コミュ障だって友達ぐらいできるもん…多分 ※微修正あり

 季節は進み7月となる。俺が女子寮に来てからもうそろそろ1カ月もの時間が経とうとしている。この色彩市にも夏らしく強い日差しが燦燦と照りつけ、地上にいる者たちに太陽の恵みを分け与える。


 もっとも今年は特にその太陽の恵みが強いらしく、7月の頭だというのに本日の気温はなんと37度にまで達していた。今年の6月はそこそこ涼しかったこともあり、月が替わってのいきなりの温度上昇に全国で熱中症で倒れる人が続出したと今朝のニュースでやっていた。今年の夏も暑くなりそうだ。


「…あつい。兼続…冬梨死んじゃう…」


 大学の広場にあるベンチで冬梨がまるで溶けていくアイスのようにぐったりとしていた。冬梨は暑いのが特に苦手らしく、講義を受け終えた彼女は涼しい寮に急いで帰ろうとして猛暑の中をなんとかここまで歩いてきたらしいのだが…、あえなく力尽きたらしい。


 そしてたまたまそこを通りかかった俺に救助を求めたという事だ。


「大丈夫か?」


「…大丈夫じゃない。冬梨は冷たい飲み物とアイスを要求する…」


「それが目的かい…」


 ここで彼女の要求を拒否して倒れられでもしたら、それはそれで気分が悪いので俺はしぶしぶ承諾することにした。本当に熱中症だったら不味いしな。


「歩けるか?」


「…無理ぃ。おぶって…」


「しゃあねぇなぁ」


 彼女をおぶるとぐっちょりと濡れた彼女の服が俺に貼りついていきた。ものすごい量の汗をかいているようだ。これはガチでヤバいかもしらんね…。俺は彼女をおぶって急いで大学内の近くの店へと駆け込んだ。店内はエアコンが効いており非常に涼しい。


 俺は冬梨を席に座らせると超特急で店員さんに飲み物やアイスなどの冷たい物を注文し、それらを持って急いで席へと戻った。


「大丈夫か冬梨?」


「…待ってました」


「えっ?」


 冬梨は先ほどとは打って変わって元気そうになっていた。あれ…さっきまでグッタリしてたよな?


「…元気そうだな」


「…涼しい所に入って復活した。兼続、それより早く飲み物頂戴」


「…ほらよ」


 彼女は俺から飲み物とアイスを受け取ると凄い勢いでそれを口の中に放り込んでいった。現金な奴め。…まぁ倒れられるよりはいいか。


 俺は自分用にアイスティーを買ってくると冬梨の隣に座って涼をとる。冬梨はすでに俺が買ってきた飲み物とアイスを全て体内に入れ終えたようだった。


「…ありがとう兼続、助かった。おそらくあのままだと冬梨は溶けて天に昇っていたと思う」


「縁起でもないこと言うなよ!? とりあえず冬梨が無事で良かった…。というかもし俺が偶然通りかからなかったらどうするつもりだったんだ?」


「…その時は電話で兼続を呼んでいた」


「結局俺かい…。他の連中は呼ぼうとは思わなかったのか? 寮のメンバーとかさ」


「…美春はこの時間講義中、千夏は寮でお昼寝中、秋乃は力が無いから冬梨をおぶって移動するのは無理。という事で兼続しかいない…」


「寮長がいるんじゃないか?」


「…寮長は化粧臭いから嫌。特に夏のこの時期は汗の匂いや加齢臭と混じりあって生ゴミの様な匂いになる。それは冬梨にとって耐えがたい悪臭」


「…そうかい」


 俺はアイスティーを飲みながら冬梨の話を聞く。それにしても冬梨に友達が少ない事がこんな所で響いてくるとはなぁ…。寮のメンバー以外に仲の良い相手はいるのだろうか? 彼女はコミュ障故に友達が少ないのだ。


 なんだかんだ頼れる友人がいるというのは助かるものである。人間1人では生きていけないからな。俺も去年風邪をひいて寝込んでいた時に朝信が風邪薬を買いに行ってくれたり、氏政がモモの缶詰などを差し入れしてくれた時はガチで助かった。


 せめて冬梨にも寮のメンバー以外に何人か友達がいればいいのだが…。出来れば彼女と同回生で講義が被っている生徒が望ましい。彼女の様子を確認できるからね。


 …と、そこで俺はあることを思いつく。冬梨に彼氏が出来ない原因は彼女がコミュ障であることである。…ということは彼女のコミュ障を解消することは彼女の問題を解決する第一歩になるのではないだろうか? まずは同性の友達を作ることから始めてみよう。


「なぁ冬梨。友達が欲しくないか?」


 その言葉を聞いた瞬間、冬梨は「うっ…」っと自分の胸を押さえてうずくまる。


「…兼続は鬼畜。熱中症で苦しんでいる冬梨に更に追い打ちをかけるような事をするなんて…。冬梨の小麦粉ハートがザクザクに砕かれた。これは慰謝料としてもう1つアイスを要求する」


「あのな。俺は別に冬梨に精神的ダメージを与えるために言ってるわけじゃないんだぞ。今日みたいな事がまた起こった場合どうするんだ? 俺らだっていつでも動けるわけじゃないし、いざという時に助けてくれる友達は何人か作っておいた方が良いんじゃないか?」


「…ううっ」


「それに今月末には期末テストもあるんだ。大学に入って初めてのテスト…単位が取れるか不安じゃないか? 友達がいればそいつがテストで頻出の問題とか過去問とかを先輩から借りてきてくれるかもしれないし…そうなれば単位を取るのがグッと楽になるんだぜ? そうだな…まずは1人、1人でいいから友達を作ってみよう?」


「…冬梨だって分かってる。このままじゃダメだってことぐらい。でもあまり親しくない人と話そうとするとどうしても緊張してしまう」


 冬梨はうつむきながらそう答える。そうか…冬梨も心の奥底では自分の抱える問題を理解していたんだな。


 ならば…俺のやることは冬梨がその問題を解決できるように協力することだな。


「4月に俺と初めて会った時は普通に話せてたじゃないか? アレを他の人の時もやればいいんだよ」


「…兼続は何故か緊張しない。不思議。冬梨とは相性がいいのかもしれない」


「もしかすると他にも冬梨が話しても緊張しない相性のいい奴がいるかもしれないぜ! とりあえず探してみよう。俺も協力するからさ」


「…えぇ」


「冬梨、この前のデートの時に『メリオカートに負けたらなんでも1つ言う事聞く』って言ったよな? その権利をここで行使させてもらう。夏休みまでに友達1人作ること!」


「…ここでそれを使うなんて…。鬼、悪魔、童貞!」


「童貞は余計だ。とりあえず今日はゆっくり休んで、明日から行動を開始しよう」


 冬梨は露骨に嫌そうな顔をするが、ここは心を鬼にしなくてはならない。下手をすると彼女の命に係わるかもしれないのだ。今日は冬梨が軽い熱中症ということもあり、ゆっくり休んで貰う事にして…明日から早速行動を開始することにした。



○○〇



 次の日、俺は冬梨と学部のラウンジで待ち合わせすると彼女の友達作りに協力することにした。


「…まるで今から屠殺場に行く鶏の気分」


「どんだけだよ…。ただ友達を作るだけじゃないか」


「…あぁ、冬梨の小麦粉ハートがあまりの重圧に音もなく崩れ去っていく…。これはもはや心の殺人と一緒」


「アホなこと言ってないで行くぞ。とりあえずまずは同じ趣味の奴から友達になってみようぜ」


「…同じ趣味? ゲームとか漫画とか?」


「そうだ。冬梨と趣味が一緒の奴なら話す話題を作りやすいだろ? えっと、確か…いた。あそこにいる眼鏡をかけたツインテールの子…小山田おやまださんなんかはオタ研(※オタク趣味研究サークル)の子らしいぜ。ゲームや漫画が好きらしい」


 俺は冬梨のために昨日朝信と連絡を取り、今年オタ研に入部してきた新入生の事を聞き出していた。何を隠そう朝信もこの大学のオタ研に所属しているのだ。意外にも副部長をやっているらしい。


「…あ、ああ、ああああああああ。ダメ。昔友達を作ろうとして失敗した冬梨の心がざわめく…。クッ。静まって冬梨の心。兼続、離れて…このままでは冬梨の黒歴史が暴発してしまう…」


「…そう言って逃げようたってそうはいかんぞ。ほら、勇気を出して」


 俺は徐々にラウンジの出口へとフェードアウトしていきそうだった冬梨の体をガッチリと掴むと小山田さんのいる方に向き直させる。


「…逃げるの失敗した」


「あんな見え見えの演技に騙される奴がいるか」


 冬梨は小山田さんの方をじっと見つつ、少し体を震わせているようだ。おそらくは今彼女の中で勇気を振り絞っている最中なのだろう。仕方ない、少し背中を押してやるか。


「友達になるの拒否されたらどうしよう…」


「心配すんなよ。大学の4女神の1人、『愛玩の女神』である馬場冬梨が友達になってくれるって言ってるんだぜ。拒否する奴なんかいねぇよ。ほら、行って来い!」


 俺はそう言って冬梨の背中をパンッと叩く。


「…分かった。兼続を信じる」


 冬梨はそう言って一歩ずつではあるが、少しずつ小山田さんに近寄っていった。


「…あ、ああ、あの、ち、ちょっといいかな?」


 冬梨はぎこちない笑顔を作りながら小山田さんに近寄っていく。


「えっ? 馬場さん? わ、私に何か用?」


「…え、えええっと小山田ぁさんは…、ゲームが趣味と聞いた。な、何のゲームが好きなの?」


「ゲーム? う、うん…。最近ハマってるのは『ポケッチモンスター』かな?」


 『ポケッチモンスター』とはポケットに入る機械にモンスターを閉じ込めて戦わせる任地堂の大人気ゲームである。確か最近新作が出ていたな。


「…! ふ、冬梨も『ポケッチ』好きなの。よ、良かったらフレンド登録しない?」


「い、いいけど…」


「あ、ありがとう…」


 冬梨はこちらを向いて笑顔を向けてくる。やったじゃないか。まずはゲームを通じて仲良くなって、徐々に深い仲になっていけばいい。今日はこれでも上出来なぐらいだ。


「…そ、そういえば小山田さんは今期の『ポケッチ』のレート戦って何を使ってるの?」


「え? レート戦?」


「…ふ、冬梨は神速鎧龍しんそくがいりゅうに鉢巻持たせて使ってるんだけど…、あ、もちろん基礎ポイントはAとHに252振って…、やっぱり種族値の高い鎧龍は強いよね! それに可愛いし! あ、あと、今作は厳選が少し面倒だよね? 6Vのモンスター作るのかなり疲れない?」


「え? ええっと? ごめんなさい馬場さん、何言ってるのか分からない…」


 小山田さんのその言葉を聞いた冬梨は衝撃を受けたような顔をしてこちらに戻って来た。


 そういえば聞いたことがある。『ポケッチモンスター』はガチ勢とライト勢でやり込みの量が全然違うと。


 おそらく小山田さんはライト勢でストーリーをクリアして終わってしまう人なのだろう。冬梨の話す対戦の専門用語が分からず混乱してしまったようだ。それに対し冬梨はストーリークリア後もモンスターを鍛えてネット対戦に潜っているガチ勢だ。オタクのやり込み度の違いがここに出てしまったか…。


「…兼続、あの人ダメ、クソニワカ。あれじゃあ冬梨について来れない」


「おい、そんなこと言うなよ…。今はニワカでも冬梨がガチの世界に引き釣り込めばいいじゃないか。誰だって最初はニワカなんだぞ!」


「…『ポケッチ』の世界は自分から学ぶ意欲のある人でないとついて来れない。あの人は素質が無い」


「…そうかい。じゃあ、別の話題で行こう。小山田さんは冬梨が今ハマってる『鬼滅廻戦きめつかいせん』の大ファンみたいだぞ。作者のサイン会にも行ったり、今後の展開を考察するほどのガチ勢だそうだ」


「…えっ? それ本当?」


「朝信が言ってたから本当だ」


 冬梨は再び小山田さんに近寄っていく。


「…お、小山田さんって『鬼滅廻戦』好きなの?」


「うん、大ファンだよ! この前作者のサイン会に行って単行本にサインして貰ってね。そのサインを下宿先の額縁に入れて飾ってあるの!」


「…い、いいなぁ…」


「もしよかったら今度見に来る?」


「…!!! いいの? 行く!」


 おお、今度は会話が弾んでいるようだ。良かったじゃないか冬梨。どうやら冬梨はディープなオタク話が出来る人と相性がいいみたいだな。まずは小山田さんやオタ研の人たちを皮切りにしてどんどん友達の輪を広げていけばいいさ。


 俺はしばらくの間、会話を弾ませている2人を遠くから見ていた。2人の話題はいつの間にか『鬼滅廻戦』のストーリー考察に関する話に変わっていたようだ。2人は真剣な顔で今後の展開について熱く語っている。いい感じだ。俺も昔朝信とハマった考察系アニメについて語り明かしたなぁ。


 …しかし、その後に2人の好きなキャラに話が変わった途端、雲行きが怪しくなり始める。


「ちなみに…馬場さんって『鬼滅廻戦』のキャラの中では誰が好きなの?」


「…冬梨はサオノスケが好き。小山田さんは?」


「私もサオノスケなの! 一緒だね! なんてったってサオノスケは…」


「あの甘えてくる感じが好き!」「…ヒロインを影ながら助けるところにキュンとくる」


「「は?」」


 …おいおい、どうしたんだ? さっきまで仲良く話してたじゃないか? なんか険悪な雰囲気になってるぞ…。


「…サオノスケは不器用でヒロインの事を面倒くさく思いつつもなんだかんだ助けるところに萌える」


「何言ってるの? サオノスケが不器用なはずないじゃん! あんなにテクニシャンにヒロインに甘えているのよ」


「…それは解釈違い」


「まさか馬場さんがその程度の理解力だったなんて…残念だわ」


「…小山田さんとは仲良くなれそうにない」


「奇遇ね。私も馬場さんとは理解し合えそうにないわ」


 …これが俗に言う「同担拒否どうたんきょひ」という奴だろうか? 拒否の理由は色々あるとはいえ、今回は2人の好きなキャラに対する解釈が異なったことから起こったようだ。冬梨は怒りながらこちらに帰って来る。


「…兼続、あの人は冬梨の不倶戴天の敵! 絶対に友達になりたくない!」


「ああ、そうかい…」


 こうして冬梨の友達作り第1回目は失敗に終わった。まぁ今まで十数年コミュ障だったのだからすぐに治るはずないよな。これは気合いを入れて冬梨と向き合わないとダメだなぁ…。



○○〇


※内容を少し修正。冬梨のハマっている作品名を変えました。



※作者からのお願い


もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。

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