千夏と汚部屋とトラウマと
日曜日、俺は溜まっていた洗濯物を洗おう洗濯カゴを持って洗濯の準備をしていた。その時ふいに上から地下室の蓋がガチャリと開けられる音が聞こえた。誰かが俺の部屋を訪ねて来たのだろう。
俺の部屋に訪ねてくる人がいるのは珍しい…。基本的にこの寮は女子しかいないので、俺の部屋を訪ねてくるのはたまに俺をおちょくりにやって来る寮長とゲームをしにやって来る冬梨ぐらいなものだ。
俺は誰が来たのだろうかと顔を上げる。そこには蓋を開けて地下室の中を覗きこむ千夏の顔があった。
「どうした千夏?」
「あっ兼続。この前の約束守ってよね」
「約束…?」
俺は千夏と何か約束した事があっただろうかと頭の中のハードディスクを覗いて記憶を検索する。んー…。何か彼女と約束していただろうか?
「すまん、何の約束だっけ?」
「私の部屋の掃除を手伝う約束よ。忘れちゃったの?」
その言葉を聞いて俺は「ああ、あれか!」と得心がいく。先週の土曜日に俺が寮長のブラと悪戦苦闘していた際に千夏とした約束だ。
本来であれば先週の日曜日に掃除を手伝うはずだったのであるが、その日曜日に秋乃がチーズケーキを寮長に食べられてブチ切れていたのでそれどころではなかったのだ。なので今週やることにしたのだろう。
正直言うとめんどくさいし、俺は洗濯物を洗いたいのだが…。1度約束してしまったものは仕方が無い。
「そう言えばそんな約束してたなぁ…。わかった、手伝うよ」
「じゃあ部屋で待ってるわね」
千夏はそう言うと地下室の蓋を閉めて行ってしまった。洗濯は千夏の部屋の掃除が終わってからだな。まぁ…1、2時間もあれば終わるだろう。俺は一旦洗濯カゴを置くと梯子を上り彼女の部屋へと向かった。
○○〇
俺は千夏の部屋の前に到着するとドアをノックする。女の子の部屋に入る時のマナーだ。中から「空いてるわよ」と声が聞こえたのでドアノブを捻ると中に入っていった。
何気に女の子の部屋に入るのは俺の人生で2度目の事なのだが…、当然ながら1度目のようなときめきは無い。このドアの向こうにあるのは可愛いぬいぐるみが置いてあったり、フローラルな香りのする女の子の部屋ではなくただの汚い部屋だからだ。
「うわぁ…。また酷いな…」
俺は千夏の部屋の惨状を見て唖然とする。2週間前に彼女の部屋をピカピカに掃除したばかりなのに、床の上には講義のレジュメやお菓子の袋が散乱し、机の上には図書館で借りて来たであろう本がタワーを形成し、押し入れの中にはおそらく服であろう物が乱暴に詰め込まれていた。
…唯一、ベットの上だけは綺麗に片付いていた。おそらく彼女は普段あそこで生活しているのだろう。自分が普段生活するスペースだけ綺麗にしているというのは片付けが出来ない人にありがちである。
当の千夏は椅子に座ってせんべいをかじっていた。おい! 今から掃除するのにこれ以上食べカスを出すんじゃねえ!
「足の踏み場もねぇな…」
「失礼ね、足の踏み場はちゃんと作ってあるわよ。ほら!」
彼女が指さしたところを見るとゴミが広がっている床の上にいくつかゴミが避けられ、床が見えている場所があった。…ここを踏み場にしろと?
俺はそのゴミが避けられている場所になんとか足をつけ、部屋の中に入ることに成功する。
まるで小学生の頃にやった道路にある水たまりを避けて歩くゲームをしているみたいだ。あの時とは違って歩いてはいけない場所の方が圧倒的に多いが。
「あのなぁ千夏。講義のレジュメなんかはまだ分かるが、せめてお菓子の袋ぐらいはゴミ箱に捨ててくれよ…」
「ゴミ箱がすぐ一杯になるからあふれちゃうのよね」
「一杯になったら捨てればいいだろ!?」
「捨ててるんだけどね…」
「はぁ…。まぁいいか。ゴミ袋は?」
「はいこれ」
千夏は椅子から立ち上がると笑顔で俺に10リットル入るゴミ袋を差し出してくる。さて、今日はこのゴミ袋何袋分になるかな。
「とりあえず俺はお菓子の袋や化粧品の箱なんかの明らかに要らないゴミを袋に入れていく。千夏は講義のレジュメなんかの自分が必要な物を片付けてくれ」
「わかったわ」
講義のレジュメはどれが必要なものでどれが要らないものかは俺には分からない。なので必要なものの整理は彼女に任せ、俺は明らかにゴミと分かるものを処分することにした。
「よし、やるぞ。…ん?」
役割分担も決め掃除を始めようかとしたその時、俺はラフすぎる千夏の服装が目に入って少し眉をひそめる。彼女は今タンクトップにショーパンという夏らしく非常に涼し気な格好をしているのだが…。
俺はそこで少し想像力を働かせた。このまま彼女と一緒にゴミ掃除をする、そして彼女がゴミを拾うためにかがむ…、その時にタンクトップの隙間から千夏のちっぱいがコンニチワしてしまう可能性があるのだ。
そしてちょうどそれがコンニチワしたタイミングで千夏が自分の胸が見えていることに気が付く。そしてまた俺が土下座するはめになる…。
こういったビジョンが容易く想像できる。俺も馬鹿ではない。失敗するたびに学ぶ人間なのだ。もう2度とああいった失敗を起こさないために先手を打っておかなくてはならない。
俺は千夏の方に改めて向き直ると、服装の事を指摘することにした。
「ん゛ん゛! 千夏君、少し服装がラフすぎるんじゃないかね?」
「何よ千夏君って? 今日は暑いからこれくらいじゃないとエアコンつけてても暑いのよ…。私暑がりだから」
「いや、その…。仮にも異性と同じ部屋にいるんだからさ、もうちょっと服装を硬めにしてもいいんじゃないか?」
「…ははーん。なるほどね、理解したわ。つまり兼続は私のタンクトップの隙間から見えちゃわないか不安なんだ?」
千夏は俺の意図に気づいたのかニヤリと笑いながら言葉を放つ。流石に頭の回転が速い。
「ああ、そうだ。お前も何度も見られるの嫌だろ? 理解したなら上に何か羽織るなりしてくれ…」
「期待している所悪いけど残念でした! タンクトップの下にちゃんとキャミ着てるから大丈夫よ」
彼女はそう言いつつ自らのタンクトップをまくり上げて下のキャミソール見せつけてくる。タンクトップの下に何も着ていないように見えたが、ちゃんと着ていたらしい。
「見せなくていいって…/// というかキャミソールだって下着みたいなもんだろ? 恥ずかしくないのかよ?」
この前のデートの時は間接キスで恥ずかしがってたのに下着を見せる事には抵抗ないのかよ…。千夏の羞恥心のスイッチが良く分からん。
「うーん、確かにキャミは下着と言えば下着だけど…。個人的には下着の上にさらにつけるものってイメージが強いわね。似たようなので言うとパンツの上に穿くブルマが近いかしら? 別に見られても…って感じ?」
男性にはその感覚が良く分からんが見られても平気らしい。まぁ…とりあえずは俺の危惧していたことは起こらなさそうで良かった。
「でも夏だからってあまり薄着はしない方が良いんじゃないか? 世の中には女の子の下着を見たい変態なんて山ほどいるんだからな。特に千夏は可愛いんだから気を付けろよ?」
「へっ?/// あ、うん//// 心配してくれてアリガト…/////」
彼女はそう言って顔を背ける。どうしたんだろう…少し千夏の横顔が赤くなっている気がする。特に変な事を言った覚えは無いんだけどなぁ。もしかして可愛いって言われて照れたのだろうか? そういえば千夏は照れると顔を背けるクセがあったな。
でも彼女クラスの美少女なら「可愛い」なんて誉め言葉は言われ慣れてると思うんだけど…。うーん、良く分からん。
「いきなりそういう事を言うのは反則よ///」
なにか小声で千夏がつぶやいた気がしたが何と言ったのだろうか? ま、いいか。とっとと部屋の掃除をしてしまおう。
○○〇
俺と千夏は彼女の部屋を黙々と掃除していく。
「しかしこれだけゴミがあると
俺が男子寮にいた頃はGの対処に苦労したものだ。あいつらはしばしば俺らの部屋に現れ、俺たちに奇襲をかけて来る。
その昔、寮の部屋でシナリオが良いと噂のノベルゲームをしていて、ちょうど物語のクライマックスシーンで俺が感動して涙ぐんでいた時、なんか頭がかゆいと思って触ってみるとGが頭の上を這いまわっていたという事があった。
当然ながらゲームで感動どころの話ではなく、俺の高ぶっていた感情は逃げたGと共にどこかに消え失せてしまった。
世間では「泣きゲー」と言われてるそのゲームだが、その出来事のせいで俺にはGのイメージしかなくなってしまったのである。俺の感動を返して欲しい。
彼らを退治しようとしても寮がボロい事もあり、至る所にGが隠れられそうな穴が存在しているせいでGを見つけて処理しようとしてもすぐにカサカサとそこに逃げられてしまうのだ。
あまりにも頻繁にGを見るので一度中山寮長に「業者にG退治をお願いしてみては?」と懇願したのだが、お金が無いという理由で却下された。
仕方が無いので俺たちはスーパーでバ〇サンを買い、寮の部屋で一斉に炊くことにしたのだが…、その時の光景をあまり思い出したくはない。
バ〇サンが終わるまで俺たちは寮の外で待機していた。しかしその際に寮に空いた穴から大量のGが脱出しているのを見てしまったのである。途中から数えるのをやめたけど確実に100匹以上はいたね。
非常におぞましい光景であり、背筋が凍るという体験を俺はその時人生で初めてした。何故かは知らないけど朝信なんかは大量のGにたかられていたな。食べ物だと思われたのだろうか。
女子寮では(千夏の部屋以外は)掃除が行き届いているせいかGは見たことが無い。この部屋には普通にいそうだけどな。
「ふっふっふ! そこは心配ご無用よ。なんせ私の部屋には近所のスーパーで買ってきた必殺のブラック〇ャップを設置してあるから1度も見たことは無いわ! Gなんてイチコロよ!」
千夏はドヤ顔でそう述べる。別に威張るような事ではないと思うんだが…。凄いのはブラック〇ャップであって千夏ではない。
「もしこの寮にGが出るとしたらそれはお菓子の食べカスが落ちてそうな冬梨の部屋だと思うわ」
「冬梨はああ見えて結構綺麗好きだぞ。3日に1回は部屋に掃除機かけてるって言ってたし」
「え、そうなの? やるわねあの子…」
「『やるわね』じゃねぇよ…。年下に負けてどうするんだ。せめて1週間に1回は部屋の整頓して掃除機かけろよ」
「ま、前向きに検討するわ///」
政治家みたいなこと言いやがって…。こういう事言う奴は絶対にやらないんだよな。俺は呆れながら引き続き彼女の部屋の掃除を進めた。
○○〇
「そういえばさ…」
「何かしら?」
「この前の緑川、結局どうなったんだ? あれからなんかちょっかいかけてきたりした?」
「いいえ、1度も見てないわ。聞いた話では大学を休んでいるそうよ」
まぁ自分の好きな子にすでに彼氏がいたら脳破壊されて精神を病むのは当然と言えば当然か。とりあえず面倒事が起こらないのであればそれでいいや。
俺はついでに気になっていることを千夏に聞いてみた。
「これ聞いていいのか分からないけどさ」
「何よ?」
「なんで緑川をフったんだ? 成績も優秀だし顔も悪くない、結構いい男のように思えるけど」
「そりゃアイツが好きなのはどう見ても『完璧な高坂千夏』だからよ。見ての通り私はそんな完璧な人間じゃないわ。外では猫を被っているだけ。そんな人に好かれても…」
『本当の自分を知った時に幻滅されるだけ』…彼女の言葉の後ろにはそういう文言が続くのだろうか? 千夏は異性に幻滅されることを極端に恐れている。彼女のトラウマ。俺にはすでに彼女の本性がバレているとはいえ、そう簡単に治るものではないのだろう。
「だから彼に好かれても迷惑なだけなのよね」
千夏はめんどくさそうに言い放つ。
だが俺は緑川の千夏への求愛を辞めさせ、尚且つ彼女のトラウマをどうにかできるかもしれない方法を思いついていた。
「なぁ千夏。緑川にお前のこの部屋見せてみないか?」
「何でよ!? 絶対嫌だからね!」
「緑川は完璧な猫を被ってるお前が好きなんだろ? じゃあだらしない千夏のこの部屋を見せればどうなる?」
「…幻滅して私を嫌いになるでしょうね」
「ご名答。うっとおしい緑川を振り払う最も簡単な方法だぜ?」
「あなたねぇ…私が他人に幻滅されるのが嫌いなの知ってるでしょ?」
「別にどうとも思っていない相手に幻滅されても良くねえか? 勝手に幻滅させときゃいい。考えてもみろよ千夏、今現在人類は地球上に80億もいるんだぜ? 日本だけでも1億人ちょっとだ。そんだけ人がいりゃ気の合わない奴だっているだろうさ。すべての人に好かれる人間なんていない…。なら本当の自分を好いてくれる奴にだけ好かれればいいじゃないか」
要するに俺に本性がバレた時みたいにいっそのこと開き直ればいいのでは? と俺は考えた…のだが。
「兼続…。確かにあなたの言う通りだわ…。でもごめんなさい、中々その踏ん切りはつけられそうにないの」
彼女は俺の言葉にうつむきながらそう答えた。いつ頃から猫かぶりをしているのかは知らないが、長年ずっとやってきたことをいきなりやめられないだろう。しかし、千夏の問題を解決するには彼女自身にそのトラウマを乗り越えてもらうしかないのだ。こればっかりは彼女に勇気の1歩を踏み出してもらうしかない。
○○〇
掃除開始から1時間ほど経過し、彼女の部屋も大分見られるようになってきた。あともう30分もやれば綺麗に片付くだろう。
「ふぅ~、やっと床が全部見えた。おっ?」
俺は千夏のベットの上に置かれていたとある抱き枕が目に入った。これは以前俺が彼女と水族館デートをした時に買ってあげたチンアナゴの抱き枕だ。
「この抱き枕使ってくれてるんだな」
「ええ、抱き心地が良いから寝る時に愛用させてもらっているわ。これを抱いて寝ると安眠度が全然違うのよね」
千夏が欲しそうにしていたから買ってあげたものだが、気に入ってくれたようで何よりだ。
「もうこれ無しでは眠れないわ。ねぇアナ
千夏はそう言ってチンアナゴの抱き枕の頭の部分を撫でる。
「アナ続!? その抱き枕の名前か?」
「兼続が買ってくれたチンアナゴの抱き枕だからアナ続よ」
「そんなデ〇ズニーの某映画みたいな名前つけなくても」
「それは気のせいよ」
あの汚い千夏の部屋の中でもこの抱き枕はちゃんと手入れがされていたらしく、生地が非常に綺麗だ。どうやら大事に使ってくれているらしい。
「そりゃ大事にするわよ。初めて異性から貰ったプレゼントだもの///」
彼女は少し顔を赤くして抱き枕を抱きしめながら言う。
「えっ、そうなの? モテる千夏の事だからプレゼントなんてしょっちゅうされていると思ってた」
「そりゃ『千夏さん、これ俺からのプレゼントです』って何か良く分からないものを差し出された記憶はあるけど、私要らないものは受け取らない主義なのよね。全部断ってたわ。欲しかったものをくれたのは貴方が初めてよ///」
そうか…俺からのプレゼントが初めてだったのか。ちょっと他の男子に勝った気分…。少し嬉しくなった俺は気合いを入れて残りの部屋のごみを片付けた。
○○〇
※作者からのお願い
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