夏休みのバイトは波乱万丈

 俺と氏政は色彩駅前にあるベンチで休んでいた。駅の建物がちょうど日差しからベンチの位置を守ってくれているの影が出来て少し涼しい。


「つ、疲れた…」


「まさかお祭りのエキストラのバイトがあんなにもハードだったとは…」


 俺たちは今しがた隣町でやっていたお祭りのエキストラのバイトを完遂し、この色彩市に戻って来たばかりであった。


 俺は普段大学の学内バイトをやっている。自分が取っている講義の時間に合わせてバイトの時間の融通が利いたり、他のバイトとは違い「いざやってみたら内容が実は超絶ブラックだった!」ということがないのが学内バイトのメリットだったりするのだが…。

 

 逆にデメリットとしては大学が休みの間はバイトも休みになってしまう事があげられる。大学の夏休みは約2カ月間と長いので、その間別のバイトをして食いつながなくてはならないのだ。


 そこで俺は単発のバイトをよくやっている氏政に「何かいいバイトは無いか?」とバイトを紹介して貰った所、まず手始めに「お祭りのエキストラのバイトが結構割が良いのでやってみないか?」と誘われ、承諾したのだった。


 1日…といっても実働時間は6時間ぐらいだが、それで1万5000円もくれるのだから確かに割は良い。ウチの県の最低給料は820円なので時給換算すると3倍近い値段になる。


 しかしその代わり内容がハードだった。「お祭りのエキストラってそもそも何をするんだ?」と思っていたのだが…。法被に着替えておみこしを担いで町中を回るという内容だったのだ。


 本日の気温は36度である。その炎天下の中、重いおみこしを担いで「ワッショイ!ワッショイ!」とむさくるしいオッサンたちと共に大声を出しながら町中を練り歩いたのである。そりゃもうたった6時間でも汗びしょびしょのクタクタになるわ…。特に俺の隣でおみこしを担いでいたオッサンの体臭が物凄く臭かったので気分が悪くなった。


 俺は自販機で買ったスポーツドリンクの蓋を取り、一気に体の中に流し込んでいく。はぁ~、生き返るわぁ。


「そういや兼続、疲れてるとこ悪いが次のバイトどうする?」


 氏政がスマホで単発のバイトを募集しているサイトを見ながらそう尋ねてくる。


「氏政のおススメは?」


「そうだなぁ、おっ! 夏の間なら海の家のバイトとかどうだ? 水着のお姉さんガン見し放題だぜ!」


「…俺はいいや、お前だけでやってくれ」


 別に海の家でバイトすること自体に抵抗はないのだが、こいつと同じように「水着のお姉さんが目当てで海の家でバイトしているのでは?」と思われるのは嫌だった。特に寮の連中にバレると確実にめんどくさい事になる。


「そう? じゃあこれは俺だけで応募するわ」


「他には何か割がよさそうなのないか?」


「ん~…じゃあこれはどうだ? ヌードデッサンのモデルのバイト。6時間で2万円くれるらしいぞ! しかも2日間だから合計で4万だ。2人で応募可だから一緒にやらね?」


「確かに割はいいけどさ…。ヌードはちょっと抵抗あるなぁ…。っていうかそれ如何わしい所が募集してるんじゃないだろうな?」


「そう? 俺はお金くれるなら服なんぞ脱ぎ捨てるけどな。ちっさいプライドじゃ飯は食えないぜ。募集は『色彩市腐女子の会』っていう所だな。アニメキャラのBL本を出しているサークルらしい」


「いや、絶対それ悪用されるでしょ!? 2人で参加可ってもしかしてそう言う事か?」


 芸術と言う大義面分の元「2人が裸体で抱き合った体勢をお願いします」とか言われそうだ。それ芸術じゃなくて術だから。


 …もっと言うと俺と氏政の裸体のデッサンを使ってBL本が作られるとかどんなに金払いがよくても絶対嫌だ。


「他に割の良さそうなのは?」


「他に割の良さそうなのねぇ…。おっ! 成功報酬20万だって!」


「20万!? それは凄いな! で、仕事内容は?」


 20万と言うと破格である。ここらの最低賃金で換算するなら約1.5か月分の給料にも相当する額だ。でもそれほど成功報酬が高いのであれば仕事内容は相当厳しい気がするが…。


 何だろう、特殊清掃員とかだろうか。あれも死体の処理や自殺した人の部屋を掃除するのでかなりキツイと聞いたことがある。


「えっと…『カバンを東京の歌舞伎町にあるとあるビルまで運んでもらいたい。中身は聞くな』だってさ、簡単そうじゃね?」


「それ明らかにヤバいバイトじゃねえか!? なんでそんなバイトをサイトで募集してるんだよ!?」


 どう考えても裏に反社会組織がいる匂いしかしない。その依頼を受けたら最後、自分の個人情報を相手に握られ、断ったら身内に危害が及ぶと脅され、例え依頼を完遂したとしても口封じのために殺されかねない。絶対に受けない方が良いだろう。20万は確かに大金だが、命には代えられないのだ。


「んーこれもダメか」


「当たり前だろ!? もっと命の危険がなさそうなやつ無いのか?」


「注文が多いなぁ…。それじゃあ…おっ! 命の危険がなさそうで報酬も高いのあったぞ!」


「内容は?」


「えー…『私の煩悩を消し去るために四国八十八カ所のお遍路さんを代わりに回ってきてください! 報酬は後払いで20万』だってさ」


「自分で回れよ…。なんでアンタの煩悩を消し去るために別の人間が回らにゃならんのだ…。意味ないじゃないか」


「でも報酬20万だぜ?」


「四国八十八カ所って回るのに凄く時間がかかるんだろ? それに旅費を払うって書いてないから旅費もこっち持ちという事だし…。そこらを考えると時間がかかるだけで報酬の20万はほとんど手元に残らないと思うぞ」


「あっ、そうか! クソッ、だましやがってこの詐欺師め!!!」


「いや、それくらいちょっと考えれば分かるだろ…」


 氏政が将来詐欺に引っかからないか不安である。その後も俺たちはサイトを見ながら割のよさそうな単発バイトを探していった。



○○〇



 30分ぐらいそうしていただろうか。駅のベンチに座りスマホを見ていた俺たちに突然声がかけられる。


「あなたたち何してるの?」


 スマホから顔を上げるとそこには千夏と秋乃がいた。2人とも余所行き用の服を着て軽くおめかしをし、手にはどこかのお店の袋を持っている。2人でどこかに買い物にでも行っていたのだろう。


 そういえばこの2人はバイトとかどうしてるのだろうか? 千夏に関してはいつも部屋で寝ているイメージしかないし、秋乃も寮で料理を作っているイメージしかない。気になった俺は聞いてみる事にした。


「夏休みのバイト探してたんだよ。そっちは買い物の帰りか?」


「ええ、秋乃とちょっとお買い物」


「ちょっと聞きたいんだけどさ、2人はバイトとかどうしてるの?」


「バイト? 私は部屋のPCでできるバイトをやってるわ」


「へぇ~そんなバイトあるんだ。どんなことするんだ?」


「ネットに乗せる記事を書くライターのバイトだったり、metubeの迷惑コメントを通報するバイトだったり、飲食店に良い評価のレビューを書くバイトだったり…まぁ色々よ。結構募集しているものよ。報酬はそんなに多くないけどね」


 意外である。千夏は部屋で勉強するか寝てるかのどちらかだと思っていたのだが、仕事もちゃんとやっていたらしい。外に出なくてもできるバイトをチョイスしているあたりが実に千夏らしい。


「秋乃は?」


「えっと…私はバイトやってないの。お母さんが学業に専念しなさいって言って仕送りくれてるから…」


 秋乃が少し恥ずかしそうにしながらそう呟く。


 なるほど、秋乃は仕送りで生活しているのか。羨ましい。俺の実家にもそれくらいの財力があればなぁ…。まぁ学費は払ってもらっているんだから文句は言うまい。


「せっかくだし、高坂さんも俺達と一緒にバイト探ししない? で、割の良いバイトがあったらみんなで申し込もうぜ! 1人でやるよりみんなでやった方がバイトも楽しいしさ」


 氏政がそう提案する。


 …めんどくさがり屋の千夏がそんなことをするはずがない。外では完璧な顔をしているが、寮ではナマケモノのようにダラダラしている彼女だ。必要最低限のバイト以外はしないだろう。


 …と思っていたのだが。


「そうねぇ…。夏は何かと入用だし…、割の良いバイトが合ったら私もやろうかしら?」


「珍しいな、千夏が労働を増やすだなんて…。明日は雨か?」


「うるさいわね…。さっきも言ったでしょう。夏はなにかと入用なのよ。それに…やりたいことも出来たしね」


 千夏がジト目で俺を睨んでくる。何をやるのかは知らないが、部屋でゴロゴロしているよりかは良いだろう。俺は応援するぞ。


「えっと…、それ私も参加していいかな?」


 そこで秋乃が小さく手を上げて自分も参加の意を表明してきた。


「あれ? 秋乃は仕送りがあるから別にバイトする必要ないんじゃ?」


「そうなんだけど、私も社会勉強のためにバイトはやっておいた方が良いかなって(これはチャンスよ秋乃! 兼続君と一緒にバイトして一気に距離を縮めるの!)」


「それはいい心がけだと思う。俺らもあと2年で就職だし、実際の職場の雰囲気を体験しとくのもいいかもな」


「そうだよね? ということで私も参加します!」


 そんなこんなで4人で短期のバイトを探すことになった。まぁ、確かに1人でやるよりは友達と一緒にやった方が楽しいかもな。


 

○○〇



 俺たちは駅のベンチに4人で座りながらスマホで短期のバイト探していく。そんな中、氏政が声を上げた。


「おっ!」


「なんかいいのあったか?」


「レンタル彼氏のバイトだってさ。面白そうじゃん。報酬も結構良いぜ。半日で平均1万円ほどの報酬。登録しておくだけで会社が勝手に仕事振ってくれるらしいぜ。兼続、これやってみねえか?」


「俺はいいよ。そういうのってイケメンがやるもんだろ?」


「登録者の顔のサンプルも載ってるけどみんな大したことないぜ。これくらいで行けるんなら大丈夫だろ?」


 氏政のスマホの画面を見てみると、眼帯をして中二病ポーズをしている男性や毛むくじゃらのイエティみたい男性が映っていた。うーん…この人たち指名されてるんだろうか?


 レンタル彼氏ねぇ…。氏政の言う通り顔がそれほど重要じゃないとしてもだ。女性への細かな気配りが出来る人じゃないとやるのは難しいんじゃないかねぇ…。今の時代何かあるとすぐにクレームが飛んできそうだし…。そう言う意味では氏政も俺も向いてないといえるだろう。


「私は応援するよ。兼続君レンタル彼氏やってみようよ!!!」


「あ、秋乃?」


 何故かは分からないが、秋乃が凄い勢いで俺にレンタル彼氏をやることを進めてくる。彼女の横にいる千夏も若干その勢いに引いていた。


「兼続君優しいからレンタル彼氏も十分できると思うよ(兼続君がレンタル彼氏ですとぉ!!! つまり、私が彼を指名すれば何度でもデート出来るって事じゃない!?デートの練習という名目で彼と何度もデートをして、そのうち本当の恋人になるの!)」


「そ、そうかな?」


「そうだよ! はい、決定! 登録ボタン、ポチッとな」


「あっ!?」


 俺が躊躇しているうちに秋乃が登録ボタンを押して詳細入力画面まで進んでしまった。うーん、まぁ登録するだけやってみるか。女性の扱い方の練習になるかもしれないしな。指名なんて来ないと思うけど。


「わかったよ。そこまで言うならやってみる」


「そうこなくっちゃ! 多分すぐに指名来ると思うよ(指名するの私だけどね)」


 秋乃の強引さに押されて結局レンタル彼氏に登録してしまった…。まぁ指名が来たら来たで真摯に仕事をするだけだ。


 その後も4人で割の良い単発バイトを探したが、その日は特に割の良いものは見つからなかった。俺たちは割の良いバイトを見つけたら連絡することを約束し、その日は別れた。



○○〇


次回の更新は7/6(木)です


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