兼続の好みの女の子

 氏政とmetube企画について話し合った日の昼過ぎ、俺は彼のアパートから台風の勢いが弱まった隙に急いで走って寮まで帰って来た。弱まったとは言ってもそこそこの量の雨は降っていたので、傘をさしていたにもかかわらずずぼ濡れになってしまった。


 なんとか寮に帰って来た俺はずぶ濡れの服を洗濯機に放り込み、シャワーを浴びて体を温める。いかに夏とは言え、ずぼ濡れのままの状態でいると風邪をひいてしまうだろう。今週末にみんなと海に行く約束をしているのに風邪をひいては元も子もない。


 シャワーを浴びてスッキリした俺は新しい服に着替え、少し喉の渇きを覚えたので食堂に麦茶を飲みに行くことにした。


 食堂の扉を開け、中に入るとそこには美春先輩がいた。先輩も麦茶を飲みに来たのか手にコップを持っている。


「あら兼続、麦茶を飲みに来たの?」


「はい、ちょっと喉乾いちゃって…」


「さっき凄い勢いで走って帰って来てたもんね。座ってて、あたしが入れてあげる」


 どうやら俺が帰って来るところを見られていたようだ。先輩はクスクスと笑いながらコップに麦茶を注いでくれる。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 俺は先輩に手渡された麦茶を一気に飲み干す。やっぱりいいね。麦茶は。もはや生命の水だよ。


「外どうだった? まだ結構降ってる?」


「俺が帰って来た時はそこそこの弱めの雨になってましたけど…、天気予報によるとこれからまた強くなるみたいですね」


「やぁねぇ台風って…。夏は好きだけど台風は嫌いだわ」


「俺も子供の頃は台風が来ると学校が休みになるから喜んでましたけど、大人になるにつれて台風の存在は煩わしくなってきましたね。台風のせいで予定が狂うのなんのって」


「そうよねぇ…。わたしも今日水着を『色バラ』に買いに行こうと思っていたのに…」


 俺と美春先輩は揃って食堂の窓から見える景色を見つめる。どうやら雨はまた強さを増したようで、窓に大粒の雨が凄い勢いで打ち付けていた。バラバラと窓に固形物でも当たっているのかのような凄い音がしている。これは雨が弱めのうちに帰って来て正解だったようだ。


 そうしていて数分たっだろうか。ふいに先輩が口を開いた。


「そういえば兼続…。この後暇かしら?」


「えっ? はい、まぁ暇ですけど」


 俺のその言葉を聞いた先輩がニコリとほほ笑む。一体何をやらされるんだろうか。


「この前…あたしに好きな人が出来るまで兼続を練習台にするって話覚えてる?」


「はい、覚えてます」


「せっかくだから今から練習台にしても良いかしら? 台風のせいで今日の予定全部吹っ飛んじゃって暇なのよね」


 先輩はニコニコと俺に向かってそう言ってくる。まぁそれが先輩の問題解決につながるのなら俺は喜んで協力しよう。


「どんとこいです」


「ありがとう。じゃあ早速質問なんだけど…兼続の好みの女の子ってどんな娘なのかしら? この前はいい所で秋乃が入ってきちゃったのよね」


 おそらく先輩は俺の好みの女の子を聞いてそれで練習してみようと言うのだろう。うーん、俺の好みの女の子かぁ…。俺は漠然と頭の中に好みの女の子を思い浮かべようとするが特に浮かんでこなかった。あれ? 俺の好みの女の子ってどんなタイプだっけ?


 そういえば昔から彼女を作りたいとは思っていたけど、どういう彼女を作りたいかは全く考えてなかった気がする。とりあえず彼女さえ作れればそれでいいやみたいな。


 改めて考えてみるとこれも俺に彼女が出来なかった理由の一つかもしれない。おそらく女の子側に「彼女が出来るなら誰でもいいや」という感情を見透かされていたのだろう。そりゃ付き合えれば誰でもいいと思っている奴と付き合おうと言う女の子なんていないだろう。俺がイケメンなら話は別だが…。


 俺ってどんな女の子が好きなんだろうか?


「さっき協力すると言っておいてなんですけど…、いきなり好みの女の子と言われても思い浮かばないですね。すいません」


「なぁにそれ…」


 先輩は口を尖がらせてつまらなさそうに言う。そう言われても本当に思い浮かばないのだから仕方が無い。


「じゃあまず見た目はどんな感じが好きなの? 清楚系? クール系? 大人っぽい系? ガーリッシュ系 スポーツ系? ギャル系? それとも今流行りの地雷系とか?」


「その人に似合っていればそれでいいんじゃないですかね?」


「はっきりしないわねぇ…。あっ、そうだわ!」


 先輩は何か閃いたのか「フフフ」と言った感じの表情で俺を見て来た。


「今からあたしが色々なファッションをしてきてあげる。その中で兼続がときめいたのがあなたの好みの見た目ってことでいいんじゃないかしら?(これならあたしの練習にもなるし、兼続をドキドキさせるっていう目的も同時に果たせるわ。あたしって天才じゃないかしら!)」


「えっ? でもそれって先輩物凄く大変なんじゃ…」


 先輩が今から別の服に着替えてメイクも変えて…となると、とんでもない労力になる気がする。


「いいのよ。どうせ暇だし。という事で着替えてくるわね♪」


「ちょ!? 先輩!?」

 

 先輩は言うが早いかそう言って食堂から「ビュン!」と走り去っていってしまった。ああ、行ってしまった…。大丈夫かな? 行ってしまったのならもうどうしようもないので俺は心配しながらも先輩を待つことにした。



○○〇



「ジャジャーン!! まずは清楚系の服に着替えてみました!」


 10分後、着替えを済ませた先輩は食堂に再び現れる。先輩は白のブラウスに黒のタイトスカートという格好で登場した。いつもの先輩のファッションとは全然違うが、先輩は素材が良いのでそんなファッションでも見事に着こなしている。メイクも普段よりは少し大人しめにしているようだ。


「おおーっ! 凄い…。どこかのお嬢様みたいですよ」


 今の先輩は見た目だけならどこぞのお嬢様学校に通っている○○財閥の御令嬢と言われても不思議ではないくらいの容姿をしている。出会った時にあいさつで「兼続様、ごきげんよう」とか言いそうだ。現代日本で実際にそんな事を言っているお嬢様がいるのかどうかは知らないが。


「フッフーン♪ あたしにかかればこんなものよ。で、どう兼続? ドキドキした?」


 先輩は自慢げに胸を張る。彼女が胸を張ったと同時に彼女のそこそこ大きい胸がブラウスを圧迫し、そのままブラウスの布が引きちぎれないか少し不安になった。前々から思っていたが、彼女は褒められると調子に乗りやすい性格なのかもしれない。


 「ドキドキした?」か…。今の先輩の格好は確かに魅力的だけどドキドキしているとはちょっと違う気がする。


「魅力的だとは思いますけど…」


「その反応だとドキドキはしてないみたいね…。次行きましょ次!」


 先輩はまた食堂から出て着替えに行った。



○○〇



「今度はどう? クールに決めてみました!」


 先輩が続いて着替えて来たのはクール系のファッション。ワンショルダートップスにプリーツスカートという格好で現れる。メイクはいつもより濃いめだ。


 やっぱり美人にはどんなファッションでも似合うんじゃないかと錯覚させられる。実際には似合わないものもあるんだろうけど。


 …俺もイケメンに生まれて色々な服を着こなしてみたかった。ルックスが良くないと明らかに似合わない服とかあるからね…。


 ファッション雑誌で結構いい感じの服を見つけて買ってみたはいいものの、雑誌のモデルと自分は同じ格好をしているはずに、鏡に映った自分を見てみるとなんかしっくりこないというのは多くの人が体験しているのではないだろうか?


「凄いですね。カッコ良くて仕事が出来る女性って感じがします」


「フッフーン♪ もっと褒めてもいいのよ。で、どう? ドキドキする?」


「ドキドキ…はしませんけど魅力的だと思います」


「これもダメなのね…」


 先輩は少し肩を落として落胆する。すいません先輩、俺がはっきりしないばかりに…。でも自分でも分からないんだからどうしようもないんだよな。


「次よ、次!」


 先輩は三度食堂からダッシュで出て行った。



○○〇



「今度はどうかしら? ギャル系ファッションよ! イエーイ☆」


 先輩はギャルっぽいポーズを取りながら登場する。今回の先輩はクソデカニット1枚という格好で登場である。メイクは派手め、そして髪型もいつものストレートから少し変えてカールを加えてゆるふわな髪型になっていた。


 …えっ。これってニット1枚しか着ていないように見えるけどちゃんと下は穿いてるんだよな? 短パンを穿いているけどニットで隠れて見えないだけだよな。


「ちなみに時短のため下は穿いてないわ」


「いやそこはちゃんと穿きましょうよ!?」


「見えなければ問題無いわ!」


「そんな『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』みたいに言わないで下さいよ…。見えちゃったらどうするんですか…」


「仮に見えたとしても兼続にはもう下着見られてるし…///」


 先輩は少し赤面しながらそうつぶやく。そういえばこの前寮長の発案で下着ファッションショーとかいう意味の分からないものをやったんだったな。アレ本当に俺が参加して良かったんだろうかと未だに疑問である。


「でも恥じらいとかそういうのはやはり大事だと俺は思いますよ」


 美春先輩には寮長みたいに恥も羞恥心もないような人間になって欲しくない。ああなったらもう人として終わりだと思っている。つまり寮長は人ではない何かだ。化け物、物の怪の類と言えば良いだろうか。


「兼続、感想の方は?」


「えっと可愛いとは思いますけど…」


「ダメなのね…」


 だんだん申し訳なくなってくる。本当にすいません先輩(泣)。



○○〇



「地雷系よ。そろそろ疲れて来たわ。ぴえん」


 今度の先輩は地雷系のファッションをして現れた。地雷系については俺も良く知らないが、泣いている様なメイクと女性らしく可愛いが黒を基調とした「闇」のオーラを纏った服を着ているのが特徴らしい。少し前にネット界隈で話題になったようである。


 先輩もその例に習って涙袋を強調するメイクと黒色のロリータ調でフリルが沢山ついた服にピンク色でリボンが沢山ついたスカートを穿き、髪型はツインテールにしていた。個人的にはちょっと苦手なファッションだが、先輩はそれでも見事に可愛く着こなしている。やっぱり美人ってスゲエや!


「可愛いとは思いますけど…」


「これもダメぇ? これじゃ兼続がどういう女の子が好きなのか分からないじゃない! もうっ!」


 先輩はほっぺたを風船のように膨らませて怒ってしまう。これに関しては重ね重ね本当に申し訳ないと思う。しかし、俺は子供のように怒る先輩を見て申し訳なさと同時に彼女に可愛らしさを感じていた。


 普段は大人な雰囲気漂う女性なのに時折見せる子供っぽい所が俺はこの人の何よりも可愛らしい所だと思う。出来る大人の女性のように自信満々の顔で子供っぽい失敗もやらかす。そこが彼女と一緒にいて、めんどくさいと思うが何よりも楽しいと思う部分なのだ。


 ああ、そうか。俺の好きな女の子のタイプについて1つ分かった。俺って結構ギャップ萌えなのかもしれない。


「俺は先輩はいつも通りの先輩が一番魅力的だと思いますよ」


「つまりいつも通りのファッションのあたしが兼続は一番好きって事?」


「ええ、先輩はそのままでいいと思います。おっ、それよりも先輩見て下さい。雨がやんで晴れてきましたよ。台風もう行っちゃったんですかね」


 俺は食堂の窓から外を見て雨が止んで太陽が覗き始めた空を見上げた。


「なんだか馬鹿にされている気がするんだけど…(クッ、今回も兼続をドキドキさせる事が出来なかったわ。色々なファッションをして兼続の弱点の格好を探そうと思ったのにぃ~。悔しいわ…。どうすれば彼はあたしにドキドキしてくれるのかしら?)」


「馬鹿にしてなんていませんよ。いつも通りの先輩が俺の好みの先輩です」


「ッ//////」


 先輩が俺の言葉を聞いて顔を唐辛子のように真っ赤に染める。あれ? 俺何か変な事言ったっけ? 俺の好みを正直に答えただけなんだけどな。


「こ、これで勝ったと思わない事ね。つ、次は負けないんだからぁ/////(んもうぅ! あたしがドキドキさせられてどうするのよ…。また負けたぁ~! 悔しいぃ~!!!)」


 先輩はそう捨て台詞を残して食堂から去っていった。ん~。良く分からんな。



○○〇



次回の更新は7/16(日)です


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