レンタル彼氏の指名相手は…ヤマガタアキノさん…?

 レンタル彼氏のバイトを登録して数日…。俺は多分指名なんて来ないだろうなと思いながら夏休みを過ごしていた。夏休みの課題はもうすでにやってしまったので後はバイトしたり資格勉強したりと時間は自由に使える。もちろん女子寮の4人の問題解決も忘れてはいけない。


 俺が自分の部屋…もとい地下室で寝転びながら今日はどうしようかなと思っているとスマホから「ピコーン!」と音がして何かしらのメッセージが届いたことを告げる音が鳴り響いた。


 俺は誰からメッセージが来たのかチェックするためにスマホを手に取る。するとスマホの画面には「レンタル彼氏御指名あり」というメッセージが映っていた。


「えっ、ガチで来たのか…?」


 俺は驚きながらも急いでスマホのロックを外し概要をチェックした。


『こんにちは愛染明王あいぜんあきお様。こちらレンタル彼氏派遣サービス「イケイケレンタル彼氏」のエリアマネージャーの長尾と申します。今回レンタル彼氏のご指名がありましたのでご連絡いたします。当サイトではデート当日のご予定などは彼女様(レンタル依頼者)と愛染様でご相談いただいて決めて頂くことになっております。彼女様の連絡先やプロフィールなどは下記にまとめてありますのでご確認ください。なお注意事項等につきましては~』


 ちなみに愛染明王というのは俺のレンタル彼氏としての源氏名である。まさか本当にご指名の依頼が来るとは思っていなかったので内心バクバクである。どうしよう? ちゃんとエスコートできるだろうか…。


 いや、こんなことで怖気づいていてどうするんだ。女性の扱いが慣れないといつまでたっても俺に彼女などできないのだ。気張れ東坂兼続!


 それに依頼してきた女の人にも失礼に当たる。依頼されたからには全力で事に望むのが俺のスタイルなのだ。


 一体どんな人が俺を指名してきたのだろうか…。俺は恐る恐る依頼者のプロフィール画面を読んでいく。


「えっと…名前はヤマガタ・アキノ…さん? 年は19歳。職業学生…? どこかで見たような名前とプロフィールだな」


 アキノ…秋乃? いやまさか…。秋乃がレンタル彼氏なんかに申し込むはずがないじゃないか。おそらく同姓同名の別人、もしくは偽名を使ったらたまたま秋乃と名前が被ってしまったとかそんなところだろう。


 でも年も職業も一緒だな…。まぁレンタル彼氏なんて申し込んでくる層は彼氏が欲しい学生が多いだろうし被ることだってあり得るだろう。


 そもそも秋乃はレンタル彼氏なんかに依頼しなくても彼氏を作ろうと思えば作れると思う。異性限定のコミュ障とか言ってたけど俺とは普通に話せてるし、他の男性と話しているところ見てもそこまでコミュ障には感じない。ぶっちゃけ4女神の中で1番早く問題が解決しそうなのが秋乃なのだ。


 という理由で俺はこれは別人という事で解釈した。俺はそこで少し尿意を覚えたのでトイレに行こうと思い立ち、自分の部屋を出た。少しお茶を飲みすぎたかな。



○○〇



 トイレに行った帰り…俺はトイレの出口でバッタリと秋乃と出会う。先ほどの事があったのでちょっと気まずい…。まぁ秋乃ではないとは思うけれども…。


「そういえば兼続君。そろそろメッセージ届いた?」


「メッセージ? 何の?」


「やだなぁ。レンタル彼氏の依頼だよ♪ 私から依頼届いてたでしょ?」


 え…? ガチで!? あのヤマガタアキノさんって本当に秋乃の事だったの? 

 

 俺は衝撃の事実に困惑する。どうして秋乃が俺にレンタル彼氏の依頼を…? 秋乃には彼氏をレンタルする理由なんて無いように思えるけど…。気になった俺は彼女に理由を尋ねてみる事にした。


「えっとね…。あのぉ…そのぉ…、彼氏が…出来た時の練習をしたくて////(ここであなたとデートしたかったて言えればなぁ…)」


「それなら別に言ってくれればいつでも付き合うのに。わざわざレンタル彼氏としてレンタルする必要なかったんじゃ…? 業者にお金取られるぞ」


 レンタル彼氏の報酬は時間やオプションによって変わるが…大体1時間5000円ほどが相場だ。例え数時間だけでも学生にとっては決して安くない金額を払わなくてはならない。


「それは…私のデートの練習なのに兼続君に報酬を払わないってのも変じゃない? 労働した分の対価は受け取るべきだと思うな(面と向かってデートしてくださいなんて言えるはずないよぉ…//// だからレンタル彼氏っていうデートに誘う大義名分が欲しかったんじゃん! もし私にそんな勇気があれば15年も片思いしてないよぉ

!)」


「俺にとっても秋乃とのデートは練習になるし別に報酬は要らないけど…。今からでもキャンセル…あっ、でも業者にキャンセル料取られるのか…。しょうがない…1回だけレンタル彼氏として仕事受けるか」


「本当に!? ありがとう兼続君」


「でも次からは言ってくれれば予定が空いてればデートの練習ぐらい受けるから。わざわざ業者にお金払わなくてもいいぞ」


「分かったよ(…ごめんね。私にもっと勇気があればこんな回りくどい事しなくて済んだのに…)」


「じゃあ早速打合せするか?」


「うん!」


 俺達はデートの打ち合わせをするべく食堂に移動して話し合った。



○○〇



 そしてデート当日。俺たちは『色彩バラエティ』、通称『色バラ』と呼ばれる大型商業施設の前で待ち合わせをする。秋乃はどうも『色バラ』で俺とデートの練習をしたいようだ。


 『色バラ』は大学生の間でも結構人気のあるデートスポットだ。色々な店や施設があるから話題には困らないし、更にはフードコートもあるので食事もできる。デートに必要な物が1つの施設に大体揃っているのが人気の秘訣なのだろう。


 本日のデートの時間は4時間。短いように思われるがそれでも秋乃が支払う金額は2万円である。秋乃はもっと長くしたい顔をしていたが、さすがにそれ以上となると大金を業者に支払わなくてはならないため俺が止めさせてもらった。それ以下だと短すぎるし、ここら辺が落としどころだろう。


「待った?」


「いや、今来たところだよ」


 以前のデートとは違い余裕をもって集合場所に到着する秋乃。俺とは実質2回目のデートだからかこの前よりは余裕がある様だ。


 彼女は今日は涼し気なネイビーのワンピースを着ていた。大人っぽくもあり、ほのかに上品さを感じさせる。どうも秋乃は大人っぽいデザインの服が好きらしいな。


「服、良く似合ってるよ」


「えへへ/// ありがとう! 兼続君もカッコいいよ」


 俺はいつものシャツとテーパードパンツで来ているのだが…、まぁ誉め言葉はありがたく受け取っておこう。夏は暑いので服のバリエーションがどうしても少なってしまうのが悩みどころである。他の季節だともっと選択肢がとれるんだけどな…。今は男のファッションの話はいいか。


「じゃあ、さっそく行こうか? 時間がもったいないよ」


「そうだな」


 秋乃はそう言うと俺の腕に抱き着いてくる。


 フニュン♪


 ちょ、おま!? 秋乃のそれはそれは大きいものが俺の腕に押し付けられる。なんせワンピースと下着しかつけていないだろうからその柔らかい感触が比較的ダイレクトに俺の腕に伝わるのだ。


 俺の頭の中で「ボヨヨン♪」とか「ドタプン♪」とかいう擬音が再生される。ヤバい…理性が破壊されてしまいそうだ。これはなんとかしなければ…。


「あ、秋乃…。腕を絡めるのは流石にやりすぎじゃ…」


「どうして? 今の兼続君は私の彼氏なんだよ? 彼氏ならこれくらい普通だよ(デートの練習をやっているという大義名分を生かして大攻勢をかけるのよ秋乃! ふふふ…兼続君動揺してる♪)」


「い、いや…。その…暑いし…。俺汗かきやすいから…。他人の汗に触るの嫌だろ?」 


「今から行く『色バラ』は店内にガンガンにエアコン効かしてるから大丈夫だよ! むしろくっ付いてないと寒いんじゃないかな? ということでこのままレッツゴー♪」


「えっ!? それはその…勘弁! 秋乃!?」


 結局俺は秋乃と腕を組んだまま店内に入店することになった。持つかな…俺の理性? 


 いや…こんなところで理性を崩壊させてどうするんだ。それは秋乃の信頼を裏切る結果になってしまう。考えてもみろ、俺は日ごろから寮長や氏政なんかのウザい連中の攻勢に耐えてきているじゃないか。俺の精神力はこんなところ崩壊する程軟弱ではない!


 仏のような心をもって性欲を捨て去ろう! 滅私、滅私! 煩悩よ消え去れ! ドーマンセーマン! 南無阿弥陀仏! アーメン!


「…何やってるの?」


「えっ? いやぁ…その仏に祈りを捧げてた」


 俺が煩悩を捨て去ろうとあがいている所を秋乃にバッチリと見られていたらしく彼女に訝し気な目線を向けられる。しかしもう大丈夫だ。俺の心から性欲は取り除かれた。今の俺なら例え100人のAV女優がいる部屋に放り込まれても大丈夫だろう。


「もう! 今は私とのデートに集中しなきゃダメなんだからね!」


 秋乃はそう言って頬を膨らます。ほっぺにどんぐりを貯めたリスみたいで可愛らしい。


「分かったよ」


 こうして俺たちのデートは始まった。



○○〇



「うーん…兼続君はどっちが私に似合うと思う?」


「秋乃ならどっちも似合うんじゃないかな? なんせ秋乃は素材が良いし」


「もう//// 私が日本人女性で1番可愛いだなんて/// それは言い過ぎだよぉ////」


「そこまでは言ってない」

 

 まず最初に俺たちがやって来たのは服屋だ。秋乃は夏物の服をいくつか買いたいらしく、俺にどの服が良いのか選択を迫って来る。秋乃は可愛いから何を着ても似合うと思っているのは本当だ。


「で、どっち? 兼続君の好みでいいよ」


「えっ? 秋乃が着るんだから俺じゃなくて秋乃の好みで決めて良いんじゃないか?」


「ねぇ兼続君…今のあなたは私の彼氏なんだよ。彼氏なら彼女の服ぐらい選べなきゃ!」


「お、おう…。じゃあ右の赤い方で…」


「…理由は?」


「そっちの方が秋乃の雰囲気に合ってると思う」


「こっちだね。私もそうなんじゃないかと思ってたの! じゃあこれも買おうっと」


 …確かにレンタル彼氏としてデートの練習をするとは言ったが…。これは流石にやりすぎではないだろうか。


 俺は(仮)の彼氏であって本当の彼氏じゃない。そんな人間の好みで買う服を決めてもいいのか? 秋乃がそれでいいと言うのであれば協力はするけどさ…。


「フフ~ンフ~ン♪(この前の兼続君とやったちょっと背伸びしたデートも良かったけど、やっぱりこういう普通の学生デートが1番だよね♪)」


 秋乃は上機嫌になり鼻歌を歌いながら服を物色している。うーむ…やはり女心というのは良く分からんな。ここ2カ月女子寮で生活したことで少しは女心という物を理解できたかと思ったが…まだまだのようだ。


 その後も俺たちは『色バラ』店内を巡りながらデートをしていく。買い物をしたりフードコートで軽食を取ったり、ゲーセンでゲームをしたり…。そうこうしているうちにあっという間に4時間が過ぎてしまった。


「楽しかったねぇ~。もう4時間もたったんだ。体感では4秒しかたってないように思えるよ」


「4秒は早すぎだろ!? せいぜい40分ぐらいじゃね」


「そうかもしれないね」


 秋乃とのデートの練習は俺も楽しませてもらった。秋乃は普段あまり行かない場所に行くより、こういう普段の生活圏をのんびりと楽しむデートの方が好きらしいな。俺の前回のデートは失敗だったわけか…。んー反省しないとな。


 俺たちは『色バラ』から出て寮へと帰る道をとぼとぼと歩いていく。しかしそこで秋乃が何かを閃いた顔をして口を開いた。


「ねぇ兼続君。せっかくだから最後にもう1つ体験してみたいことがあるんだけどいいかな?」


「別にいいけど…」


 彼女は一体何を思いついたのだろうか? 俺は少しドキドキしながら彼女が再び口を開くのを待った。


「えっとね…。私『壁ドン』と『顎クイ』を体験してみたいなぁ…なんて//// ダメ…かなぁ?/////(この前少女漫画で読んでからどうしても体験して見たかったんだよね。デートの練習と言う大義名分をいかして彼にやってもらおう////)」


「えっ? 『壁ドン』ってあの『壁ドン』?」


「他に何があるの?」


 実は『壁ドン』には2種類ある。隣の部屋に住んでいる住人がうるさい時に壁を「ドン!」と叩く『壁ドン』と、ラブコメや少女漫画で良く見る男が女を壁際に追い詰めて壁を「ドン!」と叩いて迫る『壁ドン』である。


 『顎クイ』は同じくラブコメや少女漫画で男が女の顎をクイッと掴んで引き上げて顔を見つめる仕草の事である。


 しかしラブコメや少女漫画ではどれも相手がイケメンという条件が付くのだが…俺がやっていいのだろうか? 良くも悪くも平凡な顔と言われる俺が。


「やれと言われればやるが…。本当に俺でいいのか?」


「いいのいいの! これも練習だよ! さぁ私にドーンとぶつかって来て! あっ、セリフは『秋乃…好きだ!』でお願い!(キャーーーー! 憧れの『壁ドン』『顎クイ』///// ヤバい…興奮しすぎて脳が沸騰しそうだよぉ…//////////)」


 うーん、秋乃もこう言ってるし…、今の俺は練習とは言え秋乃の彼氏だ。なるべく彼女のリクエストには答えてあげたい。俺は覚悟を決めると彼女に向き直った。


 そして彼女をズズイっと壁際に追い詰めていく。


「ハァハァ…/////(この高揚感…ダメ…癖になりそう…///)」


 秋乃は息を荒くして壁際に追い詰められる。…そんなに俺圧迫感あるかな?

そして秋乃の体がビルの壁にペタリとついた。俺はそれを見計らって右手を秋乃の顔の横に「ドン」っとたたきつける。…痛い。強くしすぎた。


「ッ!!!!!!!(ああああああああああああああああああああ////////// 壁ドン、顔近いぃ////// あぁ…衝撃がお腹に響くぅ/////)」


 えっと…後は『顎クイ』してセリフを言えばいいんだっけ? 


 俺はまだジンジンと痛む右手を彼女の顎に付け、クイッと引き上げ俺の顔の方を見させる。俺と彼女の目が合う。彼女は顔をゆでだこの様に赤くさせる。


「秋乃…好きだ!」


「(ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ////////////// ダメ…思考が…もうできない。脳が…オーバーヒート…)」


ブシャ!


「秋乃!? おい秋乃!?」


 秋乃はあろうことかその場で鼻血を出して倒れてしまった。いきなり鼻血を出すなんてどうしたんだろう。熱中症か何かだろうか?


 俺は急いで秋乃を近くの店に連れ込むと事情を話して休ませてもらった。数分後、看病の甲斐あって秋乃は無事意識を取り戻してくれた。


 病院に行くことを進めたが秋乃は頑なにそれを拒否をした。絶対病院に行った方が良いと思うんだけどな…。そうしてその日のデートは終わった。



○○〇



 ―その日の夜、秋乃の部屋―


「あああああああああああああああああああ。やっちゃったやっちゃったやっちゃったーーーー!!!!!! 私のバカバカバカぁーーー!!!!!! 兼続君の前で興奮しすぎて鼻血を出すなんてぇ! 絶対変な娘だと思われたよ…。調子に乗って『壁ドン』『顎クイ』なんて頼まなければ良かったぁー! ああああああああああああ!!」


「ちょっと秋乃。うるさいわよ?」


 秋乃はガンガンと頭を壁にぶつけて後悔した。



○○〇


次回の更新は7/8(土)です


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