コミュ障だって友達…出来たよ!
7月3週目の平日。俺は学部のラウンジにある椅子に座って冬梨の友達の事をどうしようかと考えていた。今まで冬梨と相性の良さそうな子をピックアップして接触してみたはいいものの…ことごとく失敗。趣味や好きなものは合えど、中々彼女の皮肉屋な性格と合うような人が見つからない。
再来週からはもう期末試験も始まってしまう。できれば今週中には友達になってくれる子を見つけてテストに備えて欲しい所だ。別に試験は友達がいなくてもちゃんと勉強すれば単位が取れると言えばとれるのだが…、やはり過去問等の有無は大きい。
特に冬梨は今回が大学生になって初めての試験なので色々と慣れないことがあると思う。1つ2つ単位を落とすぐらいならまだしも、7つ8つと大量に落としたり、必修の科目を落としたりすると間違いなくその後の大学生活に影響するのでキッチリと単位を取って欲しい所である。
俺はどうしたものかなとラウンジの天井を見上げながら先ほど買ったパックのレモンティーを飲んでいた。レモンティーのさわやかな風味が俺の脳に安らぎを与える。
「はぁ~」
「おにーさん♪ 何か悩み事ですか?」
俺が物思いにふけっていると突然横から声をかけられた。横を見ると青髪のショートカットで頭の上に1本の目立つアホ毛を生やした女の子が俺の方を見ながらニコニコと笑っていた。脳内に検索をかけてみるが、俺の記憶には無い。一体誰だろうか?
「えっと…どちら様だったかな?」
「あっ、これは申し遅れました。ワタクシ1回生の
「…バラムツ?」
…なんか聞いたことがあるな。バラムツ…確か深海魚でその身はとても美味しいとされている魚ではあるが…、人間には消化できない油をその身に宿しているため食べすぎると尻の穴から油が勝手に出て来るのだとか…。そのバラムツか?
「ええ、おにーさんが今頭の中に想像しているそのバラムツで間違いないです。なのでワタクシの事をよく『下痢便女』だとか『ローション製造機』なんて呼んでくる輩が居るんですよ、アハハハハ! …まぁ、そう呼んだ奴は後でボコボコにしてやりましたけどね…」
彼女はさっきまでのハイテンションとは打って変わり、声を低くしてそう述べる。…またえらくテンションの高低が激しい子だな。
「はぁ…、俺は2回生の東坂兼続です…」
「おにーさんは東坂さんとおっしゃるのですか。素敵なお名前ですね!」
「あ、ありがとう?」
彼女は再びハイテンションな声で会話を続ける。なんか良く分からんがいきなり名前を褒められた。この子はいったいどういう意図があって俺に近づいてきたんだ?
「それで…バラムツさんは一体俺に何の用かな?」
「実はですね…。ワタクシ今『人の悩みを解決して回るサークル』というサークルの活動をやっておりまして…。それで東坂さんが悩んでいたように見えたので少しでもお力になりたいと思いまして」
「また凄い直球な名前のサークルだな…。というかうちの大学にそんな名前のサークルあったっけ? 名前を初めて聞いた」
そんな珍しい名前のサークルがあったら覚えていると思うんだが記憶にない。最近出来たサークルなのかな?
「はい、ワタクシがさっき作りましたからね。出来立てホヤホヤです。ついで言うと部員もワタクシ1人だけです」
「…それサークル活動っていうのか?」
うちの大学で正式にサークルとして認められるには最低でも5人の人間がいる。それなのに部員が1人しかいないだとぉ…? つまり大学に正式に認められていない非公式のサークルという事になる。悪い言い方をすれば不審者が1人で勝手にサークルを名乗って勝手に活動しているだけだ。
…なんかまたヤバそうな子に絡まれたな。最近ヤバい奴に絡まれる確率が非常に高い気がする。お祓いにでも行った方が良いのだろうか? 確か寮長の知り合いに寺の住職がいるって言ってたから今度相談してみよう…。
「そう身構えないで下さいよぉ♪ ワタクシが悩んでいる人を一人でも救いたいと思って始めた活動なんですから善意100%です! さぁさぁ東坂さん、悩み事を告白してください!」
「ちなみに…本音は?」
「ただの暇つぶしです♪ 今日突然講義が休みになったので暇なんですよ」
「ダメじゃねぇか!?」
やっぱりとんでもない奴だった。悪い予感というのは当たるものだ。
「でも東坂さんとここで会ったのも何かの縁ですし、特別サービスとしてワタクシが真摯に東坂さんのお悩みを聞いて差し上げます。だからなんでも話してください♪」
「話したくねぇ…」
「まぁまぁそう言わずに…。他人に話すことで楽になることもありますよ♪」
バラムツさんの言う通り、他人で話すことで楽になることもあるだろう。でもこの子話すのはなぁ…。
ん? でもこの子確か1回生って言ってたっけ? 1回生なら冬梨と仲良くなれそうな娘を知っているかもしれない。…少し聞いてみるぐらいならいいか。
「実はな…後輩の話なんだが…友達が少なくてな」
「ふむふむ。『○○の話なんだが…』で始まる相談は大抵自分の話と相場が決まっています。つまり東坂さんは友達が少なくて悩んでいると?」
「ちっがーう!!! 確かにそういう場合も多いけど今回はガチで後輩の話だ!」
「分かります…友達が少ないのって中々言い出しにくいですよね」
バラムツさんは涙ぐみながら俺の方を憐れむ目線で見てくる。クソッ、やっぱりこの人に相談しようとしたのが間違いだった…。俺はこれ以上は時間の無駄だと判断すると荷物を持って椅子から立ち上がった。
「ああ、待ってください。真面目に聞きますから」
「最初から真面目に聞いてくれ…。次は無いからな?」
「承知しました。バラムツに二言はありません!」
彼女は右手で敬礼の動作を取ると俺に椅子に座るようにジェスチャーをする。まったく…。俺は椅子に座り直すとバラムツさんに冬梨の事を話し始めた。
「1回生の馬場冬梨ってしってるか?」
「ああ、あの4女神の1人の! すごく可愛らしい子ですよね♪」
「その冬梨が気の合う奴が中々見つからなくて友達が出来ずに悩んでいるんだ。なぁバラムツさん、1回生で冬梨と相性が良さそうな子知らないか?」
「…と言っても冬梨ちゃんは他人とはあまりしゃべらないですからね。相性が良いと言われても…」
「やっぱりそうか…」
冬梨は寮にいるメンバー以外とあまりしゃべらないせいか、大学では見た目こそ良いが、無口で良く分からないキャラクターだと思われているらしい。そんな子と相性のいい奴と言われても困るよなぁ。
「…あっ! こういうのはどうでしょう? 逆転の発想をして自分から冬梨ちゃんに絡んでいって彼女にしゃべらざるを得なくさせる子とかどうですか?」
うーん…確かに喋らざるを得ない状況になれば冬梨も色々としゃべりそうだが…。そういう子は冬梨の方が嫌煙しそうである。しかしこのままでは一生かかっても友達は作れそうにないし…劇薬として一度投入して見るのもありか?
「ちなみにその子はなんて名前の子?」
俺がそう聞くとバラムツさんは笑顔で自分の顔を指さした。
「えっ?」
「ワタクシこと不肖バラムツがそのお役目引き受けましょう! 実は前々から冬梨ちゃんと話してみたかったんですよね♪ これで東坂さんと冬梨ちゃんの悩みは見事解決! ワタクシに相談して良かったでしょう?」
「えぇ…」
俺は果てしない不安を感じた。しかし自分から冬梨と仲良くしたいと言ってくれる子の願いを無碍にするのも可哀そうだったので、物は試しとバラムツさんを冬梨にぶつけてみることにした。
○○〇
俺は早速冬梨を学部のラウンジへと呼びだした。
「…冬梨と友達になりたいって子がいるって聞いたけど」
「ああ、これがその原睦さんだ。」
「こんにちはぁ! 冬梨ちゃんと友達になりたい原睦です。よろしく♪」
バラムツさんはニコニコ顔で冬梨に挨拶をする。冬梨はバラムツさんの全身を一瞥すると俺の服のそでを引っ張って部屋の隅へと連れて行った。
「(…兼続、あの人どう見ても陽キャ。冬梨とは住む世界が違う人)」
「(いや、話した感じではそこまで『ウェ~イ』って感じの人でもなかったぞ。どちらかというと性格は明るい方だと思うけど)」
「(…あの人からは強者の波動を感じる)」
「(なんだよ強者の波動って…? せっかく友達になりたいって言ってくれてるんだから少しは話してみなよ)」
「(…兼続がそこまで言うなら)」
冬梨は俺とのコソコソ話を打ち切ると恐る恐るバラムツさんに近寄っていった。バラムツさんはそれを先ほどと同じく笑顔で迎える。しかし冬梨は何を話していいのか分からないのか、もじもじとしていた。
「そういえば冬梨ちゃんて『ポケッチモンスター』やってるんだっけ?」
そんな中、先に話しかけたのはバラムツさんの方だった。そういえば冬梨がここに来るまでに冬梨が好きそうなものをいくつか教えておいたんだった。
「…え? やってるけど…」
「今期なに使ってる? ハネタカミはぶっ壊れだよね。ワタクシはカマッキリの先制技で吹き飛ばしてるんだけど、耐久調整とかされてると吹き飛ばせなくてガビーンってなる…」
冬梨はその言葉を聞くと目を輝かせてこちらをの方を向いてきた。そして俺にこうつぶやく。
「…兼続、この人…できる!!」
どうやらバラムツさんはポケッチモンスターの対戦関連の話が分かる人だったようだ。というかあの人対戦ゲームとかやるんだ…人は見た目によらないなぁ。その後も2人は俺の分からない何やら数字や略称の話をして盛り上がっていた。
そして俺はあることに気づく。
…うーん、冬梨の奴バラムツさんと話すときは普通に俺たちとしゃべる時みたいに緊張せずに喋れてるな。あの人も冬梨の言うしゃべる相性がいい人なのだろうか? …相変わらず基準が良く分からんが。
とりあえず冬梨とディープなオタ話が出来る事から第一関門はクリアしたという所だろう。俺は引き続き2人を見守った。
次に冬梨は自分が背負っているバックの中からパンを取り出すとバラムツさんに差し出す。バラムツさんはそのパンを受け取ると美味しそうに完食してこう言った。
「このパン不味いね。パン生地は硬い上に口の中の水分を過剰に奪われるし、クリームは旨味を絞りとった後の味のしないガムみたい。しかもパンの半分食べてもクリームに到達しないってどれだけ入ってるクリームの量少ないのさ。スーパーで売ってるパンの方がマシじゃない?」
えぇ…、さっきむっちゃ美味そうに食ってたじゃん!? …美味しそうな表情とはうらはらにボロカスの批評である。他人から貰ったパンを流石にあそこまで言う勇気は俺には無い。しかしその言葉を聞いた冬梨は更に目を輝かせて俺にこう言ってくる。
「…おおー! 兼続、この人…すごい!!!」
何が凄いのかはよく分からないが、冬梨が嫌な顔をしていないことからあのパンの評価はあれであっているらしい。この前冬梨が酷評していた色彩牧場のパンかな?
しかし意外な人もいたもんだ。ここまで冬梨と話の合う人がいるなんて…。もしかすると彼女は本当に冬梨の友達になってくれるかもしれないな。
○○〇
2人はそのまましばらくの間話し込んでいたが、10分ほど経ったところで話を打ち切り俺の所に戻って来た。
「どうだ冬梨? バラムツさんと友達になれたか?」
「何を言っているんですか東坂さん、冬梨ちゃんとワタクシはすでに親友の関係ですよ?」
「…そう、冬梨たちはまさに竹馬の友、
「そこまで!? 君たち出会ってからほんの20分程度しかたってないよね?」
「…出会った時間は関係ない。20分、言葉にするとたった3文字だけど冬梨たちにしてみればまるで永遠にも似た濃密な時間を過ごした」
「ワタクシたちには分かるんです。少ない時間話しただけでも魂が共鳴しあっていると!!!」
「あぁ、そう…」
まぁ…俺には良く分からんが冬梨に初めての友達ができたようで良かった。変な子だけど悪い子ではなさそうだ。
これで冬梨も話してみれば意外と自分と気の合う人がいるという事が理解できただろう。ここから少しずつ友達の輪を広げていけばいい。最初はバラムツさんの友達、いずれはその他の子と。これが冬梨のコミュ障を解決する第一歩になってくれればうれしいのだが。
「早速ですけどワタクシたちはこれからワクドのポテト150円セールに行ってきます」
「…ジャンキーなポテトが冬梨たちを待っている」
「おう、気を付けてな。夕飯までには帰って来いよ。秋乃が怒るからな」
早速2人は遊びに行く約束をしたらしい。はぁ、良かった。3度目の正直でどうなることかと思ったが、冬梨にちゃんと友達ができた様で安心した。
俺は2人が学部のラウンジから出ていくのを後ろから見守る。しかし、ラウンジの出口まで行ったところで冬梨が何かを思い出したようにこちらにUターンしてきた。忘れ物だろうか?
俺の所まで戻って来た冬梨は俺に「耳を貸して」と言ってきたので、彼女の口元に耳を近づける。
「…兼続、冬梨のために色々してくれてありがと////」
冬梨は顔を赤くしてそう言うとまた走ってバラムツさんの所へ行ってしまった。俺は予想外の彼女の言葉に少しあっけにとられていたが、やがて意識を取り戻すと少し心が満ち足りた気分になった。
お節介かと思ったけどやってよかったな。
○○〇
次回の更新は6/8(木)です
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