った。だからこのクソ暑い中迷子犬探しに参加したんだな。彼女はチンアナゴを可愛いと言っていたり、普通の娘とは少し好みが違うと思っていたので可愛いものの王道として挙げられる犬が好きだとはこれまた意外である。まだまだ彼女たちについて知らないことも多いな。
「ちなみに犬の中では何が好きなんだ? ダックスフント? ゴールデンレトリバー? チワワ?」
「ブルドックよ。あのしわくちゃの顔が渋くて好きなの」
えぇ…やっぱり千夏は千夏だった。ブルドック…可愛いか? いやまぁうん…可愛いのかな?
「秋乃も暑い中わざわざこんなのに参加しなくてもよかったんだぜ?」
「ううん。迷子の犬が可哀そうだから早く飼い主さんの所に返してあげたくて…。それに私も暇だったし(本当は兼続君と一緒に行動したかっただけなんだけどね。一緒に行動する時間を増やして距離を縮める作戦よ)」
「秋乃…」
俺は秋乃の言葉にジーンとくる。やっぱり秋乃はいい娘だな。氏政に頼まれてしぶしぶ参加していた自分が恥ずかしい。俺も人助け…というか犬助けに一肌脱ぐか。俄然やる気がわいてきた。
「そういえば氏政、お前行方不明の犬の写真持ってたよな? もう1回見せてくれよ。どんな犬か忘れちまった。」
「オイオイ兼続、20万がかかってるんだぜ? しっかりしてくれよ…」
氏政はそう言ってケツポケットから折りたたまれたチラシを取り出して俺たちに見せる。
「今回探すのはこの柴犬だ。名前は『イクちゃん』と言うらしい。飼い主に届ければ賞金20万、俺達4人で割れば1人当たり5万だ。気合い入れていくぞ!」
彼の差し出した紙には「行方不明の犬を探しています。1歳の雄の柴犬で名前は『イクちゃん』です。見つけた方に20万お支払いします。連絡先は~」と書かれ、一緒に写真が載せられていた。
写真を穴が開くほど見つめるが、特にこれと言った特徴もない普通の柴犬だ。参ったなぁ、これじゃあ他の柴犬と区別がつかんぞ…。
「なんかイクちゃんとわかりやすい特徴的なものは無いのか?」
「俺も飼い主に直接アポして聞いてきたんだけどよ。銀で出来た首輪をしてるって」
もう飼い主にアポ取ってたのか…。こいつのこういう行動力には心底驚かされる。
「ちょっと待って、銀の首輪? 銀色の首輪じゃなくて?」
千夏が氏政に疑問を尋ねる。確かに俺もそこが気になっていた。
「ああ、ガチモンの銀で出来た首輪らしい。さっきも言ったけどこの犬の飼い主かなりの金持ちなんだよ。だから賞金も絶対払ってくれると思うぜ」
金属の銀、純銀で出来た首輪ならかなりのお値段がするはずだ。この田舎町の色彩市にそんな金持ちが住んでいたとは驚きである。
確かに銀の首輪なんて珍しい物をしているのなら他の柴犬と区別がつきやすいだろう。だがまずは犬の居場所を突き止めなければ話にならない。
「闇雲に色彩市中を探しても無駄に体力を消費して熱中症になるだけだと思うぜ。イクちゃんが良く行っていた場所とかないのか?」
「それだが俺に少し心当たりがある。実はここいらの野良犬が集まっているスポットを知っているんだ。もしかしたらイクちゃんもそこにいるかもしれねぇ」
俺たちは氏政に続いてまずはそのスポットに向かう事にした。
〇○○
「ここだ」
氏政に案内されてやって来たのは色彩商店街の裏手にある空き地だった。色彩商店街はこの町にある商店街で昭和の時代はそこそこ活気があったらしいが、他の商店街の例に漏れず、時代の波についていけずに大型商業施設に押されて今はあまり人気のない寂れた商店街となっている。
この空き地も昔は
空き地の中を覗いてみると確かに犬が何匹かたむろしていた。柴犬らしき犬の姿も見える。あれがイクちゃんだろうか?
残念ながらここからでは首の部分が見えないので分からない。俺は近づいて首元を確かめようとしたのだが、犬の警戒心が強くて逃げられてしまった。
「クソッ、すぐ逃げられるな。どうしようか?」
「エサでおびき出すってのはどうかな?」
「そうか! エサでおびき出している間に柴犬の首をチェックすればいいんだな。流石秋乃!」
「えへへ///(褒められちゃった/// これが内助の功って奴かな/// ナイスアイデアでバッチリ援助///)」
「氏政、お前ドッグフード持ってたよな? それで犬をおびき出してくれよ」
俺は氏政にそう頼んだが、氏政は気まずそうな表情をして顔を背けた。
「悪い、腹減ってたからさっき食っちまった…」
「おい!? 何やってんだよ!?」
俺たちは全員で氏政をジト目で睨んだ。
「そんな顔で俺をみるんじゃねえ! しょうがないだろ…。金欠で朝飯食ってなかったんだから」
「だからって犬用のエサを食うなよ…」
「意外と美味いぜ? ビールとかに合うかも。今度ウチに来た時つまみに出してやるよ」
「食わねえよそんなの…」
しかし困った。エサが無いのであれば犬をおびき出すことが出来ない。何かいい手は無いものか…。
そこで空き地の犬たちをしばらく観察していると、さきほどの柴犬が空き地の隅に行きションベンをし始めた。おうおう、犬は呑気なもんだねぇ。
そしてそれを見ていた千夏が口を開いた。
「そういえば犬が排尿をするのはマーキングのためだって話を聞いたことがあるわね」
「マーキング?」
「ええ、自分の匂いを付けることによって他の犬にここは自分の縄張りだとアピールしているらしいわ」
「おっ! 閃いたぞ!」
そこで氏政が何かを思いついたような顔をする。こいつの思い付きは碌な事じゃない可能性が高いが…一応話だけは聞いてみようか。
「俺があそこに行ってションベンしてくるわ! そうすればあの柴犬は自分の縄張りを侵略されたと思ってあそこにまた自分の匂いを上書きするためにションベンをしに来るだろう。そこで首輪を見ればいい。大丈夫、ションベンは俺の得意技だ」
彼はドヤ顔でそんな事を述べる。俺たちは彼の話を聞いてため息を付いた。やっぱり碌な話じゃなかったな。
「あのなぁ、そういう事を得意げな顔で言うなよ…。恥ずかしくないのかよ。そもそも人間の尿と犬の尿じゃ違うだろ。お前があそこにションベンしたとしても犬は何も反応しないと思うぞ」
「ガチかよ…ナイスアイデアだと思ったのに…」
「どこがよ…。只の下品なアイデアじゃない。あと尿をトイレ以外の場所ですると軽犯罪法に違反するから気を付けなさいよね」
そういえば大分前に刑法で習ったなぁ。俺も忘れていたわ。俺も子供の頃は近所のおばちゃん家の塀によくしていたな。ごめんよ、おばちゃん。
俺たちがそんな話をしていると柴犬がこちらへ向かって来た。俺たちはその隙に犬の首元を確認する。
「あの柴犬首輪ついてないね…」
秋乃の言う通りあの柴犬には首輪が付いていなかった。ハズレか…。とんだ時間を食っちまったな。
「くそう、俺の華麗なるションベン
「せんでいい」
俺は何故か悔しがっている氏政を引っ張ってそこから離れた。
○○〇
「考えてみたんだけど、探し回るよりも待った方が良くないかしら?」
次の作戦会議をしていると千夏がそう提案してきた。
「待つってどうするんだよ?」
「罠を仕掛けるのよ。寮の倉庫に使ってない組み立て式の檻があったはずだわ。確かあの迷子チラシにイクちゃんは犬用のチュ〇ルが大好物って書いてあったわよね? それを檻に仕掛けて待ちましょう」
氏政の持っていたチラシを再び出して確認する。そこには確かに犬用のチュ〇ルが大好物と書いてあった。
「千夏の言う通りこの広い色彩市中を探し回るより待った方が良いかもしれないな。このまま町中歩いてたら熱中症になりそうだ。なぁ秋乃?」
俺はたまたま隣にいた秋乃に声をかけたのだが、彼女は少しぼんやりとした顔をして答えた。
「ねっチューしよう…? …うん、いいよ」
そう言って彼女は目を閉じる。
「秋乃? いきなりどうしたんだ?」
「!!! ううん、何でもない何でもない…忘れて////(危ない…暑さで意識が朦朧としてた///)」
2時間ほどこの猛暑の中を歩き回ったせいで秋乃が壊れてきているのかもしれない。以前も熱中症で鼻血出して倒れてたよな。秋乃のためにも待つ作戦に切り替えるか。
俺たちは近くのスーパーで犬用のチュ〇ルを購入し、組み立て式の檻の中にそれを仕掛けてチュ〇ルを食べると檻が閉まるように細工をした。
「でもこれ他の犬がかかるんじゃないか?」
「野良犬はチュ〇ルなんて食べたことないから大丈夫でしょう。食べたことのある犬がかかるはずよ。多分ね」
…材料鶏肉って書いてあったんだけど、犬なら鶏肉は普通に食うのではないだろうか? さすがの聡明な千夏もこの暑さのせいで脳の回転がおかしくなっているのだろう。
俺は念のため氏政にチュ〇ルを食べないように厳命すると、みんなで近くの喫茶店へと向かい涼むことにした。正直俺も暑くて限界だった。
○○〇
1時間後、十分休憩と水分を取った俺たちは檻を仕掛けた場所に戻る。さて、かかっているだろうか?
「兼続見て! 檻の入り口が閉まってるわ!」
千夏の指さした先を見ると檻の入り口が閉まり、檻がガタガタと揺れている。何かがかかっている様だ。
俺はすぐさま檻に近寄って中を確認したのだが…。
「グフー、こんな仕掛けに引っかかるなんて一生の不覚ですな…。誰か、誰か助けてですなぁ!」
なんとそこには犬ではなくて
「助かりましたな兼続! いやぁ、我としたことがうっかりですな」
「普通うっかりしたぐらいで動物用の罠にかからんだろ…。何やってんだよお前は?」
「買い出しに行こうとしたら我の好物であるチュ〇ルの匂いがしたもので…」
「好物ってなんだよ!? お前普段からチュ〇ル食ってんのかよ!?」
「意外にイケますぞ? 兼続も今度どうですかな?」
俺の友人2人馬鹿ばっかかよ…。真面目に交友関係を見直したくなってきた。はぁ、ガチで精神力が切れそうだわ…。
その後、日が暮れるまでイクちゃんを探し回ったが、やはり見つからなかった。俺たちはもうあきらめようという事になり、クタクタになりながら帰路につく。日中ずっと日の下にいたからな。もう体力も水分もスッカラカンである。
その帰り道、氏政のスマホに着信があった。氏政はその着信に応答する。
「はい、あっそうです。えっ、見つかった? さっき家に帰って来た? そうですか。分かりました。おめでとうございます」
彼は電話を切ると俺たちに向き直ってこういった。
「イクちゃん、見つかったってさ…」
俺たちは膝から崩れ落ちる。氏政の電話の返答からそうだろうとは思ったけどさ…。結局今日一日苦労して暑い中あるきまわっただけじゃねえか…。もう絶対迷子犬探しなんてやらねぇ!
まぁ、犬が無事に見つかっただけ良しとするか…。
○○〇
次回の更新は7/18(火)です
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