恋愛の相談を美春先輩に振ってはいけない
もうそろそろ試験も来週に迫ったある日、俺は図書館からレポートに使う本を借りて寮へと帰っていた。大学で単位を取得するためにしなければならないのは試験だけではない。出席日数やレポートの提出なども単位の取得条件に含まれているのだ。もちろん、どれか1つでも足りないようなら問答無用で落とされてしまう。
「あら、兼続。今帰り?」
俺が寮へと戻っていると、美春先輩とばったりと出会ってしまった。おそらく彼女も講義が終わって寮へ戻る所なのだろう。
「こんにちは。先輩も今日はもう終わりですか?」
「そうよ。せっかくだから一緒に帰りましょ?」
「わかりました」
俺は先輩と並んで最近の近況などを話しながら寮へと戻っていく。先輩は俺達より1年長く大学にいるだけあって、どういう講義が簡単…もしくは難しいので単位が取りにくいとか、あの教授は教え方が下手だからやめた方が良いとかそういう情報をたくさん持っている。有難い話である。
俺も今の所は単位は順調に取れてはいるが、もしもの時のためにこういう情報は持っておいて損はないだろう。
先輩と話しながら大学の広場の所まで来たところで、俺は広場のベンチに見知った顔の人物が座っているのを見かけた。
「定満、久しぶり!」
俺は久々に見た後輩に片手を上げて声をかける。彼は最初難しい顔をしていたが、俺の声に反応しムクリと顔を上げるとこちらを見るとニコリと笑顔を向けて来た。
「お久しぶりです先輩。内藤先輩も」
「えっと…西野定満君だったかしら?」
「はい、覚えて頂けて光栄です」
この2人は4月にあった寮の歓迎パーティですでに顔合わせ済みのはずなので、お互いに顔は知っているはずである。
「難しい顔して何してたんだ?」
「あっ、そうだ先輩方。今ちょっと時間ありますかね?」
「俺は構わないけど、先輩は?」
「あたしも別にいいわよ」
「実は最近僕の友達があることに悩んでいるのですが、僕一人では解決するのにいいアイデアが浮かんでこなくて…。もしよければ僕の友達の相談に乗ってもらえないでしょうか?」
俺と先輩は顔を見合わせる。定満の友達の相談事とな?
基本的になんでもソツなくこなす定満が難しい顔をして悩んでいるのだから、かなり難しい問題であることが予想される。俺は少し嫌な予感がしたが…可愛い後輩の頼みを断るのもアレだったので引き受けることにした。
○○〇
俺たちは場所を大学内のカフェに移し、定満の友達が来るのを待った。先ほど定満がreinで連絡したら「すぐに向かう」と返事が来たらしいので、もうすぐ来るだろうという事である。
俺たちはとりあえず飲み物でも注文しながら
彼からその話を聞いた途端、先輩の目がランランと輝き始める。そして「恋愛関係の悩みはあたしに任せない!」といきなり大言を吐いてしまった。
しまった…。仕方が無かったとはいえめんどくさい相談事にめんどくさい人物を連れてきてしまった。やはり俺の嫌な予感は当たってしまったようだ。
当然だが先輩に恋愛面の相談の解決なんてほぼ無理である。なんせインチキ恋愛アドバイザーの言葉を真に受けている上に、本人もまだ誰とも付き合ったことが無いのだから。まぁ…そこに関しては俺もあまり大きな声では言えないが。
それこそ恋愛面の相談ならこの3人の中では彼女がいる定満が1番知識や経験を持っているはずである。その定満が難しい顔をする程の悩み…、本当に俺たちが力になれるのだろうか?
「恋愛関係のもつれ」ねぇ…三角関係とか
俺達がカフェに入り、5分程待った所でその人物は現れた。ゼェゼェと息を切らしていることから走ってここまでやってきたのだろう。俺はアイスティーを飲みながらその人物を観察する。
身長は少し低め…165ぐらいで髪をベリーショート、ほぼ坊主頭と言っていい…にして、顔には大分幼さが残っている。童顔というのだろうか?
「今回相談があるのは彼です。紹介します。1回生で僕と同じ学部の
定満がさきほど到着した彼の事を紹介してくる。
「青峰政景ッス。今回は俺の相談にのってくれるという事で、ありがとうございますッス」
青峰君は俺たちにペコリとお辞儀をしてくる。礼儀正しい子だ。体育会系のサークルにでも所属しているのだろうか?
「まさかあの4女神の1人である内藤先輩に相談にのっていただけるなんて…光栄ッス」
「フフン、このあたしに相談するからにはもう安心よ。大船に乗った気でいなさい♪」
まぁ…先輩は内面を知らない人にとってはオシャレで有能そうな人に見えるもんね。俺もこの前までそう思っていたよ…。
しかし先輩…得意げにそんなこと言ってるとまた頓珍漢な事を言って恥をかくことになりますよ。俺にもフォローできる限界があるんですからね。
青峰君は席に座ると早速相談事を口にした。
「実は相談というのは…」
俺たちは青峰君が言葉の続きを吐き出すのをゆっくりと待った。おそらく時間にすると数秒なのだろうが、体感ではものすごくゆっくりとした時間が流れる。
「俺、彼女から殺されるかもしれなくて…」
彼は顔を青くして震えながらそう口を開いた。
…うーん、俺が当初想像していたよりもかなりヘビーな相談事だな…。確かにこれは定満が悩むのも納得だわ。
「え、えっと…まずはなんでそうなったのか教えて貰えるかな?」
とりあえず事の経緯が分からない事には解決策の考えようがない。俺は青峰君に詳しく事情を聞くことにした。
「あっ! そうっスよね。殺されるかもだけ言ってもどういうことか分からないですよね。説明しまッス」
青峰君の話によるとこうだ。
青峰君と彼の彼女はサークルを通じて知り合ったらしい。彼は高校までずっとスポーツ系の部活に所属していたのだが、大学生になってせっかくなので別の事をやりたいと思い、思い切って文科系のサークルに所属したらしい。
初めての文科系サークルという事で勝手がわからず馴染めずにいた彼に優しく話しかけて来たのがその人で、2つ上の先輩らしい。その人のおかげもあって青峰君は現在ではサークルに馴染めるようになったということだ。
その先輩とは話も趣味も合い、2人は徐々に仲を深めていった。
その先輩との関係に変化が起こったのは今月の初め、先輩がいきなりデートの誘って来たらしい。そのデートでいい雰囲気になったので先輩の事を好きだった彼は思い切って告白。その先輩も彼の告白を受け入れ2人は付き合うことになった。
そこまでは良かった。
彼女に変化が起こったのは先週末に彼女とのデートで『色彩マリンランド』という去年うちの市にできたアクアレジャー施設に行った時のことらしい。初めての彼女と水着でプール…、青峰君は大興奮で彼女とプールに望んだ。しかし、プールなので当然彼女以外の女の人も水着である。
できるだけ彼女以外は見ないようにしていたものの、やはりどうしても視界に他の人の水着が入ってしまう。そして青山君のその様子を見ていた彼女が他の人の水着を見て興奮していると勘違いし、不機嫌になってしまったようだ。
青山君は必死に彼女に謝ってなんとか許してもらったそうなのだが、その日は雰囲気が悪くなったので解散。それからというもの、彼女は少しおかしくなってしまったらしい。
「なんというか…殺気を感じるんッス。俺がちょっとでも他の女の子を見たら、なんというかこう…首を跳ね飛ばそうとするような殺気が襲ってきて…昨日も彼女の下宿先でご飯を作ってもらったんでスけど、俺がたまたまニュースの天気予報のお姉さんを見てたら凄い殺気とともに彼女が包丁で『ガンッ』って骨付き肉を切り落としたんスよ。俺もう怖くてションベンちびりそうで…。このままだと殺されると思って定満に相談したんス。どうか助けて下さい…まだ俺死にたくないっス!」
青峰君は半泣きになりながら俺らに懇願してきた。
なるほど…嫉妬深い彼女か…。青峰君の彼女はいわゆる「ヤンデレ」という類の人なのかもしれない。
でも今月の頭に付き合ってそれからプールに行ってって…それどこかで聞いたことのある話だなぁ…。うーん、もうちょっとでなんか思い出しそうなんだけど…。こう喉の奥でひっかっ掛かってる感じと言えば良いだろうか? まぁいいや。そのうち思い出すだろう。
「という事なんです先輩、残念ながら僕には解決法が思い浮かばなくて先輩のお力を借りようと思って声をかけたんです。どうか青峰君を救ってあげてください」
定満が俺と美春先輩に頭を下げてくる。と、言われてもなぁ…。ヤンデレの嫉妬の対処法なんて俺も知らんぞ。関わった時点で終わりとしか…。
「フフン♪ ここはあたしの出番のようね」
俺がどうしたものかと考えこんでいると美春先輩がいきなり自信満々の顔でそう宣言した。先輩は何か思いついたようだが…、期待しないでとりあえず聞いてみるか。
「青峰君は…その彼女の事まだ好き?」
「そう…でスね。怖いけど…好きッス。今まで散々良くしてくれた人の事をそんな簡単に嫌いになれないッス…」
「彼女は今凄く不安になっているのよ。自分の彼氏が他の女の子の事を見ている…これは例えその子じゃなくても不安に思う事よ。もちろん、あたしもね。だから彼女の事をもっと見てあげて、そしてあなたの気持ちをストレートに伝えて。気持ちは思っているだけじゃダメよ。言葉にしないと伝わらないの。彼女にあなたの気持ちをちゃんと伝えなさい」
…俺は先輩のアドバイスに素直に感心してしまった。先輩、まともなアドバイスも出来たんだな。
今まではともかく…今回に限っては先輩のアドバイスは正しいように思われる。確かにヤン系統の人ってストレートな好意に弱い印象だ。
「…そうでスよね。俺、彼女ともう一回話してみるッス。そして自分の気持ちを改めて伝えてみるッス」
「その意気よ」
先輩は青峰君にそう答えると俺の方を向いてドヤ顔をしてきた。
「…どう兼続? あたしだっていつまでも昔のままではないわよ。ちゃんと恋愛関係の本を読んで勉強してるんだからね。『女児、三日会わざれば刮目して見よ』って諺もあるじゃない。フフン♪」
「いや、凄いですよ先輩。俺も感心しました」
この人やれば出来るじゃないか。やっぱり諸悪の権化はあのインチキ恋愛アドバイサーと板垣弥生だったんだな。あの2人さえいなければ先輩に彼氏ができない問題など早々に解決するだろう。
「俺、さっそく皐月さんに連絡してみるッス」
んん…? 俺は聞き覚えのある名前に小首をかしげる。ちょっと待て、皐月さんって…。
「もしかして…青峰君の彼女のフルネームって甘利皐月さん?」
「そうッス。3回生の甘利皐月さんッス。俺達映画サークルに入ってるッス。お知り合いなんスか?」
…彼の言葉を聞いた瞬間、俺の背中に嫌な汗が流れた。…もしかして今回の出来事の発端って俺と先輩のせい…?
甘利さんにデートに誘ってみてはとアドバイスしたのは俺だし、彼氏を誘ってプールに行ってみてはとアドバイスしたのは美春先輩だ。
俺と先輩の適当なアドバイスが今回の出来事を引き起こした…? 俺は青峰君に対し非常に申し訳ない気持ちになる。
「…あっ!」
「どうしたんですか先輩?」
「そういえば…先週末に皐月から『彼氏が他の女の子に見とれてるんだけど、どうしたらいい?』って相談されたんだったわ」
「で…その時なんて答えたんです?」
「たまたま読んでた少女漫画の主人公が嫉妬で彼氏を振り向かせようとしてたから『ちょっとオーバーに嫉妬して見れば? ヤンデレっていうのが最近流行ってるみたいよ』って…」
つまりそれって…。
「先輩が原因じゃないですか!?」
「ご、ごめんなさぃ。まさか皐月があそこまでやるとは思ってなかったのよ…」
さっき褒めたと思ったらこれだよ…。
「ちなみにですけど…ヤンデレが流行ってるってどこ情報ですか?」
そんな話聞いたことが無いがもしかして…。
「大蒜醬油先生のコラムよ」
「やっぱり!?」
あのクソ野郎! やっぱり今回も先輩の恋愛観を汚してやがったな。先輩の問題を解決するには大蒜醤油によって穢された先輩の恋愛観を元に戻さなくてはならない。本当に碌なことしねぇな大蒜醬油!
その後先輩は甘利さんに連絡して事情を説明しあの時したアドバイスはもうやめるようにと伝え、青峰君も甘利さんに自分の素直な気持ちを告白したらしい。
すると甘利さんは今まで通りの優しい人に戻り、2人は仲睦まじいカップルになりましたとさ。めでたしめでたし。
「先輩方、ありがとうございますッス。先輩方に相談して正解でした」
青峰君が目を輝かせて俺達を尊敬の眼差しで見てくるが、今回の出来事の元々の原因は俺たちにあるのでなんとも複雑な気分だった。
○○〇
次回の更新は6/12(月)です
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