このドスケベパンティの持ち主は誰だ?

 千夏の部屋の掃除を手伝った日の午後、俺は元々予定していた洗濯物をするべく洗濯機が置いてある部屋へと洗濯カゴを持って向かっていた。…前回は寮長の下着のせいで酷い目にあった。今日は何もないといいのだが…。


 俺は洗濯機の前に到着すると「何もありませんように!」と祈りながら洗濯機の蓋を開ける。…しかしながら俺の願いもむなしく洗濯機の底にはまたもや見慣れない布が鎮座していた。俺は何だろうと思ってそれを拾い上げる。


 これは…女性用のパンツだ。俺はそのパンツを広げてまじまじと観察してみる。紫色をしたそれは下着の布地が局部を隠す部分以外透けているレースのかなりエッチなパンツだった。所謂『勝負下着』と言われるものだろう。


 下着とは本来自分の大事な部分を守るために付けたり、お腹が冷えないように着用するものであるが…、この下着はそう言った目的ではなく異性を誘惑するためだけに…いや、男女の営み…異性の欲望を燃え上がらせ繁殖を幇助ほうじょする目的で作られたいやらしいものである。


 俺も男性なのでその事実に心がときめかなかったというと嘘になる。なんとも言えない高揚感と下着が放つ淫猥な香りに俺は思わず眩暈がしそうになった。


 …しかし、俺はここで前回の事を思い出して一旦冷静になって考えてみることにした。そもそも寮生の中にこんな破廉恥な下着を付ける奴がいるだろうか? 


 冬梨にはまだ早そうだし、秋乃もこういったものを付けるイメージが無い、むしろエッチなのは嫌いそうである。千夏はそもそも下着にあまり気を遣わなさそうだ。唯一美春先輩だけがもしかするとこういうのをつけているかもしれない…という印象があるが…、俺は前回の教訓からどうせこれも寮長のなんだろうなと憶測で下着の持ち主の断定をした。


 あの人のことだから婚活で引っ掛けた男を逃さないためにホテルに誘った際の

勝負下着を持っていてもおかしくない。うん、間違いなく寮長のものだろう。


 俺は自分の心の中に生まれていたときめきをゴミ箱に投げ捨てるとこの下着をどうしようか思考を始めた。


 いかに寮長のものといえども女性の下着であるという点には間違いが無いので俺が持っていては変態扱いされるのは確定である。となると…前回と同じく俺が自分の衣服を洗濯している間、このパンツをどうにかしておかなくてはならない。


 まぁ所詮は寮長のパンツなので洗濯機の裏にでも放り投げておくかと思っていると誰かが急ぎ足でこちらへ向かっている足音が聞こえた。俺は手に持っていたパンツを急いで洗濯機の中に戻し蓋を閉める。


 それと同時にガラガラと洗濯室の扉が空いたのでそちらに目を向けると、焦った表情をした秋乃がそこに立っていた。


「か、兼続君!?////」


 彼女は俺の方を見るなり顔を赤くする。いきなりどうしたのだろうか?


「ど、どうした秋乃?」


「い、今から洗濯するのかな?」


「そ、そうだけど…?」


「(まずい…あの洗濯機の中には私が洗濯をした時に取り忘れたスケスケのパンツが入ってるのに…。私がスケスケのドスケベなパンツを穿いてるってバレたら兼続君に間違いなく軽蔑されちゃう…。『秋乃って普段からこんなエグいパンツ穿いてるんだ…。ちょっとドン引きだな…。そもそも彼氏もいないのに誰を誘惑する気だよ?』とか言われちゃう…。あなただよ! こうなったらバレないようになんとしても兼続君の洗濯を阻止しなくては…)」


 何故かは知らないが秋乃は俺の方を見て思いつめた表情をしている。俺また何かやっちゃいました? 


 …ハッ! もしかすると。


 俺の頭の中に嫌な予想が流れる。秋乃は俺が先ほど洗濯機の中にスケスケのパンツを放り込む所を見ていたのかもしれない。しかし見たのが一瞬だったため確証が取れずに考え込んでいる…。


 これは不味いことになった。俺が女性のパンツを持っていたことがバレたら間違いなく秋乃の逆鱗に触れることになるだろう。そうなったらその先は…あまり想像したくない。どうにかして誤魔化さないと…。俺は頭をフル回転させた。


 お互いにこの状況をどうしたものかと考えているのか、俺と秋乃は視線を合わせたまま微動だにせずに時間が数分程過ぎた。


 …先に動いたのは秋乃だった。


「か、兼続君。もしよかったら兼続君の洗濯物、私が洗濯しておこうか?(兼続君の洗濯物を私が請け負う事で彼をこの部屋から追い出しつつ自分のパンツの回収が出来る。まさに完璧な作戦!)」


「えっ!? 俺の洗濯物を? 流石にそれは悪いよ。自分の分は自分でやるさ(間違いなく秋乃は証拠を押さえに来たな。俺の洗濯物をやるフリをして洗濯機の中に入っているパンツを押さえて俺を問い詰める気だ…。その手にはのらん)」


「気にしないで! 私今日はスッゴク洗濯機のボタンを押したい気分なの!」


「いやいや、ただでさえ秋乃には食事を頻繁に作ってもらって世話になってるんだからこれ以上迷惑はかけられないよ」


「ううん、私の方こそ兼続君には色々助けてもらってるし、今日はその恩返しという事で洗濯物は私に任せて?」


「そんなことはないさ! 俺だって秋乃にはいつも助けられてるからな。そこはお互い様だ。だから洗濯物は自分でやるよ」


「「………」」


 お互いに譲らない一進一退の攻防戦が続く。俺の方はバレればこの寮での生活が危うくなるので必死だ。秋乃、どうか見逃してくれ…。俺にまったくもって悪気はないんだ。邪な気持ちがあって下着を持っていたわけじゃないんだよ。


 そこで俺の祈りが天に通じたのか、神の助けともいうべき声が秋乃にかけられた。


「秋乃ー? ごめーん、ちょっと来てー?」


 あれは寮長の声だろう。どうやら秋乃を探しているようだ。いつもはクソウザくて、聞いただけでゴキブリとナメクジを両方いっぺんに見た時のような最悪の気分になる寮長の声だが、今だけはまるで天女の声に聞こえる。このチャンスを逃しはしない。


「秋乃、寮長に呼ばれてるみたいだぞ? 行かなくていいのか?」


「そ、そうみたいだね…。仕方ないなぁ寮長は…。ちょっと行ってくるね…」


 秋乃は不満げな顔をしていたが、流石に寮長の呼び声は無視できなかったのか、ゆっくりと洗濯室から寮長の声がする方へと向かっていった。


 ふぅ…なんとか助かった。寮長がくれたこの時間を無駄にはしない。秋乃が戻って来るまでにこの洗濯機の中に入ってるパンツをどうにかする手段を考えなければならない。…と、そこで俺はまるで天啓が下りて来たかのように閃いた。


 そうだ! 冬梨にこのパンツを寮長に返してもらえばいいじゃないか! 冬梨はこの前の下着事件の事情を知っている。彼女に頼めばこちらの事情を理解しつつ、俺が洗濯できない問題を解決してくれるに違いない。そう思った俺はスマホで電話して冬梨を呼び出すことにした。



○○〇



「…どうしたの兼続? 至急洗濯室に来てくれって?」


 冬梨は俺が電話するとすぐに駆け付けてくれた。流石寮の仲間だ。マイフレンド冬梨。


「実はな冬梨、かくかくしかじか」


「…便利な言葉だね、かくかくしかじかって。事情は把握した」


「頼む! またあのクッキー缶買ってあげるからこのパンツを寮長に返しておいてくれ」


 俺は彼女に手を合わせて懇願した。冬梨は洗濯機の蓋を開くと中に入っているパンツを手に取る。


「…これがくだんのパンツ? 確かにエグい透け具合」


「だろ? こんなんもってるのなんて寮長以外にいないよな?」


「…冬梨は寮長のパンツに興味が無いから知らないけど、確かに寮長のっぽい」


 俺と冬梨はパンツについて感想を語っていく。


「…はぁ~、寮長の用事終わった…。アロン〇ルファしまってある場所が分からないぐらいで呼び出さないでよね全く…。兼続君もう洗濯機の蓋あけちゃったかなぁ…? って冬梨ちゃんもいる!? あわわわわわ…」


「おっ、秋乃おかえり」


 そこで寮長に呼びだされていた秋乃が洗濯室に戻って来た。ギリギリセーフ! 今パンツを持っているのは冬梨なので俺が責められることは無いであろう。


 後は偶然洗濯機の中で見つけたこのパンツを持ち主に返しておいて欲しいと冬梨に頼んでいたと秋乃に言えば良い。女性用のパンツを女性が手に持ち、女性に返すのだから全く問題が無いはずだ。この勝負俺の勝ちだ秋乃!


「…間違いなくこの下着の持ち主はドスケベ!」


「だよなぁ…こんなエグいの穿いてるのなんて尻軽ビッチに決まってるよなぁ」


「はうぅ(ドスケベ!? 尻軽ビッチ!? ちがうもん…私はそんな尻軽じゃないもん! 今までずっと操を守って来てるのに…)」


 何故かは分からないが秋乃が自分の心臓付近を押さえて苦しんでいる。どうかしたのだろうか? もしかすると寮長に変な事を言われて心理的なストレスが溜まったのかもしれない。秋乃も大変だな。


「…兼続見てここ、下着の布地の濃い部分が局部を隠すところしかない。後は全部スケスケ、これは男を誘う事しか考えてない証。まさに発情している猿そのもの、冬梨たちと同じ文化的な知性の有る人間が着けるものとは考えにくい」


「よっぽど淫乱な奴なんだろうな。本当に性行為の事しか頭にないって感じなんだろう」


「ん゛ほ゛ぉ゛~(発情猿!? 淫乱!? 性行為セッ〇スの事しか頭にない!? 確かに少し想像はしたけどそこまで言わなくても…)」


 俺はその下着の持ち主を寮長だと思っているので冬梨の言葉に同意してボロカスにその下着を酷評する。いつもの寮長への憂さ晴らしも兼ねている。


「しかしなんで勝負下着が洗濯機にあるんだろうな? こういうのって普通一世一代の勝負の時に使う物じゃないのか?」


「…だからこそ余計にこの下着の持ち主の異常さが際立つ。普段からこの下着を着用しているということは相当な色情魔。まさに性欲の怪物セッ〇スモンスターと言ってもいい」


「ん゛あ゛ー(セッ〇スモンスター!? 昨日将来兼続君に誘われた時のために勝負下着をつけて予行演習していただけなのに…)」


「秋乃? さっきから変な声を上げてどうした?」


「な、何でもないよ」


 秋乃は肩で息をしながら苦しそうにしている。うーん…よっぽど寮長に変な事を言われたのだろう。可哀そうに…。


「(ああ…終わった…私の初恋…。十五年にも及ぶ恋慕の日々…。兼続君にこの下着の持ち主は私だってバレた上に淫乱でドスケベで尻軽のセッ〇スモンスターだってドン引きされちゃった…。これからどうしよう…出家して尼寺にでも行こうかな…。あはは…)」


 …なんだか秋乃の体調がガチでヤバい気がする。なんか体を震わせて笑いながら泣いてるし…これは割とマジで病院に連れて行った方が良いのかもしれない。


「秋乃? 病院に行った方がいいんじゃないか?」


「病院に!?(私が淫乱すぎておかしいから病院で治療して貰えって事? そこまで思われてたんだ…。もう完全に終わりだぁ…)」


 秋乃はフラフラとその場に倒れる。えっ!? ガチでヤバくない? 貧血か何かだろうか。


「秋乃!? 大丈夫か? 秋乃! これはまずいかもしれないな。俺は秋乃を部屋のベットに寝かせてくるから冬梨はそのパンツを寮長に返しておいてくれ!


「…了解した」


「えっ、寮長?(あれ? あのパンツ私のだってバレてたんじゃなかったの?)」


 突然パチクリと秋乃が目を覚ます。


「あんなスケスケのパンツ穿くのなんてこの寮じゃ寮長ぐらいしかいないだろ? それより秋乃大丈夫か? 俺の背中に乗ってくれ、部屋まで運ぶよ」


 秋乃はそれまで体調不良だったのが嘘のようにシュッと立ち上がると、冬梨からパンツをひったくった。


「こ、このあと私寮長に用事があるからこのパンツは返しておくね。オホホホホホ////(良かったぁ~。私が淫乱だと思われてたわけじゃなかったんだ…)」


「体調は大丈夫なのか? さっきまでフラフラしてたんだから無理はしない方が…」


「大丈夫、大丈夫。気にしないで。さぁて、今日の夕ご飯の買い出しにもいこうかなぁ~、ランラ~ン♪」


 秋乃はそのまま鼻歌を痛いながら2階の方へと去ってしまった。俺は冬梨と顔を見合わせる。


「何だったんだ今の?」


「…さぁ?」


 こうして2回目の下着事件は無事? 終わった。



○○〇



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