秋乃とデート 意外とポンコツだよ秋乃さん

「ごめんね兼続君…。私ったら早とちりしちゃって…」


 あのあと必死になって謝りながら俺は秋乃に事情を説明した。元はと言えば寮長の悪ふざけが原因なのだから、すべて寮長が悪いのだと全ての責任を擦り付けて。俺の命がけの説明の結果、なんとか秋乃は事情を分かってくれたようだった。


「それにしても寮長…すこぉ~し悪ふざけが過ぎるなぁ…。兼続君にそんな悪ふざけを仕掛けるなんて…。寮長は1週間ぐらいご飯抜きにしなきゃね…。フフフ…」


 秋乃も寮長のやったことの酷さを理解してくれたようだ。彼女からどす黒いオーラが漏れている。おおっ…怖! やはり女子寮で1番怒らせてはいけない人物は秋乃のようだ。本人の怖さに加えて兵糧攻めされるのだからたまったものじゃない。


「まぁまぁ秋乃、この話はこれくらいにしてデートを楽しもうよ」


「あっ、ごめんなさい。今は兼続君とのデート中なのに…」


「いいよいいよ。どれもこれも全て寮長って奴が悪いんだ」


 秋乃から漂っているどす黒いオーラがフッと消える。ふぅ…。どうやら危機はさったようだ。せっかくデートしているのだから、彼女には笑顔のまま、デートを楽しんで貰いたい。

 

『スイーツキングダム』で修羅場になった俺たちは、あのまま店で騒ぐわけにもいかないので近くの公園に移動して話し合いをしていた。


 話し合いがひと段落したので周りを見わたすともう日が沈んで暗くなっている。スマホで時計を確認するともう19時近くになっていた。夕食のレストランの予約の時間まであと30分である。今から歩いて向かえばちょうど予約の時間に着くはずだ。


「秋乃、そろそろ夕食の時間だから予約しておいたレストランに向かおうか?」


「うん、レストラン楽しみだなぁ~」


 そう言って彼女は柔らかい笑顔をしながら俺に着いてくる。やはり彼女は怒っているよりもこの周辺を優しさで包み込むような慈愛の笑顔をしている方が良い。彼女の笑顔をこのまま保たないとな。



○○〇



「着いたよ。ここが今日夕食を食べるレストラン」


「えっ!? ここって…」


 俺が予約したレストランは『シーサイドレストラン・カラーリング』というこの町ではそこそこ有名なレストランだ。俺が読んだ何十冊ものデート雑誌の中でもこの町おススメのデートスポットとして絶対にピックアップされているほどの場所である。


 もっと言うとデート雑誌を読み漁って勉強する前の俺ですら知っていた有名なレストランだ。町から少し外れた場所に立っており、この町自慢の美しい色彩海岸の景色を眺めながら、この町でとれた新鮮なシーフードを楽しめる。


 当然だがそれなりの値段がするのだが…秋乃にはいつもご飯を作ってもらったりしてお世話になっているので、少し奮発してここを選択した。


「で、でも兼続君…。ここって結構お高いんじゃ…? べ、別に無理しなくていいよ。私そこらの牛丼屋でもいいし…」


「いやいや、秋乃にはいつも世話になってるんだからこれくらいさせてくれ…」


「ほ、本当にいいのかな?」


「いいんだよ。いつものお礼も兼ねてるんだから」


 俺は遠慮がちな秋乃の背中を押しつつ店内に入る。レストランの中にまで入ると流石に彼女も覚悟を決めたようだ。


 店内に入ると天井には高級そうなシャンデリアがぶらさがっており、部屋の中には同じく高そうなソファなどが置いてあった。かといって下品な感じではなく、落ち着いた感じでまとめられている。ジャズらしき軽快なBGMが流れ「これぞ大人の店!」といった感じの雰囲気だ。初めて入る雰囲気の店に俺は少し緊張する。


 俺たち2人が入店したのを確認したボーイさんらしき人がこちらに近寄って来た。


「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」


「はい、2名で予約していた東坂です」


「東坂様…承っております。どうぞこちらへ」


 俺たちはボーイさんに席に案内される。その途中に店内をぐるりと見渡して観察してみた。


 美しい木目の床や柱、もちろん掃除が行き届いており、心なしかピカピカと輝いているように見える。眩しくない程度に輝いている吊り下げられた電灯、心安らぐ光を放ち見る者の心を落ち着かせる。そしてオシャレなテーブル。誰もが頭の中に思い描く高級レストランといったような内装である。


「ふぇぇ…」


 秋乃もレストランのインテリアを見て圧倒されている様だ。


 席に案内された俺たちはボーイさんに椅子を引かれてそこに着席する。おおっ! TVなんかで良く見る光景だが、まさか自分が体験することになるとは思わなかった。それこそ3週間前まで女の子とは縁のない生活を送ってたので、自分がこんな店に来るなんて想像もできなかったからだ。


「かかか、兼続君…もしあそこに置いてある高そうな壺とか壊したらどれくらい弁償しなきゃいけないのかな?」


「落ち着け、秋乃。落ち着いてれば壺なんて壊さないから」


 どうも秋乃は緊張で少しおかしくなっている様だ。うーん、秋乃へのお礼もかねて少しお高い店をチョイスしたのだが…それが逆に彼女の重荷になってしまったようだ。これは少し失敗しちゃったかな? もう少し安めの店に行けばよかったか…。


「ご、ごめんなさい。私…こういう高そうなお店に来たことが無くて…」


「俺も今日が初めてだよ。大丈夫、落ち着いて。ここでご飯を食べるだけじゃないか」


「そ、そうだね。深呼吸しよう。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


「それラマーズ法じゃね?」


「あっ//// そうだったぁ//// 恥ずかしぃ~////」 


 秋乃は顔を赤くして両手で顔を隠す。こういう所は彼女の非常に可愛らしいところの1つである。俺は苦笑しながらそれを微笑ましく見つめた。


 そして数分後、ボーイさんが俺達に食事を運んでくた。


「こちらまずはオードブルのスズキとほうれん草のテリーヌになります。今朝色彩市の漁港でとれた新鮮なスズキを使っております」


「へぇ~」


 流石シーフード料理で有名な店。早速魚が出て来た。オードブルって確か『前菜』って意味だよな。メイン料理の前に出される食欲を促進させる目的のある小物料理のことを言うらしい。


 俺はナイフとフォークを使い、それを口に運ぶ。う~ん…何とも言えないが…おそらく美味しいのだろう。俺は料理漫画の登場人物ではないのでこの美味しさを正確に表現することはできない。なんせ俺たちは雰囲気で飯を食ってるからな!


 しかし量が少ねぇなぁ…。テリーヌもう食べきっちまった。いくら小物料理とは言ってもかまぼこ2切れぐらいの大きさしかないのだ。父親がその昔、フランス料理は美味いが食べた気にならんと言っていたが俺も同意見だ。


「あっ、美味しい…」


 同じく料理を食べた秋乃も気に入ったらしい。まぁ秋乃が気に入ってくれたならいいか。


 その後もスープ、魚料理、口直し、肉料理、デザート…と続く、美味しいと評判の店だけあってやはり味は良かった。最初は困惑していた秋乃も料理が美味しいこともあってどんどん気を良くしていったようだ。


 そして最後のコーヒーと小菓子が出て来る。秋乃は満面の笑みでお菓子を摘まんでいる。この店の料理は大満足だったらしい。


 俺はそんな上機嫌な秋乃を見ながらコーヒーを飲んで少し考え事をしていた。

 

 俺には秋乃に関して1つ気になっていることがあった。それは…秋乃に彼氏が出来ないのは一体どんな問題があるのだろうということである。


 俺が甲陽寮長に女子寮に呼ばれた理由…それは女子寮に住む4人に彼氏が出来ない問題を解決しろというもの。


 俺が女子寮に来てからもう3週間になる。その間に起こった事件や今回のデートを通して4人の様々な一面を観察してきた。そしてその中で彼女たちが彼氏を作ることの障害になっているであろう要素もいくつか確認することができた。


 美春先輩は見た目こそいいが、それ以外が残念な所。


 千夏は自分の本性を異性に見せられない所。


 冬梨はコミュ障な所。


 3人ともそれが原因で彼氏が出来ない、作れないのだと思われる。では残りの秋乃の問題は一体どこにあるのだろうか? 今まで彼女の事を見てきて、特に問題と思われるようなものは見つけることが出来なかった。しいて言うなら怒るとションベンがちびりそうになるくらい怖い所か。


 慈愛の女神と呼ばれているだけあってみんなに優しいし、料理も上手だし、見た目も可愛い。特に問題は無いように思われる。美春先輩のように頓珍漢なことはしてないし、千夏のように裏表があるわけでもないし、冬梨のようにコミュ障という訳でもない。


 正直な話、何故秋乃に彼氏が出来ないのか理由がまるで分らなかった。


 寮長にお願いされたというのもあるが、俺個人の願いとして女子寮に住む4人の問題を解決してあげたかったし、秋乃には特に飯関連で世話になっているので困っているなら尚更力になってあげたい。


 そう思った俺は思い切って聞いてみることにした。


「なぁ、秋乃。秋乃ってどうして彼氏が出来ないんだ?」


「えっ//// ど、どうしたの急に?」


「いや、寮に来てから秋乃の事を見ていたけどさ、どうして秋乃みたいな可愛い娘に彼氏が出来ないんだろうなって?」


「かかかかかか、可愛い///// 私の事見てた!?////// えへへへへ//// そうかぁ…見てくれてたんだね/////」


 一体どうしたのだろうか? 秋乃はいきなり顔を赤くして体をクネクネとさせる。…俺何か変な事聞いたか? 


「(どどどどどどどうしよう?///// これってもしかして口説かれてる?///// 私に初彼氏できちゃう?//// 15年にも及ぶ想いがやっと今日成就しちゃう?///// これ今日勝負下着穿いてきたの大正解じゃない?/////)」


「俺が女子寮に来た理由、知ってるよな?」


「えっと…。私たちに異性に慣れさせて彼氏が出来ない問題を解決するためだっけ?」


「他の3人は彼氏が出来ない理由が分かったんだが、秋乃だけは理由が分からなくてな…」


「(それって…私は彼女として完璧な女って事?////// やだぁ…兼続君ったらほめスギィ/////)」


「秋乃は自分に彼氏が出来ない理由に心当たりがあったりする?」


「(どうする? ここでもう一気に告白しちゃう? いや、むしろここで勝負を決めなくてどうするの秋乃! 15年もずっと想い続けて来たのよ。なんとか同じ大学に入れたけど、私が奥手なせいで今まで碌なアプローチが出来ずにいた。今が最大のチャンスじゃない! 良し、ここは思い切って告白よ!)」


「それはね…」


「それは?」


「す…」


「す?」


「す………すーぐに緊張しちゃって男の子と中々話せないんだぁ(あああああああああ。私のヘタレェーー! 最大のチャンス逃しちゃったじゃない!!!!!)」


「そうか…そんな理由だったのか。コミュ障の異性限定バージョンみたいなものか

な。でも俺とは結構普通に話せてるじゃないか?」


「そ、それは//// 兼続君が特別だから…///」


「まぁ俺とは女子寮で一緒に生活してて慣れてるしな。でも逆に考えれば慣れさえすれば異性とも気軽に話せるって事じゃないか?」


 なるほどなぁ…慣れてない異性とのコミュニケーションが苦手なのか。それで彼氏ができない…と。でもその割には氏政とかに気軽に辛辣なツッコミをしているような気がするが…。まぁ氏政だしアレは例外か。


「俺も秋乃には世話になってるし、彼氏が出来るように協力するよ。困ったことがあったら何でも言ってくれ」


「あっ、うん…(あれ? もしかして…私別に口説かれてた訳じゃなかったんだ…。しょんぼり…)」


 秋乃に彼氏が出来ない理由を理解した俺はその後も彼女に協力することを決意した。世話になった恩は返す。これは小さい頃から父親にずっと言われていた事だ。



○○〇



 食事を終えた俺たちは店を出て潮風を浴びながら海沿いの道を歩く。時刻は21時すぎ、もうそろそろデートも終了の時間である。


 秋乃は何故かは分からないが先ほどから口数が少なくなっていた。あの店の料理、気に入ったと思ってたんだけどな…。


 秋乃とのデートは反省しなければならない点が多いのも事実だ。サブプランを考えていた方が良かった点や、良かれと思って身の丈に合わない高級レストランを予約した点。他の3人とのデートがそこそこ上手く行ったから調子に乗っていたが、俺もまだまだのようだ。


 うーん、秋乃に幻滅されたかなぁ…。


「ごめん、秋乃。今日のデートイマイチだったよな?」


「えっ、どうして? 私は結構楽しかったよ。まぁ確かに色々あったけど…、兼続君が私のために選んだってのが伝わって来て私は嬉しかったけどなぁ」


「秋乃…」


 おそらく俺に気を使って「楽しかった」と言ってくれているのだろう。やはり彼女は優しい。俺は彼女のその優しい言葉に思わず涙が出そうになる。あぁ…やっぱり秋乃はいい娘だなぁ…。


チャカチャカチャカチャカ♪ ジャンジャカジャーン♪


 その時、俺たちの耳に騒がしい音楽のようなものが聞こえてくる。なんだよ…今しんみりして結構いい感じなのに…。俺はその音楽のする方を見上げた。


『ラブホ〇ル24時』


 なんとそこにはラブホ〇ルの看板がピカピカと光り輝いていた。そうだ…俺には縁が無かったから忘れていた。海岸沿いの道をちょっと歩くとラブホ街になるのだ。


「「あ…/////////」」


 俺と秋乃はお互い真っ赤になりながらその看板を見上げる。流石にラブホの看板を異性と見上げるのは気まずいものがある。


「来る道を間違えたみたいだな…。あはは」


「そ、そうだね…(ハッ! これは私に再び舞い降りたチャンスじゃない? このまま兼続君をラブホ〇ルに誘ってゴールイン!! 幸い今は勝負下着付けてるし、大丈夫なはず…。よし…この前雑誌に載ってたあの台詞で…)」


 秋乃は俺の方を向くと何やら熱っぽい視線を向けて来た。


「ねぇ…兼続君…。私…今日は帰りたくな…」


ザァーーーーーーーーーー


「うわっ、凄い大雨。ゲリラ豪雨か!?」


 秋乃が何かを言おうとしていたみたいだが、その瞬間にものすごい威力の大雨が降りだして彼女の声は聞こえなくなってしまった。俺は急いで近くにあった店の軒下に非難する。


「秋乃、こっちこっち」


「いきなり何なのもうっ!!!」


 天気予報では雨が降ることは無いって言ってたのになぁ…。本当に当てにならない。


「大丈夫か秋乃?」


 お互いにずぶ濡れになってしまったようだ。しまったなぁ…拭くものも何も持ってないぞ…。


「あっ…/////(ヤダッ!/// 私の服が雨で濡れて透けてる…。今の私は色々期待して着けて来たスケスケの勝負下着を穿いているのに…。もしこの下着を穿いていることが兼続君にバレたら私はただのドスケベな女だと彼に認識されてしまう…)」


「どうした秋乃?」


「イヤァーーー!!!」


「ぶへっ」


 何故かは知らないが俺は秋乃に強烈なビンタを食らってそのままそこで気絶してしまった。俺は途切れていく意識の中で全速力で寮の方向へ走っていく秋乃を見た。何が悪かったのだろうか? とりあえず後で謝っておこう…。


 10分後、なんとか意識を取り戻した俺はヨロヨロとしながら寮へ帰宅した。



○○〇



 次の日、秋乃は起きてくるなり俺に土下座してきた。


「誠にすいませんでしたー!!!」


「結局何が理由だったの?」


「え、えっとほら、私コミュ障だからラブホの看板見て緊張しちゃって…」


「そうか。まぁ秋乃に何も無かったようで良かったよ」


「うぅ…すいません(本当は私が悪いのに…ごめんね兼続君…)」


 なんか知らんが怒ってはないようで良かった。こうして俺の4女神とのデートは幕を閉じた。



○○〇


※作者からのお願い


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