美春先輩に恋愛相談だって? おいおいおい、失敗するわアイツ

 6月ももうそろそろ終わろうかという平日の午後、俺は本日の講義を全て受け終えたので、寮へ帰るべく大学内を歩いていた。その途中にある大学内のカフェで俺はとある人を発見する。


 あれは…美春先輩か。


 どうやら女友達たちとカフェのテラス席に座りながら談笑している様だ。相変わらず人気者のようである。


 この前のデートで先輩は見た目以外は非常に残念な人であるのが発覚したので、友人といる時などはその残念な部分をどう誤魔化しているのだろうか? と俺は少し疑問に思いながら先輩のいるカフェを通り過ぎようとした。しかし…。


「あっ、兼続いい所に! ちょっとこっちに来てもらえるかしら?」


 どうやら先輩に見つかってしまったらしく、呼び止められてしまう。はて、先輩が俺に何の用だろうか? 俺はその声に答えるべく、カフェのテラス席へと足を踏み入れた。


「何か用ですか?」


「実はね。この娘が相談したいことがあるらしいんだけど、同性だけじゃなくて男の子の意見も聞いてみたいのよ。飲み物奢ってあげるから兼続も協力して。お・ね・が・い♪」


「はぁ」


 カフェのテラス席には先輩を除くと2人の女の子がいた。1人は髪を二つ結びにしている気の強そうな女の子。…なんか俺の方を睨みつけている気がするのだが気のせいだろうか? もう1人はショートカットの物静かそうな女の子。あれ? …この人どこかで見たような…。


「あっ…4股の人」


「あっ! あなたは『スイーツキングダム』の店員さん!」


 なんという運命のいたずらか。そこにいたのはあの『スイーツキングダム』で寮長が悪ふざけをした時に俺達の接客を担当し、先日俺が秋乃とデートした時にも俺達の接客を担当してくれた店員さんだった。そして案の定俺は4股の人と覚えられているらしい。


「4股?」


 先輩が不思議そうな顔で俺とその娘の顔を交互に見つめる。


「いや、あれは誤解だ。話せば長くなるんだが…あれは寮長という頭のおかしい人がやらかしたことであって…」


 俺は大慌てで否定する。クソッ、寮長のやらかしがまさかこんなところまで響いてくるとは…。やはりあの人は疫病神か何かの化身だろう。


「フン、汚らわしい…あなたのような人が美春お姉様とデートしたかと思うと虫唾が走るわ」


 そこで髪を二つ結びにした気の強そうな娘が俺の方を見て悪態をつく。うん? なんで俺と美春先輩がデートしたこと知ってるんだ? というかお姉様ってなんだよ?


「えっ、美春ともデートしたんですか…? ということはこれで5股…。もしかしなくても…ヤ〇チン?」


「ちっがうー!!! 確かにデートしたのは本当だけど、付き合ってないから! お試しでデートしただけだから! だから不貞行為には当たらないと思うよ…多分」


「つまり軽い気持ちで5人の女性の気持ちをもてあそんだという事でしょ? サイッテーの人間じゃない! 美春お姉様もこんな奴に捕まっちゃダメですよ」


「いやいやいや、だからそうじゃなくて…」


 俺自身は全く悪いことをしていないはずなのに…何故かヤ〇チンという悪評が付いて回って来る。俺はそんなクズ共とは違う誠実な人間なのに…。


 仕方が無いので俺はみんなの誤解を解くためにイチから順を追って説明することにした。何故俺がこんな苦労をせねばならんのだ…。


「なんだそういう事だったのね。面白そうだからあたしも参加したかったわぁ。兼続、今度あたしも連れて行ってね♪」


「いや、本人からすると全く面白くないですよ!?」


「えっと…つまりはその寮長さんって人の悪ふざけだったっと言う事ですか?」


「そうそう、店員さんも分かってくれたか…」


「あっ…そういえばまだ自己紹介してませんでしたね。私の名前は甘利皐月あまりさつきと言います。3回生です。いつまでも店員さんでは呼びにくいと思うので…」


「これはご丁寧に…。2回生の東坂兼続です。あっ、それと上回生なら別に俺に対して敬語じゃなくてもいいですよ。むしろ俺が敬語使わなきゃダメか」


「いえ、今のままでもいいですよ。私は単にこの話し方が慣れているだけなので」


 2人いるうちの物静かな娘の方は甘利さんと言うらしく、先ほどの俺の必死の説明でこちらの事情を理解してくれたらしい。3回生か…、先輩の友達かな?


 俺はもう1人の気の強そうな娘の方に目を向ける。


「えっと…あなたは?」


「5股野郎に自己紹介するわけないでしょ!」


 どうやら大分嫌われてしまっているらしい。さっき俺の方の事情は説明したのになぁ。


「こらこら弥生。ちゃんと自己紹介なさい」


「クッ、お姉様のお願いなら仕方が無いわね…。板垣弥生いたがきやよい。あなたと同じ2回生よ」


 気の強そうな娘は板垣さんというらしい。板垣さんはそのままプイっと横を向いてしまった。何故俺はこんなにも嫌われているのだろうか? 特に嫌われるような事をした覚えは無いのだけれども。というかそもそも初対面だよね?


 どうやらこの娘は俺と同じ2回生らしい。先輩とはどういう繋がりだろうか?


「弥生はあたしの腰巾着よ」


「腰巾着!?」


「お姉様!?」


 腰巾着ってあまりいい意味ではなかったと思うのだが…。板垣さんは先輩にそう言われたのがショックだったらしく涙目になっている。


「なんてね♪ 冗談よ、弥生はあたしの高校時代からの大切な後輩よ」


「お姉様ぁ…」


 なるほど、高校時代からの後輩か。それで仲が良いんだな。


「東坂兼続…あなた、この前美春お姉様とデートしていい気になっているみたいだけど…その程度でお姉様を攻略できたとは思わない事ね。弥生の目の黒いうちはあなたのような変態に美春お姉様に手出しはさせないわ!」


「ごめんね兼続。この子あたしに対する思いがちょっとだけ強いのよ」


 『ちょっと』という範疇を越えている気がするのだが…。板垣さんは所謂『気狂い百合女クレイジーサイコレズ』という奴だろうか? 変な子に目を付けられてしまったな。


 なんだか女子寮に来てから俺に敵対する奴が増えた気がする。赤城政宗自称スーパーイケメン緑川義重堅物委員長にそしてこの子…。それだけ4女神の人気が高いという事なのだろうが。


 それに引き換え俺の味方は朝信キモオタ氏政バカ…。あまりにも頼りない。無能な味方が最大の敵とはよく言ったものだ。これもうダメかもしれんね。


 俺はため息を吐きながら席に着くとカフェの店員さんにアイスティーを注文し、本題である相談事を聞くことにした。相談事があるのは甘利さんの方らしく、彼女は手元にあるアイスコーヒーを一口飲むとポツリと口を開いた。


「実は…私は今気になっている人がいまして…」


 恋愛ごとの相談か…。正直俺はあまり役に立てなさそうだな。こういうのは先輩にまかせ…、ん? ちょっと待てよ…? 恋愛面の相談って先輩もあまり役に立たなくない? ファッションや化粧なんかの見た目に関する質問ならともかく。


 なんせ先輩が見た目以外残念なことはこの前のデートで実証済みである。甘利さんの相談事に対して頓珍漢な答えを出したら目も当てられない結果になりそうだ。


 甘利さんには秋乃とのデートの際に色々配慮して貰った恩があるし、先輩が変な答えを言わないようにそれとなくフォローしとくか。俺にどこまで出来るかは分からんがな。


 甘利さんは言葉を続ける。


「それで…その…気になっている人というのが2個下のこの大学の1回生の子でして…。なんとか仲良くしたいとは思っているのですが、勇気が出なくて。それでどうしたらいいか相談を」


 なるほど…。自分の方が年上だから年下の子に声をかけ辛いわけか。その気持ちは分からなくもない。特にこの大学生の時期というのは2年という長くも短い時間の差が顕著に表れる時期なのだ。


 向こうはまだ高校を卒業してそう間もない…少し言い方が悪いかもしれないがまだまだガキンチョともいえる時期。


 それに引き換え甘利さんは20歳を超え、お酒もたばこも合法的に摂取できる、見た目も中身もまごうことなき大人の女性だ。まぁ、甘利さんが吸うかどうかは知らないが。


 故にお互いに話しかけづらいという問題が発生するのだ。年は2歳しか違わないはずなのに、まるで自分とは大分年が離れているかのような錯覚に陥るのである。人間誰しも年が大分離れていると感じる人と同じ空間にいると気まずさを感じるものだ。


 軽い気持ちで引き受けた相談だが…。これはかなり難しい問題かもしれない。童貞の俺に力になれる事などあるのだろうか?


 甘利さんの相談を聞いてどう答えようかと黙り込んでいた俺達3人だったが、やがて美春先輩が口を開いた。


「そうねぇ…あたしならまずプールに誘うわ!」


「何で!?」


 いきなり先輩の頓珍漢な所が炸裂である。確かにこれからプールや海水浴のシーズンではあるが…。あまり仲の良くない人をいきなりプールに誘ってもついてこないと思うんだけど…。


「ちなみにですけど…。なんでプールなのか聞いてもいいですか?」


「あたしが良く読んでる『月刊MOTE☆MOTE』っていう雑誌があるんだけどね。それに『夏は恋の季節! 太陽の熱い日差しが人々を狂わせる。7月はプールや海に誘って自分の肉体美で気になる相手を誘惑しろ!』って書いてあったのよ」


「要するに性欲に訴えてるだけじゃねぇか!? 先輩、その雑誌今すぐ捨てた方が良いと思いますよ!」


「どうして? あたしの尊敬する大蒜醬油真紀子にんにくじょうゆまきこ先生が書いてるんだから間違いないわ!」


「だからその臭そうな名前の人は誰なんですか!?」


「えっ…。兼続、もしかして大蒜醬油先生をご存じないの…?」


「お姉様…こいつ本当に恋愛の相談とか答えられるんですか? 恋愛のプロである大蒜醬油先生を知らないなんてモグリもいい所ですよ…」


 美春先輩と板垣さんから冷めた目で見られる。そんなに有名な人なの!? 聞いたことないけどなぁ…。俺が世間知らずなだけなんだろうか? 今度調べてみよう…。


「うーん、いきなりプールは私も恥ずかしいかな…///」


 甘利さんは少し顔を赤くしてそう答える。良かった。どうやら甘利さんはまともな感性の持ち主らしい。これで甘利さんまで「気になる人をプールに誘う」とか言い出したらどうしようかと思った。ボケ3人に対してツッコミ1人は忙しすぎて疲れるよ。


 というか先輩は他の面子がいる時でもこんな感じなのだろうか? 絶対他の人からツッコミが入ると思うんだけどなぁ…、どうやってしのいでるんだろう…。謎だ。


「そんなに言うならあなたが代案出して見なさいよ。否定するだけなら誰にでも出来るわ」


 板垣さんがこちらを睨みながらそう言ってくる。うーん、と言ってもなぁ…。俺もまともな恋愛経験あるわけじゃないし。


「少しお聞きするんですけど…その人とはどれくらいの仲なんですか? 単純に顔見知りなだけ? それとももうreinなんかを交換して頻繁に会話したりする仲?」


「えっと…私の所属する映画サークルに今年新入生として入って来たんです。映画の趣味なんかも合って、それに優しいし、気が付いたら気になってた感じですかね。本当にたまーにだけどreinもしますよ」


 それはいい情報を得た。reinIDを交換してくれたという事は向こうも甘利さんの事は別に嫌がってはないように思える。本当に嫌な人ならまずID教えるの拒否するからね、寮のみんなが氏政にIDを教えるのを拒否したように。映画サークルか。それなら…。


「まずは映画館に2人で映画でも見に行ってみればいいんじゃないでしょうか? 2人とも映画サークルに入っているという事は映画が好きなんですよね?」


「はい。私は暇な時は大抵なにかしらの映画を見てますね。向こうも聞いた感じは同じだと思います」


「例えばですけど…甘利さんは同性の友達と仲良くなりたい時はどうします?」


「うーん、遊びに行ったり…、一緒にご飯食べたりする…のかな?」


「異性関係も同じだと思います。同じ時間を長く過ごすことによって、相手に対して理解が深まり仲良くなっていくんですよ。年の差はそんなに関係ないと思いますよ」


 完全に寮長の受けおりであるが、これ自体は正しい事だと思うので問題ないだろう。現に俺自身、先日のデートから女子寮の4人との仲はより深まっているというのをひしひしと感じているのだから。仲良くなるには同じ時間を一緒に過ごしてコミュニケーションをとるのが1番だと思う。


「ケッ! 面白みのない回答ね」


「面白さなんて要らないだろ!? 甘利さんは本気で悩んでるんだぞ!」


 こいつは…。俺の事が気に入らないのは分かるが甘利さんに変な回答をしたら本末転倒だろうに。


「確かにそれが良さそうですね。ありがとう東坂君。早速今度の週末映画に誘ってみます。確か『トルネードトリプルヘッドゴーストシャーク』をやっていたと思うので…」


「デートでサメ映画見るんですか!?」


「私も彼もB級サメ映画大好きなの! 彼なんて家にサメ映画のDVD全部持ってるぐらい」


「はぁ」


 まぁ2人がそれを好きなら問題ないだろう。これを切っ掛けにどんどん仲良くなっていって欲しい。


「流石兼続ね! あたしが見込んだだけの事はあるわ♪」


「………」


 しかし予想通り先輩の恋愛関連の相談は頓珍漢だったな。彼女の問題である頓珍漢な所を直すにはまず変な雑誌を読むのをやめさせた方が良さそうである。


「先輩、寮に帰ったら変な雑誌捨てて下さいね」


「えっ? 嫌よ。今回はたまたま役に立たなかったけど、本来大蒜醬油先生は凄いんだから!」


 どうやら先輩に雑誌を捨てさせるのはそう簡単ではないようだ。



○○〇



ちなみに数日後…


「私、その人と付き合う事になりました。今度一緒にプール行くんです」


「マジですか!?」


「ええ♪ 美春の言う通り水着でその人を悩殺しちゃおうと思います♪」


「ほら! 兼続見なさい! 大蒜醬油先生のおっしゃる事も役に立つでしょ?」


「えぇ…」


 なんか知らんが、そう言う事になったらしい。



○○〇



※作者からのお願い


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