大蒜醤油汚染を取り除く

 夏休み序盤の某日、俺は自分の部屋…もとい地下室で必修科目の課題をこなしていた。地下室の壁には昨日色彩神社の方に行って買ってきた魔除けのお札が貼ってある。これで完全に弥太郎の怨霊を封じ込められている…とは思わないが、心なしか少し気分が軽い気がする。


 願うならばこのままお札の効果で封印されていて欲しい所である。厄介事はもうこりごりだ。


 俺が課題をキリのいい所までやったところでスマホにreinのメッセージが入った事を知らせるアラームが「ピコリン♪」と鳴り響いた。


 誰だろうと思ってスマホを手に取り確認する。どうやら送り主は寮長で寮生のreinグループへメッセージが届いてた。なんでも「差し入れのアイスが冷凍庫に入ってあるからみんなで分けて、1人1個ずつよ」という事らしい。


 寮長が差し入れなんて珍しいこともあるもんだ。男子寮の中山寮長程ではないが、甲陽寮長からもケチなイメージは拭えない。彼らは他人に金を使うぐらいなら自分に金を使うと言った人種であるからだ。


 時計を見ると午前10時だった。課題もキリのいい所まで終わったので休憩がてらおやつにするかと思った俺は地下室を出て食堂へ向かった。



○○〇



 俺が食堂にやってくるとそこにはすでに先客がいた。美春先輩だ。


「あら、兼続も寮長の差し入れのアイス食べに来たの?」


「はい、ちょうど小腹も空いていたので。先輩もですか?」


「そうよ。でも寮長がアイスを差し入れなんて珍しいこともあるものね?」


「まったくです」


 俺たちは軽口を交わしながら寮の冷凍庫の中を覗きこむ。するとそこには見慣れない綺麗な模様の入った上品そうな白い箱が鎮座していた。見た感じどこかのお土産といった感じだろうか?


 俺たちは早速その箱を開けて中身を見てみた。


「なんじゃこりゃ? エビアイス…?」


「また変なもの貰ってきたわねぇ…。美味しいのかしら?」


 中に入っていたのはでかでかと蓋の真ん中にエビの絵が描かれたカップアイスであった。白い箱の底には溝が6つ空いており、その溝にカップアイスがはめられている。1個すでにアイスが無いのでそれは寮長が食べたのだろう。


 それを見て俺は何故寮長が差し入れをしてきたのか理解した。


「成程、寮長が俺達にアイスを差し入れした理由がわかりましたよ。おそらく寮長はこのアイスを誰かから貰って1つ食べた。しかし思いのほか不味かったので俺たちに差し入れすることにした。でなければ寮長が俺達に差し入れするはずがない。なのでこのアイスはとてつもなく不味いはずです」


「あり得る話ね…」


 先輩は呆れた顔をしてそのアイスを見つめる。


「どうする? 食べる?」


「俺は試しに食べて見ますけど…。先輩は?」


「そうねぇ…。名前からして不味そうだけど一応食べてみようかしら。話のネタにはなるかもしれないし…」


 俺と先輩は白い箱からアイスを1つずつ取り出し、食堂の戸棚からスプーンを手に入れて椅子に座りアイスを頂く。


「うーん、エビの出汁を混ぜたバニラアイスって感じですね。というか身が丸ごと入ってる…」


「エビね…。どうしてバニラアイスと混ぜようと思ったのかしら?」


「箱に北海道って書いてあったので北海道の名産品をかけ合わせた感じじゃないですか?」


 北海道の名産品と言えば乳製品と豊富な海の幸のイメージである。


 地元の名産品をかけ合わせて商品を作ると言うのは良くある話だ。同じく北海道の「ジンギスカンキャラメル」、長野県の「イナゴソフトクリーム」、香川県の「うどんバーガー」などが有名ではないだろうか。…もっとマシな組み合わせは無かったのかとツッコミたくなるようなものが多いが。


 俺はアイスを食べながら食堂の窓からふと外を見た。窓からは照り付ける太陽、青々と茂る木々が見え、うるさいぐらいにミンミンと鳴いているセミの声が耳に響いてくる。まさに夏真っ盛りという感じだ。


 そんな中、エアコンの効いた涼しい部屋で涼みながら食べるアイスクリームというのはやはり風情があっていいものである。夏はやっぱりこうでなくては。


「夏ですねぇ…」「夏ねぇ…」


 先輩も俺と同じことを思っていたのか、思わず言葉が被ってしまった。俺たちはしばらくの間、しみじみとしながら不味いアイスクリームを堪能した。



○○〇



「アイスを食べたのはいいけど、またあの灼熱の廊下を通って部屋まで帰らなくちゃダメなのか…」


 アイスを食べ終えた俺は自分の部屋に帰ろうとした。しかし、いざ食堂のドアを開けると外の熱気が中にモワッっと流れ込んできて、引いていた汗が一瞬でまた噴き出したので急いでドアを閉める。そういえばニュースで今日はこの夏の最高気温を更新したとか言っていたな。


 この寮には寮生の部屋と食堂にはエアコンが付いているが、廊下にはエアコンはついていない。なので37度の暑さの中を再び歩いて戻らなくてはならないのだ。例え数十秒とは言えど非常に億劫である。


「そうねぇ…あたしも部屋に戻りたくないわ…。ん? ちょっと待って…暑い? フッフーン♪ これだわ!」


 先輩は突然何かを思いついたような顔をする。何故かは知らないが、俺の背中に嫌な汗が流れた。


「あー…。今日は本当に熱いわねぇ…。エアコンの効いた部屋の中にいても暑いわぁ…(大分前に本で読んだチラリズムをついに実践する時が来たわね。さぁ兼続、あたしのチラリズムに酔いしれなさい!)」


 そう言って美春先輩は胸元に指を突っ込んでパタパタとしだす。先輩は今胸元の上の部分が少し空いているノースリーブのサマーニットを着ているので、彼女が胸元をパタパタと扇ぐたびに彼女の胸の谷間がコンニチワするのだ。


 ああいうのはあまり見ない方が良いよな、俺の信用にも関わるし。まったく…先輩も異性と一緒にいるという事を考えて欲しいものだ。俺はあえて先輩の方を見ないようにして尋ねた。


「そんなに暑いですか? エアコンの温度もう少し下げます?」


「クッ…。お、お願いするわ。それにしても今日は暑いわねぇ…(特に谷間を見てドキドキしている様子はない…。それなら第2弾よ!)」


 先輩は今度は服の裾を持ち上げてバサバサと風を中に送り込んでいる様だ。先輩が服をバサバサとするたびにセクシーなおへそがチラチラと見える。


 …が、俺は心を鬼にしてそちらのを方は見ないように部屋の壁に貼りつけてあるエアコンのリモコンを操作して温度を下げた。


「設定22度にしましたよ。これでどうですか?」


「あ、ありがとう…。少しはマシになったわ(これにも反応しない!? こうなったら出血大サービスよ!)」


「先輩意外と暑がりなんですね」


 千夏が暑がりなのは知っていたが、先輩もだったのか。まぁ最近の日本の夏はガチで暑いから仕方が無いか。


 俺もここが女子寮でなければパンツとTシャツだけで過ごしている所だ。現に去年の夏は男子寮でそのカッコだったからな。


 俺が去年の夏の事を思い出していると、先輩は俺の正面の席から隣の席に移って来た。…いったいどうしたんだ?


「あぁもう…今年の夏は暑いわねぇ…(むっちゃ近くでみせつけてやるわ! これでどう?)」


 俺の隣に移動してきた先輩は引き続きサマーニットの胸元に指を突っ込んでパタパタとしだす。先輩の胸の谷間が至近距離に見える。


 やはり程よく大きくて形がよい…。ってそうじゃなくて!


 俺はそこで先ほどからの先輩の奇行は彼女がまた何か変な本を読んで影響されているのではないかと気が付いた。


「先輩…また大蒜醤油先生の変な本でも読みました?」


 先輩の動きがピタッと止まる。


 あ…これ図星だな。おそらくまた性欲に訴えて男性を誘惑しろだとかそういう変な事が書いてあったんだろう。先輩はそれを真に受けて俺で実験していたと…。


 先輩はこちらを向き、少し顔を赤くして咳払いをした。


「ンンッ。流石兼続ね。あたしのセクシーチラリズム攻撃をものともしないなんて…(また兼続をドキドキさせる作戦が失敗したわ…)」


 そりゃこの女子寮でそんなことをすればめんどくさい奴らに攻撃される絶好の機会を与えるだけだからな。出来るだけ動じないようにしているだけだ。


 まったく…変なアドバイスばっかりしやがって大蒜醬油め! この機会に先輩には大蒜醬油先生から卒業して貰おう。


「先輩、大蒜醬油先生のアドバイスはもう聞かない方が良いですよ。はっきり言って碌なアドバイスじゃない。あの人の言う事を聞いても先輩が傷つくだけです。…そう言えば明日はゴミの日でしたね。良い機会なので大蒜醬油先生の本は全部燃えるゴミに捨てちゃいましょう」


「ええ!? それはダメよ。確かに今回はダメだったけど、結構いい事も言うのよ」


 そこが大蒜醬油の厄介な所なんだよなぁ…。本当にたまーにだがまともなアドバイスもする。先輩の問題を解決するためにもどうにか大蒜醬油と先輩を切り離したい…。


「でしたら別の恋愛アドバイサーの人に乗り換えましょうよ。大蒜醤油先生よりもまともなアドバイスをしてる人に!」


「例えば?」

 

「う゛っ。それは…」


 そこで俺は言葉に詰まった。まともな恋愛指南をしているアドバイサーなど俺は全く知らなかったからだ。


 そもそも俺自身がまともな恋愛経験もないので、誰がまともな事を言っているのか分かろうはずもないのだ。…大蒜醬油のアドバイスが間違っている事だけは分かるが。


「田中ラフレシア教授? J・K・シュールストレミング女史?」


「誰ですかそれ…? しかもよりにもよって臭そうな名前ばっかり…」


「あたしが大蒜醬油先生の他に良く読む恋愛アドバイサーよ」


 よくもまぁそんな胡散臭そうな名前の人の本ばかり読んでるものだ。うーん…どう説明すれば先輩に分かってもらえるのだろうか。


 俺は少し考える。


 …そういえば昔彼女が欲しくて躍起になっていた頃、俺もそういう恋愛指南の怪しい本を買って読み漁っていた記憶がある。結局いくつもの恋愛指南の本を読んで分かったのは「みんな言ってることが違う」という事だけだった。


 例えば女性への誕生日プレゼントのアドバイス1つとっても、ある人は「○○がおススメ! 喜ばれること間違いなし!」と自分の著書に書いてあるが、また別の人は「○○は絶対NG! ドン引きされる可能性大!」と自分の本に書いてあるのである。


 それ以外も「女性の前ではNGな行動」だったり「おススメのデートの誘い方」だったりも結構みんなバラバラだ。


 大学生になった今だから理解できるが要するに自分が狙っている意中の人の性格に合わせた対応をしろという事なのだろうけれど、付き合ったことが無い人にはそれが結構難しいんだよね。だから他人の恋愛アドバイスを参考にしたがる。正解は自分で導き出すしかないのに。


 みんなそこら辺は色々失敗して経験を積んでスキルをレベルアップさせていくのだろうが、逆を言うと経験しなくてはずっとわからないままのである。ここら辺が昨今の恋愛格差というものに繋がってるんだろうなと俺は考察した。


「先輩は…彼氏が作りたいんですよね?」


「そうよ。だから恋愛指南のアドバイスを沢山読んでいるの」


「例えばですけど、先輩と…そうだなぁ千夏の好みの男性は一緒ですか」


「千夏の好みは知らないけれど…多分違うんじゃないかしら? いきなりどうしたの?」


「そう。人によって好みや好きな仕草なんて全然違うんですよ。十人十色です。なので恋愛指南の本が言うような『コレをやれば彼氏・彼女ができる』…というのは存在しないと俺は思ってます」


「ええ!? じゃあどうすれば彼氏が出来るのよ?」


「だからそこは先輩の好きな人によって変わってくると思います。先輩の好きな人とコミュニケーションをとって徐々に調べていくしかないんじゃないですかね。もちろん、先ほど先輩がやったようなセクシーなアピールを好きな男というのもいますよ。しかし、そういうセクシーアピールでなびいてくる男は大抵碌でもない男です。だから俺はやめた方が良いと言ったんです」


「どうして?」


「いや、セクシーアピールでなびく男って思いっきり体目当てって事じゃないですか…。先輩はそんな男に惚れられて嬉しいんですか?」


「あっ…/////」


 先輩はやっと自分のやった事の意味を理解したのか顔を赤面させた。


「そ、そうよね//// ごめんなさい。あたしったら…」


「理解したならそれでいいんです。これに懲りたら金輪際大蒜醬油先生の言う事は信用しないように。…とりあえず先輩が彼氏を作るためにはまず相手の好みを調べることから始めるといいんじゃないですかね」


「と言われても、あたし別に好きな人いないのよね」


「そうなんですか?」


 なんかそんな気はしていた。もし先輩に好きな人がいたら行動的な先輩の事だ、すでに猛アタックしてるだろうしな。


 先輩は少し考えるような仕草をしていたが、やがて何かを思いついたのかニヤリと笑った。


「そういえば兼続…。あなた前に『あたしに彼氏ができるように何でも協力する』って言ったわよね?」


 以前の先輩とのデートの終盤にそんなことを言った記憶がある。もちろん、その気持ちは今も変わらない。俺は女子寮の4人の問題を解決するためにここにいるのだから。


「はい、いいましたね」


「それじゃあ…、あたしに好きな人が出来るまでの間、兼続を練習台にしてもいいかしら?」


「えっ? はぁ…それは別に構いませんけど。というかすでになっているような…」


「言ったわね。言質は取ったわよ? もう取り消しは無理だからね♪」


「俺はそのために女子寮にいますし…」


 俺が先輩の提案に乗ったところで食堂のドアがガラリと開いた。


「アイスアイスー♪」


 見ると秋乃が寮長の差し入れのアイス目当てで食堂にやって来たらしい。


「良し、決まりね! じゃ早速質問よ。兼続はどんな女の子が好きなの?」


 先輩が俺の方にずいっと体を乗り出してそう質問してくる。というか近い! 近いよ! 


「ふぇ?」


 そして俺達2人と秋乃の目が合った。 


「ふぇーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!????????」


 突然秋乃が奇声を上げる。一体どうしたんだ?


「あばばばばばばば(えっ? 何このシチュエーション? っていうか今の先輩の言葉…もしかして先輩も兼続君の事が好きになっちゃったの? 強力なライバル出現!? どうしようどうしよう?)」


 秋乃は何故か混乱した様子で奇声を上げ続けている。


 その後、秋乃が大声を出したせいで千夏と冬梨も何事かと食堂に参戦し、ちょっとした騒ぎになった。いや、本当にどうしたんだ秋乃?


 なんやかんや先輩の練習台になることになってしまったが、先輩が大蒜醬油のアドバイスを受けるよりはマシだろう。先輩に彼氏が出来るように頑張らないとな。



○○〇


次回の更新は7/2(日)です


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