かき氷の味は時々梅

その日、俺は夏休み中に出された課題をやるための資料として使った本を返却しに図書館へと向かっていた。灼熱の太陽の日差しが俺の背中を焼き尽くそうと降り注ぐ。本日の気温は36度、相変わらずの猛暑日が続いている。少し外に出るだけでも体から汗が噴き出る。


 俺は生まれてからずっとこの色彩市に住んでいるのだが、小さい頃は暑くても33度ぐらいが最高気温だった。しかし今やそれを3度も上回る36度の猛暑日が毎日続いているのだ。


 「これが地球温暖化の影響か」としみじみとそれを肌に感じながら、俺は夏の鋭い日差しが照りつける大学のキャンパスを図書館に向かって進んでいった。女子寮から図書館は対角の位置にあるので結構歩かなくてはならない。


 やっとこさ図書館についた俺はエアコンの効いた室内で一息つく。そして噴き出した汗をハンカチでぬぐい、汗が本に付かないように慎重に職員の人に本を返却した。


 ふぅ、これで今日の用事は終わった。今日はバイトも無いし、課題も全て終わった。さて、何をして過ごそうかなと思っていると、ふいに2つの影が俺の目の前に現れる。


「…冬梨と」


「バラムツの」


「「ショートコント」」


 突然図書館の物陰から出て来た冬梨とバラムツさんが意味不明な事を言い始めた。


 なんだ? 何が始まるんだ?


 俺が2人を観ながら困惑していると、冬梨はポケットから取り出した帽子を被り近くにあった図書館の柱に抱き着いた。


「…ツクツクボウシ。…ツクツクボウシ」


「あっ、こんなところにツクツクボウシがいる!」


 …良く分からんが2人でコントをやっているらしい。冬梨のツクツクボウシの鳴き声が棒読み気味なのに比べ、バラムツさんは迫真の演技をしているのでそのちぐはくさが凄くシュールに感じる。


「ツクツクボウシって何でツクツクボウシって言うんだろ?」


 …そりゃ鳴き声が「ツクツクボウシ」だからじゃないのか? これ以上ない分かりやすい命名理由だと思うが。少なくともアブラゼミの名前の由来が「油紙」の色に似ているからよりは分かりやすいと思う。


「あっ、そっか! 木にくっ付いて帽子を被っているからツクツクボウシなんだ! …ってそんなわけあるかーい!!! セミが何で帽子を被ってんねーん!!!」


 バラムツさんは俺の肩に右手でビシッとツッコミをする。


 …なんで俺にツッコんだんだろう? 普通冬梨にツッコむんじゃないのか? ひょっとするとこれはシュールギャグの一種か何かなのだろうか? 


 そんなことを考えているとそこでコントが終わったのか2人はそのまま俺の前に揃って並び「ありがとうございました」と礼をした。


 俺が先ほどのシュールギャグにどう反応すればいいのか困っていると冬梨が口を開く。


「…兼続、冬梨たちの新ネタどうだった?」


「…3点。意味が分からなかった」


「やりましたよ冬梨ちゃん! 3点満点中3点を取りましたよ。これはワタクシたちM1グランプリ狙えるんじゃないんですかね?」


「どこの世界に3点満点の採点があるんだよ!? 100点満点中3点だ!」


 俺の答えに2人はショックを受けたようで、この世の終わりの様な表情をする。


「…冬梨渾身のネタだったのに…」


「しかたないですよ冬梨ちゃん。おにーさんにはおそらくギャグのセンスが無いんですよ」


 …確かに俺に笑いのセンスなど皆無だとは思うが、例え俺でなくてもあのコントの点数は低いと思う。どこで笑えばいいのかさっぱり分からなかったぞ…。


「どうしていきなりコントなんて始めたんだ?」


「いやぁ、おにーさんが笑いを求めてそうな表情をしていたので…」


「どういう表情だよ!? 俺いつもと変わらない表情だったろ!?」


「…嘘。兼続はイナゴの佃煮を食べた時のような切ない表情をしていた」


「イナゴの佃煮食べたことなんてないから! ってか切ない表情ってなんだよ!? 笑いと全く関係ないじゃねえか!?」


「すいません、お静かにお願いします」


 俺が2人にツッコミを続けていると職員の人から注意されてしまった。そうだ、ここは図書館だった。俺は声のトーンも落とすと2人に尋ねた。


「そもそもなんで2人はここにいるんだ?」


「…バラムツと一緒に夏休みの課題やってた。ねー?」


「一緒に手分けして資料を探してたんですよ。ねー?」


 ほぅ…。あのボッチだった冬梨がついに友達と夏休みの課題を一緒にやるまでに成長したのか…。俺は心の中で感動してほろりと涙を流す。散々手を焼いた甲斐があったという物だ。


 あとはその調子でどんどん交友関係を広げていき、コミュ障を脱却すれば良い。冬梨の抱える問題の解決の糸口が見えて来たな。


「おにーさんは本を返しに来たんですか?」


「うん? ああ、課題に使った本を返しに来たんだ」


「じゃあもしかして…今からお暇だったりします?」


「えっ? まぁ暇と言えば暇だけど…」


「…冬梨たちこれから『色彩市かき氷フェスティバル』に行くの。兼続も一緒に行かない?」


「『色彩市かき氷フェスティバル』?」


 何だそれは? 聞いたこともない祭典だな…。


「今年から色彩市中のかき氷店が集まって、色彩市自慢のかき氷を市民の皆さんに食べて貰おうって目的で開催されるみたいです。ちなみに会場は色彩松原らしいです」


「何その絶妙に規模の小さい祭典…。普通どんなに小さくても県内のかき氷店が集まるとかじゃないのか?」


 色彩市にかき氷店ってそんなにたくさんあったかぁ? パッと思い浮かぶのは駅前にある1軒ぐらいである。


「そもそもウチの市ってかき氷有名だっけ?」


 こういう祭典ってその土地の有名な特産品とか名産品などが集まる印象があるのだが…。色彩市のかき氷が有名という話は生まれてこの方聞いたことが無い。色彩市に住んで今年で20年になる俺が言うんだから間違いない。


「何でも市長のお孫さんがかき氷が大好きらしくて、それで市長がごり押しして決まったらしいですよ」


「ただの職権乱用じゃねーか!?」


 …うちの市の市長って駅前を再開発したり結構有能なイメージがあったのだが、やはり政治家とはそういうものなのだろうか? 


「ま、いいか。俺も久々にかき氷が食いたくなってきたし。参加させてもらうか」


「…決まり。じゃあ早速色彩松原に向かう」


「何時からやってるんだ?」


「…10時から15時まで。今は11時過ぎだからもう始まってる」


「そうか。じゃあ行くか」


 俺たちはかき氷を食べに色彩松原へ向かう事になった。



○○〇



 道路に降り注ぐ灼熱の日差しをなんとか耐えしのんだ俺たちは無事色彩松原にたどり着いた。色彩松原は色彩海岸に隣接して存在しており、その近くには色彩神社や俺の母校である色彩高校がある。色彩大学からは少し遠く、徒歩で20分ほどだ。


 松原の中は大量に生えた松の木が太陽の日差しを遮ってくれているおかげで道路に比べると多少は涼しい。


 そしてその松原の中央スペース…少し開けた広場の様になっている場所がどうやらかき氷フェスティバルの開催地らしい。


「おっ、本当だ。やってるやってる」


 松原の中を通り、広場のあたりまで来ると確かに人が集まって何かをやっているのが遠目からでも分かった。のぼりが立っており『色彩市かき氷フェスティバル』と書いてあるのが見える。


 広場に出た俺たちは祭りの会場をぐるりと見渡す。色彩市中のかき氷店が集まっているとのことだが、はてさてどんなものだろうか。


「…いち、に、さん。全部で3店舗」


 …うん、知ってた。色彩市にあるかき氷店ってそんなもんだよね。フェスティバルを名乗るにはあまりにも少ない…。しかし祭り自体は盛況のようで3店舗しかないかき氷店に長蛇の列が出来ている。


 俺達も早速かき氷を食べるべく列に並ぶ事にした。乗るしかねぇよなこのビッグウェーブに!


 夏と言えばかき氷だ! 冷たい氷の上に甘いシロップをかけ、一気に口の中にかっ込む。そうすると汗が一瞬で引き、暑い中でも背中が震えるぐらい寒くなるのだ。その代わり頭が「キーン!」と響くが、それもかき氷の醍醐味であると言えるだろう。


「2人は何味にするんだ?」


「…冬梨は王道の練乳いちご」


「おっ! いいねぇ」


 練乳いちごかぁ。いちごのさっぱりとした甘さと練乳の濃厚なミルクの味がこれまた合うんだよなぁ…。


 市販のかき氷シロップは色と香りを変えてあるだけで味自体は一緒な話は有名であるが…、今回出店している3店の出しているかき氷はどこもシロップに市販の物を使わず、フルーツの汁を絞ってかき氷にかけているらしい。なのでフルーツ本来の甘みや味を楽しめるというワケである。


「バラムツさんは?」


「そうですねぇ。ワタクシはマンゴーにしようかな?」


 マンゴー! これまたいいチョイスである。市販のかき氷シロップには無い味であり、日本では中々珍しいマンゴー。あの独特の甘さが癖になる。


「俺は何にしようかなぁ…」


 列の後ろから屋台の横に貼ってあるメニュー表を見てみる。レモン、メロン、いちご、スイカ、ブル―ハワイ、宇治抹茶にみぞれ。どれも捨てがたい。


「…兼続、兼続。あれ」


 冬梨が俺の服の裾を引っ張り、店の看板に載っているおススメメニューを指さす。えっと…何々?


「『イナゴの佃煮かき氷』? 絶対食わねぇよ!? というかなんでさっきから冬梨はそんなにイナゴの佃煮押してくるんだよ!?」


「…冬梨は最近ベア・グ〇ルスにハマった。だから兼続がイナゴ食べてるとこ見たい」


「訓練受けてるプロと一緒にしないでくれ…」


「でも商品説明読んでみると『ジャリジャリとした食感とイナゴの佃煮の甘辛さがベストマッチ!? 癖になる味…かもしれない』って書いてありますよ。意外と美味しいんじゃないですかね?」


 バラムツさんが背伸びをしながらメニューに載っている文字を読み上げる。人が多いので彼女の身長では前が見えないのであろう。

 

「『かもしれない』って何!? 商品提供するからには味のチェックとかしてるんじゃないの!? 無茶苦茶だな、おい!」


「…じゃああれ」


 冬梨は次に俺たちが並んでいる隣の店のメニューを指さす。


「『ニンニクヤサイアブラカラメマシマシかき氷』? どこぞのラーメンかよ!? 却下! なんで俺に変なメニューばかり進めてくるんだ…」


「…兼続はああいうの好きそうだから」


「分かる。ワタクシもおにーさんは結構ゲテモノが好きそうな印象があります」


「どこがだよ…」


 俺はこう見えて結構「王道」好きなんだぞ…。俺は迷いに迷った末にかき氷の王道中の王道である「レモンのかき氷」をチョイスして買う事にした。



○○〇



 かき氷を購入できた俺たちは列から外れ、会場に設置してあるベンチに座ってそれを頂くことにした。


「うーん、さっぱりとしてて美味いなぁ。甘さと酸味が絶妙だ」


 俺は自分が購入したレモン味のかき氷を口に運ぶ。おそらくレモンだけでは酸っぱいのでシロップに砂糖を混ぜてあるのだろう。レモンの酸味と砂糖の甘さが絶妙にマッチしさっぱりとした心地よい味が口の中に広がる。


「おっ、キタキタ! くぅ~頭いてぇ…」


 そして恒例の頭が「キーン!」が発動する。これこれ、やっぱりかき氷はこれとセットじゃなけりゃな。俺は夏の風物詩ともいえるそれを存分に味わった。そしてかき氷を食べたからか、先ほどまで大量にかいていた汗はいつの間に引いていた。


「…冬梨の練乳いちごも美味しい。濃厚。クッ…頭がキーンと…」


「マンゴーもイケますよ。果肉が大量に入ってるのがいいですね」


 かき氷にしては高めで1つ600円もしたが、それだけ払った価値はあったようだ。祭りの屋台などで売っているかき氷よりも何倍も美味しい。


 俺達がかき氷に夢中になって舌鼓を打っていると、突然横のベンチから甲高い声が聞こえて来た。


「こんにちはぁ~。皆さん。UMEKOちゃんねるでーす。今日はこの色彩市で開かれているかき氷フェスティバルに参戦しています。色彩市中のかき氷店が集まった氷の祭典。そこで売られているかき氷を今日は実際に食べて見ましょう」


 どこぞで聞いたことのある声だなと思っていたが…。以前冬梨が友達になろうとして失敗した穴山梅子さんだった。彼女はmetuberをやっており、色彩市にある美味しいお菓子を紹介する動画を投稿しているらしい。今日はかき氷をネタに動画投稿するつもりなのだろう。


「まず初めに私が食べるのは………。ゲッ、馬場冬梨…」


 向こうもこちらに気づいたらしく、明らかに嫌そうな表情をしてこちらを見つめる。


「…誰だっけ?」


「自分がボロカスに言った相手の事を忘れるとはいい度胸ね…」


 そこで冬梨は手を「ポン」と合わせて思い出したような仕草をして、彼女を指さしながら答えた。


「…思い出した。アへ顔の人!」


「ちっが~う!!! いや、正確に言うと違わないけど…。確かにアへ顔したけど!!! 私には梅子というちゃんとした名前があるの! 名前ぐらい覚えなさい、このボッチ!」


「…残念、冬梨はもうボッチじゃない。友達がちゃんといる」


 冬梨はドヤ顔でバラムツさんをグイッと前に押し出す。


「えっと…冬梨ちゃん、この人誰です?」


「…再生数とお金欲しさにアへ顔晒したりガンギマリボイス配信したりしている下品な人」


「ちょ!? なんで限定ボイス配信の事知って…」


 そんな事してたのかよ穴山さん…、正直俺もドン引きした。金のためにそこまでやるのか…。


「あはは…、とりあえず自己紹介しましょうか? 冬梨ちゃんの友達のバラムツです。どうぞお見知りおきを」


「バラムツ? あぁ、あの変人で有名なローション製造機ね 馬場さんとは変な人同士気が合うのかしら?」


「カッチーン。面白いこと言いますねこの人。冬梨ちゃん、こいつっちゃっていい?」


「…許可する」


 バラムツさんが笑顔でブチ切れている。そういえば前にそう言われるの嫌いだって言ってたなぁ。


 …ってそんな事言ってる場合じゃない、3人を止めないと…。冬梨も許可すんなよ!


「まぁまぁ2人とも落ち着いて…。穴山さんも」


「あのねぇ! あなた彼氏なら自分の彼女のぐらいちゃんとしつけておきなさいよ!」


 穴山さんの怒りの矛先はどうやら俺の方に変わったようだ。こちらに向かって金切り声を上げて来る。


「いやいや、前も言ったけど俺は別に冬梨の彼氏じゃないぞ」


「じゃあどういう関係なのよ?」


 俺と冬梨の関係…? 保護者?…はちょっと違うか。先輩・後輩?…よりは仲が良い気がする。うーん、友達?…でいいのだろうか。少なくとも恋人ではない。


 俺がどう言おうかと悩んでいると先に冬梨が口を開いた。


「…冬梨と兼続はただならぬ関係」


「おい!? 勘違いされるような事言うなよ!」


「…冗談、兼続は冬梨の大切な友達であり恩人」


 ホッ、良かった。俺はどうやら冬梨の大切な友達に区分されていたようだ。穴山さんはそんな俺たちの様子を呆れた顔で見て来る。


「はぁ…もういいわ。なんか気分冷めちゃった。私はこれで帰るけど、金輪際撮影の邪魔はしないでよね。じゃあね!」


 穴山はさんはそう言ってとかき氷と撮影機材を持ち帰ってしまった。とりあえず一触即発の事態にならずに済んだか。


 …バラムツさん意外と喧嘩っ早いんだなぁ…。俺は肩から力を落とすとベンチにドスンと座る。


 それにしても俺は冬梨の「大切な友達」か…。いざ面と向かって言われると少し心がむず痒くなる。俺は火照ってしまった顔を冷ますように溶けた残りのかき氷を飲み干した。



○○〇


今はまだ…友達。


次回の更新は7月4日(火)です


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