寮長はやはり疫病神
試験を来週に控えた日曜日、俺達2回生組は近くのファミレスに集まって試験勉強をしていた。メンバーはいつもの俺、千夏、秋乃、氏政、朝信。
大学は高校までとは違い、自分で履修する科目を選べるのであるが…俺たちは同じ学部で同回生ということで履修が被っている科目も多かった。なので履修が被っている科目の過去問や頻出問題の情報をお互いに交換し、ついでにわからないところあれば質問しあおう…という目的で集まったのである。
朝信はともかく氏政がいるのはめんどくさいが…、こいつはこいつで独自の情報網を持ち、過去問や頻出の問題などの情報をたくさん持っているのでしぶしぶ勉強会に呼んだ。単位のためにはやむを得ない。
というより彼は勉強するよりもむしろ過去問を集める方に力を割いている。要領が良いといえば要領が良いのであろうが…。
氏政自身は必死に過去問を覚えたところで試験当日には半分くらい忘れてしまうので単位の方は割とヤバいのだ。割とガチでどうやって大学入試を突破したのか疑問である。
「前財教授の試験はここが出るらしいわ。後は…丸の内教授はこの問題が頻出よ」
千夏が講義で配られたレジュメの赤い丸で囲まれた部分を見せてくる。流石千夏、こういう情報もしっかりと集めているらしい。これに加えて勉強の方も手を抜かずにやっているのだから大したものだ。抜け目がないと言えばいいのだろうか。学年トップクラスの成績を維持しているだけのことはある。
「俺は刑法と民法の過去問を知り合いからコピーさせてもらった」
俺は知り合いからコピーさせてもらった過去問をみんなに差し出した。この2つの科目の教授は基本的に過去問の問題を少し変えたものしか出さないので、これさえしっかりとやっていれば単位を落とすことは無いだろう。
「フッ、驚け! 俺の集めた過去問の数を…」
氏政はドヤ顔をしながらカバンの中からものすごい量の過去問を取り出し机の上に置いた。乱暴に置いたので紙が周りにひらひらと舞い落ちる。
凄いな…合計で100枚以上はあるようだ。交友関係が広い人でもなかなかこの数の過去問を集めるのは難しいだろう。
俺はひらひらと机の周りに舞い落ちた過去問を1枚とり内容を確認する。さて、これはどの講義の過去問だろうか? んん…?
「ってこれ違う学部の過去問じゃないか!?」
俺が手に取った過去問は何と別の学部の過去問だった。ウチのお隣の地域経済学部の地域経済に関する講義の過去問である。
「使うかもしれないと思って一応集めておいた」
「そもそも俺たちはこの科目の履修すらできないんだから絶対に使わないだろ…」
俺は氏政にその過去問を突き返す。そして同じく過去問を確認していた千夏も彼が持ってきた紙の束を見ながら険しい表情をしていた。
「こっちには別の大学の過去問もあるわ…。どこよ『亜細亜パラレルハッピー大学・幸福論科』って…。めちゃくちゃ胡散臭そうな名前ね…」
「東北地方にあるらしいという事は知ってる」
「そもそも誰からこんなん貰ったんだよ…」
「知り合いの東南アジア人。色々珍しい物を売ってるからそこで買った。ちなみにお値段5000円」
「何で東南アジア人がこんなん売ってんだよ!? というか高すぎだろ!?」
「そりゃ門外不出の試験の過去問だぜ? それくらいするだろ。…まぁいざと言う時は便所紙にでもすればいいさ」
「高ぇ便所紙だなぁ…。あとトイレットペーパー以外の紙を流すとトイレが詰まる原因になるからやめとけよ」
氏政から下宿先のトイレがよく詰まると言う話を聞くが…、もしやそれが原因じゃないだろうな。
「それは単純に俺がものすごい量をしただけの話。いやぁ…便所から水が逆流してきた時はガチで焦ったね」
「汚い話すんじゃねえよ。一応ここ飲食店内だぞ…」
俺と千夏は呆れながら氏政が取り出した大量の過去問の山を調べていく。どうやら彼が持ってきた過去問の10分の1ほどは俺らが履修している科目のもののようだ。
これらはありがたく使わせてもらおう。
「フッ、やめろよ。褒めても何も出ないぞ」
「まだ何も言ってないが…」
氏政は顔を赤く染めながらキメ顔でそうのたまう。男が顔を赤く染めるのキモいからガチでやめろ。
はぁ…。確かに過去問を持ってきたこと自体はありがたい、ありがたいのだが…なんか褒めたくないんだよなぁ…。
「ごめんね…。私過去問とか試験の情報とか何も持ってないのに見せてもらうだけで…」
俺の隣で過去問を自分のルーズリーフに必死に写していた秋乃が申し訳なさそうな顔をしながら謝って来た。
「いいんだよ。この勉強会は情報共有してみんなで単位取ろうぜって趣旨の集まりなんだから別に情報持ってなきゃ参加しちゃダメなんてルールはない。俺たち全員で単位取って一緒に卒業しようぜ!」
「兼続君…うん、ありがとう! 今度何かお礼するね。千夏ちゃんにも!」
「別にそんな気にしなくていいわよ。秋乃にはいつもお世話になってるんだから」
「千夏ちゃん…」
うーん、友情って素晴らしいな。やはり持つべきものは友達だ。困った時に助け合えるって本当に素晴らしい!
しかし…俺は6人用の机の端に座り、先ほどから一言も発していない朝信に違和感を感じて彼の方をチラリと見る。エ〇ゲ脳の彼ならここで「デュフフ…百合ですな。キマシタワー!!!」とか言いながらうるさく茶々を入れてきそうなものだが…。
朝信はイヤホンをして自分のタブレットを操作しながらニヤニヤと見つめていた。彼が気持ち悪いのはいつもの事だが、今日はいつにもまして気持ち悪い。不気味に思った俺は彼に声をかけた。
「どうした朝信? さっきからタブレットの方ばっかり見て…。お前今回の試験は大丈夫なのか?」
「ペェイヤァ! 静かにするですな兼続、今から
「軍艦式? 誰だそれ?」
「我がデザインを手がけた期待の新人Vtuberですな。可愛く可憐、そして清楚な大和撫子! まさに理想に2.5次元の人間ですぞ!」
朝信がデザインを手がけた…。あっ! そういえば…この前寮長がVtuberデビューする際に自身のアバターのデザインを朝信に任せたとか言ってたな…。もしかするとそれか?
「へぇ~、お前絵で儲けてることは知ってたがVtuberのデザインもやってたのかよ。ちょっとどんなもんか見せてみろよ!」
「あっ! ですな」
朝信の隣に座っていた氏政が彼のタブレットを取り上げて、みんなが見えるように机の上に置いた。するとタブレットには黒髪ロングで着物を
『みぃんなぁ~! 元気だったぁ~? 今日も軍艦式ちゃんの配信を始めるよぉ~。じゃあまずは挨拶から返させていただくね。辛口アイスさん、こんしき~。和式便器さん、こんしき~。うわぁ~便器さんいつもスパチャありがとう~、大事に使わせてもらうね♪
俺は一瞬自分の耳を疑った。
…えっ、これ本当に寮長の声なのか? いつものあの腐ったゴキブリのようなウザったい声ではなく、アニメで聞くような可愛い萌え声をしてつらつらと挨拶を返している。あの人こんな声出せたのかよ…、意外な才能である。
「デュフフ! どうですかな? 我がデザインを手がけたVtuberは!? 我の好みをこれでもかと詰め込んだ究極のデザインですぞ! あぁ~式ちゃん萌え~ですなぁ」
「へぇ~、結構可愛いじゃん」
「流石同志氏政ですな! お目が高い! 今なら1枚5000円で式ちゃんの絵を描きますぞ? twitternのアイコンなどにどうですかな?」
「いや、いらん」
「フォカヌポゥ!? どうしてですかな? 氏政自身も可愛いと言っていたではないですか?」
「いやぁ、確かに見た目は可愛いと言えば可愛いんだけどさ…。なんか好きになれないんだよな。すまん、上手く言葉で表現できん」
氏政は本能的にこのVtuberの中身が寮長であることを感じ取っているのかもしれない。
そこで秋乃が俺の服の裾をちょいちょいと引っ張って来た。
「どうした秋乃?」
「ねぇ、兼続君、もしかして軍艦式さんの中身って…」
「ああ、おそらく寮長だ」
「やっぱり…」
「えっ、アレ寮長なの!?」「やっぱりか…、俺のカンは正しかったな」
俺たちの話を聞いていたらしい千夏と氏政も声を上げる。そういえば千夏はあの時体調不良で途中退場してたな。知らなくて当然か。
「はぁ…なんかやらかして炎上しなきゃいいけど…」
千夏はあの時と同じように悩まし気な顔をしながら右手で頭を押さえていた。気持ちは痛いほど分かるぞ。願わくばめんどくさい事にならない事を願うばかりだ。
「あの人だけは俺も無理だわ…」
氏政が青い顔をしなが気分悪そうにそう言った。あの性欲魔人で誰彼構わずナンパする氏政にここまで言われるって相当である。
『じゃあ今日は予告通りメリオカートをやっていくね。今日こそレート10000達成するぞ! お~!』
俺達がそんな会話をしている間に配信は進んでいたようだ。明らかに猫かぶり状態でゲームの実況を始める寮長。コメント欄からは「可愛い」「式ちゃん頑張れ!」「まるで天使のような声、耳が溶ける」というコメントが届いている。今のところはちゃんとVtuberをやれているようだ。
…と、そこでとある視聴者から寮長に赤スパ付きでコメントが来た。
『式ちゃん応援隊:式ちゃんは恋人いますか?』10000円
これが噂に聞くガチ恋勢と言う奴か。
寮長のような人間にもガチ恋勢ってつくんだなぁ…。別に何に金を払おうとその人の勝手だが、もっと金を払う人は見極めた方が良いと思う。どうせそのスパチャは碌でもない事に使われるだけだぞ。
『ううん、式には恋人はいないし、出来たことは無いよぉ~。だって式の恋人は視聴者のみんなだから!』
これまた媚びた返しである。寮長の返しにコメント欄は大喜びのようで「式ちゃんマジ天使!」「宇宙一可愛いよ!」「流石清楚で可憐な処女」というコメントが流れていた。
しかしながら…あの寮長がこんな綺麗な言葉を放っていると思うと逆に鳥肌が立ってくる。なんというか…生理的嫌悪感が体の内から溢れてくるのだ。まるでカエルが服の中に入って暴れているような…そんな嫌な感じがするのだ。
俺が腕に鳥肌を立てながらその配信を見ていると、とあるコメントが流れて来て目に止まった。
『お菓子大好き:スパチャのお金全部パチンコに使ってそう』
『お菓子大好きさん、そ、そんなことは無いわよぉ~。このお金は病気の妹の治療のために大切に貯めてるのよぉ』
寮長…もとい軍艦式が動揺しながらそのコメントに答える。おい、声色が少し元に戻ってんぞ。
…お菓子大好きって名前の人、これ冬梨じゃねーのか?
気になった俺はreinで冬梨に寮長の配信を見ているか聞いてみると「イエス」という返答が返って来た。
やっぱりか…。あまりにも金の使い道の指定が的確過ぎると思った。
あと寮長よ、あんた前に自分は一人っ子だって言ってたじゃねえか。病気の妹のためにお金集めてるって設定でみんなからスパチャせしめてるのかよ…。
俺が呆れているとまた新しいコメントが流れてきて目に入った。
『♰聖天使☆マジカル☆ミハルン♰: 式ちゃん! 今週末に大規模な婚活パーティがあるそうよ』
『へ、へぇ~。ミハルンさん、式は別に婚活とかしてないからそう言う情報は要らないわ』
今度はどう考えても美春先輩としか思えない人物からコメントが流れて来た。
ってか「♰聖天使☆マジカル☆ミハルン♰」って何!? すごく中二病チックな名前なんだけど!? あの人また何か変なのに影響されたんだろうか。
2人とも完全に面白がってやってるな。おそらく寮長への普段の憂さ晴らしも兼ねているんだろう。まぁ身バレしない範囲でなら好きにすればいいと思うが。
「今のコメント…美春先輩と冬梨ね。全く…めんどうな事になったらどうするのかしら?」
「あはは…」
結局、寮長が何かやらかさないか心配で俺たちは試験勉強どころではなかった。本当にあらゆる意味で疫病神だな。
○○〇
次回の更新は6/16(金)です
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