何かがおかしい…

 もう来週から試験が始まるという土曜日の朝、俺は硬い布団からのそりと起床すると、とっとと朝飯を食べて試験の勉強を再開しようと地下室の梯子を上って1階へと上がった。


 俺は食堂の前で今起床して来たであろう千夏とバッタリと出会う。


「おはよ」


「ええ、おはよう。来週から試験ね。お互いに単位を落とさないように頑張りましょう」


「ホントにな」


 俺と千夏は朝の挨拶と軽口を交わしながら食堂の中へと入っていく。しかし…俺は千夏に少し違和感を覚えた。


 具体的にどこが? と言われると分からないが、いつもの千夏と比べると何か違うのである。


 俺はその違和感の正体が何なのか分からないまま自分の席に着いた。美春先輩と冬梨はもうすでに着席しているようだ。寮長はまだ兵糧攻めされている最中なのでここにはいない。


 みそ汁の出汁のいい香りとサケが焼ける香ばしい香りが鼻に漂ってくる。どうやら今日の朝食はご飯と焼いたサケ、そしてみそ汁というまさに「こういうのでいいんだよ」と言いたくなるような古き良き日本の朝食の様だ。


 まだ朝食が出来るまでには時間があるようなので、俺は千夏の違和感の正体を考える。


 顔色? いや、顔色はいつもと変わらない。体調不良とかではなさそうだ。


 声色? うーむ…いつもと変わらないと思うが…。怒っているとか、テンションが低いとかでもない。


 口調? いつも通りだ。別人が変装しているとかでもない。


 シャンプー変えたとか? いや、千夏はあまりそういうのにはこだわらない。以前「シャンプーはいつもメ〇ットを使っているわ」と言っていたのを覚えている。


 髪型を変えたり何か新しいアクセサリーを付けた? 寮の外ではともかく、寮の中では千夏は必要最低限の身だしなみしか整えない。よってこれもありえない。


 服を新調した? 彼女が今着ている服は以前俺が彼女の部屋の掃除を手伝った時に着ていたタンクトップとショーパンである。なのでこれもちがう。


 俺は思いつく限りの事を頭の中で羅列していくが、どれも俺が感じた違和感の正体とは違う気がした。


「朝ご飯出来たよー?」


 そこで朝食が完成したらしく秋乃が俺たちに朝食を配膳してくれる。俺は違和感の事を一旦頭の隅に追いやって、先に朝食を頂くことにした。食べ物は基本的にに出来立てが1番美味いのだ。



○○〇



 朝食を食べ終えた俺は再び千夏の違和感の正体について考えていた。本来であればとっとと自分の部屋に戻って試験勉強を再開するべきなのであるが、この疑問を解決しない事には試験勉強の方が手に付きそうになかった。気になったことはとことん追求しないとダメなタイプなのだ。


 しかし考えても一向に違和感の正体が分からない。手詰まりを感じた俺は寮の他のメンバーにも聞いてみることにした。


 まずは俺の隣に座っていた秋乃にヒソヒソ声で尋ねてみる。


「(なぁ、秋乃)」


「(なぁに? 人の事を遊びでナンパしてきた兼続君?)」


「う゛っ」


 どうやら秋乃はこの前俺が間違えてしてナンパしてしまった時の事をまだ怒っているらしい。


 だってしょうがないじゃん、ナンパしなきゃ氏政の奴が大学の正門に居座っていろんな人に迷惑かけそうだったんだから。


 もちろん俺はその事を誠心誠意謝罪した。許してもらえたと思ってたのになぁ…。


「(冗談だよ。もう怒ってないから。でもあんまりああいう事はしない方が良いと思うよ。勘違いするメス…ん゛ん゛っ、女の子が出てくるかもしれないし…。兼続君カッコいいんだからね!)」


 なんか秋乃からとんでもない言葉が出て来たような気がするのだが気のせいだろうか? まぁでももう怒っていないようで良かった。


 俺は気を取り直して千夏に違和感を覚えないか秋乃に聞いてみる。


「(秋乃、今日千夏、なんか違和感ないか?)」


「(えっ、千夏ちゃんに?)」


 秋乃は千夏の方を向いて何やら考える仕草をする。


「(…そういえば、確かになんか違和感があるかなぁ…。具体的にどことは言えないけど…)」


 やはり秋乃も千夏に違和感を覚えているようだ。俺と同じで千夏のどこに感じるのかは分からないようだが。


 俺と秋乃は一体どこがおかしいのだろうと千夏の方をジッと見つめる。


「どうしたのよ2人とも…。そんなに見つめても私のシャケはあげないわよ…」


 千夏は俺たちがサケを欲しがっていると思ったのかそんなことを言ってきた。冬梨じゃないんだからそんなことするわけがない。俺と秋乃は顔を見合わせる。


「(う~ん、やっぱりわからないなぁ…)」


「(どこかがおかしいことは確かなんだが…)」


「(どうしたの2人とも?)」


 俺と秋乃が悩んでいると秋乃の隣に座っていた美春先輩が声をかけてくる。せっかくなので美春先輩にも尋ねてみることにした。


「(美春先輩、今日の千夏どこかおかしくありませんか?)」


「(えっ、千夏がおかしい? そうかしら…? あたしは別になんとも思わないけど…)」


「(どことなく違和感があるんですよ。でもその違和感の正体がなんなのか分からないので俺と秋乃は困ってるんです)」


「(う~ん、そう言われてみれば…。なんかいつもの千夏とは違うような気が…)」


 俺達3人はそろって頭を悩ませる。オシャレなどに関しては人一倍敏感な先輩が反応しないという事は見た目に関することではないと思われる。もし千夏が何かしらのオシャレな事をしていたら先輩は真っ先に気が付くだろう。


「ダメ、考えても分からないわ。それに気になることは直接本人に聞いてみればいいのよ」


「ちょ、先輩!?」


 先輩はそう言って千夏の席に近づいていくと彼女に声をかけた。


「千夏、あなた最近なんか変わったことあった?」


「特にないですけど…。いきなりどうしたんですか?」


「なんとなぁ~く…だけど、いつもの千夏とは違う気がして…」


「あっ、わかります? 実はね、ちょっとをしてみたんですよ。先輩が気づいてくれたのなら効果はあったみたいですね」


 千夏は先輩の問いに嬉しそうに答える。千夏の答えからするとやはり何かしらやっているらしい。一体何をやっているのだろうか?


「何をやったの? 教えてよ」


「ふっふっふ…それは秘密です。先輩と言えども教えられませんね」


「え~、ケチんぼ。絶対誰にも言わないからぁ~。あたしにだけ教えてよぉ」


「先輩、『絶対誰にも言わないからぁ』というのは『絶対誰かに言います!』と宣言してるようなものですよ。なので教えません」


 流石千夏、鋭い。そう簡単に口を割ってくれないか。でも先輩と千夏の問答によって彼女が何かしらやっていることは分かった。あとはそれが何なのか突き止めるだけなのだが…。


「…ふぅ、ご馳走様」


 そこで冬梨が朝食を食べ終わったのか、自分の箸と食器を流し台に持っていき洗い始める。ちなみに寮での洗い物は各自が担当だ。


 千夏の隣の席に座っていた冬梨は何かしら気付いているのだろうか? 俺は冬梨にもその事を聞いてみることにした。


「(冬梨、ちょっといいか?)」


「(…何? 冬梨は今皿洗いで忙しい)」


「(今日の千夏、何かおかしくないか?)」


「(…千夏が変なのはいつもの事)」


「(いやいや、そう言う意味じゃなくてだな…)」


「(…冗談。確かに今日の千夏はどこかおかしい。どこかは分からないけど)」


 やはり冬梨も思っていたか。何なんだろうなこの違和感。なんだか間違い探しをしているような気分にさせられる。


「(千夏の隣にいた冬梨でもわからないのか…)」


「…もう少し観察してみれば分かるかも」


 皿洗いが終わった冬梨はそう言って千夏の隣に座り、彼女の方をじっと見つめる。


「…じぃ~~~~」


「…冬梨、そんなに見つめられたら食べにくいんだけど…」


「…じぃ~~~~~~~~」


「…シャケの皮ならあげないわよ」


「…あっ!」


 しばらく千夏をジッと見つめていた冬梨だったが、何かを発見したように手を「ポン!」とさせる。


「何か分かったのか冬梨?」


「…今日新作ゲームの発売日だった。買わなきゃ…」


「なんじゃそりゃ…」


 紛らわしい…、何か分かったかと思ったじゃねえか。それにしても来週から試験があるのに新作ゲームをやるとは余裕だな冬梨…。


「…バラムツから試験の過去問のコピー貰った。だから冬梨に死角はない、無敵。今の冬梨なら全科目評価『優』をとれる」


「あっそう…。油断して単位落とさんようにな…」


 バラムツさんと仲が良いのは結構な事なのだが、今はそれはどうでもいい。


「あなたたちどうしたのよ…? さっきから私の方をジロジロ見て…」


 俺たちの行動を不審に思ったのか千夏が訝しげな眼で俺達を見てくる。しまった、千夏の方をジロジロ見すぎたか…。


「何か私に用があるのかしら? ないならもう行くわよ。試験勉強の続きをやらなくちゃいけないし」


 千夏はそう言うと箸と食器を持って流し台に持っていく。うーむ、結局千夏の違和感は分からずじまいか…。


「…あっ!」


 流し台で食器を洗っている千夏をじっと見ていた冬梨がまたもや声を上げる。なんだ? 今度は漫画の発売日でも思い出したのか?


「…千夏、ちょっと太った?」


「…しばかれたいのかしら冬梨?」


「…言い方がまずかった。少し肉付きが良くなった?」


「一緒の事でしょ!?」


 あの2人は本当に仲が良いのか悪いのか分からん。千夏が太ったねぇ…。千夏は基本スレンダー体型だから太ったらすぐに分かりそうなものだが…。


「ああーーーーー!!!」


 そこで同じく千夏の様子を見ていた秋乃が大きな声を上げる。


 何だ? 何かに気づいたのか? 秋乃は千夏を震える手で指さしてこう言った。


「千夏ちゃん…胸が…」


 …胸? 千夏の胸がどうかしたのだろうか? 俺も秋乃が指さした先にある千夏の胸を見てみる。


「…!!!」


 その瞬間俺も理解した。そうか…。千夏の違和感の正体はこれだったのか…。


「やっぱりみんな気づいちゃうものなのね。バレちゃあしょうがないわ」


 千夏の胸がわずかだが…膨らんでいた。俺はその事実に今世紀最大の衝撃を受ける。


 この前一緒に掃除した時と同じ服を着ているので尚更衝撃が大きいのだ。以前見た時はほぼ垂直に垂れ下がっていた服が、今はほんの少しではあるが胸のあたりにふくらみを作っているのである。


 そりゃ気づかんわ。ガチで間違い探しをするような小さな違いだからな。


「私もねみんなに胸を『壁』だの『まな板』だの言われて悔しかったのよ…。だからこの前からバストアップの体操を始めたの。そしたら効果てきめん! すぐに効果が出ちゃったのよね。もう誰にも『まな板』とは言わせないわ! このままグーンと成長しちゃうかもね? ふっふっふ♪」


 千夏は自らの体をそらし、成長した自分の胸をアピールするかのようにみんなに見せつける。


 うん、まぁ気持ちは分からなくもない。ここ最近千夏は自分の胸をいじられがちだったからな。主に氏政とか冬梨に…。彼女も相当悔しい思いをしたのだろう。おめでとう…と言っておけばいいのかな?


 しかしながら、バストアップの体操ってそんなに早く効果が出るものなのかという疑問はある。女性のバスト事情には詳しくないが、口調からするとまだ初めてから1カ月すらたっていないように聞こえたが…。


「…千夏、ダウト」


「えっ、ちょ? 冬梨やめなさい///」


 千夏の様子を見ていた冬梨が突然彼女の服の中に手を入れてこねくり回す。うわぁ…これ俺見てていいのかな?/// 一応顔を横に背けとこ…。


 冬梨は千夏の服の中をしばらくこねくり回していたが、何かを確認すると手を服の中から出し、千夏をジト目で見つめる。


「…やっぱり、中にパットを仕込んでサイズをアップするタイプのブラ。この前CMでやってた。これは偽乳ぎにゅう、作られた乳。そんなに早くバストアップの効果が出る訳がない。Q.E.D.証明完了!」


「…くぅ~/////」


 千夏は顔を赤くして冬梨を睨みつける。


 えぇ…、千夏ブラの中にパット入れてたのかよ…。ズルじゃん…。じゃあ結局千夏の胸は成長してないって事か?


「ふ~ゆ~りぃ~!!!/////」


 千夏は怒った声でそう言ったが、冬梨は危機を察知したのかピューっと風の様に食堂から去っていった。


「ま、まぁまぁ千夏ちゃん。胸の大きさでその人の価値が決まるわけじゃないし…」


「そ、そうよ千夏。貧乳が好きって人も案外多いらしいわよ」


 赤い顔をして涙目になっている千夏を慰めようと秋乃と美春先輩が彼女に優しい言葉をかける。だが間の悪いことに千夏の顔の前で2人の大きな胸がゆさりと揺れた。千夏はそれを見てさらに涙目になった。まぁ…胸の大きい二人にそう言われても慰めにはならんわなぁ…。


 千夏はその日1日ずっと元気が無かった。…可哀そうだから今度なんか奢ってやるか…。



○○〇


次回の更新は6/14(水)です


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