東坂兼続と地下室の謎

「あんた心霊現象とか信じるタイプだったっけ? 意外ねぇ」


「いや、なんか最近変な事が多くてさ…」


 俺は現在寮長と一緒に車に乗り、彼女の知り合いの住職がいるという寺に向かっていた。何故寺に向かっているのかというとお祓いをしてもらうためである。


 俺が女子寮に引っ越してきてからというもの…、嬉しい出会いも多かったがそれ以上に変な奴に絡まれるという事も多くなった。元々知り合いだった朝信と氏政はともかくとしてだ。


 自称モテ男の赤城や真面目系委員長の緑山、クレイジーサイコレズ板垣さんになんか変な子であるバラムツさんと、たった2カ月でめんどくさい知り合いがグッと増えたのだ。しかもそのうち3人は俺に敵意を持っている。


 最初は俺が女子寮の4女神と一緒に住んでいる事へのやっかみかと思っていたのだが、…それにしても多い、多すぎる。この2カ月は頻繁に面倒事に巻き込まれていた気がする。


 それまでの平穏無事な大学生活はどこへ行ったのやら…。このままでは精神的に疲れ果てて精神病にでもなってしまいそうだ。


 何故こんなにもめんどくさい連中に絡まれるのかと色々考えた結果、俺が女子寮の地下室に住む際に寮長が言っていたことを思いだした。


『なんか「封」って書いたおふだみたいなのが貼ってあったんだけど、ちゃんと綺麗に剥がしたから大丈夫よ』


 俺もあまり心霊現象などを信じるタイプの人間ではないのだが…、あの地下室が元々地下牢だったことと、血の跡がついていた事、そしてお札の件の事をつなぎ合わせると…どうしても無関係とは思えなかったのだ。


 もしかするとあの地下室にはあそこで殺された怨霊の様なものがいて、お札を貼って封じていたのだが…それを寮長が剥がしたことにより怨霊が復活。そして地下室に住んでいる俺になんらかの祟りのようなものを振りまいている。


 故に俺が厄介事に巻き込まれているのではないか? 俺はそう推理した。


 なので寮長の知り合いの住職に頼んでお祓いをして貰おうというのである。効果があるのかは分からないが…やらないよりはマシであろう。


「さぁ着いたわよ」


 寮長は車を寺の駐車場に止める。ここは…色彩寺か。


 色彩寺とは俺が住むこの色彩市の端っこにある小さいこじんまりとした寺である。というか色彩市にお寺はここしかない。


 その昔、かの有名な弘法大師空海…の隣の村に住んでいたお坊さんが立てた寺という話の残っている由緒正しい寺である。


 …正直、空海ほぼ関係なくね?


 まぁそう言う事はさておいて。大学の寮から車で10分程の距離にあるのだが、山の中腹にあるので車以外で来るにはちょいと骨が折れる。


「こっちよ」


 俺は寮長の後に続いて寺の境内を進み、本堂の方へ近づいていった。神社の方は初詣などで何度か訪れたことがあるが、寺に用があって入るのは初めての経験である。俺は少し緊張しながら寮長の後ろに着いて行く。


「凡濃ちゃんいるー?」


 寮長が本堂の中に向かって声をかける。そうすると奥の方から袈裟を着た髭もじゃのお坊さんが出て来た。顔は皺だらけで大分お年を召している様に見受けられる。


「おおーっ! 四季ちゃん久しぶり。何年振りかの?」


「前に会ったのが…3年ぐらい前だったかしら?」


「もうそんなに経つのか…。月日が流れるのは早いもんじゃのう…」


 寮長と坊さんがしみじみと昔を懐かしむような挨拶をする。話しぶりからすると相当古い知り合いなのだろう。寮長にこんな知り合いがいたなんて驚きだな。


「それで…今日はお祓いをして欲しいんじゃったかな?」


「そうそう…この子なんだけど、なんか最近変な事が続くみたいで…」


 寮長が俺を坊さんに紹介したので俺も自分の自己紹介をする。


「こんにちは。東坂兼続と言います。今日はよろしくお願いします」


「はいはい、東坂さんね。わしはこの寺の住職をやっとります凡濃ぼんのうと言います」


 ぼんのう…? えらく自分の欲望に忠実そうな名前だな…。おっと、初対面の人にそういう事を思うのは失礼か。


「それで…変な事が頻繁に起こるんじゃったかな? どれどれ、ちょいとお顔を拝見…ッ!?」


 住職が俺の顔を覗き込んだ瞬間、彼の顔つきが変わる。それまでの柔和な表情からは打って変わり真剣な顔つきになった。


「お前さん…相当厄介なものを連れておるな」


「えっ?」


 俺も頭の片隅ではそうなのではないかと考えた。だからこそお祓いに来たのだ。しかし、いざ実際に言われてみると心臓がハンマーで殴られるほどの衝撃を受ける。


 やっぱり最近変な事が多かったのは俺に霊がついていたからなのか…。


「これほど力の強い霊は久しぶりじゃ…。お前さんいったい何をやったんじゃ? 隠さずに言うてみい」


「えっと…おそらく女子寮の地下室に貼ってあったお札を剥がしたのが原因だと思うんですけど…」


「何じゃと!? 行ったんか!? お主あの場所に行ったんか!?」


 俺が女子寮の地下室の事を話すと住職の顔つきが更に険しい顔になり、俺の肩を両手でつかんで凄い力で揺らし始めた。


 …えっ!? あそこそんなにヤバい場所だったの?


「まぁまぁ凡濃ちゃん落ち着いて、理由を話さないと分からないわよ」


 寮長が俺と住職の間に入ってそれを止める。住職はそれで我に返ったのか俺の肩から手を放してくれた。


「事情を説明せねばなるまいな。ここで立ち話もなんじゃ…、中におあがりなさい…」


 そう言って住職は俺達を寺の本堂へと通してくれた。


 軽くお祓いして貰う気持ちで来たのにえらい大事になったな。一体あそこはどんな場所だったんだ? 俺は覚悟を決めて寺の本堂に入り、住職から話を聞くことにした。



○○〇



 俺達は寺の本堂に入り床に正座して座る。そして住職も寺の本尊と思われる仏像の前に座るとポツリポツリと話し始めた。


「今現在、色彩大学の女子寮が立っている地下。あそこはなぁ、昔囚人を閉じ込めておく地下牢だったのじゃ…」


 やっぱりか…、うすうすそんな気がしていた。という事は…冤罪で捕まって無念の思いで死んだ人間の怨霊が俺に取り付いているとかだろうか…。


 なんだか怖くなってきた。俺大丈夫だよな? 死にはしないよな?


 少し体が震えて来たが、俺は思い切って気になることを聞いてみた。


「どうして地下牢の上に女子寮が立っているんですか?」


「その昔、明治時代ぐらいかの…。女子寮が立っている場所には刑務所が立っていたのじゃよ…。しかし戦後、刑務所の移転に従ってあの建物は使われなくなった。それを色彩大学が土地ごと買い上げて寮にリフォームしたのじゃ」


 なるほど…そう言う理由だったのか。それなら地下牢の上に女子寮が立っている理由も分かる。


「でもリフォームした際に地下牢を塞がなかったのは何故でしょう?」


「リフォームした当初は地下牢を改造して倉庫として使う予定だったみたいじゃのう。しかし、そこで問題が起きた」


「問題?」


「地下の倉庫を利用していた生徒がよくトラブルに巻き込まれるようになったのじゃよ。変な人間に絡まれたり、本人が変な発想をするようになったり、思いがけないトラブルが起きやすくなったり…」


 俺に今起きている現象と同じだ。変な人に絡まれやすくなっている。


「初めはみんな『たまたまだろう』と思っていたのじゃが、トラブルに巻き込まれすぎて精神に不調を訴える生徒が多くてな。大学側も重い腰を上げて調査にのりだした。そして精神に不調を訴える生徒に共通していたのは皆地下の倉庫を頻繁に利用していたという事実が発覚したのじゃ」


「………」


「当時の大学の理事長は問題を解決するためにうちの先代の住職に相談に来た。『あそこには何か良くないものがいるのではないか? お祓いをしてもらいたい』とな。先代の住職はまずあの地下牢に何があったのかを調べる事にした。そして史料を漁っているうちに明治時代の刑務官の日記と思われるものを見つけた」


「日記…」


 俺はゴクリと唾を飲み込む。寮長も真剣な顔になって話を聞いている様だ。


「それにはこう書いてあった。明治時代にとある男が重罪を犯して捕まった。そしてその男が処刑される際に『俺は死んだ後も霊になってここに残り続ける。俺の無念をはらせるまでなぁ!』という呪いの言葉を吐いて処刑されたらしい。そしてその男の処刑後、地下牢に捕まっていた囚人たちや刑務官に変化が訪れた。皆先ほど言ったようにトラブルに巻き込まれやすくなり、精神を病んでいってしまったという事が書かれてあったそうじゃ」


 明治時代の怨霊…、怖ぇ…。その男の霊が俺に悪い影響を与えているのか。というか俺このままだと精神を病んじゃうって事? 


「そして先代は更に日記を遡り処刑された男の史料を集めた。そしてその処刑された男の情報を手に入れたのじゃ。…処刑された男の名を『暇谷弥太郎ひまややたろう』と言う。罪状は放火。何故放火したのかを問われると『暇だからやった』と答えたらしい」


「は?」


 今までシリアスな話だったのに急に雲行きが怪しくなってきたぞ…。それ完全に放火した側が悪くない? 恨む相手間違えてるだろ…。


「弥太郎は暇な人生に飽き飽きしていたようじゃ…。それでスリルを求めて放火をしたらしい」


 今でいう迷惑系metuberやチックトッカーみたいな事をやってるな…。明治時代からそんな奴いたんだな。


「そして弥太郎の怨霊はあの地下牢に憑りつき、そこに来るものをトラブルに会いやすくする呪いをかけているという事じゃ」


「はた迷惑な霊だなぁ…。要するに平穏な人生が嫌いだったから地下牢に来る奴の人生も波乱万丈になるようにしてると?」


「そういう事じゃ」


 めんどくさ…。氏政みたいな奴だな…。


「先代の住職の活躍もあり、弥太郎の霊はお札で封印することに成功したのじゃがなぁ…。それなのにお札を剥がしてしまったと?」


 俺は無言で寮長を睨みつける。寮長は俺が睨むとスッと顔を背けた。アンタは本当に俺の疫病神だよ。お札剥がさなきゃ俺が変な奴に絡まれることもなかったのにこの野郎…。


「それで…その弥太郎の霊は除霊できるんですか?」


「優秀な先代でもお札で封印するのがやっとじゃった…。除霊など到底無理じゃよ…」


 なんでそんなクソ野郎の怨念がそんなに強いんだよ…。世の中おかしいよ…。


「でもお札で封印できるんじゃ…?」


「凡濃ちゃんお札の作り方なんて知らないもんね?」


「は?」


 え、この人住職だよな? なんでお札の作り方知らないんだよ?


「うん、だってわしまともに修行しとらんもん。適当な落書きでよければ渡すが…」


「凡濃ちゃん破戒僧だったもんね」


「おい、ふざけんな! なんでそんな奴が寺の住職になってるんだよ。住職になるのになんか試験とかあるんじゃないのか?」


「普通は厳しい修行を突破しなくちゃなれないんじゃが、わし世襲でこの寺の住職を継いだし」


「日本の悪い所が出てる!? というか他の仕事はどうしてるんだよ? 仮にも僧侶なら葬式でお経読み上げたりするだろ。覚えてないとお経唱えられないんじゃないか?」


「案外適当でもなんとかなるもんじゃよ。一般人はそもそもお経が何を言ってるのか分からんし」


「無茶苦茶じゃないか!?」


 俺は肩で息をしながらツッコミをする。疲れた。…あの寮長の知り合いという事で察して測るべきだった。変人の知合いにまともな人間いないわ。


「凡濃ちゃん昔凄かったのよ。寺の裏手にある墓に刺してある卒塔婆を改造してギター作ったりしてね。それを『BOU☆SAN』っていうロックバンドで実際に使ってたのよね」


バチ当たりすぎる!?」


「あの時はわしも若かったからのぉ…。仲間内でやんちゃをやってたんじゃよ」


「ボーカルもドラムスもベースもいない、全員ギターっていう革新的なバンドだったわねぇ」


「えぇ…」


 そのバンド人気なさそう…。バンドって各楽器のハーモニーとボーカルの歌があってこそじゃないのか…。


「じゃあ弥太郎の怨霊はどうすればいいんだよ?」


「うむ、それなんじゃがな。先代が昔『弥太郎の霊は波乱万丈な人生を歩むことによって満足し成仏する』と言っておった。なのでお主が迫りくるトラブルを見事解決し、苦難を乗り越えれば弥太郎の霊など自然といなくなるじゃろうて。所詮ショボい一個人の霊じゃ、そんなに強くないわい。死ぬまではいかんよ」


「つまり俺はこれからもトラブルに見舞われ続けると? そういう事か?」


「うむ、頑張りなされ! わしは茶でも飲みながら応援しとるぞ」


「ふざけんな!!!」


 結局俺はこのままトラブル続きになるのは確定か…。ここに来たのはまるまる無駄な時間だったな。


 ちくしょう…俺の精神力が…この先もどんどん削られていくのか…。むしろ俺が怨霊になりそうだよ…。



○○〇


次回の更新は6/30(金)です


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