氏政によるナンパ講座

「俺さ、metuberになろうと思うんだ」


「は?」


 講義が終わり、いつもの3人で大学内のカフェに寄りダラダラしていたのだが…。いきなり氏政がとんでもない事を言い出した。


「最近metuberになるの流行ってんの?」

 

 寮長もこの前Vtuberになるとか言ってたよな? 変人同士波長が合うのだろうか?


「そんなに俺たちの周りにmetuberになる奴が多いのか? へへっ、じゃあ俺もこのビッグウェーブに乗り遅れないようにしないとな」


「またなんで急にmetuberになろうと思ったんだ?」


「metuberって広告収入やスパチャでお金入って来るじゃん? 俺最近女の子にお金使いすぎて金欠なのよね。だからお金を稼ぐ手段としてが1つ。で有名になるじゃん? そしたら女の子にモテるじゃん? お金も稼げて女の子にもモテる。一石二鳥、まさに俺の天職だと思った訳よ」


「それが目的かよ…」


「我は応援しますな。友人が有名になってくれれば我も鼻が高いですぞ」


「別になる分には構わんけどさ、周りの迷惑にならないようにしろよ。で、何やるんだ?」


 ひとえにmetuberといっても色々ある。ゲーム実況から物作り、生き物を飼う系やらコントを披露する奴らまで幅広い種類のmetuberが存在する。数年前ならともかく、今はmetuberも飽和状態でその多種多様な奴らがいる中で目立とうとすれば相当奇抜な事をやらないといけないのだが…。


 コイツの場合目立つためにとんでもないアホな事をやりそうで怖いんだよな。頼むから警察の御厄介にはならないでくれよ。


「とっておきのネタを考えてある。題して『100日後に彼女ができる氏政!』」


「思いっきり他人のネタのパクリじゃねえか!?」


 こいつ…昔散々ネットで話題になったネタで再生数を稼ごうとする気らしい。もし今そんな事をやろうものなら再生数が稼げないどころか、パクリと言われて叩かれる未来しか見えない。まぁこいつの鋼メンタルなら例え叩かれたとしてもケロッとしてそうだが。


 それにしても『100日後に彼女ができる氏政!』って…。絶対企画を達成できない気がするのは俺だけだろうか?


「俺って彼女欲しいじゃん? だからこの企画が俺の目的と合致していて良いと思ったんだ。それに時間制限を設けた方が焦りが出てより良い結果につながりそうだし。そして企画が無事成功した後はカップル系metuberとして更に一儲け出来るって寸法だ」


「そこまで考えているなんて…もしかして同志氏政は天才ですかな? これは一気に有名metuberの仲間入りかもしれませんな」


「ハハッ、やっと気づいたのかよ。俺はあの天才物理者アインシュタインすら凌駕するIQ25もあるんだぜ? 昔IQテストで測ったことあるから分かるんだ」


 …アインシュタインのIQって確か200ぐらいだと記憶しているのだが。というかIQ25って猿以下じゃないのか? ちなみに日本人の平均IQは100程度である。IQが20違うと会話が成立しないと聞くがなんとなく理解できる。


「いやいやお前ら正気かよ? そんな昔散々こすられたネタのパクリで再生数なんて稼げないだろ…。それにもし企画を達成できなかったらどうする気だ? 動画のタイトル嘘じゃないかと言われて炎上するぞ。またレンタル彼女でも借りる気か?」


「その時は俺が全裸で誠心誠意謝罪するから安心しろ」


「ガチで警察が来るからやめろ!?」


「ち〇ぽにモザイクかけときゃ大丈夫だろ? 謝罪動画でさらに再生数を稼ぐぜ! 全裸謝罪…これは話題になるぞ…」


 それ以前に不適切な動画扱いでmetubeからBANされる可能性すらあるのだが…。彼はそれを理解しているのだろうか? あぁ…なんかまた頭痛くなってきた…。


 俺は買ってあったアイスハーブティーを飲んで脳に安らぎを与える。ハーブの香りが脳のストレスを緩和させるのだそうだ。はぁ~癒されるわぁ…。つかの間の現実逃避だ。


「それでお前らに相談なんだけどよ…」


「なんだよ改まって…金なら貸さんぞ」


「ちげぇよ! 1人で動画撮影・編集・投稿するの難しいからさ、動画の撮影協力してくれない? 俺達3人で分担しようぜ?」


「やだ。1人でやれ」


「頼むよぉ俺達友達だろ?」


 氏政は俺に泣きついてくる。…散々友達と言っておきながら俺を裏切ったのはどこのどいつだろうか? 俺は忘れてないぞ、俺が女子寮に住んでいる事を大学中にバラされたことを…。おかげで変な連中に目をつけられてこっちは迷惑しているんだ。


 俺は断固として彼の懇願を拒否した。


「朝信は付き合ってくれるよな?」


 俺に泣き落としに通じないことが分かると氏政は今度は朝信の方を落としにかかったようだ。


「う~む、付き合いたいのはやまやまですが…我には絵師としての活動もありますしな。絵を描く時間が少なくなるのは我も嫌ですぞ」


「そうだ! こうしよう。お前らにも報酬を払うよ。俺の動画に入った収入をみんなで山分けしようぜ! もしかしたら月に数百万の金が入って来るかもしれないんだぞ? 付き合う価値はあると思うけどな」


「ちなみに取り分はどれくらいですかな?」


「取り分は俺と兼続と朝信で9:0.5:0.5だ」


「いやそれおかしいだろ!? 俺達は搾取されている奴隷か何かかよ!? 普通山分けって言ったら4:3:3ぐらいじゃないのか? あとサラッと俺を入れるな」


「しょうがねぇなぁ…。じゃあ取り分はそれでいいよ」


 氏政はしぶしぶと納得した。朝信はそれなら…ということで納得し、彼の動画撮影を手伝う事にしたそうだ。



○○〇



 そして次の土曜日、氏政は早速撮影を開始するということで色彩駅近くにある繁華街へと踏み出していた。彼曰く、このあたりは若者向けの店が沢山ある関係で色彩市の中では絶好のナンパスポットらしい。氏政はまずナンパによって彼女をゲットしようと考えているようだ。正直失敗する未来しか見えないけれども。


 俺はというと…氏政がとんでもない事をしでかすといけないので表向きは手伝う…と言いつつ、何かあった時は止める方向で動くことにした。我ながら甘いと思う。


 役割分担は俺がスマホのカメラで氏政を撮影し、朝信が俺が取った映像の編集作業を担当することになった。なので朝信は寮の部屋で待機している。


 氏政は繁華街の真ん中付近にある少し開けた広場に来ると、ここで撮影をしようと言い始めて足を止めた。


 周りを見渡して見ると、確かにそこには若い女の子たちが沢山歩いていた。広場の周りにある店にちょうど女の子が好きそうなアクセサリーショップやオシャレなカフェなどが集まっているのが原因らしい。もっと言うと氏政以外にもナンパに挑戦している男たちもいるようだ。


 こんな場所が田舎の色彩市にあったなんて…硬派な俺は軽くカルチャーショックを受ける。ここら辺に俺は基本用が無く、あまり来ないので知らなかった。氏政はナンパをしなれているだけあってこういった場所に詳しいようだ。


 俺たちは他の人の邪魔にならないように広場の中央にある花壇の近くに陣取ると撮影の準備を始めた。と言っても段取りを確認してスマホのスイッチを入れるだけだが…。あとは氏政しだいだ。


 氏政の方を確認するといつでもOKという返事が返ってくる。


「じゃあ撮影を始めるぞ。3,2,1…はいスタート!」


 俺は氏政の方にスマホのカメラを向けて撮影開始のスイッチを押した。


『氏政ちゃんねるをご覧のみなさん初めまして! 俺は氏政と言います。以後、お見知りおきを。さて、このちゃんねるについてなのですが…』


 氏政はちゃんと動画用にしゃべる台本を考えて来たのか、スラスラと物おじせずに彼のちゃんねるについての説明と、動画の企画についてカメラにしゃべっていく。流石にメンタルが強い。ここだけは唯一彼の尊敬できるところだ。


『では早速俺が彼女をつくる方法の第一弾としてナンパを実行したいと思います。見事成功したらみんな高評価ボタン押してね!』


 そしていよいよ彼は今日の目的であるナンパを実行しようとしているらしい。頼むからあまり迷惑はかけないでくれよ…。俺は内心ハラハラしながらスマホのカメラで彼を追いかける。カメラに映る人よりも撮ってる人の方が緊張するというのは珍しい現象だろう。


『ここで皆さんに何度もナンパに成功している俺が必勝のナンパテクをお教えしましょう…。それはナンパする前にまず「大声で奇声をあげる事!」 あ゛あ゛あ゛あ゛~~~!!!』


「おいおいおい、ちょっと待てカットカットカット!!!」


 いきなり氏政が大声で奇声を上げ始めたので俺は急いでスマホのカメラを止める。放送事故もいい所だぞこんなん!


「なんでいきなり奇声あげてんだよ!? 周りに迷惑だからやめろ!」


「何言ってんだよ兼続、これはナンパの必勝テクなんだぜ?」


「なんで奇声あげるのが必勝テクなんだよ!? 必敗ひっぱいテクの間違いだろ!?」


 氏政は俺の方を見るとやれやれとため息を吐く。


「分かってねぇなぁ…兼続は。そんなんだからお前はまだ童貞なんだよ…」


「お前も童貞だろ!?」


「いいか? 女ってのはな、自分より下と認識した男には絶対になびかねぇんだ。だからまずは奇声を上げて『俺はお前よりも上の存在である』とアピールするんだよ。舐められないようにな」


「ライオンの雄たけびじゃないんだからさ…」


「見ろ! 実際に周りの女の子たちは俺の方を見てビビってるぜ!」


 彼の言う通り女の子は自分より下と認識した男にはなびかないというのは一理ある。しかしそのために奇声を上げるというのは明らかに間違いであることは疑いようのない事実であろう。


 奇声を上げることによって周りにいる女の子たちは氏政を舐めるようなマネはしない…。だが彼を見てビビってるのは『こいつ明らかにヤバい奴だから近づかないようにしよう』という危機管理能力が働いているに過ぎないのであって、そんな彼が女の子をナンパした所でついて来てくれる女の子はいないと思われる。キ〇ガイに触るべからずだ。


 案の定周りにいた女の子たちは俺たちに目を合わせてくれない。それどころか急いで帰ろうとしている子までいるくらいだ。


「これでみんな俺に一目いちもくおいたな」


 彼はしたり顔でそう言う。


 …なんか帰りたくなってきた。でもここで俺が帰ってしまうと彼を止める奴がいないのでさらに被害が拡大してしまう。俺は帰りたいという気持ちをなんとか抑え込んで再びスマホのカメラを構えた。


「周りの迷惑にならないようにしろよ。今のご時世それですぐ炎上するんだからな!」


「分かってるって」


「じゃあ、また撮影を開始するぞ。3,2,1…はい、スタート!」


 俺は再びカメラの撮影ボタンを押す。


『では気を取り直してナンパして見ましょう。おっ、あそこのお姉さん綺麗ですね。こんにちは! 今ちょっといいですか?』


 しかし、氏政が声をかけた女性は彼と目を合わそうともせず、サッサと通り過ぎてしまう。まぁ当然と言えば当然だが。


『あらら…。失敗してしまいましたね。しかし、ナンパをする上で無視されることはよくあることです。こういう事でいちいちめげていてはナンパは成功しません。ナンパを成功させるコツは数をこなす事です。次行きましょう次!』


 もしかするとこいつの強メンタルはナンパによって鍛えられたもしれない。そこだけは凄いと思う。


『すいませーん、ちょっといいですか?』


『はい?』


 氏政が次に話しかけた女の子は珍しく反応してくれた。さっき彼が奇声を上げた時にここにはいなかった子だろうか?


『えっ? これってカメラ取ってる?』


『うん、俺metuberの氏政って言うの。良かったらちゃんねる登録してね。それよりも君可愛いねぇ』


『はぁ…』


『君ヒクイドリに似てるってよく言われない? パッチリとしたおめめと綺麗な足とかもうソックリ』


「おい!!! ちょっとカット!」


 俺はスマホのカメラを止めると氏政に近寄っていく。


「何で比較対象がヒクイドリなんだよ? 人間ですらないじゃないか!? 比較するならせめて人間にしろよ!?」


「えっ? ヒクイドリ可愛いじゃん。君もそう思うよね?」


「そもそもヒクイドリってなんですか?」


 ヒクイドリとはオーストラリア北部に棲息するダチョウに似た非常に凶暴な鳥である。全長2メートル近くにもなり、その強靭な足で人間を蹴り殺すこともあると言う。ヒクイドリの凶悪な足を見ると鳥類が恐竜の子孫であることが良く分かる。女の子をそんな鳥と比較対象にするなんてこいつは馬鹿なのか? 馬鹿だったわ…。


「別にいいじゃねえか。美的センスは人それぞれだよ。俺はヒクイドリを可愛いと思ってるの。それよりお前は早く撮影に戻れよ」


「へぇへぇ…」


 俺は彼らから離れるとスマホを構えて撮影ボタンを押す。


『俺君の事を一目見て気に入っちゃったよ。もしよかったらさ、これから遊びに行かない? もちろん奢るよ』


『えっ、いいんですか? うーん、どうしようかなぁ? あなた結構カッコいいし、着いて行っちゃおうかなぁ…』


 えぇ…、まさかのナンパ成功しかけてるよ…。確かに氏政は顔だけはそこそこ良いが…。あの女の子は顔さえよければそれでいいタイプの子なのか?


『良し、決まり! じゃああそこにお城のような建物があるのが見えるよね? 君はお姫様みたいに綺麗だからあそこに行こうか?』


『あそこって何があるんですか?』


『あそこはね、ラブキャッスルっていう…』


「おいおいおいおい!!! カットカット!!!」


 俺は急いでカメラのスイッチを切ると氏政に詰め寄る。


「なんで会ったばっかりの女の子といきなりラブホに行こうとしてるんだよ!? 順序がおかしいだろ!?」


「あのさぁ兼続…他の男がチョイスしそうな所に行ったってつまらないだろ? オシャレなカフェや水族館なんて可愛い女の子はみんな行き慣れてるんだよ。だから俺は他の男とは違うって所をアピールしているわけ。分かる? 俺のこの高度なテク」


「だからっていきなりラブホはねぇわ…」


「えっ? あそこってラブホなんですか? 私の体目当てだったんですね? 最低!」


 女の子はそう言うと向こうに行ってしまった。


「あーあ…。お前のせいでナンパ失敗しちゃったじゃねぇかよ…」


「俺の言葉が無くても失敗してたと思うよ…。お前いつもあんな感じで誘ってるの?」


「モチのロン。俺は一味違う男だからな」


 氏政はこれまでも何度もナンパにチャレンジしてる割に一向に成功しねぇなと思っていたが、その理由が今日分かった。そりゃいきなりラブホに誘って付いてくる女の子なんかいねぇわな。


 その後も氏政はナンパにチャンレジしたものの、その日は1人も成功しなかった。


「うーん、まぁ最初だしこんなもんだろ。あまり早く成功してもつまらんしな。今日はこの辺で切り上げて動画を朝信に編集してもらうか」


「ああ、そうしよう…」


 氏政のナンパを撮影していたのは時間にして約3時間程度だったのだが、俺はその日ずっとハードな肉体労働していたかのような疲労感に襲われていた。ツッコミどころありすぎるよ…。俺一人じゃ体がもたん…。


「動画投稿が楽しみだな」


「…そうだね」


 こうして氏政のmetuber企画の1日目が終わった。これあと99日分もやるってマジ!?



○○〇



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